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第三章 リシュとザンヴァルザン妃王の君8


 私は合掌して、リシュに頭を下げた。

 驚いたのは、そのリシュである。


「エリクサー!? 魔力の瞬時全回復薬!? あんなもの、貴重すぎて王宮の外に持ち出しすらできないだろ!? ブリーズのお茶会の準備と、難易度が違いすぎないか!?」

「そこをなんとか……! だって、私とブリーズが燃料切れ起こしたら、戦うための選択肢が凄く限られちゃうから。万が一のために!」


 リシュが、それを聞いて、声を潜めた。


「戦いになる、と思ってるんだな? その、『霧の塔』にいる何者かと?」

「うん」


「もうあそこに六つの悪魔はいないんだろ? ザンヴァルザンは、悪魔と戦うだけの準備をしていくんだぞ。それでも、そんな規格外の回復薬がいる羽目になるって?」

「その可能性がある、ってこと。使う必要がなければ使わないんだし。……でも、魔道士(ソーサラー)の勘は、悪いほど当たるのよ」



 そして、遠征の日はやってきた。

 城外に、悪魔討伐軍がずらりと勢揃いする。

 私とブリーズは馬に乗って、魔法師団の先頭にいた。


 騎士団三軍。それに、魔法師団が防衛隊だけを残して全部隊。

 遠征軍としては、最大級の戦力だった。

 さすがにカーミエッテ様は王宮に残り、騎士団長のグローヴァーさんと、魔法師団長のミルドレンヒさんという人がそれぞれの軍を統括する。総大将は、グローヴァーさんだった。


 キールとダンテは、王宮で、神霊力を施した武具をもらった。

 キールは愛用の、十字架を模したロングソードに、深い群青色のナイトアーマー。重そうだけど、意外に動けるらしい。

 ダンテは、体の要所を守るプロテクターに、ごつい手甲を与えられた。

 さすがに悪魔や魔獣と素手で取っ組み合うわけにはいかないので、一応剣ももらっていた。

 二人は、騎士団とつけ焼刃で連携するのは難しいだろうということで、私やブリーズと一緒に魔法師団のほうに組み込まれている。


 キールが馬上から、後ろについてきている部隊を振り返り、

「といっても、私たちは魔法師団の遊撃隊という形ですね」


 私はうなずいて、前方を指さした。

「そーね。それにしても、一番先頭にいれば、敵との出会い頭に、味方への影響を全く考えずに大規模魔道が遠慮なく撃てるから、腕が鳴るわ!」

「あたしより、ルリエルさんのほうが魔力量が多いので、主攻(しゅこう)はお任せしますぅ」とブリーズが奥ゆかしく言った。


 隊列の中央で、重厚そうな(ありていに言うと、動きにくそうな)紫色のローブを多重に着込んだミルドレンヒさんが、声を上げる。


「それでは往くぞ、皆の者。出撃!」



 騎士団は、約六万人。

 魔法師団が、約二千人。

 これだけの遠征軍なので、寝床や食料の手配も大変なはずだけど、当然と言えば当然ながら、街道沿いの都市や村はどこも協力的で、進軍は快適に(というのも変だけど)進んだ。

 昼はひたすら行軍して、日が沈むころには早めに休む。そして日の出とともにまた出発。

 私やブリーズは馬に乗り慣れないので、途中から馬車にしてもらった。

 幌の中で、お互いの魔道の種類や規模を確認し合う。

 現地でなにが出てくるか分からないので、私はキール、ブリーズはダンテが、必ず傍にいて護衛することになった。


 やがて。

 私たちの軍は、『霧の塔』が遠目に、けれど肉眼で見えるところまでやってきた。

 騎士団や魔法師団のほうぼうから、実物を目の当たりにした人たちのうめき声が漏れてくる。

 馬車から顔を出したブリーズも、ため息のように呟いた。


「ルリエルさん、あれが……」

「うん。ヴェルヴェッチ=アルアンシの居城……『霧の塔』ね」


 ダンテが、真顔で「誰かさんがドラゴンの振りして狂言を繰り返してた、空しい舞台でもあるわけだな……」と告げてくる。


「ええ。そうね。なんだか、懐かしい気持ちになるわ。人の気持ちって、不思議よね」

「反論もせずそんな精神の境地に至れるのは、素直に尊敬するけどな」


「ありがとう」

「いや本当に褒めてねえ」


『霧の塔』は、黒ずんだ石造りの外壁で、黒く冷えて固まった溶岩で一面を覆われた平野の中心に建っている。

 多分スカイツリー(実物見たことないけど)が十本ほど束になったような太さで、高さはおよそ三百メートルくらい。ずんぐりとしていて幅広のフォルムだ。ドラゴンが住まいにしていたくらいだから。

 辺りには、噴煙のように立ち上る煙が漂っている。炎の悪魔の魔力によって、絶え間なく湧き起こってきた灰塵。これが『霧の塔』という命名の由来でもある。

ただし、今となっては、ヴェルヴェッチ=アルアンシそのものではなくて、眷属の魔獣によるものなんだろうけど。


 騎士団長が、全軍に指示を出した。

「グローヴァ―より命じる。物見を先行させ、ほかはここから少し後退して布陣する。もう夕刻が近い、周囲を警戒しながら設営せよ。魔獣どもに注意しろ。明日の日の出より、攻撃を開始する」


 ミルドレンヒさんも、魔法師団に号令をかけた。

私たちは騎士団の東側に陣を張ることになった。

 ブリーズの提案通り、明日はまず、騎士団よりも私たちが前に出ることになっている。

 責任重大だ。特に、私とブリーズは。


 その日は、簡単な打ち合わせだけして、早めに休むことにした。魔術師(ウィザード)の人たちの魔術で周囲を警戒してもらい、異変があればそこで開戦する覚悟をしていた。

 私、ブリーズ、キール、ダンテは同じ帷幕(テント)にしてもらった。

 さすがに責任重大なので、体力温存のために早々に私たちは寝ついた――のだけど。


 眠りに落ちて、しばし後。


「ルリエルさんん。起きて、起きてくださいぃ」

「んん? お姉ちゃん、今何時……?」


「夜の一時くらいですぅ。お姉ちゃんではないですけどぉ」


 そこで、ちゃんと目が覚めた。


「あ、あれっ? ブリーズ? なんだっけここどこ、あっそうか『霧の塔』の近くね! あははははは!」


 手櫛で髪を直し、照れ笑いをしながら傍らを見ると、完全に武装したキールとダンテが立っていた。


「え? なに? もう朝?」

「いえ。ブリーズさんの言った通り、まだ夜の一時くらいですよ」


 キールが優しく言う。


「なになに、なんで私だけ寝ててみんな起きてるの? そういうの凄く気まずいんだけど。修学旅行で、みんな身支度できてから一人だけ起こすドッキリみたいな」

「それはよく分かりませんが、とにかく、状況が変わりました。……夜襲をかけるそうです」


「夜襲……? 人間同士でもないのに? 魔獣って、夜行性が多いわよね? なんでわざわざ?」


 とりあえず、着替え(といっても、上から着るものを羽織るだけだけど)だけは進めながら訊く。さすがに遠征中なので完全に無防備で寝入っていたわけではなく、身支度もすぐにできた。


「あのぉ……あたしのせいなんですぅ」

「え、ブリーズの?」と私は首をかしげる。話が見えない。


「あたしがぁ、ミルドレンヒさんに会議でぽろっと言ったんですぅ。向こうが油断してるときに攻め込んじゃうのが吉ですよぅ、って」

「ああ、そういえば、そんなこと言ってたような」気がするような、しないような。


「そしたらそれが真に受けられちゃってぇ」

「……受けられちゃって?」


「これから、夜襲ですぅ」


 キールが苦笑して、ブリーズを慰めるような視線を向けた。

「私たちが思っているより、七つの封印の発言には重みがあるということなのでしょう。普段、ルリエルと暮らしているとついつい忘れてしまいがちですが」


「す、すみませんん。もう止まらない感じになってしまっててぇ」


ダンテが「ま、ちょっと意気軒高過ぎるというか、全軍がハイになってるところはあるからな」と肩をすくめる。「ただ、問題は――」


「問題?」と私。


「――問題は、魔法師団だけで夜襲するんだとよ。当初の作戦で言ってた、魔法師団が前に出て騎士団が後からってんじゃなく、魔法師団単体で」

「……そんな無茶な。攻撃はいいけど、魔法師団だけじゃ、機動力だって、防御力だって」


 魔法使いというのは、この世界でも、地球でのイメージと同じで、軽装だ。馬の扱いだって、騎士団員よりずっと劣る。


 ダンテが、装備の点検を手早く進めながら答えてきた。

「はっきりそう言っているわけじゃねえけど、どうも、騎士団との間に軋轢がありそうだな。魔法師団として手柄を上げようと、躍起になってる感はある」


 うう、身内の中での競争ってことか。

 そういうの、あんまりいいことないと思うんだけど。


「あのぅ、ルリエルさん。あたし思うんですけど、あたしたちだけで、最先行しませんかぁ?」

「あー……いいかも。どう考えても、私たち四人が、魔法師団の中でも最大の戦力だもんね」


「それにぃ、こんなことになったのってあたしのせいなんでぇ……」


 ブリーズがすっかりしょげている。

 私は、わざとらしいまでに明るい声で、

「ま、そんなに気にすることじゃないって。ブリーズの言う通りで行こうよ。キール、準備でき次第私たちは出よう。ミルドレンヒさんに言って、伝令係に従者を二人つけてもらって」


「はい。そんなに長時間の移動にはなりませんが、必要なものは皮袋に詰めてください」と言って、キールが帷幕を出ていく。おかーさんか、あんたは。

 その十五分後。私たちは、フードをかぶって顔が見えない二人の従者を加えて六人で、一頭ずつ馬を与えられ、『霧の塔』へ向かった。



 巨大な塔が、段々と視界の占有度を上げていく。

 辺りには、魔獣はいないようだった。体力と魔力を、無駄に消耗しないで済むのはありがたい。


「ルリエル」と私の隣で馬を走らせるキールが言ってきた。馬は全力疾走ではないけど、やっぱり蹄の音は大きいので、大声になる。隠密行動というわけではないから、いいんだけど。


「魔法師団本隊が追いついてくるのは、およそ三十分後のようです」

「もっと遅くてもいいけどね。なにがここで起きてるのか、私たちだけで確認して、ついでにその原因を取り除いて、後はいい感じかつ適当に色々隠蔽できれば――」


「ええ。そうすれば、ルリエルがとうに悪魔の一体を滅ぼしていたことも世間に知られることなく、平穏に暮らせるわけですね」

「わーい、棘があるー」


 私は、頬を引きつらせてそう答えながら、従者の一人を手招きした。


「従者さん(なんだか変だけど、ほかにどう読んでいいか分からない)、もうすぐ『霧の塔』のふもとに着くからね。私たちは中に入るけど、あなたは出入り口で待機していて、異変があったらすぐに知らせて」


 フードがこくりとうなずいた。

 ほどなく塔の門に到着した私たちは、馬を降りて、中を伺う。

 門扉は破壊されており、四角い穴がぽっかりと開いていた。悪魔や魔獣のねぐらになっていたんだから、当たり前だけど。この辺は、三ヶ月前までの、私が来ていた頃と変わっていない。

 外から見る限り、中はがらんとした空間が広がっており、魔獣はもちろん、野ネズミ一匹見当たらなかった。


「んー……特に、怪しい感じはしないかな……。となると逆に不穏だなあ……。従者さん二人は馬に乗ったままでいて。なにかあれば本隊まで逃げていいからね」


 二人は、素直に馬にまたがった。


 ブリーズが、手のひらを前に突き出して構えながら、門をくぐろうとする。

 その後ろに私。さらに後ろに、キールとダンテが続く。


「それじゃああたし、責任取ってぇ、一番乗りしますぅ」

「待って、ブリーズ」


「はいぃ?」

「ブリーズって、うちの――ハルピュイアが、どんな仕事をしてるのかは理解してるわけよね?」


 ブリーズが、きょとんとした顔で振り向いた。


「ま、まぁ、一応ぅ。なんですかぁ、いきなりぃ」

「だから、リシュと初めて会った時、恥ずかしくて顔を隠しちゃったのよね? うちの男子だと思って。まあ、先に顔は見合っちゃったわけだけど」


「そうでしたねぇ」

「その後、ほかの――キールたちと会った時は、全然そんな素振りがなかったのはどうして?」



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