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第三章 リシュとザンヴァルザン妃王の君5


 私は、がばと立ち上がって力説した。その拍子に膝がテーブルにぶつかつて痛かったけど、そんなことは気にしていられない。

 ……が。

 熱くなっているのは私だけで、ほかの三人はぽかんとして私を見ていた。


「……あれ? ザンヴァルザンて、そういう風にはならないシステム?」


 三人は、顔を見合わせている。

 やがて遠慮がちに、キールが私に言ってきた。


「なにを言っているんです、ルリエル。妃王陛下が、後宮――あえてこう呼びますが――に迎えた男子との間に、子供なんて作るはずがないでしょう?」

「い、いや、常識的にはそうだけど! こう、なにかの弾みというか、事故で、できるかもしれないじゃん、子供! だって、その、子供を作る行為をするわけ、だし」


 三人の頭に、?マークが浮かんでいる。

 ……なんだ、これは。


「えーと、リシュ」

「なんだよ、ルリエル?」


「リシュは、妃王様に、王宮に迎えられたら、妃王様と、つまり、ベッドを共にするわけよね?」

「そうだな」


「その際、ただ寝るだけじゃなくて、服を脱いで、えーと、体に触れ合って、いわゆる愛撫、をしたり、その先まで進むわけよね?」

「ま、それが役目だからな」


「いわゆる、交合、まで到達するわよね?」

「そりゃ、その手前で終わりますってわけにはいかないだろ」


 ここまでは三人ともうんうんと首を縦に振っているんだけど。


「じゃあ、そうすると……条件によっては、赤ちゃんができる、よね?」


「へ? なんでだよ」

「できるわけがないでしょう」

「できるわけないですぅ」


 私は両手で頭を抱えると、その手を振り下ろし、

「なんで!?」

 と叫んだ。


 キールが、

「交合すると子供ができるなんて、どこの世界の話です?」

 と真顔で言ってくる。どうやら、からかわれているわけではないらしい。

 どこの世界って、地球ではすべからくそうなんですが。

 そうか、これはつまり、ベルリ大陸では、ちょっとわけが違うと、そういうことか。


 うう。くそう。これはもう、はっきり聞くしかない。

 私は、仕方なく、無邪気な小学校高学年のような、その質問を口にした。


「……赤ちゃんって、どうやったらできるの?」



「しっかし、ルリエルが――西大陸最強の爆炎の魔女ともあろうお方が、まさか子供の作り方も知らねえとはなあ」


 ダンテが、思い切り笑いをこらえている口調で言ってくる。


 私、キール、ダンテ、リシュ、そしてブリーズ。

 その五人で、ヴァルジの王宮へ続く中央街道を、てくてくと歩いている。

 リシュから出自を告げられた日の翌日。ハルピュイアの男子たちには事情を説明して、私たちは妃王様のもとへ向かうべく、朝から出発していた。

 私とブリーズはリシュにつき添いつつ、六つの悪魔の一つ――ヴェルヴェッチ・アルアンシの退治作戦について、正式に参加するための書類に署名することになっていた。

 しばらくはその作戦のほうにかかりっきりになりそうなので、キールには事情を把握を把握するために同行してもらい、ダンテは買い出しなどの細かい引継ぎのために一緒に来てもらっている。


 カルスもトリスタンもリシュの正体には驚いていたけど、リシュ自身が「ヴァルジへ行って、妃王様に会う」とあっさり言いだしたのには、私たちも驚いた。

 そうしたくないからこその、この一年だったはずなのに。


 ともあれ、私は口をとがらせて、ダンテに言い返した。


「……だって、わざわざ人に聞かないでしょ。『この世界での子供の作り方を教えてください』なんて」

「それはそうだけどよ。そうかそうか、繁栄のオーブなんて、普段特に見る機会もないしな」


 そうなのだ。

 このベルリ大陸では、夫婦が子供を作るには、繁栄のオーブというアイテムの前で、二人揃って瞑想するのだという。

 手をつなぎ、その日の日暮れから翌日の夜明けまで、子供を授かることを二人で一心不乱にオーブに祈る。オーブは大抵紫色の球体で、大きさは様々らしいけど、大きいほど子供ができやすくなるそうで、王族の持つオーブは大人が一抱えするほどもあるとか。


 一方、一般市民が手に入れられるものは、手のひら大のものが多いという。

 繁栄のオーブへの祈りは、魔力を持たない人間でも周囲の魔素に影響して超常的な力を生み、上手くいけば夫婦の霊属(遺伝子みたいなものだと思う)を持った子供が女性のお腹に宿る。

 もちろん上手くいかないこともあるし、お腹が膨らみ始めるには数ヶ月かかるので、連日祈り続けていると、いつのどの祈りがオーブに届いたのかは正確には分からない。


 で、なかなか子供ができないと、夫婦どちらかの祈りが足りないとか、愛が足りないとかで、よくけんかにもなるという。この辺は、地球と似たようなものかもしれない。

 なお妊娠期間は九ヶ月くらいで、昨日聞いた限りでは、出産そのものについては地球のものと大差ないみたいだ。……多分。


 つまり。


「つまりぃ、交合をいくら重ねてもぉ、赤ちゃんなんてできるわけがないんですぅ」


 くっ、ブリーズの間延びした口調が妙に腹立たしいぞ。

 ダンテが私の肩をぺちぺちと叩き、


「いやー、地球は大変だなあ。交合するたびに子供ができてちゃ、あっという間にどの家も大家族になっちまうだろ」

「そう簡単じゃないわよ。少子化が問題になってる国、結構多いみたいだし」


 日本なんてまさにそうだった。今はどうなんだろう。

 キールが小首をかしげて、


「ですが、交合すると妊娠してしまうなら、思わぬタイミングで懐妊してしまうこともあるのではないですか? 本人たちにはまだその気はなかったのに、ですとか」

「うー。そう。まさに、望まない妊娠って、当事者の人生を大きく変えちゃうし、大きな問題なんだよね。そう考えると、ベルリ大陸での妊娠方法のほうが、なんていうか、安全な気がするわね」


 けれど、キールはうつむいてしまう。


「恥ずかしながら、ベルリ大陸でも、望まぬ妊娠の問題はあるのです。たとえばオーブの前に力ずくで連れて行って、瞑想を強要することも、できなくはありません。大陸での最大宗教はマナ教ですが、マナ教の主流派は堕胎禁止主義ですから、それが問題になることもあります」


「そっか、やっぱりどこでだって、妊娠て簡単なことじゃなくて、色んな意味で一大事なんだね。私たちの手が届く範囲にいる人たちだけでも、守れるものは守りたいね」

「ええ。及ばずながら、尽力いたしますよ。ご主人様」


 いたずらっぽくキールにそう呼ばれると、ぎょっとしてしまう。


「や、やめてよー。……ていうか、私、毎回男子の皆には、奉仕前に避妊具渡してたじゃない? あれどうしてたの? もしかして、全然使わなかった?」


 キールとダンテが二人して首を横に振る。


「いえ、毎回使用していますよ。交合しても子供はできませんが、あの魚の浮袋を使用した道具は、一部の性感染症を防ぐのに有効ですから。お客様も自分の身も守ろうと思ったら、必要なものです。なるほど、ルリエルが避妊具と呼ぶのでなにかと思っていたら、そういうことでしたか」


「だよなあ。おれたちはあの膜のこと、病防膜(びょうぼうまく)って呼ぶからなあ。ま、全部の病気が防げるわけじゃねえけど」


「そういえば、カルスがぼやいていましたよ。また大きくなったから、病防膜がきつくて仕方がないと。ワンサイズ大きいものが欲しいそうです」


 そう言われて、思わず、口を手で覆ってしまった。


「ええー。私見たことないけど、カルスって本当にそんななの? いずれ、奉仕に差し支えちゃうんじゃ……」

「いえ、そんな常識外れの大きさにはならないと思いますが。お客様の予約の際には、その旨一言、事前に断っておいたほうがいいかもしれませんね。入らなかったら、申し訳ないですし」


「あ、あのおぅ。皆さん、ちょっと声の大きさを控えたほうがいいのではぁ」


 ブリーズにそう言われて、はたと前方を見ると、王宮の門が迫ってきていた。

 精緻な彫刻に彩られたまっすぐな白い石柱が左右にそそり立ち、上部はアーチ状に丸みを帯びていて、バラの花と天使のようなモチーフが彫り込まれている。

 うーん、いつ見ても、美麗すぎて威圧感さえ覚える。


 横に控えていた門番が、私とブリーズの顔を見ると、開門の用意をしてくれた。

 扉が大きく重いので、いつも四人がかりで引き開けるのだ。私たちは、別に、横に備えつけられている勝手口みたいなドアで全然構わないのに。


 大門が開くまで数分かかる。

 私は、傍らにいるリシュを見た。まだ出会ってあまり間がないけど、何日も同じ家の中で寝食を共にしたし、リシュ本人もいい子なので、人並みに情は湧いている。

 王族にありがちな偉そうなところはないし、自分のことはなるべく自分でやろうとするし。

 この一年、苦労してきたせいもあると思うんだけど、もともと矜持をしっかり持っている人なんだろう。

 これからはもう気軽に会えなくなるんだろうな、と思うとやっぱり寂しかった。


「でもさ、リシュ。どうして、昨日の話で、急に妃王様のところに行くって決めたの?」

「……ああ。どうして、って言われると。……あんたたちに出会ったからだろうな」


「私たちに?」


 リシュは、私と、私とは逆側に立っているキールとダンテとを交互に見つめた。

 キールが「なにか?」と怪訝そうな顔をする。


「昨日も言っただろ。おれは、妃王陛下のところに行けば、そこでおれの人生はある意味で終わると思ってた。そこからは、ひたすら、ただ一人の人間に、肉体的に愉悦を提供し続けるだけの暮らしになると。……それがおれは、たまらなく嫌だった。体を他人に売る生活を続けてでも、そっちのほうがましだと思った。でも――」


 リシュは、睨むようにキールを見上げる。


「――でも、キールや、ダンテや、トリスタン、カルス。あいつらを見ていて、考えが変わった。おれはずっと王族で、食べるものにも寝るものにも困らなかった。ずっと、尽くされるだけの生活を送ってきたんだ。頭のどこかで、男娼のことなんて、見下してすらいたと思う。でも、……キールたちは、そんなんじゃなかった」


 キールが、微笑んで「そうですか?」と首を巡らせる。


「おれにだって、分かる。短い間だけど、キールたちと、そのお客たちを見てきたから。人から捧げられ、与えられ続けるだけの生き方に比べれば、誰かを慰め、励まし続けて生きるほうが、ずっと立派だ。もちろん、男娼ならいいってものじゃない。仕事に貴賤はなくても、きっとその仕事をしている人間には、仕事の中身には貴賤があって、……ハルピュイアのやつらは、みんな貴賤の貴のほうなんだ」


 リシュが両手の拳を握る。


「これからはおれもそうなりたい、と思った。人の気持ちを救って、励まして。まず誰よりも、国が滅んでもまだおれを気にかけ、探し続けてくれていた人。その人のために、尽くしてみたい。そのほうが、野に下って体を売り続けるより、ずっと貴い生き方のように思えた」


 そしてリシュは、私をまっすぐに見つめて、「……ルリエル、あなたが作った、ハルピュイアのようにだよ」


 もうすぐ、門が完全に開く。

 それをくぐるために歩き始める、ほんの少し前。

 私は、たまらず、リシュを抱きしめた。つい、目頭が熱く濡れてしまう。


「う、うわっ!? なんだよ、ルリエル!?」

「ほほー。羨ましいな、リシュ。ルリエルの抱擁は、おれたちにとっては最高の名誉だぜ」と、ダンテの鷹揚な声が後ろのほうで響く。


 一方、リシュの、あたふたとした声が、すぐ耳元で聞こえた。


「る、ルリエル。言っとくけど、おれはザンヴァルザンが悪魔と戦うなんて、反対なんだぞ。いくらルリエルやブリーズがいたって、ザンヴァルザンが強国だって、カニシュカンドと同じことにならないとは限らないんだ。それは、妃王陛下にも申し上げるつもりでいる。せっかくおれを探してくれていたのに、ご機嫌を損ねて、こじらせるかもしれない。結構微妙な立場になるんだぞ、おれも、ルリエルも」


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