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第三章 リシュとザンヴァルザン妃王の君3


「新参者で恐縮ですっ。あたし、七つの封印に最近になって入れてもらってる、ブリーズ・ブラッサムです! 改めましてよろしくお願いします、ルリエル先輩っ!」


 私は口をぱくぱくさせて、カーミエッテ様を見た。


「事実だぞ、ルリエル。……そなた、すでに知己でありながら知らなかったのか? ここ三ヶ月ほどか、七つの封印の新たな魔法使い(マジックユーザー)として、ブリーズの名前はよく挙げられている。世の人々いわく、『凍嵐(とうらん)氷姫(ひき)』だそうだ。魔道による攻撃だけでなく、回復や補助の魔術も使える。余も過日、その手腕をここの庭で見せてもらった」


 お、驚いた。驚いたけど、でも。


「い、いや、それならブリーズ、分かってるでしょ? 六つの悪魔なんて、七つの封印が二人や三人いたからって勝てる相手じゃないって。やめたほうがいいわよ、こんなの」

「んー、でもぉ……」


 ブリーズが思案顔になる。


「でも?」

「私、子供の頃に、悪魔――それもまさに、ヴェルヴェッチ・アルアンシ――が放った魔獣に、両親を殺されてるんですよねぇ……」


 私の胸の中で、なんとか言いくるめようと思って燃えていた闘志が、瞬時に萎えていく。


「仇討ち、……だめでしょうか……? 一緒に、戦ってもらえませんか?」


 上目遣いで私を見てくる、可憐な美女に。

 気がつけば、私は、力なく、「はい……やります……」と答えてしまっていた。



 魔道を使う気力も起きず、ハルピュイアへの帰る道は、馬車に揺られて過ごすことにした。


「わあ、凄い。あたし貧乏で馬車なんてほとんど乗ったことないので、嬉しいですぅ」


 隣には、ブリーズが乗っている。はためくローブを抑えながら、その布地が風をはらむ感触に笑っている。

 幌なしの馬車にしたのは、正解だったかもしれない。風と景色を楽しんでくれているみたいだった。

 なんでも、彼女には現在住所というものがなくて、野宿同然の日々らしい。

 危ないでしょうと言ったら、「でも、悪いことしようとする人なんて、氷漬けにしちゃえばいいんですしぃ」と帰ってきた。

 そこでやむなく、ハルピュイアに泊まらないかと誘ったのだった。

 あんまり一般人の女の子を泊める場所ではないような気もするけど、防犯はばっちり(私がいるので)だし、ゲストルームはお客様の動線と重ならないので、そんなに問題もないと思う。


 夕日が、山の端にかかろうとしていた。

 今日は、正午過ぎから、男子たちは全員フル稼働のはずだ。明るい時間帯は、一般的な仕事をしていたり、主婦をしているお客様がよく来る。ある程度の身分の女性は、夜に予約が入ることが多い。

 私が出かけているときは、キールが全体を見ながら運営してくれるのが常だった。

 プレイヤーをやりながら監督もするわけで、なかなか大変なはずだけど、その気になれば私がおらずとも、キール一人でハルピュイアは回せると思う。


「ブリーズ、多分あなたが起きている間はうちの男子が勢揃いするタイミングはないと思うんで、行き会ったとこから紹介させてもらうわね。……二週間後の遠征までは、うちで寝起きしてくれていいから」


 うう。遠征。嫌だなあ。


「はいっ。それであの、ルリエルさん」

「なに?」


「妃王様のもう一個の相談ごとに、心当たりがあるみたいでしたけどぉ……」

「あー……うん。多分ね。銀髪の人自体が大陸では珍しいし、年恰好からしても、可能性が高いと思う」


 そう。遠征の件とは別に、私たちはもう一つの相談事をカーミエッテ様から持ち掛けられていた。




「実はな。余は、人を探しておるのだ。そなたら、七つの封印なのだから、その辺の一般人よりは各所に顔も効こう? 有力な情報を得たら、教えてくれ」

「人探しですか? ……逃亡している罪人とかですか?」


「ルリエルはどうも、発想が物騒よな。違う違う。カニシュカンドという、東大陸にあった国の王子よ。生きておれば、ようよう二十歳前というところだ。ただ、小さい頃から童顔でな、女の子によく間違われたらしい」

「東大陸の、王子……童顔で、二十歳前……かわいい顔……」


「そうそう、髪が銀髪でな。たいそう珍しいよの。それに、これも珍しいことに、王族でありながら治癒魔術の使い手らしい。銀髪の治癒魔術士なんぞいたら、ほぼ間違いなかろうな」




 妃王様の口調がありありと頭の中によみがえってくる。

 これはもう、リシュのことに間違いないだろう。なぜ妃王様がリシュを探しているのか、理由も聞いた。でもその理由が理由だけに、リシュの意志を確かめないうちは、彼を王宮に差し出すわけにはいかない。


「さすがルリエルさん、お顔が広いんですねぇ。本当にその心当たりが当たってたら、凄いですよぅ」

「顔が広いというか、ちょっと趣味と正義を兼ねてちょびっと清掃活動をしたようなもので……あれ? なにしてるんだろう、あそこ?」


 ハルピュイアの建物が見えてきた。その庭の少し右手にある空き地に、五六人のいかつい男たちがたむろしている。

 その正面に立っているのは、――リシュだった。あの銀髪、見間違えようがない。

 なにやら、ただならぬ雰囲気だった。まだ彼らと馬車の間には距離があり、到着までには数分かかる。いっそ、飛んで行ってしまおうか……とも思ったけど、そこまで切羽詰まった状況ではないようだった。


「リシュ、どうしたんだろう」

「ルリエルさん、私遠隔通話の魔術使えますから、ちょっと彼らの会話聞いてみますねぇ……」


 そう言って、ブリーズが両手のひらで耳をふさいだ。


「ふんふん……どうやら、あの男の人たちが、お店に難癖つけにきたみたいですねぇ……」

「難癖?」


「はいぃ。女性をかどわかしてるとか、堕落させてるとかぁ。あ、わ、私はそうは思いませんよ?」


 泊めることになった以上、ハルピュイアがなんのお店なのかは、ブリーズには言ってある。

 でもそうかあ、その手合いかあ……。面倒だな。吹っ飛ばして、ちょっと焦げ目でもつければ諦めてくれるかな。

 リシュ、あんまり無茶しないで、適当にいなしててよ。そんなのまともに相手することないんだからね。

 などと思っていると。


「おお……。あの子、結構言いますねぇ。『お前らに割く時間があるような暇人は、この店にはおれだけだ。言いたいこと言ったらさっさと帰りな』ですって」

「ああー、もおー。クレーマーなんて、まともに相手してけがでもしたら損だから、けがさせて追い返すものなのにー」


「なんだか不穏な発言を聞いた気がしますぅ。……うわぁ、あの男の人たち怒ってますよぅ。……うわ」

「……なに?」


「私の口から言葉にしたくはないような言葉で、お店の主人……つまりルリエルさんを、ひどくけなしてますねぇ……。えっえっ、建物に火をつけてやるとか言ってますよぉ」

「ほおっほおおおお。やっていいことと悪いことの区別もつかないような連中なのね。いいじゃない。まあ自業自得よね、自分たちで自分たちが負うけがを重くしてるんだから」


 私は手首をストレッチして、準備運動を始めた。まあ魔道と関節は特に関係ないんだけど、気分というものである。

 そこで、ブリーズが首をひねった。


「……あれ?」

「どしたの?」


「物陰に移動するみたいです。リシュくんと、男の人たち。……なんかリシュくんて子、『話し合いが無理でも平和にお帰りいただくことはできるぜ。そこに並んで、右の奴から順に一人ずつついてきな』とか言ってますぅ」

「……へえ……」


 ハルピュイアの後ろは、林が広がっている。物陰というのはそのことだろう。

 はて。


 五分後。

 林からすたすたと一人で出てきたリシュのもとに馬車が到達して、私とブリーズは地面に降りた。


 リシュは、後方の灌木のほうへ向かって、

「おいお前ら、性別を超えた世界が味わえてなによりだったな。いい思いしたんだから、なにもしないで大人しく帰れよ。こんなもんで済んだのは、よかったと思えよな」

 などと声をかけた。

 それに応えるように、林の中から、よぼよぼとした声が返ってくる。


 リシュは手をハンカチで拭きながら、「一人一分弱か。思ったよりかかったな」などと言いつつ、私たちに笑顔を向けてきた。


「あ、ルリエル。お帰り。そっちの人は? ローブで顔を隠してるってことは、魔法使い(マジックユーザー)?」

「今そこの林でなにをしてきたのかは凄く気になるんだけど、聞かないでおくわね。ていうか、え? あ、ほんとだ、どうしたのブリーズ。顔隠して」


「だ、だってぇ、ハルピュイアの人ってことは、その銀髪の子も、その……お店の男子、なんですよね? あたし、いざとなるとちょっと恥ずかしくてぇ……い、いえその、どんなお仕事も自由だと思うんですけどぉ、普段あんまりご縁のないというか、個人的にもご縁がないというかぁ」

「んー、なんとなく気恥ずかしいのは分かる気がする……。でも、リシュはうちの男子じゃないよ。少しの間、泊めてるだけ。リシュ、こちらブリーズ・ブラッサムさん。私と同じ七つの封印で、魔道士(ソーサラー)なんだ。二週間くらい、一緒に過ごすから」


 まだもじもじしているブリーズにも、リシュ――「七つの封印!?」と驚いている――を紹介する。

 その時、風がさっと吹いて、ブリーズのフードをまくった。ブリーズの、長い金髪と顔があらわになる。

 それを見てリシュが、


「初めまして、ブリーズ。とてもきれいな方ですね。おれは少し前からここにお世話になっていますが、とても気持ちのいいところです。よろしくお願いしますね」

「は、はうああああかわいいいい。こ、こちらこそよろしくですぅぅ。って、あれ、……銀髪……?」


 はっとした顔になるブリーズに、リシュが怪訝な顔をした。

 そのことで話があるの、と私は二人を事務室へ連れて行った。



「ああ。カニシュカンドの、行方不明の王子ね。……おれだね。ちなみに、第四王子だよ」


 リシュは、ここのところすっかり上手になった抽出技術で、私にはコーヒーを、ブリーズには紅茶を入れてくれた。

 そのカップをテーブルに置きながら、きまり悪げにうなずいている。


「す、凄いぃ。ルリエルさん、心当たりって、ご本人と一緒に暮らしてるんじゃないですかぁ。わっ、あ、熱っ」

「大丈夫、ブリーズ?」


「ううう、猫舌なんですぅ。ちょっと冷ましていいですかぁ」


 そう言うが早いか、


霜空(そうくう)よぉ」


 と魔力を放つ。

 たちまち、カップから立ち上っていた湯気が消えて、代わりに冷え冷えとした冷気が縁からあふれてきた。

 小規模な魔法だけど、構成の巧みさといい、錬成の素早さといい、確かにいい腕してるな、と思わされる。


「飲みやすくなりましたぁ。でもぉ、リシュさん、ザンヴァルザンの妃王様が探しているっていうのなら、リシュさんもザンヴァルザンの王宮を訪ねてくるおつもりとかじゃなかったんですかぁ? どうして、ハルピュイアにいるんです?」

「ああ、……それは」


 リシュが言いかけたところで、事務室にキールが入ってきた。


「ふう、次の予約までは少し間ができました。おや、お客様ですか?」


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