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第三章 リシュとザンヴァルザン妃王の君2


 若干目を逸らして、アーシェさんがもぐもぐと言う。

 私は半眼になった。


「じゃ、六つの悪魔言ってみてください」

「え、ええー。そういうクイズやめようよー。確か、

ヴェルヴェッチ=アルアンシ……火災の悪魔でしょ、大きいドラゴンみたいなやつ。ザンヴァルザンから最寄りの悪魔で、ここから西にある『霧の塔』に棲んでるのよね。

スノウ=アーチローダー……が、氷雪の悪魔。こいつは大体、東大陸に現れると。

プニンシュカロ=ハイ。大陸の北東の海の先で空を舞う、蛇状の悪魔、的なやつ。なにしろ空にいるから手が出せなくて、しかも雷落とすんだよね。

えっとそれから、あれあれ、ムニムニ……ムッチリ……みたいな……」


 多分、深海の巨獣こと、ムーニー=アースシーのことを言おうとしてるんだと思う。

 ……半分しか言えてないけど、もうこれ以上は出てこなさそうだな?


 それら六つの悪魔を束ねて、さらに海の先はるか向こうで、神々の極法(きょくほう)封印によって天から逆さ吊りにされているという、悪魔王なんてのもいる。

 けどそこまでは、ベルリ大陸で生まれ育った人でも知らない人がほとんどだった。

 そもそも、悪魔がベルリ大陸にやってくるきっかけになった「神々の発狂」についてさえ、いまだに信じていないという人がいる。


「とりあえずですけど、ザンヴァルザンで暮らすなら、ヴェルヴェッチ=アルアンシだけ覚えておけばいいとは思いますけどね。悪魔にザンヴァルザン一国で勝てるとは思えませんから、本当に討伐となれば、周辺諸国も巻き込んでかなり大規模な話になりますよ」

「へえー……。なら、民間の冒険者なんかじゃスカウトの対象にもならないから、うちではそこまで話題にならないのかしら……」


 すると。


「そんなことはありませんんっ! 悪魔退治は、常に官民一体でなくては成せないのですぅっ!」

「わっ!?」と私。

「きゃあ!?」とアーシェさん。


 そこに立っていたのは、いつぞやの、魔法使い美女だった。

 えーと、確か……


「ブリーズさん、でしたっけ」


 魔法使い美女が微笑んで、「はいっ」とうなずく。

 記憶を引っ張り出して出した名前は当たっていた。よかった。


「お久し振りですっ! あたし、ルリエルさんってどこかで聞いたお名前だなと思って、それで思い出しましたぁ! あなた様は、七つの封印――」

「うわあっ、しーっ! 一応お忍びなんだからっ!」


「し、失礼しましたぁ。私、嬉しくってつい。お会いできて、光栄ですぅ」


 ……前にも思ったけど、この人、見た目はかなりきれいなのに、なんだかしゃべり方が幼いんだよな……。


「でもでも、ルリエルさんがここに――ヴァルジにおられるということは、これから王宮に行かれるってことですよね?」

「え? そうだけど……どうしてそれを?」


 ブリーズは、自分の右頬を指で指した。


「あたしもなんですぅ! 一緒に行きましょうよぉ!」

「いや、そんな必要ないと思うけど……」


 などと、渋ったりしたのだけど。

 結局、私とブリーズはアーシェさんのお店で、サンドウィッチとレンズ豆のスープで簡単に昼食をとると、並んで王宮に向かった。


 衛兵さんたちとはもう顔なじみなので、「税金関係の書類の提出です」と言って会釈して、通してもらう。彼らは、私が七つの封印だと知っているはずだけど、普通の市民と同じに扱ってくれるので、ありがたい。

 それに、ブリーズも特にとがめられることなく、顔を見ただけで通された。


「ルリエルさんは、妃王(ひおう)様とはお知り合いなんですよねぇ?」

「うん。これでもそれなりに有名人だから、ヴァルジに流れ着いた頃に何度かね」


 妃王様という奇妙な肩書はあだ名みたいなもので、今現在このザンヴァルザンを統治している、カーミエッテ・ザンヴァルザン様のことだった。

 妃王というだけあってカーミエッテ様は女性で、それなら女王と呼ばれてもいいと思うんだけど、ご本人が好んで妃王と呼ばせている。


 ブリーズが「待ってますぅ」と言うので書類の提出を済ませると――ブリーズはなんの用で呼ばれたんだろうと思ったけど――、受付の女の人が、かしこまりながら「こちらへどうぞ」と言って、王宮の奥へ行くよう促してきた。

 ヴァルジの王宮は、役所を兼ねているのだけど、当然奥へ進めば王族の皆さんが暮らすスペースがある。

 なんとなく、嫌な予感はしていたんだけど。

 やっぱり、ただの書類提出では済まない話らしい。


 すると長い長い廊下の奥から、執事服を着た年配の男性がやってきた。


「ようこそおいでくださいました、ルリエル・エルトロンド様、ブリーズ・ブラッサム様。妃王様がお待ちです」


 うおお。

 妃王様が直々に。

 何ヶ月ぶりだっけ?

 そうだ、それに、ブリーズも一緒に? 私たちは、同じ用事で呼ばれたんだろうか?


 私たち三人は廊下を進み、やがて、壁のように巨大な、豪奢な赤い扉の前に立った。


「あのー。この先って、謁見の間では」


 私の質問に、執事服の男性は「さようでございます」とこともなげに答える。

 いや、謁見の間で妃王様にお目見えするって、結構大ごとなのでは。

 道理で、日時を指定までしてくるわけだ。


「なんか、大ごとみたいですねぇ……。あたし、とにかく来いって言われただけなのに……」とブリーズも落ち着かない様子でいる。


 小さな軋み音を立てて、扉が開いた。

 広く開けた空間の奥に、赤いじゅうたんが敷かれ、十数段の階段の上に玉座がある。

 そこに、妃王様が座っていた。

 私たち――執事服の男性は控えており、私とブリーズだけ――は会談の手前まで進み、お辞儀した。


 カーミエッテ様は、確か今年で二十九歳。波打つ金髪のロングヘアに、エメラルドグリーンの瞳が映えていた。

 かなり迫力のある輝ける美女で、まるで太陽を背負っているように見える。

 近隣国のブラストン公国の出身で、頭脳の明晰さと活発な行動力は、幼い頃から国の内外で有名だったらしい。

 十代でザンヴァルザン王国に嫁いだ後、二十二歳の時、子供がいないまま夫――国王を亡くして、その直後から今に至るまで、独身のまま国政を担っている。

 国政会議では、各方面の専門家たちに丁々発止で議論を交わすこともあるそうで、自ら前線に立つ指導者として国内の人気が高い、凄い人だ。


 それにしても、謁見の間まで呼ばれた割に大臣なんかの姿はなくて、ほかには警備兵の人たちくらいしか見当たらない。正式な場なんだか、カジュアルなんだかよく分からなくて、まごついてしまう。


「カーミエッテ・ザンヴァルザンである。久しいな、ルリエル。ブリーズは、先日振りであるな」

「はいぃ」


 妃王様の前でも調子の変わらないブリーズに、私は、え、と首を巡らせた。


「ブリーズ、最近王宮に来たの?」

「はいぃ。この間、初めてルリエルさんとお会いした日あったじゃないですかぁ。あの日、あたし王宮に呼ばれてたんですぅ」


 ……そういえばこの人、結構強力な魔法使い(マジックユーザー)なんだっけ。

 王宮づきになったりするんだろうか。


「そなたらが顔見知りだったとは、ちと驚いたが、余にとっては僥倖でもある。よかろう。早速だが、話を進めさせてもらおう。そなたたち、このヴァルジから西へ行ったところにある『霧の塔』を知っているな? ヴェルヴェッチ・アルアンシの根城だ」

「……はい。もちろん」


 ザンヴァルザンの住人で、それを知らない人はいないだろう。


「そこでだ。近日中――正確には、二週間後。わが軍は遠征し、その『霧の塔』を、攻略したいと思う。お前たちには、その遠征軍に加わってもらいたい」

「え!? なぜですか!?」


 なぜというのは、軍に加わることではなくて、遠征それ自体に対してだ。

 ウィキンシャの言ってたことが、現実になってしまった。


 思わず言ってしまった私の視界の端で、衛兵が武器を持ち直すのがちらりと見えた。

 口答えとは無礼な、というわけかな?

 でも、こちらもはいそうですかと聞き入れるわけにはいかない。


「恐れながら妃王陛下、ご存じのこととは思いますが、六つの悪魔はいずれも、人知を超えた力を持っています。私を今日お呼びいただいたということは、悪魔討伐の遠征に加われとおおせでしょうか……? ですが私は、楽観的にはそのお話をうかがえません。危険すぎます」


 妃王様は、にやりと笑う。


「そうか? こなたの兵はかつてなく精強に仕上がり、周辺諸国からの助成の約定もすでに取りつけてある。しかも、今我が国には、風来坊揃いのはずの七つの封印が二人もいる。今をおいて、それ以上の好機がいつ巡ってくると思うのだ?」


 これだ。

 ベルリ大陸の人々には、たとえ悪魔との戦いが小康状態にあっても、「自分たちの手で悪魔を討つ」という強固な信条があるんだ。

 だからどの国も、平和な状態でも軍隊の強化や兵士の鍛錬を欠かさない。かなりの公金がそこへ注ぎ込まれても、そうそう不満の声も出ない。

 この遠征、妃王様がその気になっているとすると、これを覆すのはかなり難しいと思う。

 けれど……。


「ルリエル、余はそなたには前々から一目置いておる。単に西大陸最強の魔道士(ソーサラー)であるというだけではない。異世界よりこの大陸にただ一人忽然と現れ、そこから他を圧する魔道を身に着けながら、己の才覚で商いを切り盛りしている。余とはあまりに立場が違うが、一人の人間として、そなたという女傑には敬意を抱いておるよ」

「……もったいないお言葉です」


 優れた国の指導者からそう言ってもらえると、なんだかじんときちゃうな……。

 私としては、妃王様に個人的な恩もあるので、心情的には反論しづらい。ろくにつてもノウハウもなく、キールと一緒にこのザンヴァルザンに流れ着いた時、同情してくれたのだろうカーミエッテ様が色々手助けしてくれなかったら、ハルピュイアはなかったかもしれない。

でも、この遠征は、やめられるものならやめて欲しい。

 なんと言えばいいのかも分からないまま、とにかく沈黙してしまわないように、私は口を開いた。


「……しかしながら、陛下。ここのところ、ヴェルヴェッチ・アルアンシによる被害は、私がザンヴァルザンに参った頃より、確認できておりません。今少し、準備を整えられてからのほうがよろしいのではないかと」

「確かに、人的な被害は出ておらぬ。しかし、調査隊の報告によると、『霧の塔』の周辺では二ヶ月に一度程度、巨大な炎が吹き上がり、悪魔がその持て余した力を誇示しておるという。その炎が、明日には我が国に向かぬという保証はあるまい。……このベルリ大陸のいずれの地も、かつては悪魔どもに蹂躙され、焦土と化した。反攻の期はすでに充分にうかがい、備えてきたのだ」


 ですが、とさらに言いかけて、なにかが引っ掛かった。

 なんだっけ。たった今じゃない、さっき、なにか、凄く気になることを言われたような。

 ……あ。


「……七つの封印が、二人……?」

「ん? そうだ。そこに二人、揃っておろう」


「二人……」


 私がそう呟くと、すぐ隣で、今までずっと静かにしていたブリーズが、

「はいっ」

 と手を挙げた。


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