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第二章 ダンテと離婚希望の君8


 長居は無用とばかりに、ダンテが、フルクトラさんに退室を促した。

 フルクトラさんは小さくうなずいて、ドアに向かう。


「ま、待てえ! まだ話は終わってな」


 そのリドーレの前に、今度は私が立ちふさがった。


「リドーレさん。今日の私の魔道、見たわよね?」

「あ、ああ?」


「フルクトラさんとセレラの新しい生活は、今後あなたが彼女たちに関わらないことで成立する。だから、もしあなたが今後二人の前に現れるようなことがあったら、すぐに私がひとっ飛びしてきて、あなたを撃つ」

「……な……」


「その時は、もちろん、審判もいなければ対魔法処理も施していない生身で、私の炎を受けることになるわよね。だから、そんなことはしないように。それに今のあなたは家庭を持つより、プレイヤーに集中したほうが、結果を出すタイプに見えるから」


 それだけ言って――初めから、彼と直接かわす言葉は最小限にしようと決めていた――、立ち尽くしているリドーレを置いて、私たちは部屋を出た。

 隣の部屋のキールを呼んで合流し、ホテルを出る。


「お待たせしちゃったわね、セレラ」と私は小さな頭を見下ろす。

「ううん、全然。……お父さんは、どうでした?」


「うん、ちゃんと分かってくれたよ」


 少なくとも、悪さをしたら、どんな目に遭うかくらいは。


「そ、そうですか。よかった……のかな。お母さん、あたしたち、新しい家に引っ越すの?」

「ええ、そうよ。お仕事も、新しいおうちから近いところに変える予定なの。何件か候補を見つけてあるから、一緒に見に行きましょう」


「……うん!」


 親子は、跳ねるように歩き出す。


「しかしルリエル、なかなか気の利いたタンカだったじゃねえか。練習してたのか?」

「ま、必要なことだけちゃんと伝えられるようにね。だめ男っぽい人とは、関わりを最小限にしてるの、私」


「最後の最後に、ちょっとあいつのプライド守ってやったとこなんかは上手かったな。一方的にへこますだけだと、逆に燃え上がる奴もいるからなあ」

「逆切れってやつね。私、辛抱してきて我慢できずに切れちゃった人に対して簡単に逆切れって言うの嫌いだけど、リドーレが今回の件で切れだしたらまさに逆切れよねー」


「人間、喜怒哀楽についてくらいは順当に抱きたいもんだな」


 セレラたちの引っ越し(ダンテが肉体労働的に大活躍して、フルクトラさんにかなり恐縮された)が無事済んで、十数日後。

 ハルピュイアに、フルクトラさんからの手紙とお礼の小包が届いた。

 離婚の手続きは無事に終えて、あれから、リドーレが変にちょっかいを出してくるようなことは今のところない。新しく始めたフルクトラさんの仕事は順調だという。

 セレラも、新居の近くにいい託児所があって、安心して預けられているとのことだった。


 実は、ダンテが一度、リドーレに手紙を出していたらしい。


「ちょっと、分かって欲しいというか、考え方を変えて欲しいところがあってな」


 内容は、

「女性が、心に決めた男性に抱かれることを求めるのは、いけないことじゃない。そういうことを夢見るのが、悪いことのはずがない。しかし、その夢を期待させながら裏切るのは、はっきりと悪いことだと思う。お前にはお前のつらさがあったと思うし、それは誰にも否定できない。ただ、一度は幸せにすると誓った人のために、そのつらさに耐えて欲しい」

 ……というものだ。


「分かってくれなくても、いいんだけどな。少しはおれは、あいつに期待しているのかもしれん。同じ競技に打ち込んだ者同士としての思い入れかもな」


 そう言って、ダンテは頭をかいた。


 なお、フルクトラさんの勤め先というのは、先日ちょっぴりばかり痛い目を見た、ビロウサー・シモンズの司る薬術院である。専門的な知識がなくても、雑用が溢れんばかりに現れてくる職場なので、やる気さえあれば初心者歓迎なのだ。

 シモンズは、私から頼んだら二つ返事で(なぜか少し震えながら)引き受けてくれたので、フルクトラさんの雇用の話はすんなり進んだ。

 やっぱり、善行というのはあらかじめ積んでおくものだなあ、と改めて思った。


 事務室でフルクトラさんの手紙をゆっくり読んでいたら、キールがやってきた。


「ルリエルは、手紙をゆっくり読むのが本当にお好きですね。ところで、その小包は開けても?」

「あ、開ける開ける。ハサミ貸して。……わー! コーヒーのセットだ! しかも結構な高級品! あ、さっすが薬術院、ハーブティのセットもある! やったー!」


 すると、トリスタンがいきなり事務室に躍り込んでくる。


「……ハーブと聞いて……! わあ、なんですかその珍しい色の香草類は!」

「あー、トリスタン見て見て! 私より、トリスタンに任せたほうがおいしく飲めそう!」


 そんな風にして。

 私のマジカルボウルデビュー(その後かなり本気のスカウトをニーノアーマさんから受けたけど、ハルピュイアの仕事が忙しいからと、なんとかお断りした)を含む、一連の出来事は収束していった。


 余談としては、その後、一度だけフルクトラさんがダンテを指名して、ハルピュイアに来てくれた。


「私、当分、もうこういうことはしないと思うので、どうか、思い出に……。前回は、夢中で、あまりよく覚えていないこともあったものですから……」


 玄関で恥ずかしそうにそう言うフルクトラさんを、ダンテはうやうやしく部屋へ連れて行った。

 この時は交合まで進んだのかどうか、それは聞く必要もなかったし、ダンテも特に口にしなかったので、私は知らないままでいる。

 それでいいだろう。うん。


 奉仕が終わって、フルクトラさんがお帰りになる時、私は見送りに遅れてしまった。

 急いで玄関に向かうと、ダンテとフルクトラさんがなにやら話していた。


「私、今回のことでは、本当にダンテさんとルリエルさんにお世話になって……お仕事まで紹介していただいて。なんとお礼を言っていいのか……」

「おれもルリエルも、そのお気持ちだけで充分ですよ。といっても、ルリエルがいなければ、おれもここまで鼻を突っ込んだとは思えんので、ほとんどあいつの手柄と言ってもいいかな」


 フルクトラさんは「そんな」と言いながらダンテに改めてお礼を言い、

「私やセレラは、ルリエルさんにとってはただの通りすがりでしょうに……いつも、あんな風なのですか? 他人のために、マジカルボウルにまで出て」

「ま、そうですね。今回のきっかけは、娘さんが街中で泣いていたことですよね? あいつは、そういうのがどうも放っておけないようで。たとえば、おれは大の男で、ルリエルよりもずっと腕っぷしも体力もありますが。そんなおれが、道の端で涙を流していたら、あいつは手を差し伸べてくると思います。知り合いでもなんでもなくてもね」


 そ、そうかな。

 自分ではそうとは言い切れないけど。なんだか凄くいい人みたいに言われている気がする。


「きっと……ルリエルさんが、強力な魔法使いだから、そんな生き方ができるんですね……。少し、羨ましい気がします」

「確かに、あいつはサシの勝負なら大陸でもほぼ無敵でしょうからね。ただ、……あいつの場合、たとえ魔力が尽きて、魔法をなに一つ使えなくなるような、のっぴきならない窮地に陥っていたとしても、……生き方を変えない気がします。自分が強いとか弱いとか、相手より自分のほうが強いかとか、そういうのは気にしねえんじゃねえかな。助けたいと思ったやつを、助けたい。それを迷わない」


 フルクトラさんが、軽く目を見開いた。

 そして、口元に笑みを作る。なにか、満足そうに。


「おれも含めて、今ハルピュイアにいるのは、そういうルリエルと一緒にいるのが居心地よくてたまらないってやつらなんですよ。この男娼館が大勢のお客様に満足してもらえているのは、根底にそういうものがあるからだと思ってます。ルリエルがいるから……」


 限界であった。

 私は、スカートを翻して、二人の前に躍り出る。


「ど、どうもーフルクトラさん、本日はまことにありがとうございました!」


「うおびっくりした。来るのがおせえよ、ご主人様」

「すみません、今日はいい思い出を作っていただけましたか? 馬車を呼んでありますので、気をつけてお帰りくださいね!」


 フルクトラさんがおずおずと、

「あの、ルリエルさん……お顔が、真っ赤です……」

 などと言ってくる。


「あ、さては、聞いてやがったな」

「聞こえちゃったのよっ! なんか凄く持ち上げてなかった!?」


「特に聞かれてまずい話をした気はねえからな。よかっただろ、従業員の本音が聞けて」


 ダンテがふふんと鼻を鳴らす。

 なんだかどたばたした感じで、フルクトラさんは、くすくすと笑いながらハルピュイアを後にしていった。


「さて、残念ながら、あの方はリピーターにはなってくれなさそうだからなあ。次のお客様に、励まなきゃな」

「……あの、ダンテ」


「あん?」

「後から思ったんだけど。マジカルボウル、あんまり出たくなかったりしなかった? もしかして、前やってた競技って、複雑な気持ちになったりするもの? 私、そういう経験がないから……」


 ダンテは、肩をすくめてから、私の肩甲骨の辺りをぽんぽんと叩いた。


「いいや。感謝してるよ。もう一度、あのフィールドに立てるとは思ってなかったからな。さ、次の予約まで少し時間があるから、コーヒーでも飲もうぜ。おれが入れるよ、お礼に」


 そう言って、浅黒い肌の筋肉だるまは、似合わないウィンクを一つして、私と並んで事務室へ歩いて行った。

 そして、自分の分はしっかりと、コーヒーではなく高級紅茶を入れていた。


 なお、本当に余談ながら。

 マジカルボウルの賭けで、私たちのチームにかなりベットしていたらしいキールは、あの一戦で大変儲かっており。

 しばらくはほくほく顔で、ロングソードの高級お手入れグッズを買い揃えたりしていた。



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