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第二章 ダンテと離婚希望の君5


 くそ、悪いのは適当なこと言って適当なことするほうなのに、なんでフルクトラさんが気に病むのだ。


「もとより、私が女性としてそう魅力的とは、自分でも思っていません……だからこそ、舞い上がってしまったんです。『籍を入れたら、毎晩だって愛してあげる』なんていう、浮ついた言葉に」


 くわ。

 それを聞いて、思わず私の腰が椅子から浮いてしまった。


「なんてやつ……!」と、私の歯の間からうめき声が漏れる。

 フルクトラさんも、ダンテもびっくりして目を見開いていた。


「毎晩愛する、なんて言っておいて、そんな期待をさせておいて……いざ結婚したら興味をなくした? 言語道断……! 詐欺じゃないですか、そんなの!」


「は、はい。お恥ずかしい話、結婚の前にあの人の腕に抱かれた時は、生き返ったような気がしました……女性として、欠けていたものを埋めてもらえたような。それを結婚後も得られると、期待してしまったのは本当です。その分、失望したのも。でも、そればかりにとらわれてはいけないんですよね。私には、セレラがいるんですから。正直、生んでみるまで、子供がこんなに大切な存在になるなんて、思ってもみませんでした」


 泣き顔が、いつの間にか、雲間に光が差すように、微笑みに変わってきていた。

 そうかあ、いい子なんだろうなあ、セレラ。なんかこういうのは、気持ちが救われちゃうな。


「安心してください。私たち、フルクトラさんとセレラが落ち着くまで、なんなりと協力しますよ!」

「ありがとうございます。実は、そんな風に吹っ切れた気持ちになれたのは、お恥ずかしながら……昨夜、ダンテさんに、その、お相手をしてもらってからなんです」


「ほへ?」と首を前に突き出す私。

「ほお」と満足そうにうなずくダンテ。

「ダンテさん、凄かったです……だって、最後までしてないのに、あんなに満たされた気持ちにしてくださって……。家に帰って、しばらくはぼうっとしていたんですが、不思議にどんどん頭が冴えていって。なにか、解放されたような心持ちでした。だから離婚を決断できたんです。勢い任せじゃなくて、私と娘のためにそうするべきだって、ちゃんと判断ができました」


「へ、へええ……。そういうもん、なの?」


 ダンテのほうをうかがってみると、


「ま、人と場合によりけりだろうよ」


 と身も蓋もない返事が返ってきた。


「それに、ダンテさんは、体も、とても熱くて、たくましくて……ドキドキしてしまうんですが、安心感があるというか……。あ、し、失礼しました!私ったら、こんなに明るいうちからなにを……」


 フルクトラさんは、真っ赤になって顔を覆ってしまった。

 ふーん。筋肉って凄いなあ……。


 ダンテが、カプチーノのカップを左右に傾けてから、穏やかに置いた。

 ハルピュイアの事務室でも、何度か見たことがある。本題を進める時の、彼の癖だ。


「じゃあ、フルクトラさん。リドーレといったか、あなたの夫が所属しているチームは?」

フルクトラさんはぱっと顔を上げ、「あ、は、はい。『メメン・トモモリ』といいます」

「トモモリか……結構新しいチームだな。オーナーは、ニーノアーマという女性実業家だったな。確か、次の試合は、『キッス・リョシナカ』というチームが相手のはずだ」


「え。詳しいじゃないのよ、ダンテ」

「前に、少しかじってたんでな。今でも公式戦くらいは追ってる。……ルリエル、ニーノアーマって、うちの上客なんじゃなかったか」


「そーよ。ハルピュイアが始まって、割とすぐに常連さんになってくれたわね」

「どうだ、たとえばオーナーに直訴して、おれとルリエルとリドーレを、次回だけ出場させてもらえたりしねえかな」


 フルクトラさんがぎょっとしたようにのけぞった。

 まあ、無茶な話ではあるよね。


「えー、八人制のゲームなんでしょ? 八分の三を、私たち絡みの選手にしてもらうってこと?」

「チームメンバーにはそりゃ面白くないだろうが、勝利と集客、それに賭けの勝利は保証できるぞ。おれは、今でも並みの現役選手には負ける気はしないし、ルリエルが魔道でサポートしてくれれば、まあ一人くらいポンコツの役立たず(リドーレのことだろう)でも勝てるさ」


 そういえば、マジカルボウルって結構な賭けの対象にされてるって聞いたことがあるな……凄くおぼろげだけど……。

確か、地球でもサッカーとかでの賭けは、日本でも外国でもよくやってたんだっけ。

 それはそれとして、別のところで、私は、小さく首をかしげる。


「勝利と、集客? 私たちが出ると、レギュラーの人たちよりお客呼べるの?」


 ダンテが胸を張って、拳を顔の前で握った。


「まあな。俺が出るとなれば、そうなるだろうよ」



 話は、とんとん拍子に進んだ。

 ベーカリーを出た私とダンテは、急行の乗合馬車で、さっそくニーノアーマさんに会いに行った。

 彼女は、五十歳くらいの細身の女性で、厚めのお化粧や矯正下着によるスタイルのせいか、とても溌溂として見える。

 そんなニーノアーマさんが、彼女のオフィスでダンテを見るなり、わなわなと手を震わせた。


「そ、そんな……。知らなかった、ハルピュイアに、ダンテが……あの、ダンテ・マーラーがいたなんて……。いつも、キールくんを指名しているから……」

「おれがハルピュイアに入ったのは、キールより少し後からなんですよ。今日お会いできて、光栄です。……ところでオーナー、今日はご相談がありまして……」


 驚くほどすんなりと、次のメメン・トモモリの試合は、私とダンテとリドーレ氏がスターティングメンバーで出ることが決まった。

 帰りの馬車で、ダンテに訊いてみる。


「もしかしてダンテって、かなり有名な選手だったりしたの……?」

「まあな。ルリエルは、ハルピュイアの男子の過去を、あまり自分から訊かないだろう。だから言う機会もなかったんだが。……十四歳で二軍(サテライト)でデビューして、十七までやってた。引退理由は、けがだ。足首をな。今は、一試合くらいは多分平気だろうが。これでも、天才って呼ばれてたんだぜ」


「そうだったんだ……。格闘技やってたってのは、聞いたけど。スポーツ選手だったなんて」

「マジカルボウルを辞めてから、素手格闘(パンクラティオン)の世界に入った。そっちでも、おかげさまでチャンプになれた。東大陸ではマジカルボウルよりそっちが有名だったから、東の出身らしいリシュはその評判を知ってたみたいだな」


 ああ。そういえば、最初の時にリシュが驚いてたっけ。


「で、格闘の世界ってのはパトロンがいる。おれのパトロンは、自分の妻をないがしろにする男だった。経済的に困窮させていなかった分、リドーレとやらよりはましだったかもしれないが、……おれは、大きな屋敷の中で孤独に打ちひしがれるパトロンの妻を見ていられなくて、……いつの間にか、関係を持った」


 ダンテはもともと人のいい性格だけど、前々から、孤独を思わせる女の人には特別な思いやりを見せるところはあった。

 そうすると、きわどい立場の女の人と、特別な関係に発展しやすいところはあるのかもしれない。


「おれは、間男だよ。軽蔑したか?」

「その話だけじゃ、軽蔑なんてしないよ。間違ったことだったとしても、必要なことは、あるんだろうし」


 ダンテが、小声で「ありがとよ」と言ってから、続けた。


「やがて、夫のほうにばれて、おれは格闘技団体にいられなくなった。パトロン一人に睨まれると、なかなかやりにくい業界でな。ほかのチームにもなかなか入れなかったんで、地下格闘のある都市にでも行こうと思って、旅に出たんだ。その途中で、ルリエルに雇われた。今の仕事は性に合ってる。感謝してるぜ」

「え、いや、それは私のほうこそ。ハルピュイアは、男子なくしては成立しないんだし」


「……驕らないな、ルリエルは。救われるよ」


 ダンテが、いつになくまじめな声でそう言った。

 私はその急にこわばった空気にあらがうように、


「で、でもさ。それなら、今までハルピュイアでダンテの名前見て、『あの有名な選手だ!』っていって来たお客様って結構いたの?」

「ああ、たまには。ただ、ベルリ大陸民の気質的に、同姓同名の別人かただの騙りだと思われることのほうが多いな。良くも悪くも自分の目で見たものしか信じないというか、『〇〇ということは〇〇なんだ』って憶測で思い込みを持つことがあまりないんだ。今回で言えば、『ダンテ・マーラーって名前の男娼がいるってことは、あのマジカルボウルのダンテだ!』……とはなりにくいってこったな」


 そういうものなんだ……。ベルリ大陸では、ゴシップ紙の類はあまり流行らないかもしれない。


「とにかく、話はまとまったな。ほかのチームメイトはいい気はしないだろうが、一試合くらい勘弁してもらえればいいんだがな。チームワークは期待できないだろうから、おれがとにかくアシストしまくって、リドーレにゴールを決めさせまくる。ルリエルは、魔道で相手選手を攻撃しまくってくれ。相手チームにも魔法使い(マジックユーザー)がいるだろうが、こっちは『七つの封印』だ。後れを取るわけがないからな」


 ダンテがにやりと笑う。

 こんなにも、なにかをまくってばかりの作戦が、かつてあっただろうか。


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