第一章 キーランドと薬術院の君11
「いよおし、馬車を持ってこおいお前らあ!」
「はっ、ウィキンシャ様! 『男がゾロゾロいると二十歳かそこらの女のルリエルが圧迫感を覚えて息苦しいだろうから、適当に隠れておけ』とのご指示、我ら完遂いたしました! 早急に馬車をお持ちします!」
リーダー格らしい、髪の短い筋肉質の男性がそう言うと、、ウィキンシャがぱっと頬を赤らめた。
「ばっ、お前そういうの人前で言うなよなあ! こっぱずかしいだろうがあ!」
「しかし、ウィキンシャ様のお心遣いがまるでお相手に伝わらぬというのは、我らなんとも切のうございます! 勝手をお許しくださいませ!」
そう言い終わるころには、近くに隠してあったらしい馬車が、庭の柵の外に到着した。
「じゃあなあ、ルリエル! お互い儲けようやあ!」
そう言ってひらりと馬車に飛び乗り、一度踏み板を踏み外して膝を打ったウィキンシャは、仲間たちとともに帰っていった。
まあ、うちのお客様の帰りと鉢合わせにならなくてよかったかなとは思う。
「霧の塔の悪魔が……活発に動き始める予兆? 本当に……? そんなの……」
知らず、私の口からは言葉が漏れていた。
ともあれ、もう少し情報が欲しい。トリスタンの調査対象を、お客様周りから国の動きのほうに重点を変えて――
ぎしゃああああああッ!
「な!? なんだ!?」
リシュが叫んだ時には、キールは剣の柄に手を置いていた。そして音のしたほうを睨む。
私も同じように、暗い夜の中の、その方向を見た。今まさに、ウィキンシャたちが去っていった方向だった。
まだ、アウィス・デンタータ一行は、ここから数百メートルほどしか離れていないだろう。
私たちは駆け出した。
「キール、ついてきて! リシュは戻っていて!」
戦闘能力のないリシュを、連れて行くわけにはいかないと思ったけど。
当のリシュが言い返してくる。
「いや、さっきの叫び声は、ただの獣なんかじゃない。なにが起きてるかは分からんが、けが人が出ていれば、おれの治癒魔術が必要かもしれないだろ」
……確かに。
「じゃあ、行くよ! 飛べ、火竜よ!」
私はキールとリシュを片手ずつでひっつかみ、本日三度目の飛行を行った。
馬車は、すぐに前方に見えてきた。
暗い中でも、煙を上げて、完全に横倒しになってしまっているのが分かる。
中から這い出ている、ウィキンシャと、男性たち。そして彼らのすぐ目の前には、銀色の鎧のようなうろこをまとった、巨大なサイのような生物が二頭いた。
悪魔の下僕――魔獣だ。こんなところに!? と、思わず胸中で悲鳴を上げてしまう。
「ちいいいっ、なんだこりゃあ! お前たち、馬車を盾にしてこの化け物どもから距離をとれえ!」
気丈に指揮するウィキンシャ――こういうところを見るから、つい私はこの人に敬語を使ってしまう――の、ようやくすぐ後ろまで、私たちは到達した。
「キール、右のやつお願い! 私は左をやるから! リシュはけが人を見てあげて!」
「了解しました!」
「分かった!」
「逆巻け、――」
唱えながら、私たち三人は着地して、おのおのの行くべきほうへ駆け出す。
ウィキンシャが私たちのほうを振り返った。
「ルリエル、お前ら……助けに来てく」
「渦炎よッ!」
渦を巻く鮮やかな炎の帯が、向かって左側にいたサイに収束して直撃する。
熱風と炎の威力で、うろこの大半がめくれ上がったのが見えた。
「どおおおおおおっ!?」
ちょっぴり炎が顔をかすめたウィキンシャが、悲鳴をあげて飛びすさった。
「あ、危ないだろうがオラア!」
「当たってないから大丈夫です! それはそれとして、穿て、――」
「それってあたしが言うから大丈夫なんじゃないのか普通!?」
「――紫焔よッ!」
紫色の魔法の矢が、五発、まだ煙に包まれている左のサイに殺到した。二発は正面から。残った三発は、右、左、後ろから、それぞれサイに突き刺さる。
これで足は完全に止めた。やつはもう防御能力なし、逃げ足なし!
ぐおおおお、とサイが雄叫びを上げる。
断末魔のように。
よし、とどめ!
「爆ぜろ、――」
私は右手のひらをサイに向けて、唱えた。
「爆炎よッ!」
一瞬の光。そこからわずかに遅れて、音。
きゅどおんっ! と手加減なしの爆発が、サイを包み込む。
黒こげの巨体が、どさりと倒れた。
よし、次。
右手にいたもう一頭のサイとは、キールが切り結んでいた。
何度もキールのロングソードがサイの体に打ち込まれているものの、あのうろこが硬くて、まだ致命傷は与えられていないらしい。
……と思っていたら。
ぞりん、ばりん、と妙な音がすると思ったら、キールは剣でサイの体を逆なでして、うろこを削り落としていた。
魚のうろことりか、あいつは。しかも、生きて動いている魔獣を相手に。
「はっ!」
キールが気合を吐いてロングソードを一閃すると、サイの首がどさっとその場に落ちた。
大量の血をしぶかせながら、こっちのサイもどうと倒れる。
よし、二頭とも撃破!
私は馬車のほうを振り返り、
「けがはないですか、ウィキンシャ!」
「あー。助かった。てかなにあの子、治癒魔術使えんだ? 今、うちの若いのがちらっと腕切ったんで治してもらってる」
とりあえず、大けがした人はいないみたいだった。
それはよかったんだけど、それにしても……。
キールが歩み出てきて、
「この辺りに魔獣が出るなどとは聞いたことがありません。一体なぜ……」
と私と同じ疑問を口にする。
ウィキンシャが、ドレスの埃をぱんぱんとはたいた。
「やっぱ、本当ってことかな、ヴェルヴェッチの活発化って? ルリエル、お前も少しずつ王国の中心に探り入れてみろよ。で、敬語は次回以降禁止な」
治療を終えたリシュが、ぼそりと呟く。
「よく今の魔法見て、怖気づかずルリエルと対等に話せるな……」
ウィキンシャは、男子たちに肩車されて、今度こそ帰っていった。
私たちもようやくハルピュイアまで戻ると、ちょうど、ダンテがお客様と一緒に出て来るところだった。
ダンテはそんなところにいる私たちに少し驚いたようだったけど、うやうやしく私を手のひらで示し、
「店主です」
と紹介してきた。
私とキールは素早く身だしなみを確認して髪を整えると、カジュアルな格好をしているリシュを後ろへ隠した。
ほんの少しいつもより高い声色で、にこりと笑顔を浮かべ、私はお客様に言う。
「ご満足いただけましたか? またのご来館を、心よりお待ちしております」
キールも深く腰を折った。
リシュが、小さな声で
「プロだな……」
と言ったのが聞こえた。




