表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/39

第一章 キーランドと薬術院の君10


「ルリエルが私と一緒にやってくれるというのは驚きでしたが、当初は思ったよりもお客様が多くいらして大変でしたね。ルリエルが少しずつ男子を増やして、今では六名になりましたが、連日盛況でありがたい限りです」

「うん。私的には当分はもう男子を入れる予定はないけど、今は結構いいバランスで回ってると思う」


 やがて、ハルピュイアの屋根が見えてきた。

 まだ、ダンテたちは仕事の最中だろう。ほんのり、控えめな明かりが、いくつかの窓に見える。


 お客様の目障りにならないように、建物の裏側の、庭の少し前に着地した。


「ふー、着いた着いた……あれ?」


 表玄関のほうの庭先に、人影が見えた。なぜか、体のところどころがきらきらと輝いている。

 お客様、……ではないだろう。こんなに遅い時間に予約は入っていない。


 キールが、「ルリエル、あれは……あの人です」と小声で告げてきた。


「ああ……あの人かあ……」

「どういたしますか? 私が話しましょうか」


「ううん、ありがと。私が行く……」


 怪訝そうにしているリシュをよそに、私は人影に近づいて行った。

 距離が迫ってくると、夜の闇の中に溶け込みそうな、緑がかった黒色のロングヘアが見てとれた。

 均整の取れた体を、黒いドレスに包んでいる。いつも通りだ。

ドレスが、つやを出せるだけ出した革製なのもいつも通りだ。月の光を反射して、遠目にはきらきらだったのが、今はぎらぎらと光っている。


 向こうも私に気がついた。


「戻ってきたか……ルリエル・エルトロンド。どこに行ってたかは知らんが、主が館を夜中にほっぽり出して、いいご身分だなあ。あん?」

「……なんの御用でしょうか。ウィキンシャさん」


 彼女――ウィキンシャ・ナッジャ――は、それを聞いて立ち上がる。つかつかと寄って来ると、女性ながらにドスの利いた声で言ってきた。


さん(・・)はいらないっつってんだろが! 商売敵に敬語なんて使いやがって!」

「で、でも、一応年上の方ですし」


「十も離れてないだろうが! あたしは今年二十七だぞ!」

「だから年上じゃないですか……」


「お前は『七つの封印』だろうが! お前とあたしどっちが格上かなんつったら、もちろんあたしはあたしだと思ってるが、それはあたしの中での話であって……ん?」


 そこで、ウィキンシャは、私の後ろにいたリシュに目をとめた。


「おやおやおやおや、新入りかい! あたしはウィキンシャ・ナッジャ、ここから西に行ったところにあるザンヴァルザン最高の男娼館、アウィス・デンタータの女主人よお!」

「あ、は、はじめ……まして? おれは、リシュといいま……」


「あっはっはっはあお盛んだねえ! また新しい男子を入れたのかい! ずいぶん幼く見えるが、まったくどこから見つけてくるやら!」


 額に手を当てて――ついでに思い切りのけぞって――高笑いするウィキンシャに、私はひらひらと手を振り、


「あの、ウィキンシャ(睨まれたので敬称だけは外す)。彼はうちの男子じゃなくて、たまたま知り合っただけの男の子なんです。アウィス・デンタータが新しい子を入れたっていうのは聞いてます。凄いですね、繁盛してて」

「ふっふっふっふ、そうなんだよ! ルリエル、あんただってうかうかしてらんないんだから! 量のデンタータ、質のハルピュイアなんて言われてんのも今のうちさ! 量は質を担保するのだからね! あーっはっはっは!」


 できれば、夜空に響き渡るその高笑いをやめて欲しかったけど、言って分かる相手でもないのは重々承知している。

 後ろのほうからは、キールとリシュのひそひそ話が聞こえてきた。


「キール……なんなんだ、アレ?」

「あの方、ウィキンシャ様は、今話に出ていたように、男娼館の経営者です。うちとは商売敵、というかあちらのほうが老舗ですね。なにしろ、ウィキンシャ様で三代目ですから」


「へえ……やり手なのか」

「かなりの。世間の風当たりの強い男娼館を、着実に成長させる手腕をお持ちです。従業員にも慕われているようですね。ザンヴァルザンのナンバーワン男娼館といえば――少なくとも規模でははるかにあちらのほうがハルピュイアより上なので――アウィス・デンタータを挙げる人のほうが多いと思われますよ」


「……手腕? ……あれで?」

「あれで、です。ルリエルが『七つの封印』と知りながら互角に接するあの胆力といい、凡庸な人間では決してありません」


「ってことは、あのウィキンシャって女も魔道士(ソーサラー)?」

「いえ。彼女は特に魔法は使いませんし、特別な能力もなく、ただの気の強い普通人です。行きがかり上、ルリエルに何度か魔法で吹っ飛ばされたことがありますが、全然態度が変わりません」


「な……」


 リシュが絶句する気配が、背中に伝わってくる。

 あったなあ、そんなことも。だって、ウィキンシャって徹頭徹尾この態度だから、てっきりなんらかの魔法使い(マジックユーザー)だと思ったんだもん。


 私はこほんと咳払いして、

「それで、今日はなんで、こんな夜中にうちまで?」


「おっとお忘れるところだったわあ! 本題を聞き逃しかけるとは、やはりまだまだよのおルリエル!」

「あ、はい。もうそれでいいですけど……」


「用心しな! 首都ヴァルジのほうで、なにやら不穏な動きがあるからなあ!」

「不穏、ですか?」


「騎士団や魔法使いの、軍編成に変化があったようだあ! ザンヴァルザンに一番近い『六つの悪魔』といえば、大陸西端の『霧の塔』に棲む火災の悪魔――ヴェルヴェッチ・アルアンシだが! とうとう、やつの討伐に出るんじゃないかって噂もある!」

「な……」


 確かに、それは不穏だ。不穏過ぎる。


「で、でも、ウィキンシャ。ここのところ、ヴェルヴェッチ・アルアンシって特に活動してないですよね? それをわざわざ、しかもザンヴァルザン王国が単独で?」

「だからまだ噂レベルなんだなあ! ヴェルヴェッチが活発に動き始める予兆が見られたっていう情報も、ヴァルジの中枢には入ってるようだし。まあ、悪魔なんざ普通に戦ったら一国や二国の軍隊でどうにもなるわけないから、不意打ちを狙ってるのかもなあ。入念に下調べして、今ならまだもしかしたら寝こみ中だから、急襲したら勝てると踏んだのかもしれん!」


 そんなばかな。……と言葉を失っていた私は、ふと気づく。


「……まだ噂でしかないのに、それを私に伝えに来てくれたんですか? わざわざ? それこそ、主人が夜に館を空けて?」

「くはははは、別にお前らを心配していたわけではないけどなあ! ただあたしたちみたいな商売は、世情が不安定になると真っ先に槍玉に挙げられて迫害を受けるだろお! それをみすみすほっとくってのも、寝覚めが悪いからよお!」


 またしても後ろから、

「……ただのお人よしじゃないか?」

「私もそう思います」

 とひそひそ声が聞こえてくる。私もそう思う。


「どーれ、言いたいことは言ったし帰るかあ! カモン!」


 ウィキンシャがぱちんと指を鳴らすと、ハルピュイアの敷地の外から、五六人の人影が表れた。みんな、若い男性のようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ