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第一章 キーランドと薬術院の君8

 戦意を失ったと思っていた有象無象が、腰に提げていた小型のクロスボウを次々に手に取る。

 おのれ、悪あがきを。

 矢をこめている間に、私が全員爆破してやってもいいんだけど、キールがそれを手で制した。


 やがて、矢の装填が終わった男たちが、次々に射撃してきた。数発ずつ連射できるタイプらしく、おびただしい数の飛来物が、暗闇の中を疾走する。

 それをキールは、落ち着き払って、またも剣を翻してさばいていく。

 両手剣ながら時々片手で扱い、くるくると回転させては握り直して、一本残らず叩き落してしまった。地面に積もった矢は、……ざっと見て、五十本くらいかな。


「な……」と声を漏らしたのは、リシュだった。「なんだよそれ……嘘だろ……」


 キールは剣を掲げたまま、再びシモンズに向き直る。


「シモンズ。貴様は、単に神聖なる術院で狼藉に及んだだけでなく、そこで働く女性たちのささやかな弱みを握り、脅して、金品を巻き上げていたな。もとより、各術院に勤める女性は研究一筋で、純真な方が多い。そこにつけ込む卑劣漢、断じて許すまじ」

「か……かかれ。お前ら、矢ではなく剣で斬れ!」


 飛び道具で勝てない相手に、剣で勝てる道理というのもないんだけど。

 言われるがまま、思い思いに抜刀した男たちは、てんでばらばらにキールに切りかかっていった。


「なぜ……貴様らは、痛い目に遭わなくては分からないのだ」


 キールの剣が、空を裂いて唸った。

 そして、次々に敵の腹や胸を薙いでいく。

 リシュが口を押えた。


「リシュ、大丈夫だよ、あれは殺してないから」

「だ、だって、剣で思いっきり薙ぎ払ってるじゃないか」


「あれは、両刃(りょうば)の剣なんだけど、片側の刃が潰してあるの。峰うちって言って分かる? そんなようなもので」


 まあ、とはいえ鋭い鉄の棒でぶん殴ってるわけなので、今度こそしばらくは立ち上がれないはずだ。

 襲ってきた賊が全員倒れ伏すまでには、三十秒ほどかかった。

 キールが剣を掲げ直して、シモンズを睨みつける。


「シモンズ。まだ抵抗する術はあるのか?」

「な……なんだというんだ。わしはこれまで、薬術院で身を粉にして働いてきた。どれだけの功績があると思ってる。それを」


「功績は功績として讃えよう。だが、罪には罰を与える。それだけだ。なにも道理に反するところはあるまい」

「な、なにが罰だ! こんなもの、私刑ではないか! 貴様らがどこの誰かは知らんが、わしが貴族院に訴えれば貴様らのような奸賊などひとたまりもないぞ! こんなことがまかり通ると思って――」


「弾け、火球よッ!」と私。

「へ?」と、隣にいたリシュ。


 ソフトボール大に加減した火の玉が真一文字に飛んで、シモンズの顎を直撃した。

「げぶっ!?」

「黙って聞いてれば好きなことを好きなようにべらべらと! 私たちは正義の味方でも何でもないけどね、てことはつまり悪対悪なんだから文句言われる筋合いもないっ!」


 リシュが、

「……さっき、正義はこちらにありとか言ってなかったか?」

 と横から言ってきたけれど。


「悪なりに正義ってことよ。私、正しいことしてると思ってるもん」

「うん。分からん。……それよりさっきの、紫の炎。いわゆる、魔法の矢(マジック・ミサイル)だろ? ただの高火力魔道じゃなくて、あの威力であの精度、それにコントロール……」


「お。見直した?」

「元々、見誤ってはいなかったよ。ただ、再認識しただけだ。……本当に、只者じゃないんだな」


 リシュがにっこりと笑い、私もマスクから出ている口の、口角を上げた。


 その向こうでは、キールがシモンズに判決(私的な)を言い渡している。


「いいな、シモンズ。明日の昼までに、王宮に出頭してあらゆる罪を自白し、今後それを償うならばよし。そうでないのなら、お前は、有形無形を問わず、生命以外の全てを失うことになる」


 自失しているシモンズを置いて、私たちはきびすを返した。長居は無用である。

 一応、私はくるりと振り向いて、


「分かってると思うけど、今夜あったことは他言無用だからね。さもなくば……」


 と指を鳴らした。

 ちょっぴり顎を焦がしたシモンズがばたばたと両腕を振る。


「わ、わわわ分かった! お前らが何者かという詮索もしない! だから許してくれ!」」


 うーん、さすが小悪党。自分がけがをすると脆いし、強いものには弱い。


「大丈夫よ、シモンズ。あなたは今まで悪者だったかもしれないけど、今までずいぶん小金を貯め込んだみたいじゃない? その商才があれば、薬術院での地位を失ってもちゃんとやっていけるって」

「な、なにを言う。わ、わしは、私財など貯め込んではおらんぞ」


 あんな私兵団を雇っておいてなにを言うか……とは思ったけれど。

 私はローブのポケットからメモ用紙を出して、インクを詰めた羽ペンで、さらさらと数字を書き込んだ。

 それからつかつかとシモンズに歩み寄り、メモをびしとつきつける。


「やーねー。こおんなにお金持ちなくせに」


 みるみるうちに、シモンズの顔が青ざめていった。


「ばかな……なぜ、貴様が、わしの資産を知っている……他国に持っている隠し口座の分まで……」


 トリスタン、本当に凄いな。

 ここで、私は真顔を作った。


「分かったわよね? あなたの全ては、私たちの手の内にある。今後、一度でも悪事を行おうものなら、あなたが考えられるあらゆる苦痛をはるかに上回る地獄を見せてあげる。それに、今夜のことが原因で、あなたのところに下宿している人たちや仕事の関係者が苦しむようなことがあれば、同じ目に合わせるからね。そうした人たちのことは責任もってケアしなさい」

「そ……んな……屋敷を壊したのは、貴様らで……」


「返事は?」と再度にっこり。

「……は……い……」


 今度はもう、シモンズには、へつらう余裕もなかった。

 力なくこくりとうなずいたのを見届けて、今度こそ私たち三人はその場を後にした。

 適当な木立のある所まで歩いて、また二人の男を抱え、私は地面を蹴った。

 魔法の翼が形だけの羽ばたきを見せ、私たちの体が宙に浮きあがる。

 そして、加速が始まった。


「……なあ」とリシュ。

「ん?」


「細かいことだけど、なんで明日の正午までなんだよ? 夜までじゃだめなのか? あんまり期限が早いと、あいつそれを言い訳にして出頭しないんじゃ」

「あー、あれね。考える時間をあまり与えないためと、あと夜までっていう条件にすると、わざとノロノロ移動して、『王宮に着いた時には日が暮れてしまい、もう門が閉まってました』って言い訳するやつがいるのよ」


 私は小さく肩をすくめた。

 リシュが「しょうもない話だ……」と呟く。

 キールが「そういう輩が、今まで何人もいたんですよね」と苦笑してから、リシュに話しかけた。


「リシュ殿、これが私たちの裏の姿です。男娼館自体もあまり世間――特に男性からは快く思われていない向きがありますが、その裏でやっていることは、圧倒的な力による私刑です。ここまであなたに見せるということは、ルリエルは、それだけあなたを信用しているということです。あなたはシモンズのような悪党ではありません、決して脅すつもりはありませんが……どうか、今夜のことは、人にみだりに触れ回ったりは」

「……それはごもっともだけどな。おれが知らない話が多々ありそうで、それはちょっと面白くない。女性たちの弱みがなんとかって言ってたか?」


 私が口を挟んだ。

「えーとね、マリューシーさんが、シモンズのいる薬術院で働いてて、そこでいやらしいちょっかい出されて悩んでたのよね。キールが、どうもベッドの中での満足だけじゃ気が晴れていないようだってことから、少しお話して聞き出してくれたの。で、トリスタンに調査してもらったら、あのシモンズって、自分の屋敷で下宿もやってるのよ。薬術院ってそこまでお給料がいいわけじゃないから、職員をちょっとお安くそこに住まわせてるわけ。それ自体はいいことなんだけど、それは裏を返せば、」


「……あのおっさんに、仕事も住む場所も握られることになるわけか」

「そうね。シモンズが善人ならなんの問題もないどころか善行なんだけど、実際には悪用されてしまっていた。多分今度のことで、その下宿事業は別の人か、王宮の出先機関が管轄することになると思う。場所も変えるでしょ、壊れちゃったし。シモンズの私財も罰金みたいな形で絞られるだろうから、別のところで似たようなことをしようとしても当分はできないはずだし」


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