表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編集】恋愛色強め

男には、やらねばならぬ時がある。

 本作は、読者様からのリクエスト作品となります。あらすじやキャラクター原案は鈴宮ではありませんので、予めその点ご了承ください〜。

「レイラーニ・ロードデンドロン公爵令嬢! 私はお前との婚約を破棄する!」



 綺羅びやかな夜会会場に響き渡るテノールボイス。その場に集まった全員が一斉に息を呑み、声の主をそっと見遣った。


 光沢のないアッシュヘアーに、はしばみ色の瞳、ともすれば群衆に埋もれてしまいそうな平凡な容姿をしているこの男性は、我が国の王太子、シュタイン殿下だ。

 彼の傍らには、金色碧眼、豊満な肢体の持ち主である男爵令嬢イミティアが控えている。



(あぁ……ついにやっちまったかぁ)



 こうなることはある程度予想できていた。

 シュタインは学園内のどこに行くにもイミティアを隣に侍らせていたし、恋仲であることを隠しもしなかった。レイラーニとの結婚を不満に思っていることは、誰の目にも明らかだったから。


 しかし、なにも卒業祝いのおめでたい席で高らかに宣言することではあるまい。話し合いを重ね、穏便に解消すればいいだけの話だ。



(カッコいいと思ってるんだろうなぁ、アレ)



 シュタインのような人種は、自分の上に人が立つことを極端に嫌う。しかるに、彼よりも余程優秀で美しく、人望も厚かったレイラーニを公衆の面前で辱めることで、鬱憤を晴らし、自尊心を満たしているのだろう。『この女は必要とされていない。婚約を破棄されるような価値のない女なのだ』と。


 ダセェなぁと呟きながら、ベルクはそっと口の端を上げる。よく分かる――――ベルクにも身に覚えがあるからだ。



「――――理由をお聞かせいただけますか?」



 レイラーニはとても冷静だった。

 悲しむでも、怒るでもなく、淡々とシュタインに疑問を投げかけている。



「悪女め、教えられなければ分からないのか? 普段散々才女ぶっておいて、こういうときにはなにも分からないとは――――情けない。我が国はこんな碌でもない女を妃にするつもりだったとは……」


「いえ、殿下がそちらの令嬢をいたくお気に召していること、逆にわたくしがお気に召さないことは存じ上げておりました。けれど、だからといって一方的に婚約を破棄されるようないわれはございませんもの。わたくし、なにも悪いことはしておりませんし」



 婚約とは家同士の約束だ。簡単に破棄できるものではない。

 相手に落ち度があるなら話は別だが、レイラーニの言うように、彼女にはなんら悪い点はなかったはずだ。取り巻きの令嬢たちが一斉に首を縦に振る。シュタインはカッと頬を赤く染めた。



「悪いことはしていない? 愚か者め! おまえはイミティアを忌み嫌い、常に冷たく接していただろう?」


「――――お言葉を返すようですが、己の婚約者と親しくしている女性に対して満面の笑みで接する女性も如何なものかと思いますわ。それではまるで、婚約者に魅力がないと言っているようなもの。下手をすれば、婚約を破棄されることを望んでいるかのようではございませんか。もしもわたくしがそのような対応をしていたなら、殿下もきっと、気分を害されたはずですわ」



 おっしゃる通り。結局シュタインはレイラーニがなにをしても気に食わないだけなのである。

 寧ろ、容姿も学力も武芸も平凡、身分だけが取り柄の彼のために、レイラーニは気にかけるような対応をしてくれたのだ。振りだとしても称賛に値するだろう。



(ホント、いつも思うけど、殿下の高ぇ自己評価ってどこから来てるんだ?)



 ポジティブすぎて、逆に見習いたいぐらいだ。傍から見ていてこんなにも滑稽だというのに――――ベルクは思わず声を出さずに笑ってしまう。周囲の人間も、そっと目配せをしながら苦笑いを浮かべていた。



「減らず口をたたくな! 

これ以上、こんな恐ろしい女をこの国には置いておけない。何をしでかすかわからないし、私やイミティアが安心して暮らせないからな。

よって、レイラーニは国外に追放する!」


「なっ……!」



 あまりにも横暴なシュタインの宣言に、会場が再び騒然となってしまう。

 百歩譲って婚約破棄は受け入れられたとしても、国外追放となれば話は別だ。公爵家は黙っていないだろうし、下手すれば内紛が起きてしまう。それだけの武力と影響力を公爵は持っているのだから。



「一体どうなっているんだ?」


「こんなことが許されるのか?」


「陛下は一体何をなさっているんだ?」



 けれど、勝利の味に酔いしれているシュタインには、彼らの声は聞こえない。彼はイミティアのことを抱き締めつつ、愉悦に満ちた笑みを浮かべている。



「殿下、貴方は一体なんてことを……」



 レイラーニの声は震えていた。さすがに現実を受け入れられないのだろう。

 ――――無理もない。こんな男が自身の婚約者だったなんて、考えるだけで虫酸が走るだろうから。



「なんてこと? 当然のことだろう? おまえはこの私を怒らせたのだから。

だが、跪いて許しを請うなら、追放だけは考え直してやっても良い。……まあ、お前のようなプライドの高い女がそんなことをするとは到底思えないがな」



 シュタインは短い足を前に突き出し、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 レイラーニは大きく目を見開き、視線をそっと下に向ける。どうするべきか、考えあぐねているのだろう。



(無理だろうな)



 ベルクの予想どおり、彼女は首を横に振ると、忌々しげに唇を噛んだ。

 もはやここまで。これ以上、話し合いの余地は残っていない――――というか、時間の無駄だろう。



「――――殿下、ちょっと良いっすか?」



 そのとき、ずっとシュタインの後ろに控えていたベルクがそっと手を上げた。


 着崩された騎士装束、ツンツンと逆毛立てられた深緑の髪、気だるげな雰囲気を纏っているが、それがとても似合っている。目鼻立ちが整っているせいか、妙にカッコよく見える男性だ。



「なんだ、ベルク。今、とてもいいところなのに」



 シュタインはそう言って、レイラーニのことをちらりと見遣る。


 レイラーニが己の前に跪く姿か。

 はたまた夜会会場から無理やり連行され、惨めに追放される姿か――――どちらに転んだとしても、シュタインにとっては構わない。彼は楽しくてたまらなかった。



「あーー……追放は自分がやっとくんで、殿下はさっさと城に帰ったほうが良いっすよ。これ以上長引いたら、騒ぎを聞きつけた公爵が騎士たちを引き連れてやってくるかもしんないし。暴動起きちまうかもしんねぇっすから」


「なに⁉ それは本当か?」



 シュタインは夜会会場の入り口を見つつ、ビクリと肩を震わせる。


 彼には周りが全く見えていなかった。だから、周囲が彼の訳がわからなさすぎる断罪劇のために、全く動けずにいたことにも気づいていないのである。



「もちろん。相手は稀代の悪女、レイラーニ嬢の親っすよ? すぐにでばってくるに違いありません。公爵が相手じゃ、俺たち近衛騎士が総出で頑張ったところで、殿下を守りきれねぇかもしれません」



 実際のところ、ロードデンドロン公爵が本気を出したら、この夜会会場内の人間ぐらいひとたまりもないだろう。戦力の差があまりにも大きすぎる。

 シュタインの表情が一気に青ざめた。



「ですから、こっから先はスピード勝負っす。レイラーニ嬢はさっさと追放しちゃいましょう。そうすればこの国は平和になるんで」


「……そうだな! それが良いな!」


(いや、馬鹿か)



 早かろうが遅かろうが『レイラーニを追放したら暴動が起きる可能性がある』とわざわざ教えてやったというのに。彼の頭はレイラーニを痛めつける方向にしか働いていないらしい。ベルクはフッと鼻で笑う。



(ホント、こんなんがトップに立つぐらいならいっそ滅んだほうがマシかもしんねぇなぁ)



 イミティアと抱き合うシュタインを見遣りながら、ベルクは小さくため息を吐いた。



「と、いうわけで、ここから先のことは俺一人におまかせを。

殿下は――――せっかく婚約破棄も成立したことですし、改めてプロポーズでもしてきたらどうっすか?」


「それは……いい考えだな! 行こう、イミティア! 私は以前から、星空の下、お前に愛を告げると決めていたんだ!

しかし、ベルク。お前にそんな気骨があるなんて思わなかった。見直したぞ! もしもレイラーニの追放が上手くいったら、お前を出世させてやろう」


「そりゃ、どうも」



 そんなことは良いからさっさと行け――――ベルクはニコニコと微笑みながら、シュタインに向かって手を振る。シュタインとイミティアは上機嫌のまま、夜会会場を後にした。


 パタンと音を立てて扉が閉まる。会場は、シンと静まり返っていた。



「さてと」



 ポリポリと頭をかきつつ、ベルクはレイラーニをちらりと見遣る。険しい表情。彼女が身構えているのがよく分かる。



「――――レイラーニ嬢」



 尋ねつつ、ベルクはニヤリと笑みを浮かべた。

 息を呑む人々。戸惑いつつもレイラーニを守ろうと動く令嬢たち。一同の視線が一斉にベルクへと降り注がれる。

 ベルクは大きく息を吸った。



「お疲れさまでした! お芝居はここまでで大丈夫っす」


「…………え?」



 レイラーニが目を見開く。次いで、周囲の人々が目を丸くした。



「殿下も人が悪いっすよねぇ。レイラーニ嬢とはきちんと手順を踏んで、穏便に婚約解消をしてたっつーのに、こんな断罪劇を演じるなんて」



 ケラケラと笑いつつ、ベルクはレイラーニに向かって必死に目配せをする。



(まあ、嘘だけどね)



 シュタインは本気でレイラーニを断罪しようとしていた。国から追い出す気満々だった。そのせいで国が荒れることなど一切想像せず、ただ欲望の赴くままに行動し、レイラーニと国民たちを傷つけようとしていたのだ。



 けれど、さすがにそれはいただけない。



 ベルクは本当は人前に出るのは嫌いだ。こんな役回りも柄じゃない。

 それでも、男には、やらねばならぬ時がある。


 上手く行けば国を内紛から救った英雄になれるし、失敗したところで構わない。シュタインか公爵、どちらかの怒りを買い、大嫌いな家族もろとも処刑されるというだけだ。


 一世一代の大嘘。

 これは彼の命を賭けた大博打なのである。



「演技? さっきのが……?」



 会場がにわかにざわめく。

 戸惑い、混乱。不安に葛藤。

 卒業生たちも、この場に集められた大人も、一様に顔を見合わせ、大きく首を傾げた。



「そうっすよ。これから社交界に出る若者たちに『こんな愚かで格好悪いことは絶対するなよ』って釘を刺したかったそうで。殿下なりの卒業祝い――――プレゼントみたいなもんっすねぇ」



 堂々と、胸を張ってハッタリをかます。


 彼が嘘を吐いていることは、ほとんどの人が分かっているだろう。

 けれど、みんなが彼の嘘を信じたい――――このまま『何事もなかった』ことにしてしまいたかった。



「そういうわけなんで――――夜会を再開しませんか? 今日は大事なお祝いの日でしょう?」



 ベルクが笑う。

 しばらくの間、重たい沈黙が横たわった。



(――――やっぱダメか? 無理筋すぎ?)



 あまりの気まずさに肝が冷える。


 けれど、ベルクが非難の声を覚悟したその時、会場のどこかからともなく拍手が聞こえてきた。それは次第に大きくなっていき、会場中を揺るがすほどの大音量へと移り変わる。彼は瞳を輝かせた。



「そうよね。我が国の王太子殿下が、あんな愚かなことをするはずがないものね!」


「ホントホント。人前で婚約を破棄するだけじゃなく、罪のない令嬢を国外追放に処するなんて、そんな馬鹿なこと、あるはずがないって!」


「そもそも、レイラーニさまがいらっしゃるのに、他の女性を好きになるなんてありえないことで――――」



 人々はみな、『あれは演技だったのだから』と言い訳をし、悪しざまにシュタインのことを罵っていく。そうしていくうちに、曇っていた表情が明るくなり、笑い声が広間に木霊しはじめた。



(良かった)



 ひとまずこれで、最悪の事態は避けられたはずだ。

 まあ、後から顛末を知ったシュタインに、ベルクが罰せられる可能性はあるけれども。



「ベルク様」



 そのとき、誰かがベルクの名前を呼んだ――――レイラーニだ。


 彼女は頬を赤く染め、唇を引き結び、ベルクのことを見つめている。周囲の注目は既に逸れ、二人の会話を聞いているものは誰も居ない。



「なんっすか?」



 勝手なことをした彼への文句だろうか? 公明正大な公爵令嬢である彼女にとっては、下手な嘘を吐くことも、他人に庇われることすらも屈辱だったのかも知れない。



「その……茶番により、パートナーがいなくなってしまいましたの。わたくしと踊ってくださいませんか? この学園、最後の日ですから」



 ベルクが目を丸くする。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだ。



「いいっすよ」




***



 弦楽器の音色に合わせ、ベルクとレイラーニはそっと身を寄せ合う。



(まさかこんな展開になるとはなぁ)



 ベルクは思わずふぅと小さく息を吐いた。


 ダンスなど、一生縁がないと思っていた。

 貴族の家庭に生まれたとはいえ、彼は爵位を継げない三男だ。それに加え、上の二人と比べて素直さに欠ける彼は、家族の中で爪弾きにあっていた。



『家名を汚すことだけはするなよ』



 それが父親の口癖で、あとは徹底的にベルクを放置。そもそも興味を持たれなかった。

 家庭教師も付けられなかったし、縁談を用意するなどもってのほか。全て自分で勝手にやってくれという思し召しだった。


 そんな中、独学で剣をはじめたところ、運良く兄の教師たちの目に留まり、シュタインの近衛騎士を務められることになった。それも今日までの話かもしれないが――――。



「――――殿下曰く、わたくしは悪女らしいので……これから色々と策を弄するつもりですの」



 そのとき、何を思ったのかレイラーニがそんなことを口にした。ベルクは目を瞬き、それからニヤリと口角を上げる。



「例えば?」


「例えば――――卒業パーティーを私利私欲のために台無しにしてしまった愚か者がいると陛下に進言をするとか。いわれのない罪で国外追放をされそうになったことを、お父さまに訴えるとか」



 レイラーニは言いながら、うっとりと夢見るような表情を浮かべた。



「きっとその『愚か者』は無事ではすみませんわねぇ。陛下はわたくしのお父さまを決して敵に回したくないはずですもの。良くて廃嫡、悪くて国外追放というところかしら? 皆様に迷惑をかけた分、しっかりと苦しめばよいのです。あの顔が絶望で歪むさまが、今からとても楽しみですわ」



 彼女の父親――――ロードデンドロン公爵は、陛下のいとこに当たる人だ。母親が隣国の姫君で、政治的手腕に優れるうえ、カリスマ性にあふれている。


 このままでは国を乗っ取られてしまう――――彼を恐れた国王は、シュタインとレイラーニを結婚させることにした。公爵家を王室の支配下に置くために。これ以上枝葉を広げさせないために、と。



「いいっすねぇ。それでこそ高嶺の花――――貴女はそうやって笑ってるほうが似合ってます」



 ハハッと声を上げてベルクは笑った。あんなことがあったあとでも凛と胸を張るレイラーニは、とても美しく見える。彼の胸は小さく高鳴った。



「あらあら、わたくしの悪巧みはこの程度では終わりませんわ。

今回の立役者に、きちんとしたご褒美を与えなくては――――でしょう?」



 その瞬間、唐突に襟を引っ張られ、ベルクは思わずバランスを崩す。

 甘い香り。強い意志を宿した瞳がベルクを間近で捉える。

 レイラーニは微笑むと、彼の耳に唇を寄せた。



「貴方にはわたくしがいるところまで――――高嶺に登ってきていただきます。そのために、陛下とお父さまに事の顛末をしっかりと話して聞かせますわ。

わたくし、ほしいもののためには手段を選ばない人間ですの」



 愉悦と邪気に満ちた笑み。それは、元婚約者であるシュタインには見せたことのなかった表情だ。



(こんなん見せられたら堕ちるっしょ)



 ベルクは口元を隠しつつ、眉間にぐっと皺を寄せる。



「――――善処します」



 男には、やらねばならぬ時がある。


 ベルクの返答に、レイラーニは満足気に微笑むのだった。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 もしもこの作品を気に入っていただけた方は、ブクマやいいね!、広告下の評価【★★★★★】や感想をいただけると、今後の創作活動の励みになります。


 また、完結したばかりの連載作品『好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました』についても、読んでいただけますと嬉しいです。(広告下あたりにリンクを貼っております)


 改めまして、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やるべき時に(どんなえげつない事でも、どんな情けない立ち回りでも)やれるというのは立派ですね
[一言] いいね。やらねばならぬシーンでしっかりお仕事w
[一言]  面白いので、もう少しだけ続きを読みたかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ