後編
山道にいきなり出てきた、濃い霧。
その中で魔物に導かれもう少しで命を失うところだった。
「私がネクタイを後ろから引っ張って止めなければ崖の下に落ちていたところよ」
命を救ってくれた女性が言う。
「どっちに行けば、この霧から出られるんだ? 」
「とにかく、下に向かって行くしかないわね。一緒に来て」
彼女はぼくと腕を組んで歩き始める。
霧のせいで、容姿はわからない。
歩調の速さからすれば、若い女性のようにも思える。
「もう少し行けば霧が消えるわ、急ぎましょう」
早足になる。
「止まれ!」
不意に背後から声が響き、背中に銃口のようなものを突き付けられた。
「ゆっくり両手を上げるんだ」
男の声だ。腕をほどき、言われた通りにする。
彼女は一人で先に行ってしまった。
「危ないところでしたね」
男の言葉と共に霧がうっすらと消えて来た。
目の前には深い湖が広がっている。
「あいつは人を湖に引きずり込む妖怪なんですよ」
男は銃口に模した木の棒を足元に捨てた。
「この山には魔物が一杯いて人を化かすんです。霧も晴れて来ましたし、一緒に下の村まで歩きましょう」
男に続こうとして立ち止まった。
彼のズボンの後ろから、タヌキのしっぽがはみ出しているのに気づいたからだ。