第六話「コレア大聖堂」
「…」
「…」
無言に包まれる二人にただ一人の少女は丸い目で見つめる。
「団長…( °_° )」
アイザは誰にも聞こえない音量で呟いた。彼女の感情とリンクしている空飛ぶ林檎は悲しそうに赤黒く腐っていく。
「どうした」
すると、背後から『百十字軍』のメンバーであるフレミングが声をかけた。
「だ、団長とノブユキが…(;.Д.)」
震える指が示す二人の構図にフレミングだけでなく沖田や子供達も顔を青白く染める。
シュタインも手に持っていたアイスキャンデーを落としそうになっていた。
「た、助けた方がいいんじゃないですか!?」
シュペーラーが胸の中に幼児ゲオルクを抱え込みながら、救助を提案する。「バブバブ!」と反対か賛成か定かではないが、ゲオルクも音を発した。
「いや、大丈夫だ」
「え?」
総司が受け流すと首で二人の方を見るように促す。
団長と信幸。二人の展開は進んでいたのだ。
「…」
な、何も言わないのか?
無言を決め込む団長はついに背後を振り返り、起き上がろうとするダイイムの方に歩みを寄せた。
助かった…
安堵に胸を撫で下ろすが、眉間に皺を寄せて険しい顔をしているのは変わりない。
続いて銃を腰から取り出すと、照準を相手の身体の中心に定めた。
ゴゴゴゴと崩壊音を響かせながら、巨大な仏像は膝をつき、巨大な手で団長を潰そうとする。
「来たか…」
そう呟いた気がした。そして、身体中に電気と磁性を表した黄と紫紺の電撃を纏う。
その瞬間、仏像が鉄骨が刀剣が…全ての磁気を纏う物質がS極N極のように一定の距離をとって波動のように離れた。
頬に〝E〟を横にした紋章を浮かばせて、その引き金を引く。
団長
能力名『ガウスの法則』
説明…電気と磁性を操る。
磁気を抱いた破片が団長の頬や腕に張り付く。その度にビリビリと静電気が弾けた。
「電界」
静かに技名を口にすると辺り一面に静電気が広がった。
「わ、わあっ!」
僕は突然展開された電気のフィールドに思わず声を漏らしてしまう。そんな初心者に気を使う訳もなく次の技名を発した。
「磁性…!!」
続いて、天使の血液(鉄分)に反応したダイイムが突然団長に引き寄せられた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
半壊しつつある建物を完全に崩壊させながら近づいてくる巨大仏像に恐怖心を感じるどころか口の端に笑みすら浮かべている。あれ?『百十字軍』って保護する軍団じゃなかったっけ?
しかし、ダイイムも素直に餌食となるわけではない。重い右手を動かし、団長ではなく僕を捉えた。血でできた開かないはずの口元がこちらを見て「死ね」と放った気がする。
「危ない(ノ°ο°)ノ、ノブユキ三┏( ˙-˙ )┛」
そう叫ぶと僕に襲いかかるダイイムの拳を巨大な林檎が弾いた。
グラッ!と金属音を鳴らし、背後によろけるダイイムをよそにアイザは林檎を縮小し、自慢げに言葉を紡ぐ。
「間一髪だったねo(`・ω´・) ドヤァ…!」
アイザック・ニュートン
能力名『万有引力の法則』
説明…林檎を浮遊・縮小・巨大化…など思うように操ることができる。
「あ、ありがとう…」
「どーいたしまして(´-ω-`)」
感謝の言葉により嬉しいのか元のサイズに戻った林檎は二回転前に回った。
「二人とも!どくんだ!」
刹那、新撰組…ではなく、『百十字軍』の副団長総司が二人の背中に声を飛ばす。
「沖田さんΣ( ´・ω・`)」
アイザが僕の服の裾を掴み、背後に飛んだ。
体育の授業じゃ味わったことがない浮遊感が体を占める。
一方、総司は電撃が舞う床を踏み込み、敵から視線をそらさず、止まることなく駆けていった。
腰から刀を脱ぎ、刀に陽を照らすと、容赦なく振り翳す。上空から放物線を描いて落とされた剣戟はダイイムの脳天に直撃した。
「ガキッ!ゴキッ!」
仏像の口からなのか身体で鳴らす音なのかはさておき、鈍い悲鳴のようなものが建物を越え、街全体に広がる。
「す、すごい…」
まるでアニメのような戦闘を繰り広げる総司を賞賛する言葉が自然と漏れた。
そんな少女は仏像が天使の血混じりの金属でできていることを忘れさせてしまう程、軽々と刀身を差し込んでいく。
すると、面白いことに仏像から血が溢れる。
「…!何なんだ!?あれは?」
「わ、分からない…私も初めて…見た\(°Д° )/」
僕と同じく驚きを口にするヒロイン。彼女の背後にふとフレミングが現れ、ご丁寧に解説を始めた。
「沖田はダイイムに入っている爆弾を取ろうとしているんだ」
「爆弾…!?」「仏像の中に入っていたの!!(⊃ Д)⊃≡゜ ゜」
二人同時にごくりと唾を飲み込んだ。
「誰が仏像に入れたの?(・ω・*≡*・ω・)?どうやって(´・ω・`)?」
頭に浮かぶだけの疑問を言葉にしてぶつけると同時に林檎も赤い身体を右に揺らした。
「誰がは知らん。しかし、天使族や悪魔族なら容易にできるだろう。彼らの中にある血液を使えば仏像の形態を変えることだって可能だろう」
同種族の仕業と聞いた途端、アイザの背中に生えていた天使の羽が無意識にも下がった気がした。同情して林檎も萎れていく。
「だから、ダイイムも暴れているんですかね?」
「そうかもしれないな」
僕の言葉にフレミングが静かに頷いた。
「あ、あれを見ろよ!」
すると、次に姿を表したシュタインを太い指で沖田の方を指さした。
皆の視線が仏像に集まる。
時同じくして沖田はダイイムとの決闘を繰り広げていた。
スぅーと仏像の旋毛に刀身を注射のように差し込む沖田の表情には焦りの色が浮かんでいた。
彼女が今使っている刀はダイイム同様天使族の血液から作られたものらしい。
軽々と沈む剣先から伝わる感触で爆発物を探し当てていっているのだろう。真剣味を増した表情が遠く離れたここからでも伝わってくる。
数センチ…数十センチと埋まっていく剣先の桁が増えていくほど、帯びていく緊張感。
それに比例するようにダイイムも暴れ回る。
「お、大人しくしろ!」
そんな声が聞こえてきた。大変そうだなと思ったのも刹那、爆発音が轟く。
こうして爆破予告が実行された。
「でも、残念ですね…ダイイム諸共西大寺が潰れてしまいましたねぇ」
本当にそう思っているのか!?と思われても仕方がないほど他人事の温度を混じらせながら話すシュペーラー。腕の中でゲオルクがすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
爆弾により生首となったダイイムに多くの人が野次馬として群がり、関係者となってしまった『百十字軍』にも視線が集まる。
「にゃおうおあ?(治るのか?)」
「いや、治らないだろうな。ダイイムもにし大寺も」
と、言い切るとこんな場面でもクレープを頬張るシュタインの手からひったくったのはフレミングだ。
左手に持ったクレープをどういう原理か静電気を発して燃やした。あぁ…と残念そうに肩を落とすシュタイン。
「まぁ、仕方がない。やれることはやったさ…」
珍しく団長が口を開く。
野次馬にイライラしているのかサングラスの奥から苛立ちが垣間見えた。
爆弾を仕掛けた者は未だ不明。これ以上は我々『百十字軍』が関与する領域では無いので気にするだけ無駄なのだとフレミングは話す。
「…」
「どうしたの( ¨̮ )??何かあった(´・д・`)?」
「え?何でもない」
任務失敗後、基地である『サクラファミリア』に歩みを寄せる一行の最高美にいた僕はふと、横たわるダイイムの生首に目線を送った。
夕焼けに照らされたダイイムの表情には犯人を恨むような色が浮かんでいた。
その顔を僕は今後忘れることはないだろう。
そして、翌週。
僕は学校である『コレア大聖堂』に来ていた。
目的は一つ。この学園に入学するためだ。
「初めまして、小田切信幸です…あっ!人間族です」
人間族しかいない世界から転生してきたものだから、語尾に種族をつける癖がついておらずよく忘れてしまう。
「では、あそこに座りなさい」
皺が刻まれた老婆の人差し指が指す最後列の席に向かった。
天使の輪・黒い羽根・龍の尻尾・妖精の翼・熊の頭・腐った皮膚・魚の鰭・機械の瞳・血吸いの牙…見た感じ人間族と思える人間はいないようだ。
「あっ!…嘘…」
刹那、柔らかな声色が僕の鼓膜をノックする。
振り返ると隣の席の少女が何やら驚いた面持ちでこちらを見つめていた。
雪を想像させるような白い肌にアイロンを使ったのか、ゆるく巻かれたブロンド髪。綺麗な二重の目元に吸い込まれそうな鼠色の瞳がこちらを見つめる。
また、悪魔族なのだろう。刺刺しい二つの角と翼が悪魔らしく真っ黒に染められていた。
「…」
あまりの美しさに僕は言葉を失った。彼女が漫画のキャラクターならヒロインを差し置いて、人気ランキング一位になるだろう。
すると、隣の少女は目に涙を貯めながら次のような興味深いことを告げるのだった。
「あっ!生きてたのね…!信幸くん…!」
「え…」
この時、面白いことに思考が停止した。
クラスメイトの私語も
教師の声も
小鳥の囀りも
全てが無に還る。
「え…」
双眸に涙を貯め、自分の生還を喜ぶ初対面の少女に僕は言葉を返すことができなかった。