第五話「ダイイム」
「そう言えば軍団長の名前って何なの?」
朝、七時。サクラファミリアの子供部屋では目覚まし時計が幼児ゲオルク以外のアイザ・シュタイン・シュペーラー…そして、僕を目覚めさせた。
『百十字軍』に入って一日が経ったが、特に変わったことはない。これから〝異〟世界遺産を保護する活動が始まるのだろう。しかし、その前に聞いておきたいことがあった。
「軍団長の本名はガオスだぞ。でも、絶対名前で呼んじゃいけない…あっ!これは言っちゃいけなかったんだ…」
「え?」
相変わらず朝からアイスクリームを口にしながらアインシュタインことアインは教えてくれた。
「あー軍団長の名前教えたー(°▹。 )絶対教えちゃういけないのにー┐(´д`)┌」などというアイザの言葉が現実味を帯びる。
僕は込み上げてきた緊張を唾と一緒にゴクリと飲み込んだ。
「どうして教えちゃいけないの?」
「それは俺らにも分からねぇよ。でも、教えちゃいけねぇーんだ」
「この間の新メンバーとして入った男の人は酔った勢いで団長に消されましたからねぇ」
「け、消された…」
確かに、あの風貌だ。人を見た目で判断するなと言われてきたが、口の端に笑みを浮かべながら人を殺める姿が容易に想像出来る。
「そう言えばノブユキって法則者なの(´・ω・)?」
アイザがあくびをしながら問いかけてくる。寝起きのため髪もボサボサで、修学旅行を思い出す。
「僕は違うよ」
「そうなんですねぇ!因みに僕はシュペーラー!シュペーラーの法則を操ります!」
鼻息を荒らしながら指を鳴らすと炎の蝶が現れる。蝶が舞う度、肌がジリジリ焼けていく感覚に陥った。百度以上あるのかと思いきや、十五度から三十度の比較的低温らしい。
「自分の名前をつけるなんて悪趣味ね( ; ´ω`)))))三私は万有引力の法則」
能力名ならぬ法則名を言い切ると掌を思いっきり叩き、空中浮遊する林檎を出現させた。
アイザック・ニュートンと言えば林檎が地に落ちるのを見て「万有引力の法則」のヒントを得たというエピソードは聞いたことある。その予想は当たっていたようだ。
「私は家の庭の林檎が落ちるのを見てこの法則を生み出したの。林檎なら体の一部のように操れる」
証拠を見せつけるように真っ赤な林檎を空中で上げ下げして見せる。釣られて僕とシュタインは子供のように目を上げ下げさせた。
「で、ゲオルクはオームの法則で…
オームの法則!?あぁ知っているさ!
理系教科が苦手な僕が何度頭を抱えた単元か!
中学校で本格的に触れる前に転生して良かった!
恐らく、法則を発見した法則者には分からない悩みを綴っている間、ご丁寧に法則解説が行われていた。
電圧・電流・電気抵抗を操るんですが、まだ幼児のため上手く扱えないことが多いんですよ〜」
何だそれ!怖っ!
朝起きたら頭がアフロになっているのか!?想像だけで体が震える。
「シュタインはどんな法則を?」
シュタインと言えばアインシュタインというベロを出した老人を思い浮かべるが、彼は違うようで…
「俺は…その…アインシュタインじゃなくてフランケンシュタインなんだ。だから、法則者じゃないんだ」
フランケンシュタイン。粘土色にツギハギだらけの顔面、頭からはネジが飛び出ていそうな怪物を想像してしまうが、どちらかと言うとシュタインは狼男だ。後、ドラキュラ要素があれば怪物三人組が拝めるのだが、それは吸血族のフレミングが補っているのだろう。個人的にはガンスを語尾につけて欲しいところだ。
期待はずれでごめんというように眉を下降させ、肩をしぼめるシュタイン。
フランケンシュタインは本来博士の名前であるらしいが、彼でも法則者でないらしい。法則者の壁は分厚いのみたいだ。
嫌な気持ちにさせてしまったのかな?と心配になるが、数秒経つとシュタインは口を大きく開き、興味ありげにこう尋ねる。
「そう言えばお前分身に会ったって?」
同じく法則者でない沖田総司(副団長)から聞いたのだろうか、
「そーなんですか!?」「すごーいヾ(@゜▽゜@)ノ」
と、アイザとシュペーラーが目をキラキラさせて僕の反応を待つ。
「まぁ、そうだけど。ビックリしたよ。まさか自分と同じ顔した奴がいるなんて」
「俺も一回会ったことあるぞ!」
すると、自慢げにシュタインは過去の経験を口にした。
「初めはビックリしたけどよぉ、結構大人しい奴だったから簡単に殺せたよ」
「それはラッキーですね!」とシュペーラーが満面の笑みを浮かべる。彼は道徳をどこかに置き忘れたのか?
「クローンと違って本物・偽物の概念がないからね。私も友達が遭遇したのを生で見たことあるけど悲しくて見れなかったよ」
嫌なことを思い出したアイザは暗い顔で俯いた。彼女の感情に沿って、空に浮かぶ林檎もゴトリと床に落ちる。
そんな彼女の顔を僕はどこかで見たような気がした。
時は午前九時。
第一地区ラナ街が誇る〝異〟世界遺産に登録された巨大仏像…「ダイイム」に爆破予告が届いた為、『百十字軍』が護衛命令が下されたとのことだ。
下された…と言っても『百十字軍』は国家直属の組織ではない。自称保護隊だが、今までの活躍も相まって爆破予告を受け取った「ダイイム」の管理者が『百十字軍』(ここ)に連絡したという流れらしい。
昨日、自己紹介と食事をとった作戦会議室で子供四人と大人三人の計七名が顔を揃えた。
副団長である沖田総司が作戦を口にし始める。
「爆破予定時刻は一時間後の午前十時」
「あと一時間か…」
「誰が送ってきたのσ( ̄^ ̄)?」
続いてフレミングとアイザは冷静な言葉を並べる。
おもちゃのマラカスで遊ぶ幼児ゲオルクとシュペーラーや隠れてグミを食べるシュタインなど爆破予告の四文字に重みを感じていないメンバーが多い。
『百十字軍』(かれら)にとっては日常茶飯事なのだろうか。
「犯人は未だ不明だ。私とフレミング・シュタイン・シュペーラー・ゲオルク。そして、団長・アイザ・信幸に別れて行動してもらう。私たちは出入口警備の強化、団長達は爆破物の捜査をお願いしたい」
彼なりの了解の合図なのか、喉をコップの中の液体で潤わせた。
「でもよぉ、何でダイイムなんて爆発するんだろーな?すっげーいい場所なのに」
「昔からダイイムには黒い噂が多いんだ。何でも使われている悪魔の血液が問題となっているらしく、悪魔族と天使族の抗争のきっかけとなっているんだ」
聞いたところによるとこの異世界では悪魔族と天使族は水と油ほど仲が悪いようだ。
「では、皆出発準備をしてくれ!」
ここの台詞は団長が言うのではないのか…
数十分後、僕達はダイイムが保管されている西大寺に着いた。
そこにさ見上げるほど大きい仏像が胡座をかいて遠くを見つめており、僕だけでなく何度も行ったことあると言うアイザも言葉を失っていた。
「では、解散」
「じゃーな!アイザ・ノブユキ〜」
「気をつけて下さいね〜」
これから爆破を防ぐと思えない軽々とした挨拶をシュタイン達から受け取ると、何の繋がりが僕とアイザの話題は学校になった。
ガオス…ではなく、『百十字軍』を取り締まる団長は西大寺の管理者と話し込んでいた。子供には関係ない話だろう。
「へぇ〜じゃあ、あんた学校行ってないんだ(^_^)なら、うちの学校おいでよ(⊃´▿` )⊃」
「学校?」
異世界にも学校があるのか…魔法学校なら大歓迎だが、数学や理科を習うなら行きたくないな…
「コレア大聖堂って言うのヾ(*´∀`*)ノすっごーい大きいんだよ\( ˆoˆ )/」
ボールのように林檎を手の上で遊ばせながら学校のことを説明し始めた。
「コレア大聖堂はサクラファミリアと同じ第二地区にある〝異〟世界遺産なんだよ(o>ω<o)…最近、
ここでアイザの言葉が止まる。
「どうしたの?」
最早、『百十字軍』ではなく遠足に来た学生のような風貌の彼女の顔がみるみる表現出来ないぐらいの恐怖に染まった。
「今、動いた\(ᯅ̈ )/」
「何が?」
「仏像が…Σ(゜ロ゜;)」
まさか、確かに数千年前に作られた仏像とは思えない程の完成度を誇っているが、異世界じゃない限り動くことはな…
いや、ここは異世界だ。現実離れできていない僕ははっととられて背後を振り返る。
遠く…天国か何かを見つめているような瞳がこちらを見た。
「…!」
言葉を失う。芸術作品でしかない仏像が動いた。
意志を持って動いたのだ。
建物全体に振動を発生させ、崩壊へと導いていく。
「う、嘘…(;゜ロ゜);゜ロ゜);゜ロ゜)!!」
右の鼓膜が呆然と呟くアイザの声を拾った。
しかし、僕は彼女の方を見ることが出来なかった。
ダイイムの虚ろな瞳と目が合った気がしたからだ。
そして、仏像の血生臭い手が僕を目掛けて飛んでくる。悲鳴振動悲鳴。天使の血液で出来てるか知らないが、年季の入った傷が不気味に見え、ひやりと背中を撫ぜたような恐怖に囲まれた。
どうしよう…死ぬ!
殺意を剥き出しに襲ってくる分身とはまた違う恐怖心に思わず叫び声が漏れる。
「た、助けて!ガオス…!」
バァン!
ここで銃声が轟く。
発射された鉛が貫いたのは僕の胸…ではなく、ダイイムのデコのホクロのような白毫に命中した。
キン!と鼓膜を引き裂くような金属音が響く。
しかし、一撃で死ぬ筈もなく建物を潰しながら後ろに倒れるだけだ。人々の悲鳴をバックグラウンドに重い身体を起こしていく。
「ノブユキ!逃げるよ!૧(๑⃙⃘¯⁃¯๑⃙⃘૧)_̄͞ 」
「う、うん」
林檎をしっかりと握りしめているアイザに続き、笑う足を動かし崩壊していく西大寺から逃げ出すことな成功した。
「はぁ…はぁ…」
一先ず、怒涛に迫り来る緊張から開放されたため、安堵が呼吸となって漏れる。
「…!」
しかし、気をつけるべき相手はダイイムだけではなかったようだ。
振り向かなくても分かる背中から感じる殺気。
まずい…怒らせちゃったのかな…?
ちょうど数時間前のシュタイン達の言葉を思い出す。
「団長を本名と呼んではいけない」と
「…」
無言を貫いているため、点三つでしか表せないが、心の中では死を確信した恐怖のぶんで埋め尽くされている。
し、死ぬのか僕は…
ガオス…いや、ギャオスだったかな?一度聞いただけだから分からない。
でも、何だこの殺気は…
保護隊じゃなくて暗殺者だろう!
サングラスの奥から読み取れる殺意に僕は隠しようもない恐怖を覚えた。