第四話「サクラファミリア」
「この世界には本物とも偽物とも言い難い、ドッペルゲンガーが存在しているのさ」
「ド、ドッペルゲンガー…」
思わず言葉を繰り返してしまった。
ドッペルゲンガーとは自分そっくりの人物を見る幻覚の一種であり、死の前兆として扱われることも多くある。
しかし、この世界でのドッペルゲンガーとは幻覚…ではなく、現実。
僕の前に転がる死体がその証拠だ。
「こ、こいつは僕じゃないですよね…?」
「いや、お前だ」
「!?」
「こいつはお前の一部であり、お前もこいつの一部…本物も偽物もないのさ」
…この人は何を言っているんだ。
無様に鼻血を垂らし、魂を天に捧げた分身を見つめながら混乱状態に陥っていると、脇から総司が言葉を投げた。
「まぁ、ドッペルゲンガーの存在意義なんて気にすることない。気にすべきことはただ一つ。殺させる前に殺すこと…ただそれだけ」
真剣味を増した表情で放たれる言葉に徐々に不安になっていく。殺される前に殺せ?ここは弱肉強食のジャングルか?
「な、なんでですか?」
「この世界は同じ人間を望んでないから。ドッペルゲンガー(あいつら)の中には自分を殺す者もいる。弱気者は偽物として政府に消されちゃうからねぇ〜…ほら、人攫いやドッペルゲンガーの死体を清掃するのもヤツらの仕事だし」
他人事のように言ってのけるが、彼女の瞳の奥に悲しみの色が混じっていることを見逃さなかった。
過去に苦労した経験があるのだろうか。
「殺す?!…そんな」
なんて世界に来てしまったんだ。とんでもぶっ壊れスキルがあれば話は別だが、僕はまだ勇者でも賢者でもないただの子供なんだ。
このままここに放ったらかしにされたら人攫いやドッペルゲンガーに襲われる可能性が多いにある。
今は大人しく『百十字軍』とやらに着いていこう。
「分かりました。僕を『百十字軍』に入れてください…!!」
その言葉を耳にした途端、軍団長の口角が上がった。
そして、翌日。
僕は『百十字軍』の本部に来ていた。
場所は『サクラファミリア』
『ヒストリアワールド』の第二地区に位置する巨大な教会であり、集中力を分散させてしまう程の細かな彫刻に包まれたこの場所は『未完成の教会』という異名をもつ。
「すごいなぁ…」
まさに異世界!? CGで作られてると錯覚してしまう程のステンドグラスが幻想的な異空間だ。
樹木をモチーフにした幾つもの柱が出迎えてくれるロビーを潜ると、螺旋階段を使い作戦会議室へと案内された。
傘のようなシャンデリアに悪趣味な生人間の上半身が断面からポタポタと血液を垂らしている。
「うぅ…」
と、顔を青ざめてしまうが、会議室にいた六名は気にしていない様子。
すると、同じ年ぐらいの少女が僕を見るなり、口を開いた。
「あっ!この子が新しい生贄ね!(。♥ˇε ˇ♥。)」
「!?」
突然のカミングアウトに頭が真っ白になる。
俺は生贄なのか!?…そういえば、怪しいと思ったんだ。軍団長は強面だし…と恐る恐る彼と目を合わせると
「アイザッ!冗談はよせ」と眉間に皺を寄せながらきつい語調で言葉を放った。
「ちぇっ!つまんないの(¬з¬)」
しかし、アイザと呼ばれた少女は悪びれることなく、手に持っていた林檎を空中へ放り投げる。
一瞬、林檎が空中に浮かんでいた気がしたが、気のせいということにしよう。
「皆、紹介したい人物がいるんだ。座ってくれ」
僕をこの部屋まで連れてきてくれた総司が口を開くと、皆ゾロゾロと席へつく。副団長の権力が垣間見えた瞬間だったと思われたが、そうではなかったらしい。
アイザという名の少女がさっそく口を開いた。
天使族の特徴である白い羽を耳裏から・天使の輪を頭上につけている。
「総司、そいつ名前なんて言うの?」
なんて落ち着きのない子なんだ。現実世界なら間違いなく嫌われてるぞ。
「待て、アイザ。今から紹介する」
「こいつの名前は小田切信幸転生者だ」
「転生者ってことは異世界遺産から飛ばされた人ってことになるんですかー?( ˙꒳˙ )???」
やや太り気味の少年が尋ねる。歳は僕と同じ十二、三歳辺りであろう。
手にはアイスクリームがあり、ぺろぺろと長い舌で食べていた。また、犬寄りの狼のアタマを持っており、魔人族であることが伺える。
「シュタイン、会議中におやつを食べるな」
と、副団長らしく説教を挟みつつも「まぁ、彼の言う通りこいつは転生者ということになる」と肯定してみせた。
「しかし、『百十字軍』に相応しい戦闘能力はあるのか?見た通りゴブリン一匹も倒せないか弱い少年に見えるが…」
次に口を開いたのはフレミングと呼ばれる青年。
真っ赤な双眸・鋭い牙から吸血族であろう。細身の男で、腰には何本もの短剣が飾られてあった。
「安心してくれ。これから私が責任を持って育てよう…非力という理由で首にするには惜しい人材だ。協力してくれる転生者なんてそう簡単には見つからないからな」
そう言うと、総司は僕の肩に手を置いた。
小さな手から静かな温かさが伝わってきた。
「なら、新しいお仲間と言うことですね!」
アイザの横にいた少年が言葉を発した。歳は僕やアイザと同年代ぐらい。
肌が全体的に真っ青で半魚人のように指と指の間が繋がっている。
また、彼の胸の中には幼児が眠っていた。
兄弟でないことが一目で分かる。悪魔を連想させる真っ黒な角と羽が生えていた。
不思議そうに見ていると少年は幼児の寝顔をこちらに向け、自己紹介し始める。
「あぁっ!僕の名前はシュペーラー!こっちの悪魔族の子はゲオルクです!」
「あ、あぁ…よろしく」
すると、今度は手に持っていたアイスクリームを食べ終えた小太り少年がこう言う。
「俺の名前はシュタイン。魔人族だぞ!で、こっちの生意気女はアイザック・ニュートン…長いからアイザでいいぞ」
「ちょっと!それは私が決めることでしょ!?( ・᷄д・᷅ )」
耳の裏に生えた小さな天使の羽をキーと上昇させながらアイザック・ニュートンことアイザは訂正を要求した。
彼女の感情とリンクしているのか空中浮遊を楽しむ林檎が花火のように潰される。念力の持ち主なのか?
その後、緊張感漂う食事を終え、アイザ・シュタイン・シュペーラー・ゲオルクが過ごす子ども部屋に案内され、就寝した。
怒涛に展開される異世界ライフに疲れた僕はイヴの夜泣きが酷い中でもぐっすりと眠れた。