第三話「〝異〟世界遺産を護る者達」
「気に入ったぞ。お前『百十字軍』に入るか」
「…」
「…え?」
突如、放たれた勧誘に頭が真っ白になる。
展開早すぎじゃないか?主人公だからって手抜きし過ぎじゃないか?
頭を抱えながら返事を迷っていると、軍団長の男は口を開いた。
「勿論、拉致されたお前に同情しているわけではない。お前を次期団長として育てあげたいのだ」
「次期…軍団長…?」
俺が?こいつの代わりに?
って、そもそも何の軍団なんだ?
恐る恐る尋ねてみると、意外にも親切に教えてくれた。見た目ほどこの男は凶悪では無いのかもしれない。
「俺たちは『百十字軍』…歴史的〝異〟世界遺産を保護している」
「歴史的〝異〟世界遺産?」
「あぁ、ここもそうだぞ。レインボーストーン国立公園は人に無限の命を与える」
すると、男は僕の背後にある湖を指指した。
振り返ってみると七色の光が踊るように揺れている。しかし、不老不死になる効果があると信じがたい。一口飲むと死んでしまいそうな色味だからだ。
「な、なんで、僕を誘うんだ…転生?したばっかりだし…
「あんたが転生して来たからよ」
「え?」
この世界では転生は珍しいことなのか…
女体化した沖田総司の言葉に違和感を覚える。
「俺の他に転生者はいないのか?」
「いや、いるな。しかし、珍しい…何故なら…
お前をこの世界に連れてきた犯人は〝異〟世界遺産に登録されているからな」
「せ、世界遺産に?」
聞き間違いじゃないだろうか。人間国宝ならまだしも、人が登録されるのか?石像のような人物なんだろうか…
そんな妄想が顔にまで出ていたのか、団長と呼ばれた男は竜のような牙を見せながら言葉を発した。
「そいつの名前はボーデ…ボーデの法則を操る。IQ四桁の頭脳が歴史的遺産に任命されている。よく現実世界と異世界の人間を飛ばしたり戻したりしているんだよ…」
なるほど、僕をこの世界に召喚した犯人が存在しているのだろう。
それにしても正体が平賀源内とは…電気魔法を操るんじゃないんだな。
…いや、そんなことよりも気になることがあった。
「ボーデの法則?…ってのは何ですか?」
オームの法則は塾で聞いたことがあるが、ボーデ?誰だ?正直性別も分からない。
「この世界には法則者と呼ばれる能力者がいるんだ」
「法則者?」
聞きなれない言葉に思わず復唱してしまう。
「法則者ってのは化学・物理・自然・心理…この世のあらゆる法則を操る者達のこと。自分で法則を見つけないといけないから沖田には無理」
お手上げと言うように手を横にあげる沖田は団長の代わりに言葉を紡いだ。
「俺たちはボーデ(そいつ)も守らなきゃいけねぇ…だが、奴は俺たちを信用しない。今や守るどころか居場所すら不明さ」
「そこであんたの出番ってわけ…召喚者と転生者は深いところで繋がっているから」
魔法使い見習いと悪の帝王みたいな関係性だな。
「と、言われても…僕は魔法とか能力とか使えないし」
YESかNOを下すのに戸惑っていると、急かすかのような言葉を出した
「でも、断るのもどうかと思うぞ?だってこの世界は生きづらいから」
「僕が人間だからですか?」
「いや、そこまで人間族は差別されていない。何なら、人間族は崇められている」
意外な訂正の後、真の理由を口にする。
「この世界には…
突如、総司の声が止んだ。
僕…ではなく、背後にいる〝誰か〟を目に、眉を上げて驚きを表現する。
「…」
団長も何も言わない。平然としているが、サングラスの奥は目が点になっているのだろうか。
遅れず、僕も振り返ってみる。そこには…
黒髪の癖毛や三白眼、小汚いマントを羽織った少年がこちらを不気味に見ていた。
「お前は
…僕?」
そいつは誰が見ても小田切信幸だった。
背丈も一緒。顔立ちも一緒。唯一服装だけは異なっていたが、それ以外は鏡合わせのような全く同じ人物がそこにいた。
「ど、どうして…」
握り拳で殴り飛ばされたような衝撃を受けた僕はごくりと唾を飲み込む。
分かりやすく驚いている僕が面白かったのだろう。僕はニヤリと音を立て口の端に不気味な笑みを浮かべると、突然腰に下げた剣を取り出した。
「なっ…」
生き別れた兄弟が抱きつくような感動の再会シーンじゃないようだ。
鞘から刀身を脱ぎ出し、剣先を目の前に向けた。
ひやりと背中を舐めるような隠しようもない恐怖を覚えた僕は無様にも涙と鼻水を垂らす。
死ぬ。完全に死ぬ。
異世界転生したら美女とハーレムになるんじゃなかったっけ?
んで、とんでもないスキルを手に入れ、無双するんじゃないのか?
いや、まだ転生して一日も経っていない、今からきっとぶっ壊れ魔法が解放するんだ。
そして、僕にかけ離れたレベルでざまぁwwするんだ。早く!早く!覚醒しろ!僕のスキル!
…しかし、そう簡単に展開するほど人生は甘くなかった。
僕と瓜二つの相手は柄に力を篭めると、突如刀身は真紫に染まる。
禍々しい色をした刀に一ミリでも触れた瞬間、毒状態に陥って死んでしまいそうだ。だが、
僕は大地を踏み鳴らし、高く踏み込んだ時、その双眸に映っていたのは僕ではなく団長だった。
口の端に余裕の色を浮かべると、刀を振り翳し、サングラス男に向かって振るう。
速度を乗せた刃は力任せに一閃を描き、男の無防備な身体を狙っていた。
雲のない血の雨が吹き荒れ…ると思われたが、男も黙ってはいなかったようだ。武器ひとつない右手を前に突き出すと紫紺に染まった刀身が火花が散らす。
「だ、団長っ!」
心配そうな声色で総司が男の名前を叫んだ。
これが魔法と言うものなのだろうか。刀身を右手一本で支えるなど、魔法であると信じたい。
火花が散って二人の顔を明るく染めて数秒後、僕のそっくりさんは危険を感じて後退りした。
反撃に転じたそいつはもう一度強く柄を握り、団長らしき男に殺意を向ける。
戦闘は長期化すると思われたが、あっけなく終わった。
団長がコートの中から拳銃を取り出し、迷うことなく僕に向ける。
照準を相手の身体の中心に定め、砲声が鳴り響いた。
バァン!
拍動に押し出させるように血液が吹き出し、僕は仰向けに倒れた。
「…」
人攫いの死体とはまた意味の違う、初めて違う射殺の瞬間。
鮮やかな血が吹き出す敵の顔はやはり僕にそっくりだった。
口の端から血が流れ、徐々に瞳からハイライトが消え失せ、身動き一つしなくなる。
「…」
言葉を失う僕を良いことに団長は口を開いた。
「この世界には本物とも偽物とも言い難い、ドッペルゲンガーが存在しているのさ」