第一話「レインボーストーン国立公園」
レインボーストーン国立公園。
そこは〝異〟世界で初めて国立公園として認定された場所。人々は『天使の(エンジェルア・)霊域』と呼ぶ。
『ヒストリアワールド』の第三地区に位置する国立公園で、その湖は人々に無限の幸せと命を与える虹色の光を放つことで有名だ。
しかし、いいことばかりではない。
魚人族が多く住み着いていると言われているため、奴隷商人や人攫いが違法侵入し、多大な損害を与えていることも近々問題視されている。
「これがレインボーストーン…本当に綺麗だな」
「一度でいいから魚人族見てみたいぜ」
「私は光を浴びて永遠の命を手に入れたいわ…」
赤・黄・緑・青・紫…と湖とは思えない色をしている湖は鋼鉄の柵で囲まれており、観光客は数百メートル離れた場所からしか見ることができない。
「な、なんだ?!」
「ちょっと!押さないでよ!」
私語・私語・私語が空間を埋め尽くす中、柵の周りにできた人混みを割って入っていく者がいた。
男は口に汚らしい髭を蓄えたガタイのいい男が観光客の視線を集めながら、ついにその柵を乗り越える。
三十代半ばといったところだろうか、額から二本の角を生やす悪魔族の男は嘲笑・罵倒・嫌悪…様々な感情を向けられながらもレインボーストーン…『天使の霊域』へと身体が疾駆させていく。
「誰だ!あいつは!?」
「やだ…人攫いじゃないの」
「ま、まさか、魚人族を拉致する気か!?」
段々小さくなっていく男を目で追いながら、人々は口々に言葉を発していく。
「いやぁ…おぞましい…」
「私の分までとってきてくれないかな…」
観光客の一番の思い出に残るような出来事に勇気のないものはレインボーストーンから距離をとり、
勇気のあるものは柵を乗り越え、人攫いを捕まえようとする。
よほど正義感が強いのだろう。それともこの騒動に乗っかって自分も『天使の霊域』の光に触れようとしているのか?
理由は定かではないが、魔人族の男は柵から足出し、湖に人攫いに近づこうとしたその時だった。
「ここから先は立入禁止ですよ」
涼やかの声が男性の動きを人々の私語を停止させる。
背中に届く程伸ばされた長髪は紫色をしており、一つに結ばれていた。
青色を基調とした服装の少女は妖精族。尖った耳が特徴的だ。
しかし、妖精と言っても魔法で戦うわけではないらしい。
腰に巻かれたベルトからは長刀がぶら下がっていた。
視線を吸い取ってしまうような空色の瞳で諭すように男性を見つめると、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「な、あんた、何なんだ!?」と、何度言われたか分からない質問を答えるため、少女は胸ポケットから一つの手帳を取り出した。
二本の剣が交差する銀色の紋章を見た途端男性は
「ひゃ、百十字軍!?」
と、眉を上げて驚きを表現しながら紋章の意味を口にする。
すると、「百十字軍?!」「やっぱり来てくれたのね」「なーんだ、せっかく面白いところだったのに」などと賛否両論が口々に言い出された。
柵を飛び越えながら、波紋のように広がる声を沈めるため少女は口を開く。
「皆様、百十字軍が来たらもう安心です。落ち着いてください」
そして、ポニーテールを犬の尻尾のように揺らし、腰から刀を脱ぎ出した。
「おぉ…」と、男声が声を漏らす。
ぎらりと陽を照らした刀剣の柄に添える握力を強めると、助走をつけて地を蹴り、弾丸のような速度で人攫いを追いかけた。
走り出した直後、疾風が吹き荒れそうな勢いで疾駆するその姿はまさに『紫紺の弾丸』
一分もかからないうちに人攫いの生首を手に取る姿が安易に想像できる。
「ねぇ、お母さん『百十字軍』って何ぃ?」
ふと、抜刀した少女を目にした幼女が母親らしき人物に向かって尋ねた。
「『百十字軍』っていうのはね…
歴史的異世界遺産を守る人達なのよ」
目標の人攫いを捉えた途端、床を踏み込み、大きく跳躍した。
剣先が弧を描き刃の軌道上にいた悪魔族を攫う…しかし、気配を感じたのか身を沈めて、襲い掛かる剣戟を躱した。
「うぉ…あ、危ねぇなぁ!?何しやがる」
「それはこっちの台詞だ!ここは関係者以外立ち入り禁止。お前のような畜生が来るところではない!」
そう言い切ると威嚇するように剣先を相手に向ける。
「ただの小娘如きに何ができるってんだ!?」
人攫いはそう力強く叫ぶと、鞘から不気味に光る刀身を抜き出した。
「ただの妖精族が上級種族悪魔族に適うわけないだろっ!!」
妖精族は悪魔族より運動神経も高く、頭もいい。
妖精族の特徴といえば魔術を操ったり、召喚したりする…しかし、魔人族には適わないが…
人攫いは地を蹴って飛び掛かい、速度を乗せた刃を振り回す。
「くっ…!」
防御に回った刀剣で受け止め、攻撃を防いだ。
バチバチと火花が散り、二人の顔を明るく染める。
剣と剣が奏でる金属音が数回鳴り響いた後、妖精族の少女は地面を蹴り砕いて飛び上がると、反撃に転じた。
重力を忘れさせる程華麗に飛び越えながら、刃を振り回し、刃の軌道上に男を迎える。
「ーッ!!ぐぁぁああっ!」
そして、上空から放物線を描いて落とされた剣戟をまともに腹部に喰らうと、激痛に悲鳴をあげた。
血と肉と骨が奏でる鈍い音が響く。
血の染みが衣服を征服し、頭が白黒交互に点滅した。
「あ、あぁあ…や、やめろ…み、見逃してくれ」
口の端から血を撒き散らし、許しを乞うような発言を零す。しかし、少女は容赦なく、刃を正面に突き出した。
「ぎゃあぁあああぁぁあぁ!」
身体の中が耐え難い熱に犯され、びたびたと真っ赤な鮮血が垂れていく。
「た、助け」と最後の力を振り絞ってそう呟くも意識が歪んでしまい、永遠に沈黙した。
「…」
血の海に浮かんだ男の死体をゴミでも見るような瞳で見下した彼女は「ふぅ…」と安堵の息を漏らす。
だが、休息の時ではなかったようだ。
ピッピッピッピッ…
と、恐怖心を煽るような電子音が死体となった男のポケットの中から聞こえる。
「ん?何だ?」
汚そうに真っ赤に染まった刀剣でうつ伏せの男をひっくり返し、胸ポケットから一つのカプセルを取り出す。
「保管用人型カプセル…」
掌に収まる赤と白の音の出すカプセルを見つめながら、額に浮かんだ汗を拭う。
保管用人型カプセルとは主に奴隷商人や人攫いが愛用するアイテムであり、その名の通り人型の生物をカプセルの中に縮小し、閉じ込めることができる。
ピッピッピッピッ…
出してくれとばかりに喘ぐカプセル。
「ど、どうすれば…」
柔らかさが失われた声で呟く言葉に知恵を貸す者はいない。
「…どうなっても知らないからな」
と、自分に言い聞かせるように紡ぐと同時にカプセルの側面についていたスイッチを上にあげた
しかし、数分後には使い方を調べなかったことを後悔することになる。
「うわぁっ!」
鼓膜に届いたのは少年の声。
手にあったカプセルがぶぶると震え、瞬く間に重さが伝わっていく。
そして、次の瞬間にはカプセルから弾け飛び出た少年に押し倒され、馬乗りにされる。
少女は自身の胸に顔を埋め唸る少年に絶叫した。
「な、何やってんだぁあぁあああ」
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