見つめていた
薄暗い帰り道の街頭の下、彼女は立ち止まり話し始める。
「お母さんね、入院してるの。元々体が弱かったから、私がちっちゃい時から入退院を繰り返してたわ」
彼女はこちらを見ずに俯いたまま続けた。
「だからお母さんの代わりに家事やってるの。お父さん仕事頑張ってるし。私がやるしかないから」
俺はそう言う彼女を見つめたまま何も言えなかった。
ここで何を言うのが正解なのか俺にはわからない。
「大丈夫?」
俺はこんなことしか言えなかった。
「大丈夫よ。私よくお母さんの手伝いとかしてたし、家事も嫌いじゃないからなんとかやれてる。大変だけど嫌だと思ったことはないから」
俺でもわかるような作り笑いをして、彼女はそう言った。
「大丈夫?」
俺はもう一度同じことを聞いた。
彼女は顔をあげて俺の方を見た。
その目には今にも溢れそうなほどの涙が溜まっていた。
「お母さんもう助からないかもしれないって。病院の先生にも言われてるの。私どうすればいいかわからなくて」
彼女は大粒の涙を流し始めた。
「それでも私は諦めたくなくて。お母さんが安心して入院できるように、家のことはなんにも心配しなくていいように家事もやってるの」
彼女はついに泣き崩れた。
そんな彼女を見つめていた。
俺は一呼吸置いて、話し始めた。
「新谷さんはすごいよ。俺なんてすぐ諦めてばっかりで。サッカーだって、続けることはできたと思う。でも諦めたんだ。先生にもう無理だって言われて諦めた。だからこそわかる。新谷さんはすごい人だ」
彼女はそのまましばらくの間泣き崩れていた。
そう言って俺はまた黙って泣き崩れる彼女を見つめていた。
新谷さんがようやく落ち着いたのは15分くらい経ってからだった。
俺は落ち着いた彼女を家まで送って行くことにした。
家に着くまで、俺も新谷さんも言葉を発しなかった。
家に着いて、ようやく彼女が口を開けた。
「送ってくはずだったのにまた送ってもらってごめんね」
「そんなの気にしなくていいよ」
俺は笑って返した。
「今日のことはみんなに言わないでね」
多分誰にも話していないんだろう。
気を使われるのはとても嫌いそうなタイプだからな。
「わかったよ。誰にも言わない」
「ありがとう」
彼女はようやく笑顔を見した。
まだ少し元気はないが、俺は少しでも彼女が笑顔を見してくれたことが嬉しかった。
「それじゃあ、また明日学校で」
「また啓太にサッカー教えてあげてね」
「任せて」
「ありがとう」
彼女のありがとうはとても響いた。
なぜだか自分でもわからない。
俺は「おやすみ」とだけ言って、新谷家を後にした。