好きってきっといっぱいある
初めて恋愛ものを描いてみましたが……難しかった。めちゃくちゃむ難しかった。
「沙希、オレさ彼女ができたんだ。時間が一緒になっても、彼女と帰るわ」
「そっか、わかった」
月に一度の放課後の図書委員が終わり、いつものように佑くんの部活が終わるのを待っていた私に、佑くんがそんな言葉をかけて先に歩き出した。
私、宮本沙希と佑くん……相沢佑貴くんは幼馴染だ。
母は看護師をしている。復職を目指して託児所付きの病院を探していた時、こっそり見に行った病院で看護学校時代の友人と偶然再会した。連絡先だけ交換して、仕事の終わりに会うことになった。家が案外近かったこと、同じ年の子供がいることがわかり、同じ保育園を選んだ。小さい頃に思い出話として、佑くんと二人よく聞かされた話だ。それから中学生の今まで、ずっと一緒。
お迎えに食事にお風呂などは、お互いの母親がシフトを調整してどちらかの家で済ませていた。お互い一人っ子だから、幼馴染というよりも兄弟のように育った、私たち。小学生も高学年になると、自宅でも佑くんの家でも私が食事の担当をするようになった。さすがに中学生にもなれば、お互いの家で寝泊まりすることはなくなったけど。
佑くんはバスケ部で主将をやっていて、スポーツ推薦を貰うつもりだと言っていた。私は追いかけて同じ高校へ行く予定だった。だったけど、佑くんに彼女ができて一緒に居られないなら、違う学校へ行こう……と思う。
佑くんはバスケ部らしく、背が高くてがっしりしている。誰もが振り返るカッコいい人……ではないけれど、スポーツ少年らしく短く刈り込んだ髪も爽やかで、勉強もよくできる。
翻って私は、特別可愛いわけでもなく、どこにでもいる普通ぐらいの身長に普通ぐらいの顔。頭のできも運動神経も、何もかもが普通ぐらい。特筆するところなんて何もない。
でも、私には夢があった。母と同じ看護師になるという夢が。
そして、佑くんのことがずっとずっと好きだった。一緒にいるのが当たり前すぎて、告白しないと気持ちは伝わらないことに、気付かなかったぐらいに。
「ねぇ、お母さん。ちょっといい?」
「どうしたの?」
夜勤前に申し訳ないなと思わなくもなかったけど、言うなら早い方がいい。改まって言う私に、怪訝そうな顔をしたけど、きちんと話は聞いてくれた。
志望校を替える理由を言わなくちゃいけない。佑くんに彼女ができて、同じ学校に行きにくいって。でも、それを一番に言うのはイヤだ。ちっぽけでも、私にもプライドがある。
だから、お母さんの背中を見てきて看護師になりたいこと。内部進学できるとは限らないけど、付属のあるところに行きたいと思っていること。そして……佑くんに彼女ができて、私が一緒に居るのは彼女さんに申し訳ないから、相沢家のご飯担当を下りたいこと。
「そう。沙希たちにも色々事情があるわよね。美知子には私からうまく言っておくわ」
「お願いします。志望校替えたこと、佑くんには言わないでほしい……」
夏休み前の三者面談で、比較的内部進学率の高い看護科のある私立の付属高校へ志望校を替えた。今の成績じゃ推薦は難しい。二百五十番ぐらいの今の成績を、二学期の中間で百番台前半少なくても百五十番以内に入らないと推薦は出せない、とはっきり言われてしまった。奨学金もまず無理だろうと。
期末が終わり本格的な受験シーズンの前の、少しダラりと弛緩した教室の雰囲気とは対照的に、私はみんなよりも一足早く受験勉強一色になった。佑くんを気にしている余裕はなかった。推薦は貰えたら楽だし、満額ではなくても奨学金が支給されるための努力はしたかったから。
でも、本当は違う。一度、佑くんと彼女さんが一緒にいるところを見てしまった。佑くんの隣にいた人は一学年下のバスケ部のマネージャーだそうで、とっても可愛らしい人だった。彼女さんの方が告白したって、噂を聞いた。
何かをしていないと、とても楽しそうに笑い合っていた二人がチラついて、苦しくて仕方がなかった。
ずっと一緒に居たのは、私の方だったのに……。
そう思って……ようやく、自分が佑くんに気持ちを伝えていないことに気が付いた。
でも、もう遅いよね。今更、言ったって。あんなに楽しそうにしていたし……。
漫画だと幼馴染は両想いがパターンだけど、現実はそんなんじゃない。
わかってる、わかってるよ。そんなに都合よく、自分の思い通りに進んだりしない。今は佑くんのことよりも、無理を言って受験させてもらう高校に合格しないといけない。
二学期の中間は夏休みに頑張った甲斐があって、何とか百三十番までは押し上げることができた。まだ頑張れば二桁も狙えるかもしれない。
毎日は否応なく、淡々と過ぎていく。私に悩みがあってもなくても、朝が来て夜が来て、日曜日の次は月曜日だ。苦しさも胸の痛みも、見ないようにしてやり過ごしていけば、痛かったことすら普通の日常に忙殺されて感じなくなっていく。
クラスが違えば意識しなければ学校で会うことはない。
いつの間にか冬服に替わり、無事に推薦入試も終わり、結果を待つだけとなった、ある日。
「沙希」
学校で佑くんに呼び止められた。話すのもまともに顔を見るのも、彼女ができた宣言以来、半年ぶりだ。
久しぶりに見たその顔を、やっぱりカッコいいなと思った。けれど……今までどうやって話していたのか、どんな顔をしていたのか、さっぱりわからなくなっていた。
「オレ、バスケでN高の特待が貰えて、受験終わったんだ。沙希はもうちょっとだな」
「そっか、おめでとう。私は、まだ気が抜けないよ」
佑くんに進学先を言う気はなかった。佑くんに好きだと伝えていないことに気づきはしたけど『今更……』という気持ちが強すぎて、告白する勇気が持てなかったから。それに彼女がいるってわかっているのに、告白するのもどうかと思うし。
「それじゃ……」
見ないようにしてきた胸がまた痛みだした気がして、務めて冷静に、わざとらしくならないように踵を返した。
「沙希、オレを避けてる?」
急に手首を掴まれてびっくりして振り返ると、不機嫌を隠さない瞳とぶつかる。
「避けてないよ? どうして? 避けられるような心当たりでも?」
これはどういう状況なんだろう?
「ないけど……最近、飯も作りに来ないだろ」
「……N高は私には厳しめなんだよね。そんな余裕はちょっとないかな」
「ごめん。父さんも母さんも寂しがってるから、また来いよ」
なぜ? 彼女でもない女を家に誘う? おかしくない?
彼女が嫌がるとか、考えないんだろうか?
幼馴染だから許されるんだろうか?
幼馴染だったら何がどこまで許されるんだろうか?
何を考えているのかさっぱりわからなくて、無意識に一歩後退った。
「うん……受験が終わったら、お邪魔するね。それじゃ」
何も悪いことしてないのに、怖くなって思わず走って逃げてしまった。好きでいてくれるのかもしれないとか、彼女と別れたのかもしれないとか、自分の都合のいいように期待してしまう。
本当に本試験を控えている身だったら、どうしてくれるのよ。こんな状態じゃ、勉強なんて手につかないよ。
佑くんに呼び止められた日から、よくわからない焦りのような気持ちが沸き上がってきて、落ち着かない日々を過ごした。
無事に推薦の合格も貰え、制服の採寸や教科書の配本が始まると、これで佑くんとは離れていくんだと漠然とした不安と、少しの安堵が同時に沸き起こる。
佑くんと違う高校に行くと決めたのは自分だけど、離れたら忘れられるかもしれないとも思うし、でも彼女じゃなければ一緒にいることもできないし……。
じゃあ私は佑くんの彼女になりたいのか?と言えば――好きだけど、佑くんのことは好きだけど、付き合いたいとか彼女になりたいとか――そんなことを考えたこともなかったことに自分で驚く。
私の「佑くんを好き」って気持ちは何なんだろう?
家族愛?
子供が大好きなおもちゃを取られるのを嫌がる気持ちと同じ?
それってどんな好き?
好きだし、忘れられるのは嫌だし、隣には居たいし――でも、付き合いたいのか?と問えば、そうじゃない。としか答えられなくて。
ずっと一緒に居たから……両親よりも誰よりも、一番長く一緒に居たから、私にとって佑くんは一緒に居て当たり前の人になっている。
それを好きだと勘違いしてるんだろうか?
好きだと思い込もうとしているだけで、本当は好きじゃないのかな?
自分で自分の気持ちが理解できなくて、困ってしまう。
自分がどうしたいのかも、自分の気持ちも全然わからなくて、考えても答えなんて出なくて、ぐるぐるしてばっかだから、胸の痛みと一緒にみないことにした。
この付属の女子高は年々ブレザーが多くなっていく中で、セーラー服だ。紺色のスカートの裾には二本の白いラインが入っていて、冬服は紺の襟に白のライン、夏服は白の襟に紺のラインが入っている。中学の頃の紺一色のセーラー服とは全然違う。ラインが入っているだけで、かわいく見えるから不思議だ。
最寄り駅は同じだけど、佑くんが通う高校とは反対方向だから時間にさえ気を付ければ、会うこともないだろう。
「電車だけで一時間か。オレの通勤よりかかるな。沙希、大丈夫か?」
入学式に出席してくれた両親と高校の最寄り駅で、食事をして帰ることになった。心配そうに眉を下げた父が聞いてくる。父は製薬会社で研究職をしていて、今の家は父の会社の社宅だ。
「大丈夫だよ。電車の本数も結構あったし、駅からはスクールバスも出るし、実習する病院も大学も近くて良かったと思ってる」
注文の品が運ばれてきても、何かに迷っているようで父は手をつけようとしなかった。
「沙希、佑貴くんと違う高校にして、本当に良かったのか? 後悔していないか?」
そんなこと言われると思わなかったから、びっくりしてしまった。
「なんで? 急に?」
「二人はずっと一緒に大人になっていくものだと思っていたから。オレが佑貴くんを息子のように思っているように、相沢さんも沙希を娘のように思っていると思うぞ。
沙希には、寂しい思いをさせただろうし、同年代の子よりも苦労をかけたと思う。大事な娘が無事に大きくなってくれて、嬉しくもあり、寂しくもある。
もう一人の息子の、この先の門出に立ち会えないのも寂しく思う」
「お父さん……」
母の仕事が不規則でも父の不在が多くても寂しくなかったのは、佑くんと相沢家が受け入れてくれたからだ。それはわかるし、感謝もしている。きっと佑くんも同じだろう。
でもどうしろと? 私と佑くんは別の人間で、兄弟でもなければ結婚の約束をしているわけでもない、ただの幼馴染だ。それなのにずっと一緒に成長していくって、そんなの不可能だ。佑くんに彼女ができたのが先だっただけで、私に彼ができても一緒に入られない。
母にも思うところがあるのか、父の気持ちを先に聞いていたからか、特に何も言わなかった。
誰も口を開かないまま、入学式というおめでたい日とは思えないような少し重い空気のまま、家に着こうとしている。
佑くんが相沢家の玄関先に居て驚いた。偶然、今出て来たというより、何かを待っていたようだ。
「お久しぶりです。少し……寄って行きませんか?」
「やあ佑貴くん、久しぶり。その様子だと沙希の進学先を知らなかったのかな?」
「はい、知りませんでした。いつもはこういう行事に一緒に行くのに、今日は何で一緒じゃないのか不思議で。父と母は知ってたみたいですけど」
穏やかに答えるお父さんに、佑くんは不機嫌さを隠しもしないで睨むように私に目線を向けた。
「父さんたちは先に帰ってるから、沙希だけ寄らせてもらいなさい」
「えっ、なんで?」
両親は、私を置いてさっさ帰ってしまう。追いかけようと歩き出せば、手を掴まれて家に連れて行かれてしまう。
「沙希、こっち」
「えっと、お邪魔します?」
「沙希ちゃん、久しぶりだね。いらっしゃい」
声をかけてくれたおじさんにきちんと挨拶もできないまま、真っすぐ佑くんの部屋に向かっているみたいだ。
「沙希、志望校変えたことなんで黙ってた?」
いきなりそんなことを言われて驚いたけど、佑くんの部屋に入るのは小学生以来だ。おもちゃが無くなっているぐらいで、机の位置など部屋の雰囲気は変わっていなかった。
「これと言って理由もないけど……何となく? それを怒ってるの? こんなに? なんで?」
言いたくなかったし言えもしなかったけど、責められる理由が分からなくて、頭の中が?でいっぱいになる。
「同じ高校に行くんだと思ってたよ、オレは」
「まあ、同じところに行こうかな。って話はしたけど、約束したわけじゃないじゃない?」
「ずっと、来なかったのも勉強が大変だからだと思ってた」
「それはそう。付属の推薦貰うために順位上げなきゃいけなくて、夏休みからはめちゃくちゃ勉強したよ。
それに……夏休み前の三者面談で志望校の変更を相談したとき、N校は無理だと言おうと思ってたって。付属も厳しめだけどN校よりは望みがあるって、担任から言われてたの」
「そうじゃない。
志望校を替えた理由じゃなくて、志望校を替えたことを何で黙ってたのかって聞いてんの! オレにわざと言わなかったんだろ?」
会った時から不機嫌だったけど、イライラと声を荒げる佑くんに驚いてしまう。
「わざと言わなかったわけじゃ……ないけど。言わなきゃいけなかった?」
「いけなくはないけど言ってほしかった」
「何を怒ってるのか全然わかんないけど……とりあえず、ごめん」
何だかよくわからないけど、悲しくなってきた。
「沙希はオレがどこに行くのか気にならないわけ?」
「全く気にならないわけじゃないけど……N校じゃなくてもバスケの強いところに行くんだろうなって、予想がつくから……」
「それだけ?」
「そうだね。彼女でもないし……友達の距離ってこんなものじゃない?」
彼女がいる男友達との距離感って、顔と名前は一致するけど話したことはないクラスメイトと同じぐらいがいいんじゃないだろうか。
自分がもし彼女だったら……ただの幼馴染でしかない子が、彼にべったりってヤダなと思うもの。私が彼女じゃないの?ってきっと思う。
「佑くん。お節介かもしれないけど、私は幼馴染だけど女だから。彼女さんはイヤだと思うよ、自分じゃない他の女の子が彼の部屋に上がりこんでるの」
だから、やめた方がいいよ。と真顔で注意してしまった。だって、私だったらイヤだもの。
私は自分の気持ちがよくわからないから、佑くんに裏切られたとは思ってないし、他に好きな人ができるのも仕方のないことだとも思う。一緒に居られなくて寂しくはあるけれど、告白する勇気のあった子が彼女になった、ただそれだけだ。でも、彼女と同じ女子として、注意してあげるのも友達の役目だと思う。
「……彼女とはすぐ別れたよ」
「へっ? なんで?」
あんなに楽しそうだったのに?
「最初はよかったんだよ、部活の延長みたいで。
彼女はバスケ部のマネだったんだけど。部活以外の共通の話題なんて、テレビや音楽ぐらいしかなくて、話題が続かなかったんだ。話すことがないなら黙ってればいいと思わないか? マネはそれがイヤだったみたいで、頑張って喋ってて……。
三年の追い出しが終わった後は、オレらは部に顔も出さないし、時間も合わなくなってきて……マネから言われて付き合ったけど、終わらせたのもマネで……なんか、正直ホッとした」
「好きじゃなかったの?」
「かわいい子だったよ、明るくて元気で部でも人気があった。部の仲間としては好きだった。大事な後輩の一人、仲間の一人」
もしかしたら佑くんも私と一緒で、付き合うっていうのがどういうことなのか、わかってないんじゃないだろうか。
「沙希はさ、オレのこと好き?」
「えっ? 突然なに?」
真剣さは全然なくて、からあげ好き?とかプリン好き?とかそんな軽い聞き方だった。
「好きかと聞かれたら好きだよ。
でも……彼女になりたいとかは思ってない。兄弟みたいかな? とは思うけど、でも、弟ともお兄ちゃんとも思ってない。しっくりこないしなんか違う」
自分の好きがどんな種類の好きなのかよくわからないから、迷うのだ。恋愛的な好きなら進めばいいし、嫌いなら忘れられたって気にならないはずだ。でもそうじゃない。
「オレは沙希のことが好きなんだ」
話の流れ的にはそうなんだろう。
でもその好きはどの程度の好きなの? からあげぐらい?
「沙希とだったら、沈黙も気にならないなとか。無理して話題探す必要もないなとか。マネと一緒で音楽やテレビの話題だったとしても、もっと気楽だなとか。
顔見ないもの、家に来ないのも、沙希の作った飯を食えないのも……なんか寂しいなと思ったんだ。
それに……オレの隣にマネがいたように、沙希の隣に他の男が立つのがイヤだって。沙希の隣はオレがいいって……」
最後は独り言みたいな小さな呟きだったけど、全部聞こえていた。佑くんも私と同じように一緒に居られないのを寂しいと思っていてくれたことが、嬉しかった。
扉の近く立ったままで、部屋には二人だけで、掴まれたままの手が熱くて……。
ゆっくり近づいてくる佑くんの顔を、今までみたいに一緒に居れたらいいな、私の好きがどんな好きかわかるといいな、とぼんやり思いながら、目を閉じた。
お時間をとって、ここまで読んでくださってありがとうございました。
男の子の口調がよくわからなかったり、年齢と思考があってるのか迷ったり、現代ものも恋愛ものも、初挑戦でしたが本当に難しかったです。




