第 9 話 初陣その2
前回のあらすじ
下野国に出たという鬼の討伐の先遣隊としてカエデ分隊が出発した……
日ノ本国は、86の国からなる国である。
首都、江戸が置かれた武蔵国を出立した日ノ本特務機関クロガネ小隊カエデ分隊の向かう先は、屍が大量に発生し、鬼の存在も疑われる武蔵国の東北に位置する下野国!
軍馬に乗ったカエデ分隊の一行は、一刻も早く到着すべく下野国を目指し一心不乱に突き進む!
この国の平和を守る使命の為に!
「うおおおおおぉぉぉぉお!」
死に物狂いで走るムサシ。
出発早々、落馬した為に走っている!
道順など知らないムサシは、馬に乗って前を走るカエデ分隊の皆に置いて行かれまいと必死なのだ!
「うおおおおおお!」
頑張り屋のムサシ!
そして……
「ん?」
馬に乗るサスケの横を、ムサシが乗っているハズの馬が駆け抜ける。
「サスケ、あのバカは? なんで馬が無人で走ってるの?」
サツキがサスケの横に馬を寄せ聞いたが、サスケにだって意味が解らなかった。
ただ、後ろを見るとムサシが必死に走っているのが見えた。
「……なにしてんだ?」
意味不明のムサシの行動に戸惑うサスケ。
「なぁ、サツキ。 ムサシ走ってるけど何でだ?」
「いや、私に解る訳ないでしょ、バカの考えている事なんか!
サスケ、みんなに置いてかれちゃうよ、急ごう!」
「そ、そうだな」
サスケは後ろを振り返りつつ、馬の速度を上げた。
「あっ!
酷い、薄情だぁ!」
前を走る仲間達が更にスピードを上げたのを見て、ムサシが言ったが、皆に聞こえるわけもないのだ。
頑張れ! ムサシ!
・
・
・
下野国への休憩地点――
眼前に田んぼが広がるのどかな場所で、カエデ分隊が休憩しつつ、疲れた軍馬を休ませ餌を与え、残りの工程の準備を行っている。
「ぜぇーー、ぜぇーー」
皆に追いついたムサシ。
大の字で寝て荒い呼吸をしているそこへ、サスケとサツキが様子を見にやってきた。
「おい、やる気があるのは解るが、馬に乗った方が良いぞ」
大の字で寝ているムサシに声をかけるサスケ。
「馬についてこれるなんて、どんな足してるのよ、あんた」
呆れた様子でサツキも続けた。
「ハァ、ハァ……
だ、誰が好きで。
オラ、出発した時、馬から振り落とされたんだ。
薄情だよ!
みんな、止まってくんないんだもん!」
体を起こし、抗議するムサシ。
「あのね、落馬したアンタが悪いんでしょ。
ほら、コレでも飲んで落ち着きなさいよ」
ムサシに水筒を手渡すサツキ。
「サツキ……
優しくて、益々好きになるだよ」
サツキは差し出した水筒を戻そうとしたが、光の速さでムサシに奪われた。
「返せ、この山猿!」
サツキの抗議の声など、どこ吹く風とばかりに気にせず水筒を口にするムサシ。
間接キスの事しか頭にないのだ!
ゴクゴクゴク……
「ぷはぁぁーー!
サツキの水は格別だあ!」
ムサシは、勝ち誇ったようにサスケを見たが、サスケは気にした様子もなく、見てすらいなかった。
だが、ムサシは気にしない。
何故なら、大好きなサツキと間接キスが出来たのだか
「ムサシ!
それ、おいの飲みかけの水筒でごわすよ!」
副分隊長の黒龍山の声。
ムサシが振り向くと、手にした水筒を指差す黒龍山が、どすこいと立っていた。
・
・
・
◇◇◇
下野国、国王の居城、宇都宮城――
天守閣にて、国王 トチギ・サダハル、この国の重臣達、そして日ノ本特務機関情報収集部下野国支部の者が、領地に発生した屍の対策を協議すべく集まっていた。
「恐れながら、殿に申し上げまする!
今一度、反乱分子の平定に兵を挙げるべきでございます!」
重臣の一人の進言に、周りの重臣達も同調の声を上げた。
徹底抗戦の構えの重臣達を前に黙っていた国王トチギが立ち上がる!
「黙れ!
お前等の言うようにやったら、どうよ?
え?
兵を小出しにするのが敗因です! とか言ったから、この前出したよな?」
わなわなと怒りに震えるトチギが閉じた扇子を発言した重臣に向ける。
全滅した上に、倒された自分のとこの兵士が敵の戦力になった。
おかげで、敵の勢力は看過できない規模となっているこの現状に腹を立てているのだ。
「大体何なの、あの化物は?
人を喰うってなんだよ。
はい、殿様、最初に報告聞いた時は、何かの比喩表現かと思っていました。
それが、そのままじゃねぇか!」
国王トチギは威厳をもち現状を嘆く。
「アレは、屍と言って――」
「そうでしたね!
何回も聞きましたから!」
日ノ本特務機関情報収集部下野国支部の者が発言しようとしたが、遮り国王トチギが叫ぶ。
「落ち着いてください、トチギ様!
この事態を治める為に本部に要請した部隊の先遣隊が間もなく到着すると思われますので!」
発言した情報収集部下野国支部長トダを睨むと、国王トチギが傍へと歩み寄る。
「お前達があの屍とかいうのの情報をちゃんと上げていれば、このような事態にならずにすんだのだ!」
「殿!」
扇子を振り上げトダを殴ろうとしたトチギを周りに座っていた重臣達が取り押さえた!
「トチギ様、我々の機関に歯向かうと言う事は、それはトクガワ家への反逆。
謀反として処罰せねばならない事をお忘れなく。
私としても、そのような事態は望みませんし、仲良く協力していきましょう」
トダが頭を下げて言った。
「通常の屍であれば、ここの戦力と私達情報収集部の力で、どうとでもなったハズでしたが……
私の判断ミスです。
まさか、鬼が表立ってこのような真似をするとは思っておりませんでしたから」
「謝って済むか!
領民が沢山死んだんだぞ!
それに、大勢、化物にされちまった!」
取り押さえられた国王トチギの言葉を重臣達も重い気持ちで聞いた。
「トチギ様、そして重臣の方々。
日ノ本特務機関、情報収集部下野国支部、支部長であるこのトダから皆様にお願いがございます。
奴等への復讐心を押さえ、兵を出さず温存して頂きたい。
そして、温存した兵を使い民の避難を重点的に行い、敵の戦力をこれ以上増やさない為の行動を願います」
トダがトチギの眼を見て言った。
「貴様は、我等に奴等から、ただ逃げまどえと言うのか?!」
「武士を愚弄する気か!」
「仇を取らず、家名に泥を塗れと言うか!」
トダは、重臣達からの怒号を意に介していない。
それは、信念があるからだ。
ドンッ!!
トダが畳を力強く叩いた音に怒号が止み、一瞬の静けさが訪れた。
カッと目を見開くトダ!
「信念や思いだけで、鬼を通常の人が倒す事など不可能!
しかし、皆にしか出来ない戦いがある。
それは、民を屍や鬼から守る事だ!
敵の戦力を増やさないように、犠牲者を出さず守りきってもらいたい!
皆が頑張ってくれている間に、我々の機関が必ず鬼の首を取る!
それが成った時、温存しておいた下野国の兵力を持って残存する屍を駆逐し、共にこの地を奴等から奪還するのです!」
静かな部屋にトダの大きな声が響く。
重臣達は、何も言わなかった。
ただ呆然と、何かを考えているようだ。
「離せ!
俺は、もう落ち着いているから、離せ!」
自分を拘束している者に向かって叫ぶトチギ。
「は…… はっ!」
その声によって、我に返った重臣が、トチギから手を離し、頭を下げ臣下の礼をとる。
国王トチギは、乱れた着物を直すと、奥の台座へと戻る。
「決まりだな」
トチギが重臣達をみると、異議のあるような者はいなかった。
「では、これより、この下野国を治めるトチギ家が総力をもって屍及び鬼より民を守る!
民や兵士達、いずれからも犠牲者を出してはならぬ!
日ノ本特務機関が憎き鬼を倒すまで耐えるのだ。
それが、我らの戦いである!」
「はッ!」
国王トチギの命に、天守閣に集まった重臣達が一斉に頭を下げ、決意を込めた声で答えたのだった。
◇◇◇
下野国――
鬼の調査及び探索の為に、下野国へと向かっていた日ノ本特務機関クロガネ小隊の先遣隊、カエデ分隊が下野国へと入った。
「下野国に入った!
このまま周囲を警戒しつつ、情報収集部に向かう!」
カエデ分隊長は、止まることなく馬を走らせ、分隊員達もそれに続く。
鬱蒼とした森の中の街道を突き進むカエデ分隊。
「ぶ、分隊長ー!」
マキノのがソレを見て声をあげた!
街道沿いに柱が並んで立っている。
その柱には、串刺しにされた人間達。
大人、老人、子供、男女関係なく、沢山の人が串刺しにされ、街道の両脇に並べられている。
「分隊長!
このままにしてて、いいだか?
皆を降ろしてやらなくて」
ムサシは、串刺しにされた人達が可哀想だと思った。
惨たらしい姿の彼等がとても憐れに思えた。
「全員止まるな! 一気に森を抜ける!」
だが、カエデ分隊長は、馬の速度を上げる。
「ぶ、分隊長?!」
言ったムサシからどんどん離れていくカエデ達。
「ムサシ! 命令に従え! 行くぞ!」
遅れているムサシの左側につき、アレクは強い口調で言った!
「……」
ムサシは、両脇に並べられている人柱から目を逸らすように俯く。
ここで時間をくえば、ソレだけ、この国の被害が増す。
それは理解している。
だけど……。
「ムサシ!」
その時、右側でサスケの声がした。
顔をあげると、サスケも横に来ていた。
その顔は、怒っていた。
遅れている自分にじゃない。
この惨状に怒りを覚えているのだと、ムサシは思った。
「急ぐぞ」
サスケが静かに言った。
「……うん」
ムサシは覚悟を決めた。
可哀想なこの人達と同じ目に合う人が出ないようにしなければならないと覚悟をもったからだ。
そのムサシの表情を見て、アレクも安堵したように前を向く。
「よし、二人とも、分隊長達に追いつくぞ」
アレクに頷く二人。
「オラのせいで、二人ともゴメン」
「戦力は多い方が良いからな」
気にするなといった感じで答えるアレク。
「戦力って、アレク。
あのな、俺達の任務は偵察だ。
危なくなったら俺は離脱するからな!
その方が後に続く本隊にとって有益だからだ! お前達もそうしろよ!」
サスケが二人に言うと馬のスピードを上げた。
敵は、自分達、日ノ本特務機関への見せしめに人柱の並木道を用意したのだろう。
見せしめの為に。
その事によって、カエデ分隊の者達は、否応なく敵地にいる事を理解したのだった。
次回も頑張るので、宜しくお願い致します。