第 8 話 初陣
ムサシ達がカエデ分隊に入隊し、実戦投入までの準備期間として座学と戦闘訓練が集中的に行われてから、1週間が過ぎた……
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日ノ本特務機関 クロガネ小隊 詰所――
朝。
詰所裏手に教練所がある。
そこに、日ノ本特務機関 実行戦闘部の制服である黒の軍服を着用するよう命じられたムサシ達、カエデ分隊の隊員が集合していた。
副分隊長である黒龍山の様子が何時もと違う事に、何かを察した隊員達は、整列して分隊長のカエデを待つ。
「おはよう諸君、昨日は、よく眠れたかい?」
整列する分隊員を前にカエデが声をかけやって来た。
「カエデ分隊長、おはようございます!
分隊員全て揃っているでごわす」
副分隊長の黒龍山が報告すると、カエデが頷き、整列する隊員達に向き合った。
「皆、この隊に入隊してから座学や訓練と相当キツイスケジュールだったが、私に良くついてきてくれた!」
カエデは、一人一人の表情を確認するように見渡した。
隊員達は、昨日までと様子の違う真面目なカエデの様子に緊張したようすでいる。
「初仕事だ」
カエデの言葉に、隊員達がザワつく。
「サスケ!」
「ああ、オラ達の初陣だ!
サツキは、オラが守ってあげるだよ」
ムサシはサツキに笑顔で言った。
「サスケ、頑張りましょう」
安定の無視でサツキはサスケに笑顔で答えるがムサシはニコニコした。
「皆、静かに! カエデ分隊長の言葉を聞くでごわす!」
黒龍山の注意に隊員達が姿勢を正し静かになる。
そして、カエデがゆっくりと口を開いた。
「下野国で大規模な屍の発生が確認された。
情報収集部の見解では、鬼の関与の可能性が濃厚であるらしい。
本部では、対、鬼にクロガネ小隊を投入する事が決定された」
鬼がいるかもしれない可能性がある事を聞いた隊員達は、不安な表情になる者もいたが、ほとんどが鬼を見た事が無いので実感が無いようである。
そんな中、
「……鬼」
アレクだけは違った。
憎しみと恨みが混ざった表情をしているのだ。
「カエデ分隊の任務は、クロガネ小隊の本隊が来る前に下野国に先行して入り、現地の情報収集部と協力して鬼の存在と所在を探る事だ。
あくまで偵察任務だ。
鬼と戦うのが目的じゃない。
鬼の相手は、クロガネに任せときゃ間違いないよ」
カエデの最後の言葉を聞いて、ムサシとサスケは、自分達をボコボコにしてくれたクロガネの顔を思い浮かべる。
「ムサシ、確かにありゃ鬼だな……」
「……鬼が気の毒だだよ」
暗い表情のムサシとサスケの様子に気づいたサツキ。
「ちょ、ちょっと…… クロガネ隊長は確かに強いって話だけど、そんなになの?」
「武器持ってたオラとサスケを素手で半殺しにしただよ」
ムサシの言葉に絶句するサツキ。
これまでの訓練で、サツキ分隊の中で上位ある二人の能力を知っているからだ。
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◇◇◇
そこには、甲冑をつけた武士の沢山の死体が転がっている。
血の匂いと死臭。
戦いの終わった戦場に吹く風の音。
土煙。
死肉をあさる烏の鳴き声。
下野国――
バリバリ、モシャモシャ……
上半身裸の男。
露出した肌は、入れ墨に覆われている。
ぼさぼさの髪から覗く男の眼は赤い。
積み重なった死体の上に座るその男は、肉を喰っている。
その男の周りには、甲冑姿で赤い眼をした大勢の屍が立っていた。
「これはまた…… 派手にやりましたね」
その声に食事の手を止めた入れ墨の男が顔をあげる。
「……大勢いたが、大したことは無かった」
そういうと、食事を再開する入れ墨の男。
牧師の服装をした西洋人がその様子を呆れた様子で眺めている。
黒髪に顎髭を蓄えた男。
名は、フランシスコ。
伴天連の西洋坊主である。
入れ墨の男は、手にしていた屍の腕の肉を噛み千切り、飲み込む。
「……お前も喰うか?」
残った屍の腕を差し出す。
「いえ、結構」
フランシスコが片手を軽く上げ拒否した。
「チッ」
入れ墨の男は、差し出していた屍の腕を、不機嫌そうにその辺に投げ捨てると、近くに立つ甲冑姿の屍を呼ぶ。
呼ばれた屍が、入れ墨男の前に跪く。
ズバッ!
手刀で屍の腕を斬った入れ墨男。
屍は、声も出さず、跪いたままだ。
入れ墨男は、斬り取った腕を持ち上げると、その斬り口から滴る血をゴクゴクと飲む。
「……どうして、こんな勝手な行動を?」
血を飲む男にフランシスコが問いかける。
「あ゛?」
入れ墨男がフランシスコにギロリと睨むと、持っている腕を投げつけた!
ガッ!
フランシスコは、投げつけられた腕をキャッチすると、何事もなかったように地面にその腕を静かに置く。
「さっきからゴチャゴチャと飯の最中に……
やりたいから、やっただけだろうが! ボケが、殺すぞ」
苛立つ入れ墨男が言ったが、フランシスコは気にしている様子はない。
「貴方の行動を、あのお方は快く思っておられませんよ」
入れ墨男に腕を斬り落とされ跪く屍の背中に触れてフランシスコが言った。
フランシスコの指がズブズブと背中に入って行く。
「……あの方だと? 何を言ってやがる」
「少々の事には我々も目を瞑っていましたが、これはいただけません」
入れ墨男の問いかけを無視してフランシスコが言った。
そして、背中にフランシスコの指が刺さっている屍が干からび倒れる。
「チェン・ウーハン
漢の国から海を渡り、この日ノ本国へ何をしに?」
フランシスコの言葉に入れ墨男が目を見開く。
「何で、俺の名前を…… まさか、お前、あの男の?!」
「チェン。
貴方は、あの方に血を捧げ、下僕となった。
曲がりなりにも鬼の末席にいる、そんな貴方が出すぎた真似をしてくれたものです。
おかげで、目障りな連中が動き出す事になるでしょうし、あのお方の楽しみを奪う事にもなったのですよ」
チェンの言葉を遮り真っ赤な眼をしたフランシスコが言った。
「人間どもがどうだって言うんだ!
こいつ等みたいに、返り討ちにすればいいだけだ!」
立ち上がるチェン
「貴方は、元々は下等な人間で、この国の人間ではないので知らないでしょうが、厄介な連中がいるんですよ」
「見ろ!俺には、兵隊がこんなにいる!
もっとだ、もっと兵隊を増やせば、何が来たって怖かねぇ!
あの男にも負けやしない力を俺は手に入れて見せる!」
憎悪の目をして、フランシスコを睨むチェン。
「えっと……
貴方の言う、兵隊とは…… そこの屍達の事ですか?
屍など所詮、我等鬼の食糧に過ぎないですよ?
食料をいくら集めたところで…… 話にならないな」
フランシスコが心底呆れた様子でチェンに言った。
「このッ!」
その事に腹を立てたチェンが、フランシスコに――
「!」
襲い掛かろうとした瞬間、目の前にフランシスコの顔があった。
「下手に出てりゃ、付け上がりやがって。
あんまり、調子に乗るなよ、チンピラが。
貴様如きが、あのお方に盾突く事など、考えるだけで不敬に当たる!
お前など、直ぐにでも殺したい。
解るか?
今の俺の気持ちが……」
今までの態度から一変したフランシスコにチェンは、恐怖した。
「おっと、失礼。
私は、紳士的ですからね。
貴方も言葉には注意していただきたい。
お前が死のうが構わないし、そもそも興味がないのだから。
……だが、慈悲深いあのお方は、自らの血を分け与えた貴方を心配なさっておられ、チャンスを与えるとおっしゃった」
ニコリと笑うフランシスコ。
ズボッ!
フランシスコの貫手がチェンの腹に突き刺さった。
「……あのお方は、この国の人間を憎んでおられ、根絶やしにするおつもりです。
それも、この国の愚かで救いようの無い者達が、互いに憎しみ、殺し合う事が、あの方の望む事なのです。
なのに、お前は、勝手に行動し目立つ事をして……」
チェンの耳元で囁くフランシスコ。
ズボッ!
「グハッ」
貫手が引き抜かれ、血を吐くチェン。
フランシスコは、血に染まった手を舐めた。
「本当に、あのお方は、お優しい。
お前のような者にチャンスを与えてくださるのだから」
祈る様なフランシスコが心酔したように言った。
その足元には、腹を押さえる苦しむチェンがいる。
その姿に気づいたフランシスコがチェンの髪の毛を掴み持ち上げた。
「聞いているのか?
お前が起こした騒ぎのおかげで、この下野国に奴等が押し寄せる。
チェンよ。
増やせ。
屍を。
この下野国の人間を出来るだけ屍にしろ。
あのお方に、人間どもの叫びを聞かせて差し上げろ。
そして、目障りな、奴等を殺せ。
それだけが、今のお前が存在して良い理由だ。
……今日は、その事を、貴様に知らせに来てやった」
フランシスコがチェンの髪を離す。
「……」
虚ろな目をして、呆然とするチェンが気づいた時には、フランシスコは消えていた。
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日ノ本特務機関 クロガネ小隊 詰所――
カエデ分隊は、分隊長のカエデ以下全員が軍馬に騎乗していた。
「カエデ分隊はこれより、下野国への屍及び鬼の調査、探索に急ぎ向かう!
全員、私に遅れるなよ! ハッ!」
カエデが馬の腹を蹴り走り出すと、外の隊員達もそれに続いた!
ムサシは出発直後落馬した!
「ま、待って!」
ムサシの呼び声空しく、皆走り去る。
ムサシを振り落とした馬も、皆と一緒に颯爽と走って行った。
「みんな薄情!
ま、待ってぇ~~!」
ムサシは皆の後を追い、走り出す。
こうして、クロガネ小隊カエデ分隊は、急ぎ下野国へと向かうのであった!
敵の登場。
頑張れ、ムサシ!