第 7 話 俺達、カエデ分隊
訓練は、明日の夜明けから始めると言い残して分隊長のカエデは、この部屋を後にした。
残された分隊員達は、机の上に置かれた配布物を確認したり、近くの者と雑談を始める。
「特務機関員証に記されている名前と所属に間違いが無いか確認するでごわす。
もし、間違いがあれば、おいどんに報告するでごわすよ」
副隊長の黒龍山が席を立ち、分隊員に言った。
「間違ってたら大変だ、ちゃんとチェックするだ!」
ムサシは、机の上にある資料を確認しようと手に取った。
小さな手帳のようなものとA4用紙が数枚。
手帳のような物には、特務機関員証と書いてある。
ムサシが中を確認すると、自分の名前と身分、日ノ本特務機関の規則が記されていた。
「なんか、小さな文字で沢山書いてあるだ…… ええと、名前…… うん、大丈夫」
名前と所属の間違いが無いかを確認して、細かいのは今度読もうと手帳を閉じるムサシ。
「こっちは……」
A4用紙のほうには、隊員宿舎の場所と部屋番号がかかれた紙と、そこの規則が羅列されていた。
ある項目にムサシの目が留まる!
「サスケ! 大変な事がかかれてるだぞ!」
隣の席でボケっと手帳をペラペラしているサスケに声をかけるムサシ!
「どったの?」
机に片肘をついてペラペラしながら聞くサスケ。
「宿舎で…… 食事が出るらしいだぞ!」
キリッとしてムサシが言った。
「ふーん。
俺達、もう金が無いから助かるな」
背筋を伸ばし、欠伸をするサスケ。
「ふーんって、サスケ!
オラ達、給料をもらえる上に朝と夕に食事が出るんだぞ!
さすが、江戸だぁ!
なんだかオラ、もうしわけねぇだ」
両手を合わせて言ったムサシ。
ソレを冷ややかに見るサスケ。
「まあ、俺達は遊びに来てる訳じゃなくて、仕事にきてる訳だからな。
それも命がけの仕事だ。
飯くらい食わせてくれて罰は当たんないじゃないの?
ありがたく待遇を受け入れよう。
食事と給料の分くらいは、頑張ろうぜ」
興奮しているムサシにいうと、サスケは宿舎に向かおうと――
「よーし、皆、ちょっといいでごわすか?」
ちょんまげ頭に大きく立派な体格の黒龍山が立ち上がり、席を立とうとしていた皆に声をかけた。
「あっ! サスケ!」
黒龍山の顔を見て、何かに気づいたムサシがサスケの肩を揺する。
「んんん~。
なんだよムサシ?」
「なんだよ? じゃないだよ!
ほら、アレ! あのデブだ!」
「はあ?」
ムサシが黒龍山を指差し、サスケが視線を……
「あ”ッ!」
サスケが黒龍山に気づいた。
ムサシがカツアゲしようとしてたのに、自分が首謀者だとレッテルを張り、ビンタしてきた、あの相撲取りだと気づいたのだ。
「よし!
サスケ、あの時の金を集金してくるだ!」
「やめてっ!」
ムサシが喜び勇んで行こうとしたので、サスケは慌てて止めた。
「そこ、煩いでごわ……
ああ、また、お前か。
まさか、こんなトコで再会するとは思わなかったでごわすよ」
黒龍山に睨まれるサスケ。
「いや、アレは違うんですよ…… ははは」
苦笑いするサスケは、マズい奴がいたものだと思った。
今度闇討ちでもするかと前向きに考え、静かにする。
「おいどんの名前は、黒龍山!
この、カナデ分隊の副隊長でごわすよ。
皆、何かあれば、おいに言うでごわす
そんじゃ、初顔合わせの者もいると思うでごわすから、自己紹介していこうでごわす。
それじゃ、そっちから」
黒龍山に指名され、西洋風の甲冑をつけたアレクが立ち上がる。
「自己紹介か……
俺の名は、アレク。
海の向こうの国から来た聖騎士だ。
多くは語らない。
なぜならこの剣技で語るからだ」
金髪に青い瞳のアレク。
その意味不明の紹介の言葉にマキノが頷く。
「海の向こうの剣技……
フフ、楽しみね。
私の名は、マキノ・ヨウコ。
実家の道場で幼少より父から剣術の手ほどきを受けてきました。
日ノ本特務機関、実行戦闘部の選抜試験に突破したからには、全力で任務に就きたいと思います。
それから……
アレク、貴方の剣技、楽しみだわ。
今度、手合わせ願えないかしら?」
長い髪を後ろに束ねたマキノがニコリと笑う。
アレクは、答えるように軽く手をあげる。
「それじゃ、次は、僕の番かな?」
ハシモトが立ち上がる。
農民である彼は、ボロボロの汚い服装である。
ムサシの着物よりはましであるが。
「僕は、ハシモト・サブロウ。
農家の三男坊。
ここなら、金も沢山もらえて、実家に仕送りが出来ると思い志願しました。
僕の暴れ農法でこの国に貢献したいと思います!」
「貴様のような農民が、あの選抜試験を突破できたとは、驚きだぜ」
黒人のジムがニコニコするハシモトに言った。
一瞬、冷めたような顔をジムに向けたハシモト。
「何か問題でも?」
直ぐに笑顔に戻したハシモトは、腰に差した鎌に手を伸ばす。
「いや、問題なんてないぜ。
むしろ尊敬する。
農家の三男坊だからって諦めない、その姿勢をな!
俺の両親は、遠くの国で生まれた。
そして、伴天連の奴隷になったが、諦めない精神で頑張ってきたからな!
だから、俺は逆境に嘆く奴より、足掻く奴が好きだ。
ハシモト!
俺は、ジムだ。
お前とは仲良くやって行けそうだぜ。
ここは身分なんて関係無い。
自分の力次第で、出世も思いのままだ!
それが、俺がここに来た理由だ」
ジムの言葉を聞いたハシモトは、鎌から手を離す。
「父さんから受け継いだこの槍で出世する。
俺は金持ちになって、宣教師から奴隷を買い取り、同胞を解放してやるんだ!
頑張ろうぜ、ハシモト!」
腰蓑をつけたジムがハシモトに手を差し出す。
「ああ、お前とは、仲良くなれそうだ!」
ハシモトは、ジムの手を握り返した。
パチパチパチパチ
ハシモトとジムの握手する光景にカネミツが拍手する。
小太りで眼鏡をかけた男だ。
「いやぁ、友情って奴ですか?
素晴らしい!
そんなお二人のお力に私も何か……
あっ!
そうだ、いい投資の話があるんですがね」
笑顔と揉み手で、ぐいぐい前にでるカネミツが怪しげな投資話を持ちかけだした!
「……ちょっと、あんた。
またここでも問題起こす気?」
サツキがカネミツに向かって言うと、カネミツの笑顔が消えた。
「……サツキ、煩いですよ。
もう過去の話ですし……
そもそも、儲け話に乗ってきたあいつ等が悪いんですから」
眼鏡をクイっと直すカネミツ。
「ははは、皆さん。
私はね、元々情報収集部に配属が決まっていたのに、そこの女が余計な事を言ってくれたおかげで……
治安維持部に処分されそうになったという因縁がありますが……
心を入れ替え、何とか選抜試験を受けさせてもらってここに入る事が出来ました。
ですから、ご安心を!
皆様、資産の運用の際は、私にご一報を!
カネミツです。
宜しく」
「解ったと思うけど、カネミツが儲け話を持ってきても無視した方が良いからね」
部屋の皆に忠告するサツキ。
「えっと、私は、サツキ。
ハシモトと同じで実家は農家。
口減らしに売られた先の、日ノ本特務機関 吉原支部でゲイシャとして特殊格闘舞踏術を学んだわ。
それと、カネミツ。
吉原に出入りしていたアンタが、ゲイシャ仲間の店のお客さん相手に怪しげな投資話を持ち掛けていた事を、本部に報告しただけだから、逆恨みしないで貰いたいわね」
カネミツが苦虫を嚙み潰したような顔でサツキを見ているが、何も言い返せなかった。
「サスケ、なんかみんな試験受けたとか言ってるけど、オラ達そんなの無かったぞ?」
「だよな。
でも、ラッキーだから、気にするな。
そして、俺達が試験を受けてないとか余計な事を言うなよ、ムサシ!」
「それとサスケ、暴れ農法とか、特殊格闘舞踏術ってなんだ?」
「俺が知るか!」
小声で話す、ムサシとサスケ。
「おい! 何をゴチャゴチャ言ってるでごわすか?
後は、おまんらだけでごわすよ」
黒龍山が、コソコソ話をしているムサシとサスケに注意した。
「ほらッ、怒られた。
お前のせいだからな!」
サスケは最後になりたくなかったので、ムサシに文句をいいつつ立ち上がる。
「ずるいだ! サスケが先に自己紹介すると、オラが最後になっちゃうだよ!」
「うるさい、黙れ」
着物を引っ張るムサシを押しこんだサスケ。
「や、やあ、皆さん。
俺の名前は、サスケ。
忍びの里からきた、ニンジャ。
代々の忍びの里の者達がそうしたように、俺もこの場所にきた。
それが、俺の使命であり、運命って奴だからな」
「素敵!」
サスケの事を、ちんちくりんのサツキがうっとりした顔で見ている。
「……」
サスケは、何事もなかったかのようにサツキを見る事無く着席した。
熱い視線を感じるが、サスケは、カエデ隊長のような大人の女性が好きなので、サツキのような幼児体形のお子様など興味が無い。
「ほら、後は、お前だけだぞ!」
サスケがムサシに自己紹介しろと促す。
「わ、解ってるだよ」
ムサシがサスケに言われて立ち上がる。
( み、皆の視線がオラに…… あがっちまうだよ、オラ )
爺様と二人で過ごしてきたムサシにとって注目されるなど、無かった事だ。
なので、皆の視線に緊張するのはしかたがないのだ。
緊張と不安。
その時である!
「え?」
ムサシは、サツキの視線に気づいた。
純真無垢、天真爛漫、太陽のように暖かい眼差しに!
こんなオラを応援してくれてるだか?
オラは、オラは……
( お前が立つと、サスケ様が隠れるだろう? 早く喋って座れ! )
ニコニコするサツキ。
サツキは、サスケの友達であろうコイツに一応笑顔を向けているに過ぎないのだ。
だが……
「お、オラは……
オラは、小さい頃に両親を屍に殺されただ」
ムサシは話し始めた。
両親が殺された事に、皆、何も言えなく、静かになった。
皆、それぞれ、思う所があるのだろう……
「そんで、孤児になったオラは、爺様に拾われただ。
爺様は、オラの為に修行をつけてくれただ。
爺様の修行は、辛かったぁ。
何度逃げ出そうと思ったか知んねえ。
けど、オラは、逃げなかった。
頑張っただ。
爺様が、オラにしか出来ない使命があるっていったから……
15になった時、爺様が、江戸に行って使命を果たせって送り出してくれて、オラ、ここに来ただよ。
うん。
……お、オラ。
サツキが好きだぁーー!」
突然、大きな声で愛の告白をしだしたムサシ。
告白を聞き数分かたまっていた分隊室の皆。
そして思った。
……何を言い出すんだコイツと!
自己紹介と愛の告白も終わった。
個性豊かな分隊員達。
カエデ分隊は明日はどっちだ!