第 4 話 江戸へ その3
朝が来た――
焼け落ち消し炭と化した家屋。
大きな木が生えていた。
ムサシとサスケが、その木の傍にいる。
「よし! これでいいだ」
盛り上がった土。
サチと母親の遺骨を埋葬したこの場所に石を置いたムサシが額の汗を拭う。
ムサシは屈むと、墓石に向かい静かに手を合わせた。
「多くの人を殺めてきた母娘にしちゃ、弔ってもらえるなんて、出来すぎた待遇だぜ」
手を合わせるムサシの後ろでサスケが悪態をついた。
「……サスケ、手伝ってくれてありがとう。
オメェは、やっぱ良い奴だな」
手を合わせ目を閉じたまま、ムサシは答えた。
「阿呆、そんなんじゃねぇよ!」
ムサシと一緒に穴を掘り、墓を作ったサスケ。
本意ではない、お前に言われて嫌々、手伝ったまでだと、サスケは考えているが、その手は泥だらけだった。
静かに手を合わせるムサシ。
「……でも、これからは、誰にも迷惑をかけずに母娘でいられるよな?」
小さく言ったサスケは、墓に向かって手をあわせると直ぐにムサシに背を向けた。
「ムサシ」
「…ああ」
サスケに呼ばれ返事をしたムサシは、墓石に手を当てる。
「オラ達、もう行くけど、寂しくないよな?
これからは、オメェとお母さんは、ずっと一緒にいられるだからな」
「……」
墓に語り掛けるムサシの言葉を、サスケは黙って聞いた。
屍は、屠るべき敵。
共存など不可能な存在。
忍びの里で小さい頃より教わってきた。
そんな屍へ情けをかける事に意味があるのか解らない。
だけど、サスケは、そんな事を考えるムサシの事が面白いと思った。
聞けば、奴の両親は屍に殺されている。
それなのに、なんでそんな風に考える事が出来る?
ムサシには、自分に見えてないものが見えているのか?
いや、ただの阿呆で何も考えて無い可能性の方がかなりの割合というか、ほぼ間違いないだろうと思うサスケ。
そして、サスケは、ムサシと行動を共にする理由があるのだ。
「早く行くぞ」
ムサシの耳にサスケの声が聞こえる。
「え? あっ、待って!」
慌てて、振り返るムサシが見たのは、さっさと出発したサスケの姿だった。
「うわぁ、薄情だぁ」
ムサシは落ちている自分の荷物をかかえて、サスケを追いかける。
「サスケの奴、オラの金盗んどいて、なんであんなに偉そうなんだ?
てか、俺の金を返せぇーー! サスケェーー!」
こうして、ムサシとサスケは、江戸に向かって出発するのだった。
◇◇◇
江戸近郊、名もなき宿場――
普段ならば、街道を行きかう人が大勢いるべき場所なのだが!
「ムラタ、屍が発生したとの報告があったが、この場所は……」
若い男が、隣に立つ老齢の男に声をかけた。
日ノ本特務機関 東部方面部隊 鬼の分隊長クロガネである。
東部方面部隊の制服である、黒の軍服を身に纏うクロガネ分隊 10名が宿場に足を踏み入れた瞬間から、宿場に漂う血の匂いと異様な雰囲気を感じ取っていた。
人の気配は感じられない。
「ええ、この分だとこの宿場は全滅。 既に手遅れでしょうな」
クロガネに言った老齢の男は、副隊長のムラタ。
「クソが。
俺達の任務は、屍が発生したこの宿場の調査じゃなかったのかよ」
クロガネは、通りの向こうから向かってくるソレを目にし、吐き捨てるように言った。
「隊長、撤退しますか?」
ムラタに聞かれたクロガネが刀を抜く。
「そうは、させてくれないみたいだぞ」
クロガネ達の背後にも大勢の屍が姿を現した。
フラフラと定まらぬ視線の赤い眼の者達。
唸るような声をあげ、ヨタヨタと歩いてくる。
この宿場の住人であった者。
訪れた旅人。
役人。
屍となった様々な者達が、クロガネ分隊へと歩いてくる。
建物の中からも現れ、その数はどんどん増えて行くばかり。
「うわ、百は、いますねぇ」
ムラタが刀を抜き言った。
だが、その声に悲壮感はない。
何処か嬉しそうである。
「この様子じゃ、この宿場にいた者が全員屍になったらしいな」
前後を見やるクロガネ。
ヴー、ヴーと唸るような屍の声が増えていく。
「まったく。
どいつもこいつも、食料になる人間がいなくて、随分と腹を空かしているようじゃないか。
俺達を喰いたくてたまらないって面をしてやがる」
苛立つ表情のクロガネが肩に刀をのせ、前傾姿勢を取る。
「総員、抜刀!
この宿場の屍を殲滅するぞ!」
クロガネの号令に隊員達は抜刀した!
「ギャギャギャァァァーー!」
一人の屍が叫ぶと、他の屍も騒ぎ始めた!
隊員達に緊張が走る。
「隊長! 来ます!」
ムラタが大声をあげる。
屍の叫びを合図にしたかの如く、赤い眼を光らせた屍の群れが、固まって立っているクロガネ分隊を目掛けて走り出したのだ!
「総員、散開!」
叫び――
ダッ!
クロガネが飛ぶ勢いで前に出た!
屍の首が次々刎ねられていく!
隊員達も迎撃に動いた!
左右の屋根へと飛び移る者、クロガネの後方を走り斬りこむ者、それぞれが散開しつつ迫りくる屍の群れとの戦闘を開始する!
ズバァッ!
ムラタが、刀を横に振り、走ってきた屍の首を同時に数体刎ねた。
続け様に刀を振り、迫る屍の首を次々刎ねていく!「総員、奮戦せよーー!!」
隊員達に声をあげ、ムラタが進む!
人を凌駕する動きで次々に屍の首を刎ねて行くクロガネ。
その姿に、隊員達も奮起し斬り進む!
だが、死を恐れるという感情の無い屍達は、飢えを満たしたいという本能のまま、腕を斬られ、足を捥がれても隊員達へと襲い掛かった。
その為、少しずつ隊員に犠牲者が出始める。
「引くな! 踏ん張りどころだ!!」
クロガネの声に答えるかの如く、隊員達は、斬って斬って斬りまくり屍を屠っていった!
殺し合う者達の血で、宿場は染められていく。
「うわあぁぁぁ!」
戦う隊員の後ろで、叫び声がした。
「イトウ!」
振り返った隊員が叫んだ隊員の名前を言ったが、次の瞬間には、叫び声をあげた隊員に屍がどんどんと覆いかぶさっていく。
だが、名前を呼んだ隊員の周りも敵だらけ! とても助けに行ける状況では無い!
その時!
走ってきたクロガネが刀を振った状態で止まる!
「隊長?」
隊員が声をかけようとした瞬間!
スバスバスバスババババァァーー!
イトウに覆いかぶさっていた屍と周辺の屍が四散し飛び散った。
クロガネが走りながら周辺一帯の屍を、高速で斬っていたのだ。
やがて、宿場の屍は、掃討された。
……かに見えたが、
「ヴヴヴヴ……」
屍に覆いかぶさられていたイトウが起き上がろうとしている。
赤い眼をして……
「おい、お前」
クロガネは、近くにいた隊員に声をかけた。
「は、はい」
声をかけられた隊員は、刀を握りしめイトウの前に立つ。 そして、素早くイトウの首を刎ねた。
刀についた血を拭きとっているクロガネが、イトウの首を刎ねた隊員をみると、その隊員は涙を流していた。
クロガネが、何度も見てきた光景である。
任務の為に、仲間を手にかけなければならない。
彼等にとって、ごく当たり前の事だ。
「おい」
クロガネが、その隊員へ、後ろから声をかけた。
「……隊長?」
「屍に喰われた者は、屍になる。
そいつは、もうだめだった。
お前が、気に病む事はない」
「こいつは、……イトウは、友達でした。
憧れのクロガネ隊長と同じ分隊に入れたって、コイツは喜んでました!」
「……」
クロガネはイトウの遺体の前に片膝をつくと、遺体に手を伸ばす。
「お前達の死は決して無駄じゃない。
命を懸けて戦ったお前達の意思は、俺達に引き継がれるのだから……
見ていてくれ、勇敢に戦ったお前の意思の行く末を! 俺達はきっと、奴等を根絶やしにする!」
イトウの胸に手を当てて言ったクロガネの言葉を、隊員達は静かに聞いた。
こうして、日ノ本特務機関 東部方面部隊 クロガネ分隊は、6名の死者と3名の重軽傷者をだしつつ、この宿場を屍より奪還した。
◇◇◇
そして、数日が過ぎた――
「はあ?! お前、本気かよ?」
ムサシの質問に、驚いた様子で答えるサスケ。
「江戸に行ったら、特務機関に入れるんじゃないのか?
爺様、江戸に行けとしか言ってなかったぞ」
「あのなぁ、各地で育てられた人材がすべて隊員になれる訳じゃないぞ。
屍討伐班に配属される人材なんて、ほんの一部だからな。
まあ、俺は天才だから、問題無いだろうけど」
ムサシは自分で天才と言いだしたサスケへのリアクションに困った!
「はは……」
一呼吸おいて、とりあえず愛想笑いしといた。
だが、サスケは、気にしなかった!
何故なら、本気で、天才だと思っているからだ。
そんな二人の前に、江戸の街が見えてきた。
「ほら! ムサシ、江戸だ! もう直ぐ到着だぜ!
奢ってやるから、今日は、宿に泊まろうぜ!」
サスケが嬉しそうに言った。
もう、野宿は沢山だと顔に書いてある。
ピタッ!
ムサシが立ち止まる。
「……そうだ、金だ!
サスケ! その金は、オラのだ! 早く返せ、今返せ、すぐ返せ!」
ここに来るまで、金の事をさんざんはぐらかされてきたムサシが、盗られた金の件を思い出し抗議の声をあげた。
( チッ! 覚えてやがったか…… 全力でその話題を出さないようにしていたのに )
サスケは、ニコニコとそんな事を想っている事を顔に出さずにいる。
「ムサシ、忍術みたいか?」
「なにを唐突に! また、誤魔化す気だな!
オラは、もう騙されねぇだ! あんまり、オラを甘く見ない方がいいだぞ!」
腕組してプイっとするムサシ。
「火遁の術!」
ボッ!
サスケが指を組み唱えると、目の前に火の玉が出現した。
目を見開きその揺れる炎を見ているムサシ。
「ハッ!」
サスケが気合を込めると、火の玉が適当に飛んで消えた。
「凄いだ! どうなってるだか?!」
サスケの思惑通りムサシは食いついた。
単純である。
「俺は、ニンジャだからな!」
キリッとして言ったサスケ。
内心、勝ったと思った。
「ニンジャって、スゲーんだなぁ。」
ムサシは、感心してた。
あれ? 金の件は?
「ニンジャだからね」
得意げなサスケ。
ムサシは、ハッと気づいた!
「……サスケ、焚火の時、それで火を点けたらどうだ?」
ムサシが、サスケにキリッとして忠告した。
気づいたのは、金の件では無かった。
当然、サスケは内心ほくそ笑む。
「えっ、そっかー。
流石は、ムサシだ!
そんな事に気がつくなんて、凄いやー(棒)」
ニコニコするサスケは、ムサシを持ち上げた。
褒められ、顔が緩み、嬉しそうなムサシ。
「うむ! オラは、機転が利くだからな」
エッヘンと得意気なムサシは上機嫌。
サスケは、今日も金の件を誤魔化せたと、ホッと胸をなでおろした。
一緒に旅を続ける内に、ムサシの扱いに慣れたサスケ。
「ムサシは頼りになるね。 はい、じゃぁ行こう」
問題が解決したので歩き出すサスケ。
江戸の街が見えているのだ、こんな無駄な事をしている暇はない。
早く、風呂に入りたい。
そして、旨い物が食べたい。
ふかふかの布団で眠りたい。
金なら、ムサシのがまだ残っているし、自分の金は減っていない! そう思うサスケであった。
「オラは、頼りになる男なのだ!」
胸を張っていうが、サスケはノーリアクション。
颯爽と歩くムサシが不憫である。
いや、本人が満足なら、他人がとやかく思うのも間違いなのだ。
「……」
立ち止まりサスケは、ムサシをみた。
「ん?」
間抜け面して、どうかなさいました? 的にサスケを見てるムサシ。
「いや、何でもない」
そう言って、サスケは、再び歩き出す。
「ムサシ、江戸に到着だぞ、おい!
いやぁ、楽しみだなぁーー!」
明るく笑うサスケだが……
ある事を考えていた。
サチに噛まれ屍になると思っていたムサシの事だ。
あの時、屍になったムサシを自分の手で始末するためにずっと一緒にいたが…… 結局ムサシは、屍にならなかった。
何らかの要因によって時間がかかっているのかとも思っていた。
しかし、何日も行動を共にしてムサシを観察してきたが、今現在も変わった様子が微塵も見受けられない。
何故だ?
サスケは、そんな疑問がずっとあった。
「夜間だったし、俺の見間違いか……」
サスケが呟く。
あの時のムサシは、寸前の所で噛まれなかった。
そう考えでもしないと、あり得ないことだと思ったからだ。
自分に言い聞かせるようにサスケは、江戸へと向かうのであった。
ブックマークや評価点をくださり、ありがとうございます。
これからも、頑張るぞーー!
うひょぉぉーー。