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燃えろ! ムサシ  作者: カネキ
3/14

第 3 話 江戸へ その2

 睨み合うムサシとサスケ。

 小さな女の子は、ムサシにしがみついている。

 彼らを月の光が照らしていた。

 


「サスケ! お前、自分が何をしているのか解っているだか?!」

 自分よりも弱い存在に刃を向けた真意がわからないムサシが問いかけるが、サスケは厳しい表情のまま黙っている。


「お兄ちゃん……」

 不安そうな面持ちでムサシを見上げる女の子。

 その声に、サスケが女の子に視線を移し、ムサシを見た。


「ムサシ、コイツの眼を見てみろ」

「何を言ってるんだ! 刀を仕舞えよ!」

 ムサシが大声を上げたが、自分にしがみついていた少女が、その手を離した。


「どうし…… !」

 振り返り、女の子を見たムサシが息を呑む。


「ご、ごめんなさい……」

 怯えた声でムサシに謝る女の子の眼は、血の様に真っ赤だった。


「……」

 何も言えず、ただ茫然と立ち尽くすムサシに近づくサスケ。

  

「そいつは、人間じゃない。

 屍と言って、人を喰らう化物。

 ムサシ、心配するな…… すぐに俺が片づける。

 俺はこいつらを殺す為に訓練された人間だからな」

 カチャリと音を立て、片手で持つ刀を振ったサスケがムサシの横を通ろうと歩きだす。


ガッ!


「何をしている?」

 手を掴まれたサスケが聞いた。

 ムサシはサスケの手を離すと、女の子とサスケの間に割って入り、両手を広げ、サスケの前に立ちはだかった。


「や、やめるだよ」

 ぎこちない笑顔で言ったムサシ。

 サスケの表情は変わらない。

「何をいっている?

 ここでコイツを見逃せば、沢山の人が死ぬことになるかもしれない。

 そこをどけ、ムサシ!」

 サスケは、刀を逆手に持ち腰を落とし構えた。

 ムサシは俯いている。


「……屍ぐらい知っているだ」

 ぼそりとしたムサシの声。


「ぼそぼそと、何を言って――」


「屍を駆逐する為に辛い修行をしてきただ!

 オラの使命は、江戸に行って、特務機関に入ってオラの両親を殺した憎い屍を一匹でも多く殺す事だぁ!」

 ムサシが抜刀した!


「……」

 サスケの表情が変わる。

 ムサシが抜いた刃は、サスケに向けられていた!


「お前も……

 ムサシお前は、それなのに…… 化物を庇うのか?」

 殺意を込めた鋭い視線をムサシに向けるサスケ。


「この子のお母さんが苦しんでるんだ、オラは、助けてやりてぇ!」


 二人の少年は刃を手に向かい合う。


「お、お兄ちゃん……」

 ムサシの後ろで小さく震える女の子が言った次の瞬間!


ガキンッ!


 火花が散り、刀と刀がぶつかり合った!

 そのままギリギリと詰め寄る二人の鍔迫り合い。


「ムサシ…… お前は、人間を裏切ろうとしているんだぞ、解っているのか!」

「間違ってるかもしんねぇけど、オラに救いを求めてきたこの子を見捨てれねぇ!」

 ムサシは、化物だろうが、女の子を助けたいのだろう。

 それが、サスケには許せなかった。

 その甘さに腹が立った!

「この阿呆が!

 お前は、お前の師匠から何を学んできた!

 コイツは小さくても屍! お前が見逃せば、奴は、人を喰らう!

 そして悲しむ人が大勢生まれる! 何故、それが解らない!」

 捲し立てるサスケがムサシを睨みつける。

 

「……でも」

 サスケに何かを言い返そうとしたムサシの脳裏に、お母さんが屍に喰われる映像が浮かぶ。

 その僅かな瞬間、少し力の抜けたムサシ。

「でもじゃねぇ!」

 タイミングを見逃さず、サスケが刀を跳ね上げた。

 万歳する形になったムサシが、しまったという顔をしたと同時に、


ドッ!


「ぐあっ!」

 ムサシが後ろに吹き飛ばされ倒れる。


 サスケの前蹴りがムサシの腹へとモロに入ったのだ。


「お前のような奴は、江戸に行ったところで無駄だ。

 ……命は、助けてやるから、このまま元居た場所に帰れ」

 サスケは、倒れているムサシに言った。

 


「お兄ちゃん!」

 倒れているムサシの傍へ、屍である女の子が駆け寄ろうとするのに気づいたサスケが走り出し、刀を振り上げた!


「屍! ムサシに近づくんじゃねぇ!」

 女の子は、自分を斬ろうとしているサスケを見上げた!


ドッ!


「がっ」

 サスケが刀を振り下ろす直前、サスケの腹に刀の柄が打ち込まれた。

 息が出来ず苦悶の表情のサスケ。

 そして、その場にサスケがゆっくりと崩れ落ちると、刀を逆手に握り、寝転びながら上へとつきたてているムサシがいた。


「……すまねぇだ、サスケ」

 ムサシが体を起こし、倒れているサスケに謝ると、サスケに斬られそうになり尻もちをついた女の子を見た。

 


「時間くっちまったし、オメェのお母さんのトコに急ごう!」

 ムサシは、女の子に背を向ける膝をついた。 

 女の子は、一瞬驚いた表情をしたが、向けられたその背に乗りしがみつく。

 そして、顔を上げた。

「あっち!」

「解っただ! しっかり掴まってるだよ!」

 女の子が指差す方向に、ムサシが走り出す。



 静かになった先程の場所では、サスケが倒れていた。


「……ったく」

 手を地面に付け体を起こすサスケ。

 

「あの阿保。 ホントに阿呆だな…… イテテ」

 体を起こしたサスケは腹をさすると、ムサシ達が走り去った方角に顔を向けた。




◇◇◇



 ムサシは女の子の誘導に従い草木をかき分け走った!


「お兄ちゃん、……ありがとう」

 ムサシは、背中の女の子にお礼を言われた。

 そうだ。

 自分のしている事は正しいのだと、必死にムサシは考えようとした。


 本当に間違っていないのか?


 自分の行動は正しいと信じたいムサシだが、ずっとその考えが頭を離れないでいる。


「急いで、お母さんを…… 助けにいこうな!」

 屍を信じたいが、迷う自分。


「……オラが信じてやらねぇと」

 呟いたムサシは、迷いを断ち切ろうと懸命に走った。


「ありがとう……」

 女の子は、ムサシの体を強く抱きしめてきた。

 ムサシには、その手が少し震えているように感じた。

 それは、女の子の不安が伝わってくるようだとムサシには思えた。


「……気にするな」

 女の子に言ったムサシ。

 そうだ。

 自分を信じ頼るこの少女を手助けする事が今、自分がやるべき事であり、正しい事なのだとムサシ前を向く!


「お兄ちゃんあっち」

「解っただ! しっかり掴まってるだよ!」

 女の子が指差す方向へとムサシは風のように走る!



「お兄ちゃん! あそこ!」

 女の子が、一軒の家を指差した。

 周りに民家など無く、ひっそりと建つ一軒の小さな家。


 女の子を背負い走るムサシは、直ぐに到着した。


ガラッ!


「大丈夫ですか?!」

 女の子を背負ったままのムサシは、玄関のドアを荒々しく開けたが、家の中は真っ暗だった。

 月明りが窓から差し込んでいるのが見える。


「危ないから、ここでまってるだ」

 ムサシは、玄関の前で女の子を降ろす為に膝をついた。


「……ありがとう、お兄ちゃん」


ガッ!


「いっ!」

 ムサシの首筋に強い痛みがはしる。

「よすだッ」

 ムサシは、咄嗟に背中の女の子の着物の裾に手をかけようとした。

 しかし、女の子を引き剥がそうとした指が空を切る。

 女の子は、自らムサシの背中から飛びのいたようだ。

 肩のあたりに鈍い痛みを感じるムサシ。

苦痛に歪む顔。


 そして、雲間から月明りが差し込む。 


「……なんで?」

 ムサシは、月明かり照らされた女の子をムサシは見た。


クチャクチャ……


 咀嚼音をたてる女の子。


 首筋が熱い。

 痛みに手をやると、ムサシのその手には、べったりと血がついていた。

 ムサシは、女の子に視線を戻す。


「お兄ちゃん、ごめんなさい。 お腹が減って…… 我慢できなかったの」

 ムサシの血で真っ赤になった口元の女の子。

 赤い眼を光らせ笑う


「……なんでだ?

 オメェーのお母さんは?

 あの話は、嘘だっただか?」

 信じられないと、ムサシが声を震わせている。


「それは、本当。

 お母さんなら、血を流して奥にいると思うよ」

 女の子が屋敷を指差した。


「……お兄ちゃん。

 私ね、あの日……

 屍になった、あの日。

 あの日から、お腹が空くの。

 とても。

 でも、ここいらを通る旅人の肉を食べるとね、お腹が満たされた。

 お父さんが私の為に何人もの旅人を殺してくれたけど…… だけど、そんな都合よく毎日、旅人なんて、こんな辺鄙な所に来ないから、私は、何時もお腹を空かせてた。

 辛くて、苦しくて、頭の中がグシャグシャになって……

 それでも我慢しようと頑張って……

 でも、ある時、私、気づいちゃったの。

 そこに肉があるじゃないかって……

 ……あんなに我慢してたのにね」

 淡々と人を喰ったと話し出す女の子。

「それって……」

 ムサシは吐き気がした。


「気がついたら、お父さんが血だらけで倒れてた。

 私の手がね、血だらけだった。

 そして、その血だらけの手には、お父さんの足が握られていた。

 あの時、お母さんは、震えてたような気がする。

 でも、あの時も、お腹がへって、もう訳が分からなくなって…… あああぁぁぁぁ!」

 両手で顔を覆う女の子が叫んだ。

 ムサシは痛みと吐き気を感じながら刀の柄を握る。


「……満たされた私の目の前に、お父さんの残骸が散らばってた」


「……そして、お母さんを殺しただか?」

 ムサシは刀の柄を強く握る。


「ううん、それは、昔の事だから。

 その時は満たされてたし、お母さんを食べなかったよ。

 お腹がいっぱいだとね、冷静になれるから。

 ちゃんと我慢が出来るんだ。

 お母さん、震える手で抱き締めてくれた。

 仕方なかった。

 私は、悪くない、仕方なかったって、何度も、何度も言って……」

 母親の事を嬉しそうに話す女の子。

 ムサシは、いたたまれない気持ちになる。


「それからは、お父さんの代わりに、お母さんが私に食事を用意してくれた。

 ここに旅人が何日も来ない時は、近くの村の男の人を誘いに行ってくれて、この家に連れ込んでは、私に食べさせてくれた。

 お母さん綺麗だから、男の人は喜んで来てくれたんだから、凄いでしょ?」


「オメェ……」

 ムサシは、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。


「でもね、だんだん村の人間も警戒するようになって、食糧の調達が難しくなってきたみたいで……

 でも、お腹は空いてくるし、だから、私が直接、村に行って――」


「もういい! オメェの母親は中にいるだな!」

 ムサシは完全に刀を抜いた。

 この子は、生かしていてはいけない。

 目の前のこの子は、屍。

 人類の敵だと覚悟を決めた!


「お兄ちゃん。

 私ね、お腹が空いてくると、どうしようもないの。

 頭がグシャグシャにかき回されたみたいになって、飢えと渇きしか考えれなくなるの。

 嫌だ、嫌だって思ってるのに、段々考えれなくなっていって……

 こんな化け物のくせに、お腹が膨れると冷静になって、やってしまった事に後悔する。

 化け物の私が、いっちょまえに人間様らしく後悔するのよ! 考えれない只の化け物でいた方が、どれだけ楽だったか……

 何で私?

 誰が私を、こんな体にした?

 嫌だ。

 もう嫌だ。

 ……私は、お母さんまで口にした。

 お母さんの腕を食べちゃった。

 少し冷静になれた。

 お母さんが死んじゃうと思った。

 そんなの嫌だと思った。

 気づいたら、外に助けを呼ぼうと飛び出してた。

 それなのに、お兄ちゃん。

 優しくしてくれたのに、傷つけちゃった……

 ごめんなださい。

 ごめんなさい、ごめんなさい……」

 女の子がボロボロと大粒の涙を流して泣きながら言った。

 

「……村人や、旅人には悪いとかないだか?」

 ムサシは、なんの罪もなく食料として殺された、村人や旅人に対する言葉を最後に聞きたかった。


 女の子は、ただ泣いている。


「……今、楽にしてやるだ」

 ムサシは刀を、


ガタッ!


「?!」

 ムサシは音がした方を向く!

 すると、血だらけで包丁を握る片腕の女が、ムサシに飛び掛かってきた!

「よ、よせ!」

「サチを殺させない!」

 ブンブンと力任せに包丁を振り回す女。

 ムサシはソレを避け――


ガッ!


 女の子が後ろから飛びついてきた!

 ムサシは女の子の着物の襟首を掴むと前に投げ捨て、袈裟斬りにする!


「サチーー!」

 ムサシに斬られ倒れた女の子にしがみつく女。

 この女性が、女の子の母親なのだろう。 

  

「そこをどいてください。

 オラは、その子にトドメをさします」

 そう言ったムサシを母親が睨みつけたが、直ぐに土下座した。

「この子は、この子だけは! 見逃してください。

 お願いします! お願いします!」

 必死に懇願してくる母親。

 

「……ごめんなさい」

 娘を守る為、必死に土下座する母親にムサシが言っ――


「!」


 サチが母親の首筋を嚙み千切った!


「お前!」

 慌ててサチに向かおうとしたムサシだったが、サチの母親が片手を伸ばして後ろの娘を守ろうとする動作をした。

 その姿に、ムサシの足が止まる。



ズバァーー!!



 ムサシの足元にサチの頭が転がってきた。


 そして顔をあげたムサシが見たのは、頭を失ったサチの体の首から噴水のように血が噴き出ている姿。

 首を食い千切られたサチの母親の目は虚空を見ていた。

 サチの死体が前のめりに母親に覆いかぶさるように倒れる……



 呆然とするムサシ。

 次の瞬間、ムサシは顔をぶん殴られ膝をつく。


 頬を抑えるムサシが顔をあげると、そこにいたのはサスケ。


「躊躇せずに、直ぐ殺れば、この女が死ぬことは無かった」

 そんなサスケの言葉にムサシは何も言い返せずに黙って顔を下げた。



 炎が揺れ、煙が上がり家が燃えている。

 家の中では、サチと母親の死体が仲良く並べられていた。


 ムサシとサスケは並んで座り、燃える炎を眺めていた。


「……まあ、あそこで俺が女の子を殺していたら、この家を見つける事も出来なかった。

 そしたら母親の方は、そのまま出血多量で一人寂しく死んでたのかもしれないよな」

 ボソリと言ったサスケ。


「……」

 ムサシは、ジッと炎を黙ってみて黙っていた。

 そんなムサシをサスケは、横目で見ている。

 

「ムサシ、結果的には、親子そろって逝けたんだから、幾分マシだろ?

 だから、引きずんなよ。

 お前は、阿呆なんだから、考えるだけ無駄だ。 忘れて寝ろ」

 そう言って、サスケは横になった。


「……もう、サスケはドライだなぁ」

「俺は、お前みたいな甘ちゃんじゃないだけだよ」


「そんなもんかな?」

「そんなもんだ。 早く寝ろ」

 横になるサスケは、ムサシの顔を見る事無く答えた。

 ムサシは、燃える家屋をただ眺めていた。


 


「……そう言えば、オラの金」

 盗まれた事を思い出したムサシが顔を横に振る。

 だが、サスケは、聞こえないかの如く横になったまま。


「お、おい、サスケ」

 サスケの体を揺するムサシ。

「ぐうー、ぐうー」

 突然、いびきをかき始めるサスケに、驚愕の表情のムサシ。


「……いや、寝てないだろ」


「ぐうー、ぐうー」


「狸寝入りだろ、起きろよ! コレでいけると思ってんなら、凄いな、お前のメンタル」


「ぐうー、ぐうー」


「なあ、オラの金、盗ったろ?」  


「ぐうー、ぐうー」


「だから、ぐうー、ぐうー、じゃないし。 いいから、返せよ!」


「ぐう、ぐ…… 次の街で、奢ってやるから許せ」

 ボソリと言ったサスケに、ムサシもほっこり。

「オメェ―、やっぱ、良い奴だな!」

「気にするな、寝ろ」

「解っただ! おやすみ」

 ムサシは喜んで寝た。




がバッ!


「いや、奢るって、それオラの金だろ!」

 気づいたムサシが体を起こしてサスケに抗議し

「ぐうー、ぐうー」

 完全に惚ける気が満々のサスケ。

 


「おいぃぃ! サスケェーー!」


 ムサシの叫び声が辺りに響き、夜が更けてゆく……

宜しければ、お気軽に感想やブクマや評価を願います。

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