第 11 話 襲撃
夜更け、下野国、宇都宮城下町――
日ノ本特務機関下野国支部の会議室。
畳敷きのこの部屋の中央には、地図を広げた大きなテーブルがあり、それを取り囲むように上座に情報収集部下野国支部長トダ、右側にカエデ分隊と宇都宮城から派遣された下野国の者、左側に情報収集部の者が座っている。
「現在、下野国の北部はほぼ、屍の勢力下とみて良いでしょう。
そして、組織だった屍の軍隊は着々と勢力を伸ばしつつ、この宇都宮の城下を目指しているものと思われます」
情報収集部の者が、机の地図を指示棒で指し示しながら現状の報告をするのをカエデ分隊員達は聞いた。
「北側が屍の勢力圏との情報を信じて、私達は、そこから離れた、この辺りから下野国に入った。
だが、近くの宿場は既に屍によって壊滅していたぞ」
カエデが地図の壊滅した宿場あたりを場所を指差す。
「そこも……
飛び地的に屍により壊滅した村などがあるとは、報告を受けていたが、まさか……
いや、申し訳ない。
しかし、こちらもそのような事になるとは、想定していなかったのだ」
トダが頭を下げ釈明したが、事実、江戸の本部に報告した際は、屍勢力圏から離れているその宿場に異常は無かった。
「その宿場の屍は、隊員達が排除しただろう。
そうだな、マキノ」
カエデは、マキノをみた。
「はい。
私達が離脱した時点で、屍の数は残り僅かでした。
副分隊長が最後残られていたので……」
マキノの脳裏に、まだこの場に来ていない黒龍山の顔が浮かんだ。
一緒に離脱するべきだったとの後悔の念が消えないのだ。
「マキノ、黒龍山の事なら心配いらない。
奴は、実行部の中で武力だけでいえば、クロガネに次ぐ実力者だから大丈夫だ!」
マキノ達を安心させようとカエデは言ったが、到着が遅れている黒龍山の事が気がかりだった。
「カエデ分隊長!」
ムサシが手を挙げた。
「……どうした?」
カエデが聞いた。
問題児なので、あんまり発言させたくないが、元気よく手を挙げたので思わず聞いた。
「こんな無駄な事してないで、早く、鬼のトコに行くだよ!」
普通に聞いたムサシに皆が注目した。
「小僧! 対策の為の協議を、こんな無駄な事とは!
無礼であろう!」
下野国の者が声を荒げた。
情報収集部の者も声には出さないが、不満のある目でムサシを見ている。
「すいませんーー!
ムサシ! ちょっと黙ってろ!
いやぁ、申し訳ないですね、皆さん。 コイツは、新人なもので……」
慌てたカエデが、ペコペコして場を収めようとし、ムサシの頭を下げさせようと掴んだ。
掴ん……
ぐぐぐぐ……
「ほ、ほら、謝れ、ムサシ……」
頭をカエデに押されているのに、抵抗して頭を下げようとしないムサシ。
「ほんっと、協調性のない奴は困るわぁ」
トラブルメーカーのムサシに、嫌そうな顔をしたサツキがぼそりと言った。
「分隊長、ムサシの言う事も、もっともですよ」
サスケが、ムサシの頭を下げさせようと一生懸命なカエデに声をかけた。
「うん。 私もそう思ってた!」
すかさずサツキがサスケに同調して言った。
「サツキ、オラに賛同してくるだか?」
嬉しそうなムサシ。
「な、なんだ、お前達」
カエデがサスケとサツキを見ている。
「失礼ながら……」
アレクが立ち上がった。
「ムサシの言い方が礼儀がないのは申し訳ございませんが、我々には時間がないのでは?
一分一秒でも早く、鬼を排除しなければならない。
違いますか?」
「だから、こうして協議しているのでは無いのかね?」
発言するアレクにトダが問う。
「異国の者が、この国の事に口を出すとは、何事か!」
下野国の者は、アレクに激高し、
ガッ!
発言した下野国の者の胸倉をカエデが掴んだ。
「な、なにを……」
胸倉を掴まれ、苦しそうな声を上げる下野国の者。
「アレクは、私の部下ですが、何か問題でも?」
ギリギリと締め上げながら言ったカエデ。
「お、落ち着いてくださいよ、分隊長」
カネミツとハシモトが慌ててカエデを止めに入る。
興味の無いジムは、自分の槍の手入れをしだす。
「ムサシやアレクが言いたいのはさ、早く鬼を見つけて、処理した方が良いって事だろ?
民の事を考えりゃ、さっさと行動に移すべきだと、俺も思うよ。
当然の事だろ?
今は、時間を無駄に出来ないよね。
だから、兎に角だ、さっさと居場所を教えてくださいよ」
サスケがトダに向かって聞いた。
「サスケって、優しい!
カッコいいし、優しいし、強いし、素敵だし、最高だし、美しいし、素晴らしいわ!」
サツキがサスケに…… まあ、個人的な感情を口にしただけだ。
「(なんでこいつは、いつも俺を気に掛ける?)」
サスケは、複雑な表情でサツキを見て思ったが、熱い視線を感じる。
気になったサスケは顔を横に、
「……え?」
視線を感じたサスケが見ると自分を睨む者がいた。
当然、ムサシである。
なぜ、ムサシがサスケを睨むのか、睨まれた本人は気づいていないが、それは、サツキの事を好きなムサシの嫉妬なのである!
「……」
自由な、カエデ分隊に頭を抱える、情報収集部下野国支部長トダ。
「日ノ本特務機関、実行実戦部の目的は、鬼の殲滅にあり、クロガネ小隊の本隊は、この地の鬼を倒すべくこの地へ向かっている。
クロガネ小隊所属、カエデ分隊、分隊長として、任務を全うすべく直ちにそちらの掴んだ情報を要請する!」
胸倉を掴んでいたカエデは、ジッとトダの目を見て言った。
ムサシ、サスケ、アレク、サツキの想いが、カエデを後押しした。
「元より、そのつもりです。
我々が掴んでいる情報では、下野国北東部にある、下野村上城が奴等の拠点と思われます!
……ですが、鬼がその場所にいるかは、定かではありません。
奴等の勢力下の下野国の地に侵入させている情報収集部連絡員から、鬼の位置の報告がありませんので……」
「でも、その場所が奴等の根城の可能性が高い。
そういう事だろう?」
確証の無い情報を苦渋の表情で伝えるトダにカエデが言った。
「十分だ。
我々は、その確証を取る為にこの地にきた。
鬼の居場所を突き止め、もう直ぐやってくる本隊へと伝えるのが我等の使命!
トダ殿、そして、下野国の皆様!
私の隊の者が大変失礼をしました。
ですが、コレもすべては、この地から屍を排除する為と理解してください」
カエデは深く頭を下げいうと、分隊員達に向き合う。
「黒龍山がまだ戻っていないが、我々、日ノ本特務機関実行実戦部、クロガネ小隊、カエデ分隊は、これより任務遂行の為、出発する!」
カエデの言葉に分隊員達の表情が変わる。
「はッ!」
カエデ分隊員達が声を出し、一斉に起立したその時、この会議室のドアが激しく開かれた!
何事かと皆はドアを見ると、日ノ本特務機関情報部の制服を着た男がいた。
「下野国、国王、トチギ・サダハル様、謀反!
江戸に向け、進軍を開始しました!」
制帽を深く被る男が大きな声で言ったが、あまりの事に皆が固まった。
屍の侵攻を受けている下野国の王が謀反。
カエデ達は、この下野国を救いに来たのに、どうなっているのだ意味が解らないという顔をしている。
「あり得ないだろう! 何かの間違いではないのか?!」
流石に寝耳に水の下野国の者達は立ち上がり、その報告を持ってきた情報収集部の者に激しく詰め寄った。
ドッ!
「うっ」
呻き声が洩れ、情報部の者に詰め寄っていた下野国の者が崩れ落ちる。
部屋にいた者達は何が起こったのか訳が分からず床に崩れ落ちた下野国の者に集中していた視線をあげ、声を失い、倒れた者の前に立つ男の手から赤い雫がポタポタと落ち、床を叩いていた。
「落ち着けよ。
人間同士で殺し合うのがアイツの望みだからな。
少しくらい、貢献しといたほうがいいだろ?」
倒れた下野国の者の前に立つ男は、血の付いた手で帽子を取ると、顔をあげた。
この下野国に屍を大量発生させた張本人がそこにいた。
チェンである。
そのチェンが日ノ本特務機関の制服を着て立っているのだ。
だが、このチェンが鬼だと誰も気づいていない。
「……赤い眼」
カエデが呟き、刀に手をかける。
部屋にいる者達の殺意が赤い眼をしたチェンに向けられた。
だが、殺意を向けられてなお、そのチェンは、余裕の表情でいる。
そして、口角をあげ笑っているようであった。
「……手ぶらじゃ悪いからよ、そら、土産だ!」
日ノ本特務機関の制服を着た赤い眼の男が、何かを机の上に投げ捨てた。
机に叩きつけられ数度バウンドするとコロコロと転がり止まった。
「貴様、何を…… !」
カエデが赤い眼の男に言いながら机に投げられたモノを見て、言葉が出なくなった。
日ノ本特務機関 クロガネ小隊、カエデ分隊の者達も同様に、ソレを見て表情が変わる。
それは当然と言えた。
何故なら、机の上に投げ捨てられたのは、黒龍山の頭であったからだ。
「ひゃひゃひゃ!
気に入ってくれたか? ソレ、お前等の仲間だろ、持ってきてやったんだ、感謝しろよ。
うひゃひゃひゃーー!」
「お前……」
笑っているチェンをカエデは睨んだ。
いや、カエデだけでは無い。
この部屋にいる全ての者がチェンに殺意を向けている。
「……あれ?
どうした、反応が悪いぞ、お前等。
何? もしかして、怒っているのか?」
その場にいた者達の恐怖と憎悪の表情を嬉しそうに眺めるチェンが聞くが、当然答える者などいない。
チェンは構わず、更にここにいる者達を煽っていく。
「ここに来るまでに結構喰ったからな。
別に腹は減ってないが、俺にかかってくるなら、遊んでやる。
来い。
ほら、どうした?」
ニヤけた表情のチェンが言っ
ガキィィィンッ!
チェンは、振り下ろされた刀を咄嗟に右手で掴んだ。
カエデが渾身の力でチェンを斬ろうとしたのだが阻まれ、刀を押しこもうとするが、びくともしなかった。
「貴様ァァァ」
カエデは尚も体を前傾させ、押し込もうと力を込める!
だが、掴まれた刀は、びくともしない。
「分隊長!」
マキノがカエデに加勢しようとした時、チェンの左手がカエデの体に突き刺さった。
その光景に一瞬、固まるカエデ分隊の隊員達。
「ごふっ……」
血を吐くカエデ。
突き刺した手からカエデの血を吸い取るチェン。
みるみる内にカエデの顔から血色が抜けていき、やがて抵抗する力もなくなったように手をだらりと降ろしている。
「止めろぉぉ!」
ムサシが叫び、チェンに斬りかかろうとした!
ガシャァアーーン!
「!」
全ての窓ガラスをブチ破り屍が部屋に侵入してきた!
チェンが入ってきたドアからも大量の屍がなだれ込んでくる!
「鬼の俺様が相手するまでもないだろう。
俺の餌達と、遊んでろ!」
チェンが言ったが、皆に答える余裕など皆無い。
突然の屍の襲撃に皆が応戦するのに手いっぱいになっていた。
「サツキ!」
チェンに向かっていたムサシは、足を止める!
サツキの無事を確認したかったのだが、屍に遮られ様子が解らない。
「きゃああああ」
マキノの声!
ムサシがその声の方を見ると、マキノが沢山の屍に取りつかれ首を噛み千切られていた。
「助けてくれ!」
ハシモトの声!
その声がしたところには、屍が何体も折り重なっている。
「い、今助けるだよ!」
ハシモトを助けようと思うムサシだが、自身にも多数の屍が四方から群がってくる為に思うように勧めないでいる内にハシモトの声は聞こえなくなった。
「うわああああ」
「助けてくれぇぇぇぇ!」
下野国の者、情報収集部の隊員達、カエデ分隊の分隊員達の叫び声が部屋に響く。
その音をチェンは、心地良く聞いた。
「全く…… 弱いなぁ、人間は!
うひゃひゃひゃひゃひゃーーーー!!」
カエデの血を吸い終えたチェンが高笑いをした。
そして、屍で埋まりそうなこの部屋を出て行こうとドアへ向かうのをアレクが気づく。
「逃がすか!
どけぇぇぇえええ!!」
激昂したアレクが叫び、幅広の長剣を振り回し、周囲の屍を撥ね飛ばしながらチェンを追う!
その混乱に乗じて、サスケはムサシの傍に滑り込む。
「ムサシ!
ここは、もう駄目だ! そこの窓から離脱するぞ!」
「で、でも…… いや、解っただ」
傍に来たサスケに言われたムサシは、悔しい表情を浮かべ少しの迷いを見せたが、体勢を立て直す為にも離脱を了解した。
サスケが窓に手をかけたが、ムサシはサスケに背を向け群がる屍に刀を向ける。
直ぐに離脱した方が良いと思うが、大切な人を残しては行けないと思ったからだ。
「オラ、サツキを探してくるから、サスケは先に離脱してくれ!」
屍が充満する部屋で、見失ったサツキを助けなければならないとの思いが強いムサシは、屍を斬りながらサツキのいた方角へと向かう。
「あ、阿呆!
……クソッ!
ムサシ! 俺は、先に離脱しているから、絶対に死ぬなよ!」
ムサシの姿が屍に阻まれ、もう見えないが声をかけたサスケ。
そして、離脱の為、近くの窓から飛び出した。
その後を追うようにして、サツキも同じ窓から飛び出した。
「って、え?
サツキ、お前…… ?」
驚いてサスケが聞いたら、サツキ曰く、ずっと後ろに着いてきてたとの事だった。
部屋を見て、中のムサシが気の毒だなとサスケは思った。
そんな時、他の窓からジムとカネミツが飛び出してきた。
「おいっ! ムサシは?!」
カネミツに近づきサスケが聞いた。
「ムサシさんなら、私とジムの退路を開いてくれてサツキを探しに…… あれ?」
サスケに説明の途中でサツキが近くに来たので「?」となったカネミツ。
「おい、ここもヤバいんじゃないか?」
ジムは、屋敷の周りにいる沢山の屍を指差し言った。
サスケ、サツキ、カネミツもジムに指摘され、辺りを見る。
ドガァアアン!
会議室のあった部屋の壁が壊れ、アレクがサスケ達の前に吹き飛ばされてきた。
チェンに一撃を与えようとしたアレクだったが、撥ね飛ばされたのだった。
「アレク!」
サスケ達が走りながら叫ぶ!
「!」
サスケがアレクの傍に向かう途中、壊れた壁の向こうにチェンが立ち去ろうとしているのが見えた。
しかし、サスケは追わずにアレクの方へと走る。
今は、一刻も早く仲間と共に離脱するべきだと思ったからだ。
「サスケ! 屍が!」
アレクへと走る屍を確認したサツキが叫ぶ!
「クソッ…… 鬼は…… 俺が、殺す!」
体を起こしながら言ったアレク。
鬼への憎しみで頭が一杯の彼は、外にいた屍が直ぐ側にいた事に気づくのが一瞬遅れた!
気づいた時に見えたのは、顎が裂け口を大きく開く屍の姿。
走ってきていた屍はその速度のままアレクを――
ズバァッ!
口を大きく開いた屍の頭に槍が突き刺さり、アレクの近くに倒れ、呆然とする彼の元へと、ジムがやって来た。
「アレク、油断するな!」
ジムが、屍の頭に刺さる槍を引き抜き、屍の首を刈る。
「ジム、助かった。 ありがとう」
ジムに礼を言ってたアレクは立ち上がり、会議室へ戻ろうとする。
だが、その手をサツキに掴まれた。
自分を止めたサツキに顔を向けるアレク。
「今更戻ってどうするのよ!
それよりも、今は、離脱する事が先決でしょ!
私達の任務は、鬼の存在を本隊に一刻も早く連絡する事よ!」
「クッ……」
鬼を仕留めれず、悔しそうな表情をしたアレクは、周りを取り囲む屍達を確認し、自分達がどうすべきかを理解した。
「生き残ったカエデ分隊で、一旦、国境まで撤退するぞ!」
サスケは、みんなに言った。
・
・
・
一方、会議室で、必死に戦いサツキを探すムサシ。
「もしや、サツキはもう……
いや! 彼氏のオラが無事を信じないでどうするだ。
諦めちゃなんねぇだ! そう、諦めちゃなんねぇ!
オラは、早くサツキを見つけてサスケに合流……
あれッ?!」
サスケの様子を確認しようと外に目を向けたムサシの目に映ったのは、この場を離脱しようと走り出す、サスケ、サツキ、アレク、カネミツ、ジムの姿だった。
「ウガァァァア」
「ウゴォォォォ」
部屋の屍達がムサシに迫る!
「いや、オラ、お前等の相手なんてしてらんないよ」
慌ててムサシは、窓から外に飛び出した。
仲間達は、どんどん小さくなっていく。
誰も後ろを振り返らないのに腹を立てるムサシだが、外の屍、部屋にいた屍がムサシに向かってくるので、ムサシは走り出す。
「ちょっとぉぉぉーー!」
ムサシは、自分の事を置いて離脱していく仲間を急ぎ追いかけた。
遅くなってすいません。
頑張ろう!