第 1 話 時が来た!
気楽に読んでください。
昔々、そう…… かなり昔。
君たちのおじいさんおばあさんの、そのまたおじいさんおばあさんが生まれるより、ずっとずっと昔。
兎に角、昔、そう昔の話だ!
深く聞かないように……
時は、将軍トクガワの一族が治める天下泰平の時代。
戦国の世が終わり、月日がたつにつれ乱世の記憶は人々から遠くなっていく。
平和な時代など薄氷の上にある脆いものだという事を忘れてしまったかの如く人々は、平和な日々が永遠に続くと感じ始めていた。
天下を蝕む黒き影は着実に、この国を、そしてこの世界を覆おうとしているのだが、その現実に気づいている者は少ない……
◇◇◇◇
火騨の国――
人里離れた山奥。
ここで少年と爺様が暮らしている。
爺様は、幾日もかけて少年を虐待いや、厳しく鍛えた。
世間的なコンプライアンスに底触する為、ここでは割愛させていただくが、それはもう筆舌に耐えがたい拷問ともいえるような過酷な修行の日々を少年は過ごし耐えぬいた。
泣こうが喚こうが、爺様が心を鬼にして少年を鍛えに鍛えたのは、目的の為だ。
そんな地獄のような修行の日々を重ね、少年は15歳になった!
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山の中にひっそりと佇む素人の手作りハウスとおぼしき建物。
ガタガタ……
そのみすぼらしい小屋の建付けの悪いドアが、こじ開けられた。
「ふう、年々開けにくくなってくるな、このクソが」
髭面のクソ汚いガリガリのお爺様が自分が今こじ開けたドアに悪態をつく。
「爺様ーー!」
遠くの方から、この爺様が聞きなれた声が聞こえた。
「おお、朝から元気な奴なのじゃ」
声のした方角を向くと、大きな熊を背負った少年がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「フフフ、あやつめ」
少年へ、優しく温かい眼差しを向ける爺様。
笑顔で走る少年は、爺様にどんどん近づいてくる。
ギラッ!
突如、殺し屋のような目つきに豹変した爺様が懐に手をやった!
「シッ!」
声と共に爺様が、懐から取り出した物を少年目掛け投げつける!
「!」
爺様が何かを投げた事に気づいた少年!
立ち止まったが、それは、少年に向かい真っ直ぐ飛んでくる!
「クナイ!」
少年は、爺様が放った物を確認した!
だがそれは、とても老人の投擲と思えぬスピードで、少年へと迫る!!
その時速は、いやそんな解説をしている暇など無い!
既に凶器は少年の目の前!
ドスッ!
肉に深々と突き刺さる鈍い音!
老人の放った凶器、そう、クナイが、命中したその音が辺りに響いたのだ……
まさに児童虐待の域を超える行為。
許されざる凶行により可哀想にも登場早々に少年は、殺さ……
否!
「爺様! 危ないじゃないかー!」
少年の元気な声が響く。
その声に爺様の表情が和らぎ、そして癪に障るしたり顔で頷いている。
老害とは、このジジイのような人物の事を言うのだろう。
いや、そんな事より、少年が生きているのはなぜか?
それは、爺様の投げたクナイに気づいた少年が、咄嗟に背負っていた熊を正面に向け盾にしたからだ。
少年の何たる動体視力!
そして、身を守る行動を実行出来た身体能力と危機への判断力!
だが、その行動がとれた事は、当然なのだ!
何故なら、この乞汚いガキは爺様の指導の元、途方もない過酷な修行の日々を過ごした! その過酷な毎日により、今では尋常でない強さを身につけるに至ったからである!
因みに、読者諸兄は危険なので決して少年の真似をしてはいけない。
死ぬから。
いや、そんなどうでも良い事よりも、この背丈の小さな少年が、中々可愛い顔をしている方が重要である。
何故この少年が、可愛くて強いのか?
それは、この少年がこの物語の主人公であるからだ!
少年の名は、ムサシ!
日ノ本一の侍サムライになる夢を持つ少年だ。
「ムサシよ! よくぞ儂の攻撃を防いだのじゃ!」
老人は胆力を込めた野太い声で目の前の少年、ムサシに言った。
「爺様が何時いかなる時も油断すんなって俺に教えてくれたんじゃないか! へへへ」
人差し指で鼻を擦りながら、たった今、自分を殺そうとした目の前の老人に爽やかに言ったムサシ!
彼にとっては日常の軽い出来事なのであろう。
可哀想に。
まあ、この性格だから爺様の厳しい修行に耐えれてきたのかもしれない。
「爺様、今この熊をさばくから、朝食にすんぞ!」
少年は老人を背にして、狩りで仕留めた熊の方を向く。
クナイの刺さった熊は少年の何倍も大きな獲物だった。
「今日で15歳になったな、ムサシよ」
爺様は作業中のムサシの背中に語り掛ける。
「爺様、オラの誕生日覚えてたんだな!」
熊に刺さったクナイを抜きながら答えるムサシ。
一生懸命に熊をさばいている。
「うん、朝ごはんの用意はいいから、ちょっと手を止めて話をしようかムサシ」
爺様は、ムサシに歩み寄りながら言った。
「なんだ爺様?」
ムサシが振り返ると目の前に来ていた爺様が、真剣な表情をして立っていた。
感情が乱高下する爺様だが、ムサシは気にしない。
なぜなら、ずっと一緒に生活してきたから慣れているからだ。
「今日まで辛く厳しい修行によくぞ耐えてきた」
「うん! 何回も死にそうになったぞ!」
笑顔で答えるムサシが少々不憫であるが、爺様は特に気にする様子もない。
「ムサシよ…… 今日は久々に稽古をつけてやるからかかってくるのじゃ。
儂から一本でも取ってみせい!」
手を後ろに組む爺様は言った。
ムサシは確かに強く逞しくなったが、まだ、自分には遠く及ばない事は解っている。
ただ、15になったムサシの成長の具合を確かめ、その時かどうかを判断しようと思っていた。
その結果いかんによってムサシを捨て、新たな弟子を取る事を考えている。
非情な判断であるが、使命を全うするには仕方ない事だと爺様は思っているし、実際ムサシ以前にも弟子はいた。
今まで任務へと送り出す事が出来たのは弟子の中でも数名だけである。
「そっか、オラ、15になったもんな……」
ムサシはこの日が来たのだと理解した。
そして、今までの修行の成果を爺様に見せたいと思った。
ソレが、この頭のイカれた老人への恩返しだと思った。
「フフフ、今のお前では、儂に勝つなどあり得ないが、心配するでない。
勝ち負けでは無いのじゃ、この儂にお主が一撃でも入れれる程の腕と力をつけたかを見るのじゃからな。
さあ! お前がどれほど成長したか、この爺に見せてみせ」
バチンッ!
「痛あぁぁぁい!」
爺様が脛を押さえて転げ回った。
ムサシのローキックがクリーンヒットしたのだ!
「やったーー! オラが爺様に勝てたぞーー!」
嬉しそうにムサシが飛び跳ねて言っ
「ちょっと待て! お前、儂が喋ってる最中に攻撃って、そりゃないだろ!
今のは無効です!」
脛を押さえ寝転がっている爺様が強い語気でムサシに注意した!
「え? だって爺様、何時いかなる時も油断すんなって……」
戸惑いつつムサシは爺様にいったが、
「屁理屈言ってんじゃねぇ! ちょ、ちょっと待ってろ!」
と、一喝された。
爺様は、ヨロヨロと立ち上がり掘っ立て小屋の方へ歩いて行く。
そしてムサシはシュンとなった。
爺様は、掘っ立て小屋の中から木刀をもって歩いてくる。
どうやらローキックによるダメージはもう大丈夫なようだ。
「ムサシよ…… 見事、儂から一本取ってみせよ!」
警戒して少し距離を保ち、木刀を構えて爺様が言った。
「爺様、ズルいよ! オラにも武器くれよ!」
流石に抗議の声をあげたムサシだが、
「馬鹿者! 男がそんな弱気でどうするのじゃ!
お前は立派なサムライになる為に、ここにきたんじゃろ?
それなのに、女々しくそんな些細な事を気にしおって。
いいか、サムライとはどんな困難にも立ち向かう勇気と…… って、おい、何をしている?」
屁理屈をこねている爺様の目の前のムサシが、地面に落ちているのを拾おうとしていた。
「え? 石だけど?」
腰を屈めていたムサシが手にソフトボール程の大きさの石をもって立ち上がった。
コレで殴るか、投げてぶつけてこようとしているんだなと爺様は理解した。
所詮子供。
そんな物より木刀の方がリーチが長い。
賢い爺様は、フフッと笑った。
「よし、投げるの禁止な! さあ、来い、ムサシよ!」
爺様は言った!
「え? あ、う、うん。 行くぞ! 爺様!」
ちょっとアレ?っと思ったムサシ。
だが、ムサシなので気にしない!
ムサシは、走り出す!
(き、来た! 速いじゃねぇか!)
少し焦った爺様だが、対処出来ない速度ではない!
信じられないかもしれないが、この爺様、達人という設定なのだ!
「でぇええーーい!」
ムサシが叫ぶ!
石をもった手を振りかぶる!
そして、殴りかかる!
ブーーンッ!
「外した!」
攻撃をよけられたムサシ!
「フフフ、甘いのじゃ! はっ!」
華麗にムサシの攻撃をかわした爺様が華麗に前転してムサシから距離をとり攻撃の体勢に!
ドゴォォオオーーン!
外したムサシの攻撃が地面を叩いたと同時に轟音と共に土煙が舞い上がった!
「?」
爺様の顔に舞い上がった小石や土の破片がパラパラと当たる。
攻撃に移ろうとしていた爺様は目の前を呆然と見ている。
ムサシの手にした石が地面にめり込んでいる。
そして、そこを中心に小さなクレーターのようになっていた。
(あ、アブねぇ! 避けなかったら……)
爺様は青くなった。
「流石、爺様だ! でも、オラは負けたくないだ。
爺様から必ず一本をとって、立派なサムライになるんだぁーー!」
立ち上がったムサシの両手に石が握られてい
「増えてるし!」
ちゃんと確認した爺様。
「行くぞ! 爺様っ!」
ムサシが、爺様に向かって走
「待てッ! 止まれ! ストップ!」
爺様がムサシをすかさず制止する! 必死に!
ムサシが慌てて立ち止まった。
「?」
何ごとかと爺様を見るムサシ。
「まずその石を捨てろ!」
木刀を向け指示する爺様。
「なんで?」
ムサシのキョトンとしている顔にイラっとした爺様。
「ムサシよ…… サムライたるもの、道具に頼ってはいかぬと教えたであろう……
さあ、ソレを捨てて、見事、儂から一本取ってみせよ!」
それっぽい感じでキリッとした爺様はいった!
「……聞いた事無いけど? そうなのか? でも、爺様が言ってるし」
手にした石を地面に放り捨てようとしたムサシは爺様から視線をずらす。
「隙ありぃーー!」
ムサシが視線を外す瞬間を狙っていた爺様が攻撃!
敵の隙を見逃さぬその姿勢、まさに達人と言えよう。
「いて」
脳天に爺様の木刀による渾身の一撃が入り思わず声が出たムサシ。
「もう! ズルいよ爺様!」
石を捨てたムサシが爺様に抗議の声をあげる。
「フフフ、やせ我慢は止めておくのじゃな、ムサシ。
そして、ズルくないのじゃ。
何時いかなる時も油断してはいかぬと教えを忘れたのか? 馬鹿者め」
理不尽極まりないクソジジィの言葉。
その言葉に、悔しさを滲ませるムサシ。
「そうだった。 爺様に教えを受けてきたのに…… オラッたら!」
なぜか反省の弁を述べるムサシ。
「もう油断しない! 爺様! オラ、頑張るだ!」
やる気満々になったムサシ。
爺様の不意打ちの事など気にしていないようだ。
ムサシのムサシたる所以なのだろう。
「……ホントに、平気なのか?」
自身が放った渾身の一撃を受けたムサシの、ノーダメージ振りに表情が無くなる爺様。
「うん! 爺様、手を抜いてくれてんだろう? 爺様が本気出したら、今頃オラは死んでらぁ」
ムサシは、目の前の爺様を本気にさせれない自分に腹が立った。
「……う、うむ。 お、おう。
まぁ、儂が本気を出したら、アレだ、大人げないし、その……
さあ来い、ムサシよ! 見事、素手で儂から一本取ってみせよ!
あっ! 足とか右手使ったら反則だからな! 左手一本で、来るのだ!」
どさくさに素手で、しかも左手だけでくるよう制約をかけた爺様!
それでも死ぬ気でかからないと、ヤバいと思った爺様!
「はい、爺様!」
ムサシは、素直に右手を後ろにやった。
了解したみたいだね。
深く考えていないのだろう、ムサシだから。
二人がぶつかり合う……
・
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「ふうぅ、ふうぅ……」
着物の袖が千切れ、髪は乱れ、鼻血をだした爺様がプルプルして何とか立って肩で息をしている。
そんな爺様の右手に折れた木刀を、左手に石が握られていた。
「さ、流石、爺様だぁ」
ムサシも髪が乱れ少し疲れた感じになっている。
鼻血も少し出ているようだ。
「フフフ、中々腕をあげた様じゃな、ムサシ。
だが、まだまだじゃ!
まぁ、儂は、優しいから、今回は、引き分けにしといてやる」
明らかにムサシよりダメージが大きいであろうズタボロの爺様がムサシにいった。
ここまで弟子が自分を上回り戦力差があったのは初めてだった爺様。
ムサシは、師匠である爺様を完全に超えている。
爺様の鍛えた弟子の最高傑作といえた。
だがその事は、大人げない爺様である、一言も言わないし、言う気もなかった。
「引き分け…… 勝てなかった。
爺様を超える強いサムライになりたかっただ…… でも、もう……」
勝てなかった悔しさを滲ませるムサシ。
コレが最終試験だと理解していたのにと、俯き目に涙を溜めていた。
「……よくぞ今まで頑張りぬいたな。
ムサシよ、合格じゃ。
外の世界に飛び立ち、使命を全うするのだ!
お前は、もっともっと強くなれる、儂は信じておるぞ」
ムサシの両肩に手を置いた爺様が言った。
ムサシはその声に顔をあげる。
「……って事は?」
尊敬のまなざしで爺様を見るムサシが不憫ではあるが、師弟関係を他人がとやかく言う事もなかろう。
「そうじゃ。
ムサシ、お前は強くなった。 儂に勝てなかったのは、儂が超絶強いから仕方が無い事。
しかしながら、お前も中々強くなった。
認めよう。
まあ、そんじょそこらの敵に後れを取る事など、まずないじゃろうな、うん」
ズタボロの爺様が軽傷のムサシに言った。
爺様はムサシの肩から手を離すと、少し後ろに下がり、姿勢を正す。
「この日ノ本には、天下泰平のトクガワの治世を心よく思わぬ者達がいる。
謀反を起こし、この世を戦国に戻そうとする輩が全国各地におるのじゃ。
奴等の目論見通りのバカげた事になれば、市井の多くの民草が悲しみ辛い思いをせねばならぬ。
だから、戦国の世を望むバカ共を排除すべく我らは戦ってきた」
爺様は、ムサシの目をまっすぐ見た。
「オラも、立派に使命を果たしてきます!」
力強く答えるムサシ。
「うむ!
ムサシ、儂の修行に合格した貴様には真実を伝えよう。
我らの真の敵は、そのような者達ではない!
謀反の芽を摘む為に暗躍する部隊もあるが、それはトクガワ家から金を引っ張る方便である!」
爺様が語気を強めた。
ムサシは、初めて聞く話に戸惑いそうになるが黙って聞いた。
「我等の機関が対しているのは、人非ざる者、妖の者である!
戦国の世の昔から我等は、奴等と戦ってきた。
この国を守る為に! 貴様の父と母も、奴等に殺されたのじゃ!」
「……父ちゃんと母ちゃんが?!」
ムサシの幼い頃の記憶の断片が蘇る。
囲炉裏の向こうで倒れる母親。
押し入れの中から見た光景。
黒い影。
「うっ!」
口に手を当て、こみ上げるものを押しこもうとしたが、ムサシは蹲り、吐いた。
爺様は蹲るムサシを見下ろしている。
「ムサシよ、忘れるな。
奴等への恐怖を。
奴等への憎悪を。
奴等への復讐心を!
お前と同じ思いを持つ者をこれ以上増やすでない!」
吐いているムサシにむかって爺様が言った。
「江戸に向かえ、ムサシ!
お前と同じように、全国各地で鍛えられた子供達が集まるあの場所へ!
奴等を根絶やしにすべく使命を全うするのじゃ!
……それがお前の義務であり、宿命なのだから」
爺様の言葉にムサシはただ黙って頷くのだった。
頑張りますので、応援よろしくお願いします。