八戦目
完膚なきまでに敗北を喫したシオン。
シオンを負かしたヒロムは彼に情けをかけるでもなく背を向けて去ろうとする。そんなヒロムの所有する携帯電話が鳴り、ヒロムはそれに応じるように携帯電話を取り出すと耳に近づける。
「オレだ。……そうか、分かった。
オマエは情報収集を続けてくれ。それとガイに解毒剤を打たせる段取りをしとけ」
じゃあな、とヒロムは通話を切ると背を向けたままシオンに告げた。
「イクトから情報が入った。鬼灯潤也が十神アルトが所有していた未だ警察の監視下にあった研究所を襲撃した。死傷者多数、そして鬼灯潤也は何かを持ち出した」
「……」
「事態は想定より深刻化してる。鬼灯潤也が取引しようとしてるオマエはそのザマ……もはやオマエは今回の件に関与する資格はないだろ」
「……どうしろってんだよ……」
ヒロムに冷たく告げられたシオンは思わず弱音を吐いてしまう。空が曇り、次第に雨が降る中シオンはヒロムに痛めつけられた体が倒れたままの状態でヒロムに問う。
「オレに……どうしろって言うんだよ!!
戦うことが全てのオレに……何かのために戦えるオマエとは違うオレに何を求めてるんだよ!!
強くなることがダメなのかよ……!?強くなって敵を倒せば守れるんじゃないのか!?誰よりも強くなって見返してきたオマエが……強さを求めるオレを否定するのか!!」
「そうだ」
「……そんなにオレが……気に食わないのか?
強くなりたいオレが気に食わないのか……?
何でオマエだけが……オマエばっかりが強くなるんだよ!!」
雨が強く降る中で吐き出されるシオンの思い。雨に打たれながら聞くヒロムは背中を向けたままであり、気づけばシオンは言葉を発すると同時に涙を流していた。
悔しさに襲われるシオン、その強い思いを聞いたヒロムは何も言わずにここから去るべく歩き始める。
情けすらかけられない、もはや見捨てられたとシオンは思うしか無かった。そんなシオンに向けてヒロムは去ろうと歩く中である事を伝えた。
「……冷静になって自分を見つめ直せ。
今のオマエに何が必要なのか、それを思い出せ。答えはオマエのそばにある」
言葉を残し歩き去っていくヒロム。シオンは倒れ雨に打たれる中彼の言葉について考えようとしていた。
「答えはオレのそばに……?
なら……何でオレは強くなれないんだよ……?」
ヒロムとの戦いを経て負傷したシオン。敗北による心へのダメージのせいか立つことすら出来なかった。雨は次第に強くなり、その雨は無情にも倒れるシオンを襲う。
冷たい雨に打たれるシオン、もはや思考する気力も無い。
諦めの中に彼はいた。すると彼のそばに雷の球が現れ、現れた雷の球の中から何かが現れる。現れたその何かはシオンのそばに広げられた傘を置いて彼が濡れないようにする。
「……兎角、クールじゃねぇな」
普通の個体に比べて少しだけ体の大きいウサギ。体の各所に雷のマークの入ったアーマーをつけたそのウサギは腕を組みながらため息をつくとシオンに話しかけた。
「マスター、起きてるか?
久しぶりに姿を見せてやったのにどうしたんだ?」
「……ライバ?
オマエ……今まで姿も見せなかったのに……何しに現れた……?」
「兎角オレは気まぐれなクールな精霊だ。
マスターのアンタに宿るからにはアンタのために戦うが、今まではクールな気分になれねぇから手を貸さなかった」
「……んだよ、それ……」
「風邪引くぞ?
兎角、風邪引くと強いヤツと戦うこともままならない」
ウサギ……の精霊・ライバはシオンの身を案じているのか彼に声をかけるが、シオンはそんなライバに不安を明かす。
「……強さって何だ……?
オレは……なんで強くなれないんだ?」
「兎角、オレは知らねぇ。
そしてそれは誰も知らない話だ」
けど、とライバは前置きするとシオンのそばに寄り添い肩に手を添えるとシオンに伝えた。
「マスターは見てきただろ。オレらのクールなリーダーが困難に立ち向かう姿を。あの勇気ある姿を見てきたなら答えなんて無くてもいいじゃんか」
「……ライバ……?」
「今のマスターはクールじゃねぇからオレは嫌いだ。
けどオレがマスターの前に初めて姿を見せたあの時、あの時にオレが出会ったマスターはクールで好きだったぜ」
「オレが……?」
「……兎角、立てよマスター。
そんなに悩むのならオレが背中押してやるよ」
「……あっ……」
ライバの一言、それを受けたシオンは何かに気づく。そしてシオンは何とかして体を起き上がらせると座り、ライバを見ながら伝えた。
「……オマエの言うクールなオレになれたらオレは強くなれるのか?」
「それは知らねぇ。けど、もしクールなマスターと超クールなオレが一緒になれば負ける気なんてまったくねぇと思うぜ」
「……そうか。
なら……何とかしてそのクールってのにならねぇとな」
シオンは立ち上がると気持ちを切り替えるように頬を叩き、どこかに向けて歩き出す。ライバは後を追うように歩きながらシオンに尋ねる。
「兎角、アテはあるのか?」
「……無いがまずは傷の手当てをする。
そのついでに情報収集だ」
「オッケー、クールに行こうぜ」
******
その頃……
鬼灯潤也率いる《鮮血団》が拠点としているどこかの倉庫。そこには数多くの赤装束の人間がおり、鬼灯潤也はその中心にいた。
そしてそのそばには見慣れない人物がいた。白髪、赤い瞳、そして呼吸器にも見えるマスクをした痩せ細った少年がいた。どう考えても戦闘種族再興を目論む潤也の率いる部隊には似合わない少年なのだが、潤也はその少年について皆に伝えていく。
「皆の活躍で我々は大切な同胞を救い出すことが出来た!!
愚かで無能な凡人に監視され我々に力を授けてくれたあの研究所の中に取り残されていた大切なオレの友……シンラだ!!」
痩せ細った少年をシンラと潤也が声高々に言うとその場にいる全員が歓声のような声を上げ、全員のやる気が漲る中で潤也はシンラを抱きしめた。
「よく無事でいてくれた、シンラ。
オマエのことをずっと助けようとこの計画を進めていたんだ」
「……潤也、今のオレは非力だぞ?」
「構わないさ。
シンラはゆっくりと休んでてくれればいい。オレたちかわオマエの不在分も頑張るから大丈夫だ。シンラはオレと一緒に愚かな凡人に味方する姫神ヒロムを殺すときのために力を蓄えてくれ」
「……外の世界がどうなってるのか分からないが、姫神ヒロムは生きてるのか?」
「ああ、ヤツは生きている。ヤツが死ねば《鮮血団》の悲願は達せられる。ベノムは次の計画に向けて移動し、血鮫が他の同胞を集めてくれている。次の計画が成功すれば必ず姫神ヒロムは我々に武力行使してくる。その時オレたちが手を組んで迎え撃ち殺せば……凡人どもは救いを求めることも出来ずに滅びる末路を辿る」
「……潤也、嬉しそうだな」
「当然だ。この日のために苦汁を舐めることに耐えてきた。
凡人どもが当たり前にしたクソのような世界を壊せるんだ……この時をどれだけ待ち望んでいたか」
「そうか……なら、早く調子を取り戻して潤也の力になれるようになるよ」
「ありがとう、シンラ……!!」
シンラへの異常なまでに熱い思いを口にした潤也は彼を離すと全員に次なる指示を与えるべく叫んだ。
「紅月シオンは腐敗したこの世界に毒され凡人どもを守る存在に成り下がった!!この腐った世界を直すべく我々に出資してくれた彼が用意した武器を手に今こそ立ち上がり思い知らせるぞ!!明日、紅月シオンを殺して狼煙をあげる!!我々が悲願としてきた願いを叶えるために!!」
潤也の言葉に全員が鼓舞され、士気が高まり異常なまでに盛り上がる《鮮血団》。だがこの時、潤也はおろかこの場にいる者全員が知らない不穏な空気が迫りつつあった……