「姉はごついし妹はあざといし、かなり恐怖を感じた」by店主
第一王子が隣国の魔女に電撃婿入りしてより二年。
その国の内戦は熾烈を極めていた。
兄が消えたことで最大の派閥へ進化した第二王子。
類稀なる才能と容姿で民衆の支持を得た第三王子。
腹は違えど年は同じ。味方する諸公の数も、ほとんど同じ。
主に二つの勢力に分かれ、貴族達はどちらに与するか、どうやって相手方を蹴落とし、自分達の応援する王子を頂点に立たせるか、日々頭を悩ませていた。
王は腹の立つことに「我は成人した際によりふさわしい方を世継ぎとする」と事実上の指名放棄。
未だ煮え切らない有力貴族を派閥に引き込むため水面下で脅迫や取引が横行し、どうにか相手を陥れようと罠を仕掛け、王擁立に燃える貴族達は互いに憎み合いあれに負けるわけには行かぬと鉢巻きを巻いて地道な運動に励む。
そんな争いが続いていたある日、平民街にひっそりと、二人の少女が降り立った。
「お姉ちゃん、はしたない歩き方しないでお姉ちゃん。見られてますよほら」
「う、うん」
姉と呼ばれたやけに肩幅の広い少女は、もう一人の少女の耳に口を寄せ、
「お、お前、何でそんな綺麗な声出せるんだ!?」
「うふふ。裏声ですよお姉ちゃん。頑張ればお姉ちゃんも出せますよ」
「本当か…!?」
妹は長くさらりとした金髪をわざとらしくかきあげ、にっこりと微笑んで「さあいきましょう、私まずは雑貨屋さんが見たいです」と姉の太い手を引いて歩き出した。
第二王子、エリックは兄のことが嫌いではなかった。
故に、自分が王になるなんて未来が訪れるとは夢にも思っていなかったし、兄が「恋したから嫁いでくる」と言い出した時も、ロマンチックだな、おめでとうと祝福こそすれ、これで兄の代わりに王になれるなどという野望は、ちっとも頭の中に存在していなかった。
それだから、仲良くしていた貴族達が「今こそ戦いの時!」と一斉に動き始めたのに驚いていたし、びびってもいた。
競争相手はたくさんいる兄弟の中でも一番親しくしている、数ヶ月後に生まれただけの弟カミルというのも、それに拍車をかけた。
第二王子と第三王子は不仲である、とどこからか流れた噂のせいで、カミルだけでなく幼い弟達と遠出して遊ぶ時間も奪われ、それどころかろくに兄弟と会話もできなくなった現状に、エリックはとっくに嫌気が差していた。
そんな頃の、深夜。
エリックの寝室に少女が訪ねてきた。
「うわああ!誰だお前、ちょっ、え!?誰の差金!?」
まさかどこぞの貴族が娘を差し出してきたのではあるまいな、と寝巻きのまま混乱するエリックに、ズカズカと侵入してきたその少女はカツラを取った。
得体の知れない女がいきなり毛髪を剥いだ、と更に恐怖に襲われるエリックの頬を張り、その者は「お久しぶりです兄上」と笑った。
「え、兄…」
「カミルです」
「お前、そんな趣味が…」
「否定はしませんが勘違いしないでください。私は自由時間のためにこれを始めたのです」
自由時間。
兄がいなくなったことで自分から奪われたもの。
ピクリと耳を動かすエリックにカミルは「兄上なら賛同してくれると思った」とばかりに手を取り、
「兄上もやってみませんか?」
そういうわけで、エリックはカミルに誘われる形で、その禁忌に手を出した。
「お姉ちゃん見てください。お花のブローチですよ、可愛いですねえ」
「そうね、カミル」
ニコニコとしているまま、カミルは兄の胸ぐらを掴み「カミラです。間違えないでください、あなたはエリスです」と小声で指摘してきた。
割と迫力があったので無言でこくこくと頷くと、カミルは手を離して何事もなかったかのように「わあ、こっちにも!欲しいですー」と演技を再開する。
多分演技だと思うのだが、弟が本当に女ものの装飾品なんかを欲していたとしたら、エリックにはもう何もできない。自腹で買ってやることくらいだ。
「お姉ちゃんは何が欲しいですか?」
「え?あ、ああ…酒場の肉が食べたい」
「あはは。相変わらずお姉ちゃんは食いしん坊ですねえ!」
笑って受け流されたが、店を出た瞬間に「あなた本当に女の子になる気あります?」と路地裏に連れ込まれた。
「確かにそういう女の子もいるにはいますよ。でもね、せっかく妹が目を輝かせてアクセサリー見ているんですよ、少しは同調してくださいよ」
目も声も本気だったため、素直にすまんと謝る。
でも自分は女の子になる気はないので勘弁して欲しい、と言ったらまた詰め寄られそうな予感がしたので、エリックは何も言わないことにした。
弟が新たな扉を開いていたとしても、黙って受け入れてやろう。それが兄の務めである、多分。
「最近妙な二人組の女が街に出没しているらしい」
「妹は可憐だが、姉の方は男と見紛うほどに筋骨隆々としている」
「しかし妹は姉を完全に制御し、時には姉に突っかかって泣かせることもあるという」
そんな噂が流れていると知って、エリックが頭を抱えたのは、数週間後のことである。