その7 気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します
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レオフィーナとマリーは村の入り口近くの大きな木の下で向かい合っていた。
「さて、マリー君。僕に君の知っていることを教えてくれないかな? 君は何者だい? クレトは僕にとってどういう存在なのかな?」
「えっ・・・。」
思いがけない問いかけに頭の中が真っ白になるマリー。
「思えば最初から君は僕の異名――僕が”土の賢者レオ”であることを知っていた。それに君のウチの宿屋の特異性。今朝言った言葉――まるで幾百ものトライアル アンド エラーを経て最適解を導いたかのような合理性を感じる――というのはお世辞でも何でもない僕の本心なんだよ。自慢にならないが、僕が他人の作った住居を居心地がいいと感じるなんてよっぽどの事だよ。」
足から力が抜け、ふらりと傾くマリー。
手を伸ばしてマリーの腕を掴むレオフィーナ。
マリーは、まるで焼けた手で掴まれたかのようにビクリと体を竦ませた。
「それに今日だって、君はさっきの騎士を見て”風の剣士カル”と言ったね。そして”嘘、どうしてここに?”とも言った。カルがここにいるのはおかしいのかい? 君はカルの何を知っているんだい?」
「私・・・私は・・・」
鋭い追及にしどろもどろになるマリー。
その目は咄嗟に逃げ場を求めてさまようが、レオフィーナはマリーの腕を掴んで放さない。
「そこまでにしといてもらえるかニャー。」
その時、どこか気の抜けた声が二人の会話に割り込んだ。
「誰だ!」
レオフィーナの叫び声と共に、彼女の手から小さな木切れが地面に投げ付けられた。
木切れは地面に落ちて砕け散ると、その場を中心に円状に衝撃波を大地に放つ。
「きゃあ!」
衝撃波に足元を攫われて転倒するマリー。
「おっと、土属性の足払いの魔法かニャー。確かに隠れている人間の出ばなをくじくには最適な魔法ニャー。」
ヒラリと茂みを飛び越えて来たのはグレーの毛並みの大きな猫。
「えっ? ・・・と。確か君はハルマー? あれっ? ひょっとして僕、猫と喋っている?」
「そうニャー。俺はハルマー。女神様からそこにいるマリーのガイド役を仰せつかった神の使徒ニャー。」
その場に座り込み、ゆるゆるとしっぽを揺らすハルマー。
その姿は何処から見てもただの大きな猫にしか見えない。
レオフィーナは混乱した頭で「これは想定以上に一筋縄ではいかない話になりそうだ」と予感するのだった。
「何てことだい・・・僕達のいるこの世界がマリー君の書いた小説の世界だったなんて。そして僕がその小説の登場人物だったなんて・・・」
自称神の使徒の灰色猫ハルマーの説明に、レオフィーナは思わずため息をこぼした。
それはあまりに突飛で信じがたい話だったからである。
マリーの精神は別の世界の真理子という人間で、この世界は真理子のために女神が作った彼女の小説の世界だというのだ。
しかし、不思議とハルマーの言葉はレオフィーナの心にストンと落ちた。
ひょっとしてハルマーの――神の使徒の言葉には下位者を従わせる何か神秘的な力が宿っているのかもしれない。
「正確に言うと”小説をもとに調整された世界”ニャー。だからお前は”小説の登場人物”ではなく”小説の登場人物に該当する存在”だニャー。」
それって何が違うの? と頭をひねるマリー。
だが、この説明でレオフィーナには十分通じたようだ。
紙のように白くなっていた顔に幾分か赤みが戻ったようにも見えた。
レオフィーナは力なくマリーへ振り返った。
「じゃあ僕達はマリー君の創造物というわけではないんだね。」
「コイツは単なる人間ニャー。お前達は作り自体は他の世界の人間と何も変わらないニャー。ただちょっと真理子の小説の影響を受けているだけニャー。」
マリーはすっかり蚊帳の外に置かれて、他人事のように二人の会話を聞いていた。
君が事の発端だろうに、と、レオフィーナは無責任なマリーの態度に軽くイラッときた。
「じゃあ僕はそのマリー君の小説――」「”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”ニャー。」「そうそうその”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”ではどういう役割を演じているのかな?」「”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”でのお前は――」「うわああああっ! いちいちフルネームでタイトルを呼ぶなああああ!」
突然激昂するとハルマーに掴みかかり揺さぶるマリー。
「”気に・アイ”って言って! ”気に・アイ”! いちいち全部呼ばなくていいから!」
「元々お前の付けたタイトルニャー。」
「うっさいわ! こんなことになるなんて思わなかったんじゃー!」
あっけにとられて一人と一匹の掛け合いを眺めていたレオフィーナだったが、いつまでもこうしているわけにはいかないと軌道修正をかけた。
「それでその”気に・アイ”では僕はどういう役回りなんだい?」
ハルマーに掴みかかっていたマリーだったが、レオフィーナの言葉にばつが悪そうに目を反らすのだった。
「はあっ?! 僕が男の子?!」
驚いたレオフィーナだったが、すぐに昨日、マリーが自分が女だと知って驚いた事を思い出した。
「”気に・アイ”では土の賢者レオは男の子だったんだよね? じゃあ僕は間違って女の子にされたわけかい?」
「う~ん。間違いというか勘違いというかニャー・・・」
「?」
ハルマーの説明によると”気に・アイ”での土の賢者レオは”男の娘”なのだという。
「いや、だから男の子なんだよね?」
「違うニャー。男の娘ニャー。」
益々もって訳が分からないレオフィーナだったが、ハルマーの根気強い説明でどうにかこうにか状況を理解した。
レオフィーナは心底呆れた顔でマリーの方を見た。
「君、頭大丈夫?」
「そういう文化が日本にはあるんだよおおおお!」
凄い世界だなニホン。レオフィーナは理解しがたい未知の文化に戦慄すら覚えた。
日本人は彼女の感想に返す言葉も無いだろう。
「まあ、”気に・アイ”に”娘”って書いてあるのなら、女神様が僕を娘――女だと勘違いされてもおかしくは無い・・・のかな?」
辛うじて理解を示そうとするレオフィーナは健気だ。
「それにクレトとのキスシーンがあったのも勘違いの原因ニャー。」
「ちょちょちょっとそれってどういうことだね?」
クレトとのキスシーンというパワーワードに反応するレオフィーナ。
「ああ。あの設定か。」
レオフィーナが夢の”彼”――聡明なレオフィーナにはもはやそれがクレトということが分かっている――を見ていると知らないマリーは、苦虫を嚙み潰したような表情になった。
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”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”はそのタイトル通り、主人公クレトが仲間を集め、その愛の絆で世界を滅ぼすドラゴンを倒す物語である。
クレトと絆を結んだ仲間達は、各々が異なる属性魔法を使えるスペシャリストだ。
クレト自身は魔法を使えないが、彼は仲間とキスをすることで仲間の力を上限を超えて解放することが出来るのだ。
この時、互いの体に刺青のような紋章が浮かぶことから”俺嫁紋”と呼ばれる。
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説明を聞いたレオフィーナはあまりの阿保らしさに開いた口が塞がらずにいた。
「いや、まあ私も”俺嫁紋”はちょっと微妙かと思ったのよ。でもいいネーミングが思い付かなかったというか、ありがちな名前しか浮かばなかったというか・・・」
「”俺嫁紋”のネーミングセンスに呆れているわけじゃないと思うニャー。」
再起動したレオフィーナは慌ててマリーに詰め寄った。
「ま・・・待ってくれ。すると僕は、戦う度にクレトと、その・・・キス・・・をしないといけないのかい?」
「ああん?」
頬を染めて言葉が尻すぼみになるレオフィーナに、マリーの機嫌が目に見えて悪くなった。
「ウチのクレトお兄ちゃんとキスするのが不満なら、無理してキスしてくれなくてもいいんですけどぉ?」
「いやいや、不満とか不服とかそういった問題じゃなくてだね。キ・・・キスというのはその、戦うために必要だからするとかそういったものじゃなくて、本来は互いを想う心が一致した時に・・・いやいや、そんなことより人前でその・・・キスするというのは公序良俗上いかがなものかと・・・」
真っ赤な顔でしどろもどろになりながら言い訳を重ねるレオフィーナに、益々機嫌が悪くなるマリー。
「そ・・・そもそも何でこんな設定にしたのさ! クレトは君のお兄さんだろ?!」
マリーが日本の女子大生、安達真理子だった時にはクレトは彼女の兄でも何でもなかったのだが、すでにそんな事すら分からないほどレオフィーナは混乱していた。
日頃の聡明な彼女からは考えられないほどのポンコツっぷりである。
レオフィーナの言葉に何故か衝撃を受けるマリー。
マリーはしばらく目を見開いたまま動きを止めていたが、やがて拳を握るとこみ上がる怒りに体を震わせた。
「土の賢者レオが男の娘だからそう設定したんじゃー! 相手が女だと知ってったら誰がこんな設定にするかボケェ!」
「なんで男の子だったらそんな設定になるんだよ! 君、頭がどうかしてるんじゃないのかね!」
「だから男の子じゃねーよ、男の娘だっつーてんだろ! いい加減覚えろよ! 何が土の賢者だ、頭悪いんじゃねえの?! 賢者の名が泣くわ!」
「な・・・っ。どうしてそんな頭の腐った考えを僕が理解しなくちゃいけないんだね!「腐った言うなし!「腐ってどうにかなったとしか思えないね!「違うわ! これは日本のオタク文化じゃ!「そんな文化があってたまるものか! 君は文化に謝罪したまえ!「お前が「君は「だか「そr「・・・・
少女二人の罵り合いはやがて掴み合っての取っ組み合いへと発展した。
感情を爆発させて暴れる二人を尻目に、ハルマーは我関せずと大きな口を開けて欠伸をするのだった。
次回「説明の終わりと井戸端での出会い」