その6 風の剣士カル
ペドロの力作?”安全靴”は売り物にならない鉄の塊だった。
「いや、ワシも作っていておかしいとは思ったんだが、ペドロがこれでいいと言い張るもんだから。」
ペドロのおじさんも困った顔をする。
「ほら、もういいだろう。こっちによこせ。潰して鉄材にするから。」
「ま・・・待ってくれ! もう少し時間をくれ。色々と考えていることもあるからさ。」
慌てて鉄の靴を抱えるペドロ。
いや、ここからいくら考えてもそれが売り物になるとは思えないんだが。どう考えても最初のボタンから掛け間違えているだろうに。
おじさんも俺と同じことを考えたのか渋い顔だ。
しかし、ペドロには何やら勝算があるようだ。靴を握って離さない。
コイツのこの自信はどこから来るんだ?
ああ、馬鹿だからか。
俺達がペドロの家の前で騒いでいると、鎧に身を包んだ騎士を乗せた騎馬が二騎、村に入って来るのが見えた。
街道沿いのトレド村では騎馬を見かける事自体は珍しくはない。
しかし、この二人の鎧の造りは滅多に見ないほどの豪華さだった。
ここまで明らかに身分の高い貴族が村に来る事はほぼ無い。
何か良くない雰囲気に俺達の会話は自然と止まり、視線は騎士達へと釘付けになった。
そんな俺達の視線を感じたのか、騎馬の一騎が馬首を巡らせ俺達の方へと向かって来た。
騎手は俺達の近くまで来ると馬上から声をかけた。
兜に隠れて口元以外顔は全く見えないが若い男の声だ。
「おい、そこのオヤジ。最近この辺で女の軍人を見なかったか?」
どことなく高圧的な物言い。何となくだが俺はコイツの事をいけ好かないヤツだと感じた。
”女の軍人”という言葉に、俺の横でレオフィーナが息をのむ気配を感じる。
ペドロのおじさんは首を傾げながら答えた。
「いえ。ワシは見た覚えがありませんです。」
レオフィーナはいかにも軍人然とした服装ではなく、割とありふれた旅装で旅をしている。
彼女の経歴を知らないおじさんは、レオフィーナの事を街道を旅するただの旅人だと思っているみたいだ。
俺はペドロに目配せをした。
この騎士達の目的が何かは知らないが、レオフィーナがここで名乗り出ない以上、彼らに自分がここにいる事を知られては不味いのだろう。
だったら俺達が彼女を売るようなマネはできない。
ペドロが俺の意思を察して小さく頷いた。
それはほんの小さな動きだったが、騎士の男は俺達の動きを見逃さなかった。
「お前達、何か知っているのか?」
「全然知らないっすよ。俺もオヤジと一緒に仕事してたっすから。オヤジが見てない物を見てるはずないっす。」
「俺もわからないな・・・っす。見てないっす。」
俺は苦労して慣れない敬語を使って答えた。
マリーは騎士に男の威圧感に怯えて俺の腰にしがみ付いている。
「馬デカ。馬ってこんなにデカイの? 怖いわー。」
・・・どうやら馬に怯えていたようだ。
そういやウチの宿屋には厩が無いので、馬車で来た旅人は村の外の厩に預けてから村に入って来ている。
トレド村に限った事ではないが、街道沿いには馬は入れないようになっている村や町が多いそうだ。
人通りの多い場所で馬が暴れれば危険だし、馬の落とし物ーー馬糞の片付け問題があるからだ。
もちろんそんな事はお構いなしに馬で乗り込む者もいる。
それがこいつら貴族だ。
「そこの女。お前は」「カル。どうしたのだ。」
男がレオフィーナに問いかけようとしたその時、もう一人の騎士が男に声をかけた。
こちらも口元以外は兜で顔は見えないが若い女の声だ。
女は俺達の方を見るとーーレオフィーナの上に視線を落とした。
俺は少し体を傾け、女の視線からレオフィーナを遮る。
レオフィーナは俺の行動に驚いたようだ。俺の後ろで小さく身じろぎをする気配を感じた。
緊張する俺だったが、女はそこだけは見えている口元に苦笑を浮かべた。
「そのくらいにしておけ。すまんな、カルはお前から恋人を奪おうとしたわけではないのだよ。」
「な・・・姉上! 何を言うんですか! 私は”土の賢者”の事を聞いていただけで、決してそのような事はーー」
”土の賢者”か。やはりコイツらはレオフィーナの事を捜していたんだな。
どうやら女は俺の事を、貴族の無体な要求から懸命に恋人を守ろうとしている村人、とでも思ったようだ。
俺と同様にその気配を察したレオフィーナが、これ幸いとその流れに乗っかり、顔を伏せて俺の背中に縋り付く。
背中に感じる彼女の体温に俺は少しドキドキした。
いや、仕方が無いだろう。レオフィーナほどの美人に縋り付かれたんだぞ。男なら平気でいる方がどうかしているだろう。
だからマリー。そんな恨めしげな目で俺を見るのは止めてくれないか?
「この村の村長の家はどこにある。」
「それなら、この道を待っすぐに行くと村の中央通りにでますんで、そこを――」
女の質問にペドロのおじさんが答える間も俺はドキドキしっぱなしだった。
だから俺の腰にしがみついているマリーが
「カル・・・。ひょっとして‘風の剣士カル”? 嘘、どうしてここに?」
と、呟いていることも、その言葉にレオフィーナが鋭い視線をマリーに向けていることにも気が付かなかった。
二人の騎士は馬首を巡らせると村の奥に去って行った。
大きなため息を吐くペドロ。
そういやお前いたな。すっかり忘れてたよ。
おじさんが家の中に入って行くとレオフィーナが俺達に頭を下げた。
「いや、黙っていてくれて助かったよ。僕はどうにも貴族――中でも騎士という輩は苦手でね。」
「まああれぞ貴族、って感じの二人だったよな。あーあ、うちの店の前に落とし物しやがって。」
ペドロはぶつくさ文句を言いながら馬糞を片付けるために箒を取り出した。
「でも今は上手く誤魔化せたけど、あいつらがお前のトコに泊まったらそのうちレオの事に気が付くんじゃねえの?」
その事に気が付かなかったのか、マリーが驚いて俺の顔を見た。
俺は安心させるためにマリーの頭に手を置く。
「貴族が俺のトコみたいな一泊いくらの宿屋に泊まるわけないだろ。さっき村長の家を聞いていたじゃないか。今夜は村長から派手なもてなしを受けるんじゃないか?」
実際ウチに来られても貴族を泊められるような客室は無い。
そもそも貴族というヤツらは金を払わないと聞く。
そんな貴族を泊めるための部屋を用意している村の宿屋なんて、街道を隅から隅まで探したってありはしないだろう。
ならば貴族は何処に泊まるのか。
貴族はその土地の権力者がもてなすものと相場が決まっているのだ。
まだ幼いマリーがそのことを知らないのは当然として、俺より年上のペドロが知らないのはどういうわけだ?
「ああ、そういやそうだったな。慌てて忘れてたよ。収穫の時期に来る徴税官だって毎年村長の屋敷に泊まってるのにな。」
そういう事である。
ホッとした表情を浮かべるマリー。
「でも今帰ってどこかでアイツらと鉢合わせするのはマズくないか?」
「・・・そうだな。少し時間を潰して帰るか。」
「だったら良いかな?」
俺達の会話にレオフィーナが割って入った。
「僕はマリー君と少し女の子同士の話がしたいんだがね。どうだろう。しばらくの間、マリー君を僕に貸してもらえないだろうか?」
女の子同士の話、と言われては俺達に異論を述べることは出来ない。
マリーが嫌がらなかった事もあり、俺はレオフィーナとマリーが連れ立って村の外れに歩いていくのを見送った。
そんな俺の肩にペドロがポンと手を乗せた。
「そういやさっきお前レオに抱き着かれてたけど」
「いや、あれは抱き着かれたわけじゃないだろう。」
「細かい事はいいんだよ。それよりもだ。」
ペドロは声をひそめると辺りを伺った。
「どうよ? 大きかったか?」
両手で自分の胸の所でボインと膨らみを示すジェスチャーをするペドロ。
俺は呆れながらも、時間を潰すために仕方なくペドロの馬鹿話に付き合うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて。この辺りでいいかな。」
マリーを連れたレオフィーナは村の入り口近くの大きな木の下で立ち止まった。
マリーは何が可笑しいのかニヤニヤ笑いながら、「大きな木の下って告白かよ。」と、聞こえないほどの小さな声で呟く。
そんなマリーに振り返るとレオフィーナは鋭い視線を送った。
「さて、マリー君。僕に君の知っていることを教えてくれないかな? 君は何者だい? クレトは僕にとってどういう存在なのかな?」
次回「気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します」