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その4 レオフィーナ・ペレイラ

 翌朝。俺はいつものように鶏小屋から卵を回収すると、宿泊客に声をかけて回った。


 コンコン


「おはようございます。食堂に朝食の準備が出来てます。」


 コンコン


「おはようございます。食堂に朝食の準備が出来てます。」


 コンコン


 おっと、ここは昨日一緒に川まで魚を捕りに行ったレオが泊まっている部屋だ。


「レオ、起きているか? 朝食の用意ができているぞ。食べるなら食堂まで下りて来てくれ」


 中で動いている音がするので、目を覚ましてはいるのだろう。

 朝食を食べるも食べないもお客の勝手だ。俺は自分達の朝食の後片付けをするために自分の部屋に向かった。




「いやあ、卵料理とは贅沢だね。これは野菜とベーコンと混ぜ合わせた物かな? 何とも珍しい。この辺りの料理かい?」


 今日の朝食はベーコンと葉野菜のスクランブルエッグだ。

 マリーが父さんに「ベーコンはカリカリ! 卵はフワフワ! 野菜はしんなりシャキシャキ!」と言い続けた結果生まれた、ウチの宿屋の自慢の料理だ。

 おかげで父さんはしばらくの間「カリカリ、フワフワ、しんなりシャキシャキ」と、ブツブツと呪文のように唱え続けていたっけ。


「うん。色合いも鮮やかだが食感も素晴らしい。フワフワの卵がベーコンと野菜をしっとりと包み込んで見事に調和を取っているね。ハーブの香りも爽やかだ。」


 食堂の外のマリーが「お前は食レポキャラか(笑)!」って叫んでいるな。意味が分からん。



「この旅の食事で一番美味しかったよ。ご馳走さま。」


 他の宿泊客は掻き込むように食事を詰め込むとチェックアウトを済ませて出て行く所を、レオは悠々と食事を済ませ、食後の白湯を堪能している所だった。

 ちなみにマリー曰く「食後にはお茶でしょう。」、なんだそうだ。

 マリーの「でもこの世界にはお茶が無いの」との言葉で、謎の”お茶”とやらを探すため、昔の俺は様々な木の葉を湯で煮出しては飲まされて何度も腹を下す羽目になった。

 思い出しても口の中が渋くなり胃が重くなる、辛く苦しい思い出だ。

 そんな苦労をしたものの結局”お茶”の木なるものは見つからず、今でもウチの食堂では食後は白湯となっている。

 マリーの打ち出した改善案の数ある失敗例の一つだ。

 だからと言って俺達家族がマリーの言葉を無下にすることは無い。なぜなら――


「それにこんな快適な宿に泊まったのも初めてだよ。うん。実に素晴らしい。」


 そう。それ以上の成功がウチの宿を昔より格段に良くしているからだ。


「一見そこらによくある宿だが、何と言えば良いか、この宿は他とは違うポリシーを感じさせるね。そう、まるで幾百ものトライアル アンド エラーを経て最適解を導いたかのような合理性を感じるよ。うん。非常に論理的で学者肌の僕に良く馴染む。」


 やはり食堂の外のマリーが「今度はホテル評論家か! キャラ盛りすぎだろ(笑)!」って叫んでいるな。やっぱり意味が分からん。


「・・・君の妹さんが何か叫んでいるけどいいのかい?」

「・・・いいんじゃないか?」


 いつもの事だし。

 レオは「そうなのかい?」と不思議そうな顔をしている。

 何だろうか。今朝のレオは昨日より俺との距離が近いというか・・・気安い感じがするんだが。

 俺の気のせいか? それとも食後でくつろいでいるからそう感じるだけなんだろうか?


「レオは今日――」「ああ、そうそう。僕の名前はレオフィーナだ。」


 ?


「レオフィーナ・ペレイラ。レオって呼び名はちょっと好きじゃないんだ。ほら、男の子みたいだろ? 今後はレオフィーナって呼んで欲しいな。」

「あ、ああ。済まなかったな。気を付けるよレオフィーナ。」


 俺の言葉にニッコリとほほ笑むレオ――レオフィーナ。

 そういえば昨日マリーに男の子だと勘違いされたし、それを気にしているのかもしれない。


「離せハルマー! 今、絶対あの女”メスの顔”してたわ! 男の娘(・・・)ならともかく女なんぞをお兄ちゃんに近付けてたまるかボケ! 許さんぞ! 私の目が黒いうちは絶対に許さんぞ!」

「ナゴナゴナーゴ(殿中でござる! 殿中でござるぞ真理子殿!)」

「武士の情けにござる! なにとぞ、なにとぞーっ!」 


 何をやってるんだマリーは?

 マリーは灰色猫のハルマーに引きずられながら奥に去って行った。


「え~と、それでレオフィーナは今日どう過ごすつもりなんだ?」

「そうだね。旅の疲れもあるし、一日部屋で読書でもして過ごすつもりだけど。それが何か?」


 ウチの宿泊客の中には、当然レオフィーナのように連泊するお客もいる。

 とはいうものの、その大半が行商人や旅芸人で、村でひと仕事する間に泊まるという場合がほとんどだ。

 まれに急な悪天候を避ける”天気待ち”なんて場合もある。

 レオフィーナのように特に目的も無く連泊する客はウチでは初めてだ。


「ウチでは連泊のお客の部屋も毎日掃除をすることにしているんだよ。出来ればその間は部屋を空けておいて欲しいんだが。」

「ふうん。そういうものなのかね?」


 俺は他所の宿屋のことは詳しく知らない。だが、普通はチェックアウトした部屋の掃除しかしないんじゃないだろうか。

 なぜならウチも昔はそうしていたからだ。

 これもマリーが決めたルールの一つだ。

 マリーが言うには常に部屋を綺麗に整えておくことで、お客も部屋を綺麗に使ってくれるのだそうだ。

 実際これにどれほどの効果があるのかは分からないが、宿屋と言ってもここは俺達の家だ。自分の家を綺麗にしておくことは悪い事じゃない。


「外に出ないならこのまま食堂にでもいてくれないか? 食事は出せないが好きにくつろいでいてくれてかまわないから。」

「では部屋から本を取ってくるかな。この旅の間に『現代魔法力学論』を読み返して注釈を付けているのだが、これが実に面白くてね。」




 掃除道具を取りに廊下に出るとマリーが灰色猫ハルマーと話し込んでいた。


「ちょっと。”土の賢者レオ”にレオフィーナ・ペレイラなんて名前があるなんて、私”気に・アイ”に書いてないんだけど。」

「ニャーニャニャー(そんな事知らんニャー。でも普通、偉い軍人が姓も持たないただの”レオ”なんてことはないんじゃないかニャー。)」

「そ・・・それはそうかもしれないけど。私が悪かったって言うの?」


 相変わらず何だか良く分からない会話をしているな。

 昨日、今日と珍しくハルマーはマリーにべったりだ。

 いつもはふらりと姿を見せてはすぐに去って行く気まぐれ猫なんだが。

 そのまま何か月も姿を見せない事だって珍しくなかったのが、今回に限って一体どういう風の吹き回しなんだろうか?


「マリー。あまりハルマーを家に入れるな。父さんに怒られるぞ。ほら、客室の掃除に行くからお前も支度しろ。」


 ・・・ええと確かアレルギーだっけ? 猫毛に敏感な人間もいるから気を付けるように言っていたのはマリーだろうに。

 まあそんな事が無くても食堂をやっているウチでは不衛生な動物はご法度なんだが。

 マリーの手が離れた隙にスルリと窓から逃げるハルマー。

 俺は悔しそうに地団太を踏むマリーの手を取った。


「もういいだろう。行くぞ。」


 マリーは膨れっ面を見せながらも俺の腰にしがみ付く。

 俺はため息をつくと、やはり俺の尻を撫でまわすマリーを引きずりながら掃除道具を取りに行くのだった。



「よし。シーツを頼む。」「はーい。」


 俺は桶を廊下に出すと手にしたモップを桶に突っ込んだ。

 そういえばこのモップというのもマリーが考案した道具だ。

 最初は馴染まなかったが、慣れると「何でこんな簡単な仕組みのモノを今まで誰も考え付かなかったんだろう?」と不思議になるほど便利な道具だ。

 マリーは何から発想を得るのか、どこからともなくこういうモノを考え付くのだ。

 一度マリーの頭の中を覗いてみたい気がする。

 きっと俺なんかじゃ溺れてしまうほどの知恵に溢れかえっているんだろうな。


「ふむふむ。素晴らしい手際だ。是非僕の研究室の下人も指導して欲しいね。」


 レオフィーナのおかっぱ頭が機嫌よく揺れる。

 何が彼女の興味を引いたのか、レオフィーナから俺達の仕事の見学がしたいとの申し出があったのだ。

 誰かに見られながらの仕事はやり辛いし、俺としては正直断りたかった。

 しかし、部屋には彼女の荷物もあるので、ここで変な断り方をすると窃盗の疑いを持たれかねない。

 痛くもない腹を探られるのはゴメンなので、渋々許可を出すしか無かったのだ。


「今マリーがシーツを敷いているけど、それが終わればこの部屋の掃除も終わりだから。後は好きに使ってもらってかまわない。それと食堂は夕方まで開かないから、何か食べる物が欲しくなったら直接父さんに言ってくれ。簡単なものなら出せると思うぞ。」


 俺が説明をしている間、レオフィーナは俺の事をじっと見つめていた。

 何だ? 何か言いたい事でもあるのか?

 やがてレオフィーナはひとつ小さく頷いた。


「ふぅむ。やはりその声、一致するね。君、ちょっと僕に頼まれてくれないかね。」


 どうやらレオフィーナは俺を見つめていたわけではなく、俺の声に耳を澄ましていたようだ。

 それはそうと、一致するとはどういうことだ?

次回「安全靴」

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