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その1 土の賢者レオ

「いってらっしゃいませ!」


 俺は掃除の手を止めて、部屋をチェックアウトしたお客に頭を下げた。

 調理場にも入れず、お金の勘定も任せてもらえない俺の仕事は、基本的には店の掃除とお使いだ。

 お勘定の計算くらい、マリーに算数を教えてもらった今なら完璧に出来るのだが、俺が計算してもお客に信用してもらえないのだ。

 俺が、というよりは、俺の計算をお客が信用しないのだ。

 俺はそんなに馬鹿そうに見えるのか?

 だったらお客が自分で金額を確認すればいいようなモノだが、村じゃ計算どころか数字さえ満足に読めない人もいるのにそれを言うのは無理ってものだ。


 お客はチラリと俺に目を向けたが、すぐに興味を失った様子でそのまま何も言わずに立ち去った。

 俺が挨拶をしても、大体のお客がこんな風にすげない態度を取る。

 こんな時俺は「いちいち掃除の手を止めて挨拶をするなんて時間の無駄じゃないだろうか。」と思うのだが、これをやり始めたのは実はマリーなのだ。


「お客さんは声をかけられる事で”自分が見られている”事が分かって悪い事が出来なくなるモノなの。近所のコンビニでも・・・ゲフンゲフン。え~と、もちろんそんな悪いお客さんは極一部なんだろうけど、ウチはそういう”健全な場所”なんですよって周囲にアピールすることが大事なのよ。」


 さらにマリーは”悪質なクレーマーの予防にもなる”とかどうとか言ってたけど、正直俺には良く分からなかった。そもそもクレーマーが何なのかも分からないしな。

 でもこういう時のマリーの言うことには従っておいた方がいいってことは、俺も両親も良く分かってたから誰も反対しなかった。

 実際に母さんも「お釣りをごねる客が減った」って喜んでたから、きっと何かしらの効果があるんだろう。

 俺は気持ちを切り替えると、掃除の続きに取り掛かることにした。




「おーい、クレト。誘いに来たぜ。」


 外でペドロの声がした。

 おっと、もうそんな時間か。

 今日はペドロとサムエルと一緒に川に魚を捕りに行く約束をしたんだっけ。


 ウチの仕事は昼間は割と暇なことが多い。

 俺とマリーは昼寝をして過ごしたり、こうやって村の誰かと遊びに出たりしている。

 その分、朝と夕方は忙しいんだからバランスは取れているんじゃないかな?


 マリーがペドロの声を聞いて部屋から出てきた。

 手には猫のハルマーを抱えている。

 お前まだマリーと部屋にいたのか。

 小柄なマリーに抱えられたハルマーは、床に後ろ足が届きそうなほどだらりと体を伸ばしていた。

 猫って胴体が長いよな。

 それにしても苦しくないんだろうか? 本人(本猫?)は満更でもなさそうに目を細めて体をブラブラさせていた。


「父さん、ペドロ達とちょっと川まで行ってくるよ。」

「おう、遅くなるなよ。」


 俺はマリーの手を引いて外に出ようとして――


「おっと、すまない。」

「あっと! いやいや。」


 丁度ウチに入って来た小柄な旅装の人影とぶつかりそうになった。




「ウチのお客かい? 食堂はこの時間はまだやってないぜ。」

「ふぅむ。君の立場からすればそれは当然の質問だ。まず始めに二つ目の質問に答えると、食堂にはまだ用事が無いかな。そして一つ目の質問の答えだが、ここが見た通り宿屋であるならば僕は客で間違いないよ。うん。極めて論理的な解答だ。」


 この妙な返事をする旅人は、どうやらウチの泊まり客みたいだ。

 どことなく中性的な印象の女性――なんだよな?――だ。

 年齢は俺と同じくらい? 背はマリーより少し高い程度。割と小柄な女性だ。

 彼女はおかっぱ頭の黒髪を揺らしながらウンウンと頷いている。

 好奇心旺盛なのかクリクリと良く動く目が印象的な、ちょっと落ち着きが無さそうな感じの美人だ。

 背中には頑丈そうな大きな鞄を背負っている。


「おや、いらっしゃいませ。お一人様でご利用ですか?」

「僕が二人に見えるなら主人の目は取り換えた方が良いだろうね。もちろんお一人様だよ。しばらく泊まるつもりだから、出来れば清潔で静かな部屋を用意してもらえればベターかな。宿泊代はいくらかな? 取り敢えず三日分ほど払っておけば問題無いかね?」


 お客の良く動く舌に面食らう父さん。

 彼女の個性的な性格に俺も思わずあっけにとられる。

 そんな俺の隣でマリーが驚愕の表情を浮かべた。


「まさか土の賢者レオ・・・? 動き出した要素ってまさかレオのこと?」


 マリーの呟きが聞こえたのだろうか。お客が俺達の方へと振り返った。


「おや? いつの間に僕は名乗っていたんだっけ? それにしてはおかしいね。僕は自分で賢者を自称するほど自惚れ屋ではないつもりなんだが。まあ僕の事をそう呼ぶ者がいることは知っているし、それは認めざるを得ない事実というものだ。しかしその事と君が僕の名前を知っている事とは別問題だ。小さなお嬢さん、君は誰から僕の事を聞いたのかな?」


 ”土の賢者レオ”というのが彼女の名前のようだ。

 なぜマリーがそのことを知っているのかは分からないが・・・

 レオにジッと見つめられたマリーは、怯えたように俺の後ろに隠れた。


「おや? だんまりかい? 僕の質問に答えてもらいたいものだが」

「クレト、どうしたんだい? まだ行かないの?」


 痺れを切らしたサムエルが入ってきた。後ろにはペドロの姿もある。


「ああ悪い、今行くよ。ほら行くぞマリー。」


 俺はマリーの手を引いてペドロ達を促して外に出た。


「ちょっとお待ちよ。先程聞こえた話では君達は今から川に行くんだってね?」


 ところがそんな俺達を追ってレオがウチから出てきた。

 あれって誰だ? そんな表情でペドロ達が俺の方を見る。

 レオはウンウンと満足そうに頷いた。


「丁度いい。僕を同行させてくれないかい? これも社会勉強というものだ。」




「いやあ、ずっと象牙の塔の住人だったからね。やはり生きた学問は現場に出ないと身に付かない。旅を始めてからそのことを思い知らされない日は無いほどだよ。」

「スゲー! 象牙で出来た塔なんてあるんだ!」

「ひょっとしてデカイ象牙をくり抜いてその中に住んでいるの? カッコイイ!」


 俺達はレオを連れて村の近くの川に向かっていた。

 最初は訝し気にしていたペドロ達だったが、今ではレオと仲良く会話に花を咲かせている。

 彼らも馴れ馴れしい事には定評のあるトレド村の住人だ。

 そもそも生まれた時から南の街道沿いの村に住んでいれば、イヤでも旅人――余所者に対して免疫が出来てしまうもんだ。


「いやいや、言葉通りに捉えないでくれたまえ。”象牙の塔”というのはあくまで比喩表現だよ。僕がいたのは”王国魔導研究所”という施設だよ。僕は7歳のころからずっとそこにいてね。つい最近まで施設の外には一歩も出た事は無かったんだよ。」


 苦笑しながら答えるレオ。

 象牙で出来た塔が実在しないと言われてガッカリするサムエル。

 サムエルはマリーの一つ年上――まだ13歳だからそういうのに憧れがあるんだろうか?

 俺の二つ年上のペドロは・・・よく分かっていないみたいだ。

 きっと比喩って言葉の意味が分からなかったんだな。馬鹿だから仕方ないか。


「ちょっと、なんでまだクレトお兄ちゃんが旅に出ていないのに”土の賢者レオ”と出会うのよ。小説と違うじゃないの。」

「ニャーニャニャニャー(知らんニャー。ここは”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”に準じた世界だけど、コイツらだって生きている人間だニャー。自分の好きに動き回るニャー。)」

「そっか・・・。私が”気に・アイ”の小説の中に入ったんじゃなくて、女神様が”気に・アイ”に似た世界を作ってくれたんだもんね、」

「・・・ニャー。(・・・小説の中に入るとか、お前の頭はどうかしてるニャー。)」

「ちょ・・・違うから! 例えよ例え! 私がそんな痛い妄想をしているみたいに言わないでよ! ・・・でも本当に美人でビックリしたわ。本物の”男の娘(・・・)”って凄いのね。ホントの女の子みたい。」


 マリーは声をひそめて猫のハルマーと会話をしている。

 変な子だと思われそうだから、あまり外ではハルマーと話をしないで欲しいんだが・・・

 そんな風に思っていたからだろうか。

 俺はレオがペドロ達と会話をしながらもマリーの事を興味深そうに観察していることに気が付いていなかった。




「ここが俺達のとっておきの場所なんだぜ!」


 藪を漕ぎながら歩くことしばらく。

 ようやくたどり着いた川で何故かペドロが大きく胸を張った。

 ・・・まあレオは美人だからな。俺も同じ男としてペドロがいい恰好をしたい気持ちも少しは分からないではないが。


「ほうほう。涼しげでいい感じの場所じゃないか。」

「あっ! ちょっと待って!」


 嬉しそうにしながら早速川に近付くレオを慌ててサムエルが止める。

 ナイス判断だサムエル。


「・・・騒ぐと魚が逃げちゃうから。」

「ああ。そういえば魚を捕りに来たんだったね。すまない。つい本来の目的を忘れていたよ。」


 サムエルはパッとレオから離れると真っ赤になる。

 とっさにレオにしがみ付いて止めたのだが、女兄弟のいない純情なサムエルにはちょっと刺激が強すぎたみたいだ。

 馬鹿なペドロが悔しそうにしているけど、あっちは気にする必要もないだろう。

 それより何故かマリーの鼻息が荒い。「ショタとのBL展開キター!」「ニャニャー。(落ち着くニャ、真理子。)」

 ・・・まあ、マリーの方もスルーで。



「さて、どのようにして魚を捕るのかな? やはり釣りだろうか。察するに君の背中の荷物は釣り竿じゃないのかね? 残念ながら僕は一度として釣りをやった事が無くてね。聞くところによれば釣りは非常に奥深い技術だそうじゃないか。この若輩者に誰かご教授頂けないだろうか。」


 レオは好奇心に目をクリクリとさせながら、俺達の方に振り返った。

 思わず顔を見合わせる俺達。


「いや、楽しみにしている所悪いけど、今日は魚を釣り(・・)に来たわけじゃなくて魚を捕り(・・)に来ただけだから。」


 俺の言葉に不思議そうな顔になるレオ。

 ペドロは背中の荷物袋からハンマーを取り出した。

 ペドロの家は村で唯一の鍛冶屋なのだ。


「?」


 釣り竿が出てくるとばかり思っていたところにハンマーが出てきて不思議そうな顔になるレオ。

 ペドロは靴を脱いでズボンの裾をまくるとザブザブと川の中に入って行く。


「うひゃあ! 冷たくて気持ちいいいぜ。」


 ペドロの姿を見た魚達は一斉に岩の下に逃げ込んで姿を消した。

 ペドロは冷静に魚を目で追っている。そして目星を付けた岩に向かいハンマーを振り上げると・・・


 ガチン!


 ペドロが岩にハンマーを振り下ろすと、その衝撃で岩の下に逃げ込んだ魚が腹を見せて浮かび上がって来た。

 これは村ではガッチン漁とか単にガッチンとか言われている石打漁だ。

 桶を手に川に入っていく俺達。


「ええ~っ! 何その野蛮な方法! ちっとも奥深くない!」

「ほらマリー。コイツは結構大物だぞ。」

「クレトお兄ちゃん、こっちのも大きいよ。」


 レオが何か言っているみたいだけど今の俺達はそれどころじゃない。

 次の岩に向かってハンマーを振り上げるペドロ。


「おい、サムエル。俺の分もちゃんと捕っとけよ。」

「捕った分は後で公平に分けるから心配しないで。」


 ガチン!


 再び浮かび上がってくる魚達。

 思わぬ大漁に歓声を上げながら、俺達は魚を捕っては手にした桶に入れるのだった。

次回「レオは男の娘か?」

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