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その26 ケンカの勝者

 カルロスの剣は俺の蹴りに当たって大きくはじかれた。体勢を崩し、膝をつくカルロス。


 これが最後のチャンスだ!


 俺は残った体力を振り絞り、立ち上がった。


「う・・・おおおおおっ!」


 俺は倒れこむようにカルロスの腰にタックルをかました。

 もつれ合い倒れ込む俺達。


「ハアハア・・・ぐっ・・・は、放せ!」


 馬鹿め、放せと言われて放すわけないだろ。

 俺は体重をかけ、俺から逃れようとするカルロスにのしかかった。


 そうでなくてもカルロスの全身は鎧で覆われている。

 一度俺にのしかかられれば、俺の体重プラス鎧の重さがかかる。バテているカルロスには返す事ができない。


 ガキの頃は毎日のように2歳年上のペドロとケンカに明け暮れていた俺だ。そんな俺の寝技をナメんなよ。

 ガキの2歳差ってかなりデカイんだぜ?

 マリーが生き返ったあの日からロクにケンカもしていなかったが、案外体は覚えていたようだ。

 まあそれだけあの頃は本気で戦っていたんだろうな。


 俺はいいようにカルロスを転がし、ヤツの手から剣を奪うと遠くに蹴り飛ばした。

 その上でわずかに残った体力をさらに奪い、ヤツの上に馬乗りになった。


 よし! これで俺の勝ちだ!




 俺は体を捩って懸命にのがれようとするカルロスを余裕を持って押さえつける。


「オラ、その邪魔な兜を脱いじまえよ!」

「何をする! 止めないか!」


 兜を取ると汗だくのカルロスの顔が現れた。

 カルロスは怒りに燃える目で俺を睨みつける。

 いいね。そういう表情、大好物だ。

 俺は拳を固めるとヤツの鼻面に叩き込んだ。


「いいぞクレト! やっちまえ!」


 カルロスの鼻から流れる血に興奮したのかペドロが歓声を上げる。

 言われるまでもねえ。

 おっと。まだそんな体力が残っていたのか。

 火事場の馬鹿力だろうか? カルロスがブリッジで腰を跳ね上げ俺を自分の上から落とそうとした。

 しかし、いかんせん鎧の重さが邪魔をする。

 俺のバランスを崩すには瞬発力が足りなかったようだな。

 だが良い判断だったぞ。ほら、ご褒美をくれてやろう。


 ゴスッ! ゴスッ!


 俺はカルロスの顔面をノックするように拳を振り下ろす。

 カルロスは懸命に首をよじって逃れようとするが、俺は内ももでカルロスの上半身をガッチリ固定して逃がさない。


「ほら、早く参ったするんだ。もうお前の負けなんだよ。」

「黙れこの下種が!」


 おっとそんな悪い言葉は止めてくれないか。マリーの教育に悪い。

 俺は左手でカルロスの金髪を掴んで固定すると、右手を顔面に振り下ろした。


 ガッ! ゴッ! ゴッ!


 カルロスの血で滑って殴り辛いな。

 口の中を切ったのか、カルロスは鼻だけではなく口からも血を流している。

 こんなになってもカルメリタは弟を止めないのか? 随分とスパルタなんだな。


 俺は手が痛くなって来たので、殴るのを止めると、前腕でカルロスの喉を押さえつけた。


「もう降参しろ。このまま締め落としちまうぞ。」

「だ・・・誰が・・・貴・・・様・・・など・・・に・・・」

「くそっ。なんて強情なヤツだ。」


 俺の忠告にカルロスは悪態をつく事で応えた。

 これだけやられてもまだ負けを認めたくないらしい。

 俺はこの時初めてカルロスに少しだけ感心した。良い根性してるじゃないか。


 これ以上コイツを痛めつける必要はないな。


 俺はカルロスの意識を刈り取るべく、喉に掛かった腕に体重をかけた。

 これで終わりだ。


 だが、この時俺は圧倒的に優位な状況に少しだけ油断していたのかもしれない。

 俺を睨み付けるカルロスの目に強い光が宿った。


「ボソッ(”暴風”)」

「何?!」


 突然カルロスの体が地面から垂直に1mほども飛び上がった。

 丁度カルロスの喉に体重をかけていた俺は、前転する形で前に投げ出された。

 背中から地面に打ち付けられた俺は一瞬息が詰まる。

 倒れ方が悪かったのか、肩にズキリと痛みが走った。


 肩を痛めたか?! なんてのんきに考えてる場合じゃねえ!


 俺はもがくように身をひねると辛うじて顔を上げーーそこには手のひらをこちらに向けたカルロスの姿があった。

 この体勢には見覚えがある! レオフィーナに向けて放たれたあの魔法が来る!


「くらえ!」


 ヤバい! 倒れたままの俺は身をかわす事もできない。

 俺はなすすべなく、魅入られたようにカルロスの手を見つめた。

 カルロスの手に謎の圧力が集まり、不可視の魔法が俺にーー


 ザシュッ


 カルロスの手には細身の剣が突き立てられていた。

 謎の圧力は最初からそんなものなど無かったかのように消滅していた。

 呆然と見守る俺の耳に怒りをこらえる女の声が聞こえて来た。


「この痴れ者が。貴様の負けだカル。」


 金髪をなびかせて剣を突き出しているのはカルロスの美しき姉、カルメリタだった。




「クレト! 大丈夫かね?!」「クレトお兄ちゃん!」


 レオフィーナとマリーが野次馬の輪から飛び出して俺に駆け寄ってきた。

 俺は飛びついてきたマリーを抱き止めながらも、顔はカルロスを詰問するカルメリタを追っていた。


「魔法は無し。最初にそう言ったはずだ。よもや忘れた訳ではないだろうな。」

「・・・覚えています。」


 血の滴る手を押さえ、項垂れるカルロス。

 さっきカルロスの体が不自然に跳ね上がったのは魔法によるものだったんだな。

 そういえば昨日の戦いでカルメリタが空気を震わせて加速したことがあった。多分カルロスもその魔法を使ったんだろう。

 同じ魔法を使うカルメリタには、当然ひと目でその事が分った。

 だからカルメリタは勝負に割って入り、弟の反則負けを宣言したのだった。


 レオフィーナとマリーはカルロスを睨み付けている。

 カルロスは魔法を使わないという約束を破ったんだ、二人が怒るのも当然か。


 カルメリタが俺の方へと振り返った。


「決闘は君の勝ちだ。さて、勝者である君は敗者であるカルに何を要求する?」

「別に。」

「何?」


 俺の言葉にカルメリタが驚いて目を丸くした。

 何だ? 卑しい平民なら金でも要求するとでも思っていたのか?


「あの時も言ったと思うが、俺は元々そいつとケンカをするつもりだったんだよ。決闘という形にした方がそっちも納得できだろうと思ったから乗っただけで、最初から殴り合う事だけが目的だったんだ。だから勝とうが負けようがこれ以上要求するモノは何もないよ。」

「・・・? ケンカだって勝った方が負けた方に何か要求するだろう?」


 ふむ。まあそういうケンカがある事も否定しない。


「結局、男同士のケンカなんてものは互いに相手がムカつくから殴り合うだけで、そもそも何かを求めてやるもんじゃないんだよ。馬鹿のやる馬鹿げた不毛な行為なのさ。」


 昔の俺が散々ペドロとやりあったみたいにな。

 そう考えれば俺も大人になったもんだ。

 俺はわざとおどけた調子で話す。なんてことの無い事だと分かってもらうためだ。


「俺はそいつにムカついたからケンカを売った。そいつだって俺にムカついたからそれを買った。俺は散々殴ってやったからスッキリした。もう用は無いよ。殴られっぱなしだったそっちはまだケンカをし足りないかもしれないがな。」


 俺の言葉にカルロスの方を振り返るカルメリタ。

 カルロスは顔を伏せたまま小さく頭を振った。


「冗談じゃない。二度とゴメンだ。」


 俺は満足して大きく頷いた。

 そんな弟にカルメリタは少し意外そうな表情を見せた。

 カルロスは姉の視線を避けて体ごとあらぬ方向を向く。

 そんな弟の態度に何だか意地の悪そうな表情を浮かべるカルメリタ。


「おっと。締めがまだだったな。」


 カルメリタは右手を高々と上げると良く通る大きな声で宣言した。


「ではこの男同士のケンカ(・・・・・・・)はクレトの勝ちとする!」


 とたんに苦虫を嚙み潰したような表情になるカルロス。

 案外話せるヤツじゃないかカルメリタ。

 カルメリタの宣言に周囲の野次馬からは大きな歓声が上がるのだった。

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