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その19 俺嫁紋

 すかさず俺は顔を近付けると、レオフィーナの唇に自分の唇を重ねた。


「ぎゃああああああ!」


 俺の背後でマリーがまるで絞め殺される鶏のような叫び声を上げた。

 だが、今の俺はマリーに構っている余裕が無かった。


(! こ・・・コレは!!) 


 唇を通じてレオフィーナから俺の体に何かが流れ込んでくる。

 その流れは俺の体を巡り、心臓を中心に大きな渦を描いた。

 俺は自分の胸の得も言われぬ温かさに、ついうめき声が上がった。


 俺の心臓で作られた渦の流れは再びレオフィーナへと循環して行く。


 最初は騙し討ちで唇を奪ったことに、咎めるような涙目になっていたレオフィーナだったが、今では気持ちよさそうに目を閉じてその流れに身を任せている。

 俺は流れが俺と同様に彼女の心臓を中心に渦を巻くのを感じた。


 まさかこれが魔力?


 俺の胸の魔力はスルスルとレオフィーナへと流れて行く。

 最後まで流れ切った事を確認した俺は彼女の唇を解放した。




「これが”俺嫁紋”・・・」


 頬を染めうるんだ目で俺を見つめるレオフィーナ。

 その色気に引き寄せられそうになった俺だったが、彼女の体に生じた変化に思わず目を見張った。


「レ・・・レオフィーナ。その・・・大丈夫なのか?」

「ん? ああ、ヤケドが治っていっているみたいだね。余剰魔力の影響による細胞の活性化だろうか? ふぅむ。実に興味深い現象だ。」


 レオフィーナのヤケドをした皮膚がポロポロと剥がれ落ちると、その下からツルリとしたキレイな肌が顔をだした。

 さっきまで青ざめて死にそうな顔だったのに、肌の色つやすら戻っている。

 レオフィーナは立ち上がろうとして、俺の首筋に流れる血の跡を目にした。

 彼女の手が俺の傷に触れる。


「・・・ダメか。どうやら自分のケガしか治せないようだね。細胞の内包魔力との兼ね合いかもしれない。」


 レオフィーナは残念そうに俺の首から手を引いた。

 彼女の細い指に俺の血の跡が残る。

 レオフィーナはギュッと拳を握ると呆けたようにこちらを見るカルメリタへと向き直った。



 カルメリタは青ざめた顔に引きつった笑みをこびりつかせている。

 いつの間にか彼女の拘束から逃れたマリーがこちらに走ってくると俺に抱き付いた。


「あ・・・姉上?」


 カルメリタの鬼気迫る表情にカルロスが心配そうに声をかけた。

 驚いたような表情で弟に振り返るカルメリタ。


「お前、あれが見えないのか?! ・・・ああ、お前じゃダメだ。お前じゃ見えないな。」


 その言葉に悔しそうな表情になるカルロス。

 ずっと憎たらしいと思っていたカルロスに俺はこの時だけは少しばかり同情した。


 おそらくコイツはコイツでずっと孤高の姉を追いかけていたんだろう。


 しかし、姉は弟の事を振り返らない。

 才能の差がありすぎて弟では自分に追い付けないと分かっているからだ。

 それでも少しでも姉の場所まで行こうとあがく弟。


 ・・・そんな姉弟の姿が垣間見え、俺は無意識のうちにマリーを強く抱きしめていた。



「こんな化け物は初めて見たぞ。スゴイ、スゴすぎるぞ土の賢者!」

「そうだね。僕もこれほどのものとは思わなかったよ・・・。で、どうしようか?」

「何がだ?」


 レオフィーナはパタパタと体をはたいて、ヤケドの跡を払い落としながら問いかけた。


「僕の勝ちは決まっているだろう? もう続ける意味は無いと思うのだけれど。」


 その途端、カルメリタから得も言われぬプレッシャーが生じた。

 カルメリタは大きくのけぞるといつもの澄ました美貌を歪めてゲラゲラと笑いだした。


「意味がない?! お前は私が自分が勝てる勝負しかしない腰抜けだとでも思っていたのか?! 弱者をいたぶる卑劣漢だとでも?! ましてやこんな力を見せられては、挑まずにはいられないに決まっているだろう! ああ、全力だ!」


 カルメリタは手にした剣を振り上げた。

 さっきの雷の魔法を打つつもりか?!

 俺は慌ててマリーを抱えて走り出した。

 レオフィーナはーーただその場に佇んでいる。

 彼女のマジックアイテムはさっきの攻撃を防いだ時に壊れている。もうカルメリタの魔法を防ぐすべはない。


「レオフィーナ!」

「心配いらない、大丈夫だよ。それよりももっと離れたまえ。」


 再びキーンと耳の奥が痛くなった。

 俺は可能な限り距離を取るとマリー共々地面に伏せた。


「裁きの雷! 裁きの雷!! 裁きの・・・雷ィィィ!!!」


 パパパパッ!

 

 再び視界が真っ白に染まると轟音が響き渡った。同時に響く複数の爆発音。


「レオフィーナ! 無事か?!」


 視界が戻った俺の目に映るのは一人だけ。もう一人はその場にうずくまっている。

 黒髪のおかっぱ頭がこちらに振り返った。

 思わず心が奪われそうな笑みを浮かべる美人は言うまでも無いーー”土の賢者レオ”ことレオフィーナだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 後で聞いた話だが、カルメリタの使う魔法は空気の絶縁効果を利用した雷の魔法だったのだそうだ。

 あ、自分でも何を言っているのか良く分からないから、詳しくは聞かないでくれると助かる。

 レオフィーナは魔力の流れで瞬間的に雷の発生源を予想。魔法で周囲の地面から砂鉄の塊を作り出して近くに設置。避雷針の代わりにした。

 避雷針に当たった雷は砂鉄の塊を破壊。溶けて砕け散った鉄片を受けてカルメリタは倒れたのだそうだ。

 本来なら致命傷を受ける所だが、マジックアイテムである鎧の防御効果で怪我で済んだらしい。

 ちなみに周りに散った破片はレオフィーナがこれも魔法で回収したんだそうだ。

 この説明で分かっただろうか?

 俺にはさっぱりだったが・・・


◇◇◇◇◇◇◇◇


 膝をついてうずくまるカルメリタに近付くレオフィーナ。


「信じられん・・・まさかマジックアイテムを使わずに魔法を使うなんて・・・。」


 カルメリタの声に反応してレオフィーナは立ち止まった。

 細い顎に指を当てて少し考えるポーズを取るレオフィーナ。

 やがて何か思い付いたのか、彼女はじっとカルメリタの目を見つめた。


「良く見ていて。」


 レオフィーナはパン、と両手を合わせるとその手をゆっくりと開いた。

 彼女の手の間に・・・何だろうか? 黄色い透明な何かが見える。

 その光景にカルメリターーいや、カルロスすら驚いて目を見開いた。


「それは・・・まさか魔力?!」


 レオフィーナはカルメリタの言葉に満足そうに大きく頷いた。


「僕もまさか魔力を直接この目で見る日が来るとは思わなかったよ。いやあ、これは現代魔法力学の革命だよ。」


 レオフィーナはそのまま両手を下に向けた。

 手のひらの黄色い何かが地面に達すると、ポコリと音を立てて土の柱がスルスルと地面から伸びてきた。

 信じられないモノを見る目をするカルメリタ。


「マジックアイテムというのは、体内から魔力を取り出し外部に働きかける、いわば補助具だ。けど今の僕は放っておいても体内から魔力があふれ出ている。いや、むしろ意識して押しとどめている状態と言ってもいい。だから今の僕にはマジックアイテムは必要ないのさ。」


 レオフィーナが手を握ると共にサラリと崩れ落ちる土の柱。

 そんなレオフィーナの説明に、ガックリと首を垂れるカルメリタ。


「これが敗北感というものか・・・ スゴイな、信じられんよ。みんなどうやったらこんな気持ちを抱いたまま生きて行けるんだ。」


 話の内容からすると、カルメリタは今までの人生で一度として敗北感を抱いたことが無いみたいだ。

 スゴイな、信じられんよ。って言ってるけど、どう考えてもそっちの方がスゴイくないか?


 そんなカルメリタにレオフィーナはそっと手を差し伸べた。

 驚きに目を大きく見開くカルメリタ。


「土の賢者・・・。」


 その手を掴み、立ち上がるカルメリタ。


「いや、違う違う。ほら、良く見てくれたまえ。」


 カルメリタはレオフィーナの言葉に不思議そうな顔になる。

 手を離し、レオフィーナの手をじっと見つめるカルメリタ。

 指の長いちんまりとした白い手だ。指の先に赤黒い血の跡が付いている。


「これ、君が切ったクレトの血だから。」


 そう言うと、カルメリタの目の前で拳を作るレオフィーナ。


「あ、いやあれはアイツが勝手に動いたからグブフッ!」


 レオフィーナまるで瞬間移動をしたかのような不自然な動きでカルメリタの懐に入り込むと拳を一閃。

 見事に鎧の胸のど真ん中に叩き込まれた拳は、先程の鉄片すら耐え凌いだマジックアイテムとして強化された鎧を軽々と粉砕した。

 後で聞いた話だが、この衝撃でカルメリタは肋骨の何本かにヒビが入っていたそうだ。


「もし、今日の事を逆恨みしてクレト達に手を出したらこんなもんじゃ済まないから。良く覚えておくことだね。」

「こ・・・心しよう。」


 ニッコリと笑うレオフィーナ。

 絞り出すように震える声を出すカルメリタ。


 おおう、何ておっかない笑顔だ。恐怖のあまり背筋がゾクリとしたぜ。


 俺は背後からカルメリタに剣を突き付けられた時とはまた別種の恐怖に身を震わせるのだった。

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