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その18 裁きの雷

 土の賢者レオことレオフィーナと、風の剣士カルことカルメリタ。

 二人の激しい戦いは今も続いていた。


 マズい。このままじゃレオフィーナがやられる。


 戦いの潮目が変わったのは少し前の攻防からだ。

 それ以降、俺の素人目にもレオフィーナの攻撃は精彩を欠いているように見えた。

 当然、戦っている本人達は、はたで見ている俺よりもその事を強く感じているだろう。

 明らかに今ではカルメリタはレオフィーナを弄んでいる。

 レオフィーナは無理やり攻撃を続ける事で辛うじて今の状況を保っているが、その攻勢が破綻するのも時間の問題だ。

 というより、カルメリタが「もういい」と終わらせに来るまでの時間稼ぎにしかなっていなかった。


「おっと。今のは惜しかったぞ。」

「ハアハア・・・心にもない事を・・・」


 ヒラリと大きく躱したカルメリタ。

 少し前までならここですかさず追撃を仕掛けていたレオフィーナだったが、すでに魔法の種切れなのか大人しく距離を取る事しか出来ない。


「いやいや、心からの賛辞だよ。この私”風の剣士カル”にここまで食らいついた土属性の魔法使いはお前が初めてだ。」


 魔法には属性があって、土属性の魔法を使うレオフィーナは風属性の魔法を使うカルメリタに相性が悪いらしい。


 カルメリタの弟、カルロスも食い入るように二人の戦いに見入っている。

 その真剣な表情には憧憬や驚きはあっても欠片も嘲りは浮かんでいない。

 カルメリタの言う、心からの賛辞、とやらには本当に嘘も皮肉もないのだろう。


 カルメリタは何を思ったのかおもむろにその兜を脱いだ。

 流れるような金髪を振ると、汗に濡れた額を拭う。

 上気した肌が何とも言えずエロチックだった。


「だからこそお前の限界が見てみたくなった。この私の攻撃、見事受け切ってみせろ。」

「あ・・・姉上! それだと土の賢者が死んでしまい「黙れカル! お前は引っ込んでろ!」


 慌てて姉を止めようとするカルロスだったが、カルメリタに一喝されて黙り込んでしまった。

 何だ? この女は何をしようとしている?


 カルメリタは手に持った兜を放り投げると、戦いが始まって今まで一度も抜いていなかった腰の剣を抜いた。

 瀟洒な模様の入ったいかにも高価そうな細身の剣だ。

 カルメリタはその剣を高々と上段に構えた。


「受けるか避けるか好きな方を選ぶがいい。ただしどちらを選んだとしても全力を尽くす事だ。さもないといかにお前でもーー死ぬぞ?」


 カルメリタの持つ剣がビリビリと振動する。

 耳の奥がキーンと痛くなって俺は思わず顔をしかめた。

 さっきまで俺の腰にしがみついたマリーも、今では両手で耳を抑えてしゃがみ込んでいる。

 レオフィーナは真っ青な顔をして胸のお守りを握りしめている。


「”裁きの雷”!」

「じ・・・”城塁”!」


 パッ!

 

 視界が真っ白に染まると轟音が響き渡った。

 俺は大声を上げるとマリーに覆いかぶさった。

 自分でも何を言ったのかは良く分からない。多分「危ない!」とか「伏せろ!」とか、あるいは何の意味も無い恐怖の雄叫びだったのかもしれない。



 再び視界を取り戻した俺が見たのは、剣を肩に担いで満足そうに微笑むカルメリタとーー焼け焦げた服から煙を上げながら倒れるレオフィーナの姿だった。

 レオフィーナの作った土の防壁は跡形もなく消し飛ばされ、どこにも見えなかった。

 レオフィーナの手から焦げてボロボロになったお守りが崩れ落ちた。




「我が魔法をよく防いだーーと言いたい所だが、流石にその有様ではもはや抵抗は出来まい。勝負ありだな。」


 つまらなさそうに倒れたレオフィーナを見下ろすカルメリタ。

 その冷たい瞳に俺は恐怖で萎えかけた自分の心に怒りの火が灯るのを感じた。


「さて、それでは「そうはさせるか!」


 俺は一直線にレオフィーナに駆け寄った。

 レオフィーナの美しい黒髪は焼け焦げ、あちこちにひどいヤケドを負っている。

 その痛ましい姿に、俺は目を反らしたいという衝動をグッと堪えると、彼女の体に手を差し入れて抱きかかえた。


「痛い・・・痛いよクレト。」

「我慢しろ。急いでここから逃げるぞ。」


 荒い息の中弱々しく呟く彼女を抱き上げ、俺はーー「どこに行こうというんだね?」

 ーー俺の首筋にはカルメリタの剣が当てられていた。




「これだけ痛めつけたのにまだ足りないのかよ・・・。」

「君が何を言っているのか私には分からんね。我々は戦った。それ以上でもそれ以下でもない。」


 押し殺した俺の声に興味も無さそうに返すカルメリタ。

 貴族にとって平民の俺なんかの言葉は何の意味も無いということか。


「おい、貴様いい加減にしろ!」


 カルメリタの弟カルロスが何かほざいている。

 ふざけんな! 俺がいい加減にしたらお前らはレオフィーナを見逃してくれるのかよ?!


「まだ足りないか、と聞くのなら、ああ、足りないね(・・・・・)。」


 カルメリタの言葉に俺は頭の中が怒りで真っ白になった。

 俺の腕の中では、レオフィーナがぐったりと俺に身を預けている。


 ここまで痛めつけてまだ足りないだと?


 俺は怒りに駆られて背後のカルメリタに殴り掛かろうとーー力を込めるが、それを察したカルメリタの剣が俺の首筋に強く押し当てられる。

 焼けるような痛みと共にぬるりとした液体が俺の体を伝う。

 俺の事を見守っていたマリーが押し殺した悲鳴を上げた。


「妙な事は考えないことだ。これでも今の私は機嫌が良いのだよ。出来ればこの気分に水を差すようなマネはしないで欲しいのだがね。」


 俺はーーいや、それでも俺は首に食い込む剣を無視して立ち上がろうとする。

 背後のカルメリタが明らかに不機嫌になる。


「愚かな・・・。」


 剣にさらに力が加えられようとしたその時、俺の首からフッと剣の圧力が離れた。


「お・・・おい。」

「クレトお兄ちゃん! 急いで!」


 幼い少女の声に振り返ると、そこにはカルメリタの腕に必死にしがみつくマリーの姿があった。


「馬鹿! 止めるんだマリー!」

「クレトお兄ちゃん! 急いで! 早くレオにキスをして(・・・・・)!」


 は?


 マリーの言葉にこの場の全員が固まってしまった。




「クレトお兄ちゃん! 早く! レオにキスを早く!」

「いや・・・お前何言ってんだ?」

「別れのキスということかね? まあ、それくらいなら待ってもいいが・・・カルの目の毒にはならないかな?」

「何を言っているんですか姉上!」


 さっきまでの緊張感はどこにやら。

 マリーの登場にこの場の空気はすっかりグダグダになってしまった。


「いいから早くしろおおおお!」


 何だろうか? 気のせいか、マリーが血の涙を流しているように見える。

 マリーがここまで必死に訴えるのなら何かある。

 俺は今も抱きかかえているレオフィーナの方を振り返った。

 するとじっとこっちを見ていたレオフィーナと目が合った。

 俺と目が合った事が気まずかったのか目が泳ぐレオフィーナ


「あ、いやそのこれは・・・ あ、そうか! ”俺嫁紋”!」


 おれよめ・・・何だって?

 レオフィーナはマリーの言葉に何か心当たりがあったのか、瞬間的に瞳に理解の色が広がった。


「くそっ。くそがっ。男の()ならともかく、なんで女なんかにクレトお兄ちゃんを。妹の私だってまだキスしたことないのに。」


 カルメリタの腕から引きはがされて小脇に抱えられたマリーが、ブツブツと呟く。

 そんなマリーを抱えたままイヤそうな顔をするカルメリタ。


「何だか闇の深い子だね。一体どうやったらこんな子に育つんだ?」


 ・・・考えている時間は無さそうだ。

 俺は覚悟を決めるとレオフィーナに向き直った。


「何の話かは分からないが、俺とレオフィーナがキスをしたらこの場が何とかなるんだな?」

「ひゃっ?! あ、ああ、ああそうだね。マリーが言うには僕と君がそ・・・その・・・キスすることで”俺嫁紋”が働いて僕の魔力が底上げされるんだそうだよ。」


 何だそれ? そんな話聞いた事がないぞ?

 だが、魔力の底上げという言葉に背後のカルメリタが反応した。


「んふん。それは面白い。よし、キスしてみるがいい。」


 この時、不意に俺はカルメリタの本性が理解出来た気がした。

 俺はカルメリタがレオフィーナを痛めつけるイヤなヤツだと思っていたが、カルメリタは単に戦う事が好きなだけなんじゃないだろうか。

 カルメリタの魔法が馬鹿みたいに強い事は、弟のカルロスが同じ魔法を使って姉の足元にも及ばなかった事からも分かる。

 多分、カルメリタは自分が全力を出して戦える相手を求めているんだ。

 そしてレオフィーナが不幸にもそのお眼鏡にかなってしまった。


 何ともはた迷惑なヤツだが、そう考える事で俺は今までのカルメリタの行動がストンと胸に落ちたように感じられた。


「あ・・・あの・・・キス・・・しないのかね?」


 おっと、考え込んでしまっていたようだ。待たされたレオフィーナがおずおずと俺に聞いてきた。


「ああ悪い。今キスするから。」

「ええっ! キスするの?!」


 ・・・いや、どっちだよ。

 俺は自分の背中に、明らかにワクワクしているカルメリタの期待と、マリーからの謎の怨念を感じた。

 二人が爆発するまであまり時間は残されていないようだ。

 俺は再度覚悟を決めるとレオフィーナにーー


「ちょ・・・ちょっと待って。まだ覚悟が出来てないから。ほら、今僕はケガをしてボロボロだろ? 戦って汗もかいているし。君だってどうせならもっとちゃんとした形でキレイにした僕とキスしたいんじゃないかね?」

「いや、別に。ちょっとキスするだけだろ?」

「ききき君、何て事を言うんだね! 破廉恥だ! 非常識だ! ケダモノかね君は! やはり男はケダモノなんだね?!」


 どうしよう、すごく面倒くさい・・・

 レオフィーナは暴れるし、背後からのプレッシャーはすごいし。カルロス? あいつは空気だ。 


「レオフィーナ、見ろ。」

「な・・・何かね?」


 俺は左腕でレオフィーナを抱えたまま右手をレオフィーナの目の前に持っていった。


 その手でペチンと彼女の額にデコピンをする。


 驚いて思わず目を閉じるレオフィーナ。

 すかさず俺は顔を近付けると、レオフィーナの唇に自分の唇を重ねた。

 レオフィーナのぷっくらとした唇が俺の唇に押し潰される。


(! こ・・・コレは!!) 

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