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プロローグ 宿屋の跡取り息子クレトの日常

 コケコッコー!


 裏庭の鶏の鳴き声で俺は目覚めた。

 全く、毎朝毎朝飽きもせずによく鳴くヤツらだ。

 もう少しベッドでまどろんでいたい。俺はそんな欲求を振り払って静かにベッドから降りた。

 静かに降りるのは隣で寝ている妹を起こさないためだ。


 俺の名はクレト。年齢は16歳。一般的には大人になったといってもいい年齢だ。

 今もベッドで寝ている妹のマリーは4つ下の12歳。

 お互い昔より身長も伸びているし、正直一緒のベッドだと狭くて仕方が無い。


 じゃあなんで一緒に寝ているのかって?

 以前何気なく妹にそう言ったら、この世の終わりのような顔をされたからだよ。


 いやお前、いつまでも兄貴に甘えるような年齢じゃないだろうに。

 マリーは変わったヤツだからな。

 まあ結局、泣いて縋り付くマリーに折れて、そのまま一緒のベッドで寝てる俺もなんなんだって話なんだが。



「おはようクレト。今朝も鶏の世話をよろしくね。」

「おはよう母さん。マリーと食事が終わってから水運びを手伝いに行くよ。」


 部屋を出た俺は、丁度井戸に水くみに出かける母さんに出会った。

 朝の共同井戸は混雑するため、先に母さんに行ってもらって水を汲んでおいてもらうのだ。


 宿屋をやっているウチの朝は早い。

 今日は部屋が埋まっているから卵は全部お客の朝食に使われるだろう。

 俺は少し残念な気持ちになる。

 お客が少ない時は俺達の朝食に卵が載ることもあるからだ。

 客が少ない事を喜ぶのは宿屋の跡取り息子としてはいささか不謹慎だが、「ツイてる」って思ってしまうのも事実だ。

 ・・・仕方ねえだろ。マリー発案の(・・・・・・)父さんの卵料理は絶品なんだから。



 卵を使った料理や、洗濯物や体を洗うのに使う石鹸なんかは、全部マリーが考え出したものだ。

 あまり大ぴらには言えない事だが、8年前、ある出来事をきっかけにマリーはちょっとおかしくなった。

 マリー本人が言うには、なんでも「前世の記憶を取り戻した」んだそうだ。

 最初は凄く混乱している様子だった。

 でも大人達は、「空想しがちな女の子の言いだしそうな事だ」なんて言って真面目に取り合わなかった。

 だが俺は自分だけは絶対にマリーの味方でいると決めていたのだ。


 その日からマリーは・・・控え目に言っても少し変な子供になってしまった。

 俺の着替えを見ては「グヘヘヘ」って笑っていたり、俺がペドロ達と遊んでいると遠くからニマニマしながら眺めていたり。

 ・・・正直言うとちょっと気持ち悪かったな。


 だがそれとは別に、マリーは驚くほど頭も良くなった。

 村では一番インテリの――インテリという言葉も俺はマリーに教わった――雑貨屋のおじさんより計算が早いし、空が青い理由や季節が巡る理由、その他誰も知らないようなことまで聞けば何でも教えてくれた。

 さっき言った石鹸や新しい料理だってそうだ。

 マリーは「知識チート」とか言ってはにかんでいたが、俺は賢いのに少しも偉ぶらないマリーを家族として誇らしく思っている。




 俺は鶏達がエサ箱に殺到するスキに素早く小屋から出るとケージを閉めた。

 マジで際どいタイミングだったぜ・・・

 飢えた鶏共がエサを貪る姿を横目に俺はホッと一息つく。

 たかが鶏相手に情けないって? 馬鹿言え、腹をすかしたあいつらは獰猛な野獣だ。

 今より幼いころは毎日のように生傷が絶えなかった。

 言い出しっぺのマリーに気を使わせないようにケガを隠すのには苦労したものだ。

 俺は自分の成長に満足しながら、一仕事終えた充実感を胸に裏口のドアを開けた。


「クレトお兄ちゃんおはよう。」

「おはようマリー。父さんの所に卵を持って行くついでに朝食をもらってくるから、今のうちに顔を洗っといで。」


 家のドアを開けると妹のマリーが俺に抱き着いてきた。

 12歳のマリーはまだ成長期が来ていないのか少し小柄で、頭のてっぺんが俺のみぞおち(・・・・)までの高さしかない。

 マリーは猫がマーキングするみたいに俺の腹にスリスリと額をこすり付ける。


 マリーの髪は俺と同じベージュ色。長い髪はいつもは村の女の子がよくやるように一本に束ねたおさげにしている。今は起きたばかりだからバサバサだがな。

 顔は身内のひいき目を抜きにしても可愛い方だと思う。

 近所のおばさんにもよく「お人形さんみたい」って言われているから、俺だけがそう思っているわけではないはずだ。

 もう4~5年たったらウチの店の看板娘になると思う。


「うん、分かった。」


 俺は機嫌良く土間の方へと歩いて行くマリーの後ろ姿を見ながら少し考えた。

 今朝もそうだったが、マリーは抱き着いて来る時にいつも俺の尻を撫でまわすのだ。


 ・・・いや。多分、身長差でたまたまこの位置に手が来て、それがたまたま撫でまわすような形になるだけなんだろう。


 それは分かっているが、十分にはしたない(・・・・・)行為なので、兄としてはそろそろ注意した方が良いのかもしれない。


「いやあクレト兄様朝からイケメンですわ~。抱き着いても妹だから良いよね。家族だから合法。うん。家族サイコー。ビバ異世界。ハラショー異世界。」


 ・・・なんだろうか。マリーがブツブツ言ってるのが聞こえるような聞こえないような。


 俺は不意に沸いた悪寒に、何だか分からない不気味な気持ちになりつつ、厨房にいる父さんの所へ向かった。



「コラッ! このドラ猫! どうやってここに入った!」


 厨房では髭を生やした大きな男――俺達の父さんが薪を手にグレーの毛色の大きな猫を追い回していた。

 よくマリーが話しかけている猫じゃないか。名前は確かハルマー。


「ワシの目が黒いうちはつまみ食いなんて許さんぞ!」

「ニャー! フニャー!(違うニャー、うっかり間違えて入っただけで、泥棒猫扱いは酷いニャー。俺はマリーに用事があってきただけニャー)」


 何だか必死に言い訳しているっぽいハルマーが可哀想になった俺は助け船を出すことにした。


「父さん暴れるなよ。料理に埃が舞うじゃないか。ほら卵を取ってきたよ。」

「おお、すまんなクレト。朝食ならそこだ。」


 俺が父さんに話しかけている間に、ハルマーはスルリとドアの隙間から出て行った。


「ありゃ? あいつめどこに行った?」

「さあ。もう懲りたんじゃないか? お客さんが起きる前に空いた皿を持ってくるから。」

「ああ、父さんと母さんは先に食べてるから全部食べていいからな。」


 まだキョロキョロと猫を探している父さんを置いて、俺は朝食を手に厨房を後にした。


「ニャー(助かったニャー、クレト。)」

「あれ? お前まだこんなとこにいたのか。まあ丁度いい。マリーに会いに来たんだろ、おいで。」


 廊下に出るとハルマーはのんきに樽の上に座ってクシクシと髭を撫でていた。

 俺はハルマーに声を掛けると一緒にマリーの待つリビングへと向かった。




「クレトお兄ちゃーん!」


 部屋のドアを開けると妹のマリーが飛び込んできた。

 手を一杯に広げて俺のお腹にしがみ付く。

 そしてやっぱり俺の尻を撫でまわした。

 お前コレ、本当はわざとやってないか?


「危ないぞマリー! スープを持ってる時に抱き着いちゃダメって言っただろ?!」

「えへへっ。ゴメンね。」


 それでも抱き着いたまま離れないマリー。

 やれやれ仕方のないヤツだ。

 俺はマリーをズリズリと引きずりながらテーブルへと向かった。


「ニャー(よっ。真理子)」

「あら、ハルマーじゃない。あんたが家まで入って来るなんて珍しいわね。」


 グレーの毛色の大きな猫・ハルマーを見つけてマリーが目を丸くして驚く。

 ウチは宿屋兼食堂なので動物はご法度だ。

 庭で鶏を飼うことに両親が最初は反対したのもそれが理由だ。

 現金なもので、今では「あの時鶏を飼うことに決めて良かったな」なんて言ってるけどな。


「ちょっと待ってな。今お前の分を分けてやるから。」


 俺は皿を一枚用意してハルマーの分を取り分けてやる。

 マリーの提案する色々な改善が実を結び、ウチの宿屋は昔からは考えられないくらい羽振りが良くなっている。

 俺達の食事からハルマーの分を分けてやっても気にならないくらいだ。


「神の使徒のあんたが家までくるなんて、何か大変な事でも起こったのかしら?」

「ニャー、ニャー(大変というか、あれニャー、真理子達の世界で言うところのアップデートのお知らせニャー)」

「アップデート?」


 マリーはハルマーと何か会話している。


 ・・・実はウチの妹は(ハルマー)と話が出来るのだ。


 最初に母さんがマリーのこの姿を見た時には驚いてひっくり返ってたっけ。

 「あんたそんなことをしている所をよそ様に見られたらどこにもお嫁に行けなくなるわよ!」って必死の形相で説教していたな。

 そしたらマリーに「いいわよ、私クレトお兄ちゃんの所にずっといるから」って言われてまたひっくり返ってたっけ。

 結局、マリーがこうやって話をするのはハルマー相手の時だけで、他の動物とは普通に接してるから母さんも今では諦めているみたいだが。


「ナゴナゴニャーニャー(真理子の書いた小説”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”ニャ。あの要素を盛り込んでおいたのがそろそろ動き出したニャー。情報解禁ニャー。)」

「なななな何?! ”気に・アイ”の要素が動き出したってどどどどういうこと?!」


 突然興奮して叫びだしたマリーに、俺は驚いて少しスープをこぼしてしまった。


「どうしたんだ? マリー。きにあい? って?」

「何でもない何でもないクレトお兄ちゃんには関係ない事だからホント全然何でもない!」


 真っ赤になって小さな手をワタワタと振るマリー。

 マリーは時々良く分からない言葉を喋ることがある。

 そういう時、俺はあまり気にしないことにしている。もう慣れたものだ。

 マリーは部屋の隅にハルマーを連れて行ってひそひそ話を続ける。



 それはいつもの俺の日常。

 この日も昨日までと同じ朝、同じ一日が繰り返されるとばかり思っていた。

 しかし、後から思えば俺の人生はこの日、この朝食以降大きく変わったのだ。

 だがこの時の俺は、まさかこの猫が今後の僕の運命を変えるメッセージを持って来たなんて想像する事すら出来なかったのだ。

次回「土の賢者レオ」

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