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その13 木こりの小屋

「いてて・・・くそっ、遠慮なく蹴りやがって。貴族でなければぶっ飛ばしてやった所だぜ。」


 俺は騎士の男ともみ合った事で痛む胸を押さえながら村の外を走る。

 負け惜しみだって? いやいや、俺はあいつに負けてないから。

 俺は騎士の女――魔法で俺を気絶させたあの女――の顔を思い出し、自分でも良く分からないモヤモヤとした感情に苛立ちを覚えた。


 日は傾いてすでに辺りは夕焼けに包まれている。

 時折、背中の荷物の位置を調整しながら、俺は目印を探してキョロキョロと辺りを見渡した。


「クレト。こっちだよ。」


 この声はサムエルか。どうやら森の入り口で見張りをしていたみたいだ。

 俺は呼吸を整えるとサムエルの声のした方へと向かった。


「無事で良かったよ。騎士に飛びかかるなんて、クレトのやる事は本当に無茶苦茶だよ。」

「そんなことよりレオフィーナの容態はどうなんだ?」


 サムエルの姿を見つけると、俺はずっと気になっていたレオフィーナの様子を聞いた。

 レオフィーナは騎士の男の魔法攻撃を背中に食らっていた。

 服で隠れて傷の深さまでは見えなかったが、結構な長さで切られていたはずだ。

 街道沿いには医者は少ない。月に一度ほど、街から巡回の医者がやってくるだけだ。

 後は各家に置かれている薬くらいしか傷の治療に役立つものは無い。


「スパッと切れていたからね。でも、逆にそれが良かったみたいだよ。」


 サムエルが言うには、今はレオフィーナの背中の傷は、少し縫って包帯でグルグル巻きにして固定している状態だという。

 思ったより傷が浅かった事と綺麗に切れていた事が幸いして、見た目よりは軽傷だったらしい。


「さっきまでベアトリスが来てたんだ。彼女が薬を塗ったり縫合したりしてくれたんだよ。」

「そうか。だから家にいなかったんだな。」


 さっき俺が小屋の鍵を取りに雑貨屋に行った時、ベアトリスがいなかったのはすでにここに来ていたからだったのか。

 ここに来るまでに出会わなかったということは、たまたまどこかですれ違ったんだな。


 ちなみに、マリーがベアトリスを呼んで来たんだそうだ。

 ベアトリスも、日頃自分を嫌っているマリーが呼びに来た事でただ事ではないと察したのだろう。

 かなり慌てて家を出たみたいで、俺が訪ねた時には雑貨屋はベアトリスの妹のルースがいただけだったが、ルースはベアトリスから何も聞かされていない様子だった。



 木こりの家は少し森に入った所にある小さな倉庫のような建物だ。

 放置されている間に周囲は雑草に覆われ、誰も住まずに放置された家にしか見えない。

 サムエルはドアに近付くと中に呼びかけた。


「僕だよ、サムエルだ。クレトが来たよ。」


 ガタリとつっかえ棒が外される音がしてドアが開く。


「クレトお兄ちゃん!」


 小さな影が飛び出して来て俺に抱きついてきた。

 俺はマリーの肩をそっと抱いてやる。

 少し震えているな。余程不安だったんだろう。

 珍しく俺の尻を触って来ない。


「よおクレト。尾行されてないだろうな。」

「そんなヘマするかよ。あんな目立つ奴らに尾行されてたら、噂好きの村の奴らがほっとかないって。」


 村の連中をゾロゾロと引き連れながら俺を尾行する騎士達を想像したのか、ペドロは「違いない。」と苦笑した。

 ・・・今日は随分とコイツに借りを作っちまったな。

 いずれこの借りは返さないと。


「それよりレオフィーナの荷物を持ってきたんだ。レオフィーナ! いるんだろう?!」

「・・・そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ。」


 部屋の奥でうつ伏せに寝ていたレオフィーナが、苦しそうに起き上がろうとした。


「あ、いや、いいんだ。そのまま寝ていてくれ。ほら、お前の荷物だ。ここに置いておくぞ。」


 俺は慌てて小屋に入ると、起きようとしているレオフィーナを押しとどめた。

 レオフィーナは上半身を包帯でグルグル巻きにされた状態で、肩に引っかけるようにシャツを羽織っている。

 背中が痛くて袖に腕を通せないんだろう。

 傷口が熱を持ったのだろうか? 青白い顔にもかかわらず額にびっしりと汗を浮かべている。


「君にも迷惑をかけたみたいだね。まさか風の剣士――」「いいから喋るな。詳しい話はペドロ達から聞くから。今は横になって傷が塞がるのを待つんだ。」


 喋るだけでも背中の傷に障るんだろう。荒い息を吐くレオフィーナ。

 俺は力付ける意味を込めて彼女の手を強く握った。

 少し目を見開くと黙って大人しくなるレオフィーナ。

 俺はレオフィーナに頷きかけると、ペドロ達をこの場に呼んだ。




 小屋の中は厨房のある土間と一段高い板間の一部屋だけだ。

 家具らしい家具は存在しない。板間の真ん中にテーブルが一卓あるだけだ。

 俺とペドロ達はそのテーブルを囲んで情報のすり合わせをすることにした。

 と言っても、俺はあの女騎士に気絶させられて、気付いた時には自分の部屋で寝ていただけなんだが。

 あの時は一瞬殺されたかと思ったが、今ここでそれを言ってもマリーを心配させるだけだ。

 俺は詳しい事は話さないでおくことにした。


「俺は離れた場所でお前んトコの食堂の入り口を見張ってたんだ。そしたら、お前の家の裏で何か騒ぎが起こってるじゃないか。慌てて走って行く途中でサムエルと会ったんだ。」

「僕は丁度朝の水くみに出た所だったんだよ。ペドロから簡単に事情を聞いて駆け付けたら、村のみんなが集まってるじゃないか。こりゃあマズいって事になって二人でコッソリ様子を伺っていたんだ。」


 ペドロとサムエルは、詳しい事情は分からないものの何か良くない事が起こっていると察して、目立たないように野次馬の中に紛れ込んだらしい。

 ここで焦って飛び出さない所がいかにもコイツららしい。何とも頼りになる悪友共だ。

 そこに男の騎士――カルロスとかいうそうだ――が飛び出して、いきなりレオフィーナに魔法をぶっ放した。

 ケガをして倒れるレオフィーナ。

 内心焦った二人だったが、その直後、俺がカルロスと揉め、村の連中が騒ぎ出したことで、僅かな時間だが誰もレオフィーナに対して注意を払わない空白の時間が生まれた。

 ペドロ達はすかさず阿吽の呼吸で飛び出すと、二人でレオフィーナを抱えてひとまずその場を離れる事にしたのだ。


 ちなみにマリーも、ペドロ達の指示でレオフィーナの流した血の痕を消したり、ベアトリスの所にこの小屋の鍵を取りに行ったりと大活躍だったんだそうだ。

 俺は横に座るマリーの頭を撫でる事で、少しでもその苦労を労ってやる。


 マリーめ、さっきまで不安そうな顔をしていたのに、今は俺に撫でられてニコニコしているな。

 現金なヤツだ。


「クレトお兄ちゃんのナデナデたまりませんわー。ナデポ(・・・)ヒロインの気持ちが分かるわー。ウヘヘヘ。」


 ・・・俺はさりげなく、マリーのだらしなく緩んだ口元をみんなから見えないように隠した。

 あまりよそ様に見せられた顔じゃなかったからだ。



 マリーの情報から、あの騎士達は大物中の大物貴族であることが分かった。

 男はカルロス。女はカルメリタ。女の方は”風の剣士カル”の異名で呼ばれる魔法使いなんだそうだ。


「”風の剣士カル”? ”土の賢者レオ”みたいなもんか?」


 ペドロの言葉に、全員の視線が今もうつ伏せで横になっているレオフィーナに向いた。


「・・・んんっ。そのことだけどね。」「よせ、喋るな。」「いや、これだけは言わせて欲しい。」


 俺は苦しそうに喋るレオフィーナを見て慌てて止めるが、彼女は軽く手を上げて俺を制した。


「風の剣士カル――カルメリタは僕よりもずっと強い。助けてもらったことは感謝しているが、君達はこれ以上僕に関わり合いを持つべきではないよ。」


 レオフィーナが言うには、カルメリタは彼女よりずっと戦闘的な魔法を得意とする上に、彼女の土属性魔法はカルメリタの風属性魔法に相性が悪いんだそうだ。


「どういうことだ?」


 ペドロが馬鹿丸出しの顔で聞くが、今回ばかりは俺とサムエルにもさっぱり分からない。

 マリーは何かを思い出そうとしているのか、難しい顔をしてウンウン唸っている。


「あっ! 思い出した! 対応関係か!」

「それは何だ? マリー。」

「魔法は四属性、火・水・風・土の四大元素があるの。四大元素はそれぞれ得意な相手と苦手な相手があって、それがグルリと一周するようになっているのよ。それを対応関係っていうの。」


 そーいやそういう設定だったわ、テヘペロ。とウインクしながらチロリと舌を出すマリー。

 何だろう、そこはかとなくイラつく仕草だ。妹でなければぶん殴っていたかもしれない。



 マリーの説明によると、四大元素は、水は火に強く、火は風に強く、風は土に強く。土は水に強い、の四角形を描いているんだそうだ。

 つまり、”土”の賢者レオは”風”の剣士カルに対応関係上負けている、というのである。


「最も、仮に僕がカルメリタに対して優位な”火”の属性持ちだったとしても、魔法士としての戦闘力自体でかなわなかったかもしれないけどね・・・。」


 何か相手の力を思い知らされる事でもあったのか、すっかり弱気になっているレオフィーナ。

 小屋の中に重苦しい沈黙が落ちた。

 良くない雰囲気だ。良い空気は良い流れを、悪い空気は悪い流れを呼び込むもんだ。

 俺は咳ばらいをひとつして気持ちを切り替えると、ペドロ達に向き直った。


「それはそうと、そろそろ外が暗くなる。お前達は家に戻った方がいい。」


 俺の言葉にペドロとサムエルがそれぞれ反応した。


「・・・そうだな。俺達がレオに手を貸したって事はバレちゃいないだろうが、あまり遅くなるようだと勘繰る奴が出てくるかもしれないしな。」

「ああっ、どうしよう! 僕、水くみに出た所だった! ・・・帰ったら母ちゃんに怒られるよぉ。」


 情けない声を出すサムエルに俺達の間に笑いが生まれた。


「俺達は帰った方がいいって言う事は、クレト、お前は帰らないのか?」

「レオフィーナがこんなケガだ。誰かついていなきゃダメだろう? 今夜は俺もここに泊まるよ。」


 俺の言葉に頷くペドロ達。「ああん?」と、レオフィーナに射殺さんばかりの視線を送るマリー。

 いや、お前達は何を想像しているんだ?

 レオフィーナが慌てて俺に声を掛ける。


「いや、そこまで君に迷惑をかけるわけには・・・」「いいから。そのための支度も色々と持って来ているしな。」


 俺はレオフィーナの荷物とは別に持ってきた自前の荷袋を軽く叩く。


「くっ・・・。視線で人を殺せたら。」

「何だか怖いよマリーちゃん。」


 ブツブツと呟くマリーにサムエルが怯えている。

 ペドロは俺の横から無遠慮に荷袋の中を覗き込んだ。


「お前・・・なんて物まで持って来てんだ。」

「そうか? 必要かもしれないと思って持ってきたんだが。」


 ペドロが荷袋から取り出したのは取っ手の付いた陶器製の壺・・・では無い。

 尿瓶だ。


「横になったまま動けないなら必要になるだろう。」

「そりゃそうだが、もし、レオが指一本動かせない状態だったら、お前、自分でレオの股間にこれを突っ込むつもりだったのか?」


 何だかイヤな表現だな。でも、その時にはそうするしか無いとは思っていた。

 まさか垂れ流しのまま放っておく訳にはいかないだろ?


「そそそそそんな物必要ないよ! ちゃんと起きられるに決まっているじゃないか! ききき君は何て恐ろしい事を考えているんだ! 破廉恥だ! 非常識だ! 頭がどうかしているんじゃないかね!」


 真っ赤になって俺から逃げるように後ずさるレオフィーナ。

 ああ、そんなに動いたら傷口が開くだろうに。

 でも、そのくらい動けるなら尿瓶(これ)を持ってくる必要は無かったかもしれないな。

 マリーがブツブツと「お兄ちゃん何? そんな趣味があったの? あ、でも、”気に・アイ”だとレオは男の娘だし、動けないレオの看病でクレトがレオのアレに手を添えて尿瓶の口に・・・ブフーッ! 有り! 有りだわ! 何で私、あの時にこのネタを思い付かなかったのかしら?!」・・・何か言ってるな。

 マリーから漂う闇の深さにすっかりサムエルが怯えているようだ。

 ・・・まあコイツは女兄弟がいないから仕方ないか。


「あ~、まあほどほどにな。じゃあマリー、俺達は帰ろうか。家まで送って行ってやるよ。」

「ちょっ・・・ちょっと待って! 二人を残して帰れない! 私も残るから! のーこーるかーらー!」

「・・・いや、そんなわけにはいかないでしょ。じゃあねクレト。明日はなるべく早く顔を出すようにするから。」


 マリーはペドロとサムエルに両手を引かれて引きずられて行った。

 ・・・あの様子だとすぐにでも家を飛び出して来かねないな。

 まあ、その辺はペドロ達が上手く父さんか母さんに言い含めてくれることを祈るか。

 俺は用無しになった尿瓶を土間の下に片付けると、荷物を持って立ち上がった。

 そんな俺の動きに反応して、壁に背を預けたレオフィーナが怯えたようにビクリと身をすくめた。


 ・・・どうしよう。何だかやりにくいぜ。

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