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その9 軍人と騎士

◇◇◇◇◇◇◇◇


 村長は部屋でくつろぐ二人の若者を前に緊張を隠せなかった。

 男女の違いこそあれ、切れ長の目をしたよく似た怜悧な印象を与える二人。

 それもそのはず。二人は二卵性双生児、双子の姉弟なのである。


「エルナンデス家の方がこのような小さな村に何の御用でしょうか?」


 恰幅のよい初老の村長だが、くつろぐ二人の若者に対してその指先は緊張で震えている。

 村長が緊張するのも無理はない。

 エルナンデス家といえば王家にも太いパイプを持つこの国の名家だからである。

 突然「お前のもてなしが気に食わん」と、首をはねられても文句ひとつ言えない、正に雲の上の存在なのだ。


「何故それをお前が知る必要がある? お前達は俺達が望む時に望む情報をよこせばいいのだ。」


 青年は村長をじろりと睨んだ。

 村長はまるで首に刃を突き付けられたかのように首を縮こませた。

 冷や汗をかきながら舌をもつれさせる村長から青年は視線を外す。


 ちなみに彼は村長を脅したつもりは全くない。

 単に生まれつき目付きが悪いだけなのだ。

 だったら口の利き方くらい気を付ければ良さそうなものなのだが、そこは彼も貴族だ。下々の者に対して配慮するなど、今まで一度としてした事がなかったのである。


 青年に比べると幾分か険が取れた感のある美女――青年の姉はため息を付くと、弟に代わって村長に話しかけた。


「村長。我々はある軍人を捜してこの村まで来たのだよ。」

「軍人・・・でございますか?」


 意外――でもないのか? 少なくとも予想外の言葉に村長は少し返事が遅れた。


「この村には軍人になったような者はおりませんが。」

「そんな事は知っている。」


 村長の素朴な疑問に青年が横から口を挟む。


「貴様ごとき田舎者でも”王国魔導研究所”くらいは知っているだろう。そこの軍人が一人外に出たと、わが騎士団の情報網に掛かったのだ。」


 街道沿いとはいえ、たかが村の村長が軍の機密研究所の事など知るはずは無かった。

 しかし、青年の勘気に触れる事を恐れた村長はそれを口にする事はなかった。

 村長の反応の鈍さに苛立つ青年。

 姉は弟が苛立っているのを察して村長に助け舟を出した。


「昨日訪ねた街で、その者が街道を通ってこちらに向かったという情報を得ている。時間的にはこの村か次の村辺りに到着しているはずだ。その軍人は若い女だ。最近旅をする女の軍人を見た者がこの村にいないか調べるように。」


 それだけ言うと彼女は目の前のティーカップに目を向けた。

 村長とっておきの高価な外国の茶葉で淹れた紅茶だ。


「ああ、それと湯の温度が高すぎる。これではせっかくの良い茶葉が台無しだ。今後は気を付けるように。」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ベアトリスに別れを告げ、好奇心マシマシの近所のおばちゃん連中の視線を振り切り、俺はどうにかマリーとレオフィーナの二人を連れてウチに帰り着いた。


「あんた達痴話げんかしたんだって? 何でそうなったんだい?」


 何で俺が帰り着くより噂の方が先に着いてるんだよ。


 家に着いて早々、母さんにそう言われた俺は思わず膝から崩れ落ちそうになった。

 情報が早いよ母さん。村のおばちゃん情報網恐るべし。


 母さんは脱力した俺をカウンターの奥に引っ張って行くと、二人に聞かれないように声をひそめて俺に聞いた。


「ベアトリスちゃんに浮気をとがめられたって聞いたけど本当かい? いくらあの子が可愛いからって、あんたお客さんに変なことしなかっただろうね?」


 ・・・情報は早いが正確では無かったみたいだ。

 いや、これ絶対にわざと面白おかしく膨らませてるだろう。

 俺はおばちゃん情報網の悪意に本気でイラッとした。


「何もしてねえよ! というか母さんはどういう話を聞いたんだよ?!」

「どうって・・・。 あんたがお客さんに手を出そうとして、それを止めようとしたマリーと喧嘩になったって。それを知ったベアトリスちゃんが怒ってあんたに平手打ちをしたって聞いたよ? 違うのかい?」


 想像以上にでたらめもいいとこだった!


 平手打ちをしたって聞いたよ? じゃねえよ!


「見れば分かるだろう?! 揉めたのはマリーとレオフィーナの二人だよ! 俺とベアトリスは関係ないから!」


 本当かい? と、疑いの目で俺を見る母さん。

 ・・・親の信用の無さが身に染みるぜ。

 日頃の俺は母さんにどう見られているんだ? 今夜あたりにでも家族会議を開いて、一度腹を割って話し合う必要があるのかもしれない。


「もういいだろう。後で話すよ。今ちょっと取り込んでるから。」


 俺はしつこく食い下がる母さんを手で追い払い、マリーとレオフィーナをまだ開いていない食堂に通した。


「ちょっと話をしよう。さっきの騎士達の事だ。」




 俺達は食堂の片隅の丸テーブルに座った。

 テーブルに乗っているのは人数分の酒・・・はまだマリーには早いので、湯冷ましの水に果実を絞ったコップを用意する。

 ウチの食堂で子供向けに出しているジュースだ。

 酸味が効いていて少し酸っぱいのが特徴である。


「せめて砂糖があればなー。あるいは蜂蜜。」


 マリーは何やらぶつくさ言いながらコップを傾ける。


「さっきの騎士の事だったよね。いやあ、色々衝撃的な事があったからすっかり忘れていたよ。」


 自分の事なのにのんきなものだ。

 苦笑するレオフィーナに俺は呆れて声も出せなくなる。


「ふうむ。どこから話すべきか。君達は僕ら軍人と騎士の仲が悪い――というよりは、いがみ合っているという事は知っているかな?」


 マリーは驚いて目を丸くしているが、俺は知っていた事なので驚かない。

 というかマリー、知らなかったのか?



 軍人は誰でも何かしらの魔法が使える。

 というより、魔法を使える人間を集めて戦いに使おうと作られた組織が軍なのだ。

 確か正式名は”王立魔法軍”というんだったか。

 その性質上、軍には平民が多い。というか一番上の階級を除けば全員平民といってもいい。


 騎士というのは貴族が作った軍隊――”騎士団”に所属している、いわば貴族家の私兵だ。

 ”王立魔法軍”と”騎士団”の違いは、その母体が王立――つまり”国”か”貴族家”かの違いであり、構成する人間が”平民”か”貴族”かという違いである。


「よく知っているね。クレトの認識で大体正しい。より細かく言うなら騎士団にも平民はいる。兵士と呼ばれる、まあ使い捨ての駒かな。日頃は街の治安を守っていたり戦争になると追加で徴兵でかき集められる者達の事だね。この兵士と騎士を合わせて”騎士団”ということになっている。」


 レオフィーナは手の中のコップを弄びながら楽しそうに説明する。

 多分こうやって人にモノを教えるのが好きな性格なのだろうな。


「我らがカルサジェロ王国は長年貴族家の所有する騎士団によって守られてきた。しかし、近年の魔法力学の発達によってその様相は大きく変化した。ぶっちゃけ魔法が強くなりすぎて騎士団の仕組みそれ自体を時代遅れにしてしまったんだね。王家としてはこの流れに先駆けて”王立魔法軍”、ないしはその研究機関 ”王国魔導研究所”を設立したんだ。そして魔法軍は現在では生半可な貴族家の騎士団を突き放す軍事力を持つに至った。」


 ここでレオフィーナは言葉を切ると大きく天を仰いだ。


「ところが、だ。古い慣習に縛られた蒙昧たる貴族諸家にはこれが面白くないのさ。全く呆れた事に、彼らは事あるごとに我が魔法軍の足を引っ張ろうとしてくる。ま、彼らからすれば長年自分達が国を守って来たという矜持があるのに、ポッと出の僕らみたいなのがデカイ顔をしてるのがさぞ面白くないんだろうさ。ましてや僕ら軍人はほぼほぼ全員が平民出だ。彼らにとって平民なんて兵士――戦争になったら使い捨ての駒にするだけのザコに過ぎないんだからね。そりゃあ我々と仲良くは出来ないさ。」


 と、うんざりしたように言い放つレオフィーナ。


「さっき見た騎士達の目的は分からない。しかし、僕――”土の賢者レオ”を名指しで捜しているんだ。どうせロクな事じゃないのは間違いないね。実際に僕は裏で騎士団に殺されたとしか思えない先輩を何人も知ってるしね。」


 それほど魔法軍と騎士団の確執は深いというのだろうか。

 レオフィーナの言葉にはどうにもならないという無力感が感じられた。


 俺は貴族の身勝手さに腹が立った。

 また、そんな奴らにレオフィーナが狙われていると考えただけで我慢できなくなった。


 思わず席を蹴って立ち上がった俺にレオフィーナが目を丸くして驚いた。

 そしてその表情がまた俺の怒りに油を注いだ。

 何でそんな顔をするんだ? お前は腹は立たないのか?


 よし、決めた! 俺は何があろうとレオフィーナを助ける!


「レオフィーナ。軍人は自分の言葉を誓う時にはどうやるんだ?」

「誓い? そうだね、僕らは宣誓する時には敬礼と言って、直立して右手をこうして斜めに額の所にあてるけど・・・」

「・・・こうか?」


 俺は見よう見まねでレオフィーナの取ったポーズを真似た。

 俺の意図が分からず、訝しげな表情になるレオフィーナ。

 俺は精一杯自分の誠意が通じるように力を込めてレオフィーナに語りかけた。


「レオフィーナ、ここに誓う! もし貴族が相手だろうと俺だけは絶対にお前の味方だ! このトレド村全員がアイツらの方についたとしても、俺は俺の全てを持ってお前を守ってみせる! この宿にいる間はお前に指一本触れさせやしない!」


 今言った言葉は嘘偽りのない俺の本心だ。


 もし、この事で家族に迷惑をかけることにでもなれば俺は死ぬほど後悔することになるだろう。

 でもそれでも俺は誰かを見捨ててでも自分達だけが幸せになれればいいとは思わない。

 自分の心を欺いた行動で後悔するよりは、自分の心に従って行動した結果後悔したいのだ。

 もちろん俺はそんな後悔などしないですむように全力を尽くすつもりだが。



 俺の視線を受けたレオフィーナは最初は驚きに目を見張っていたが・・・やがて頬を染めるとその目が泳ぎ、困っているとも笑っているともとれる妙な顔になると、ついには両手で顔を覆って俯いてしまった。


 何だ? レオフィーナはどうしたんだ?


 予想外の反応に俺は軽く混乱する。

 逆にマリーは眉間にしわを寄せると、この世の全てを呪うといわんがばかりの苦々しい表情を浮かべた。


 何故だ? 

次回「翌朝」

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