女子大生 安達真理子
そこは真っ白な世界だった。
かといって目が潰れそうになるほど光り輝いている訳ではない。
ただただ白い。
その濃厚とすら言える白さの中にポツンと一人。
地味な顔立ちの女性が地味なブラウスにグレーのコートを着て佇んでいる。
大学生くらいの年齢だろうか?
さっきからキョロキョロと不安げに辺りを見渡していた。
ポーン
唐突にこの場にそぐわないチャイムが鳴り、女性はビクリと身をすくませた。
「はい。安達真理子さん、お待たせしました」
女性――安達真理子の前に金髪をなびかせた美女が現れた。
美女はふわりとした白いトーガを身にまとっている。
彼女はその美貌と相まって、まるで西洋の宗教画に描かれる女神のようにすら見えた。
「ええ。私、女神の一柱ですから」
サラリと爆弾発言を落とす美女。
「め・・・女神様なんですか?!」
「ええ、そうです。拝んでくれても構いませんよ」
へへーっ、とその場にひれ伏す安達真理子。
そんな彼女にちょっと困った目をむける女神。
「小粋な神様ジョークだったんですけど、素直な方ですね。さて、安達真理子さん。早速ですが貴方はお亡くなりになりました。・・・おや? あまり驚いていませんね」
じっと女神を伺う安達真理子に意外そうな顔をする女神。
「まあ、こんな状況ですから」
友達の少ない・・・失礼、友達は選んで付き合う主義の真理子は、サブカル系インドア派の趣味――いわゆるオタク系の趣味を嗜んでいた。
中でもネット小説の愛読は彼女の最もお気に入りの趣味であった。
「こういう世界で神様に会うのって、主人公が死んで異世界に転生する小説の冒頭によくあるパターンなんですよ」
「・・・そうなんですか。(パラパラ)あら、本当。同じような話がいっぱいあるわ」
女神は手にした分厚い本をパラパラとめくると目にもとまらぬ速さで眼球を動かした。
どうやらこのわずかな間に、何かしらの神的方法で真理子の言葉を確認したようだ。
この時真理子は(ちょっと目玉の動きが気持ち悪かった)と思ったが、賢明にもその感想を口に出すことはなかった。
「なら話は早いわ。安達真理子。貴方の死はこちらの手違いによるものです。こちらでも何らかの補償をしなければと考えていましたが、これで問題も解決ですね」
そう言うと女神は嬉しそうに神々しい笑みを浮かべるのだった。
女神の説明によると、真理子が死んだのは電車の中――朝、大学に向かうために乗っているいつもの電車の中――だったのだそうだ。
そこで真理子は不意に突然死んだのだという。
「地球ほどの歴史のある世界ではすっごく珍しい事故だったのよ。」
流石に神とはいえ全知全能ではない。ミスもすれば見落としもする。
ましてや地球を含む宇宙程の大規模の世界を作るとなればなおさらである。
神がこの世界を創った時、最初期の状態では目に見えない多くのほころびが存在していた。
「プログラムのバグのようなものでしょうか?」
「貴方達現代人にはそっちの例えの方が分かり易いかもね」
ほころび――バグは大きなものから小さなものまで多岐に渡り、ものによっては地球における全生命が死滅し兼ねないほどの深刻なものすらあったという。
ホントかウソか、恐竜の絶滅も神の見落としたバグによるものだったのだそうだ。
「でも、それを最後に、主神様は致命的なバグは全て取り除かれたと宣言なされたのよ」
バグが取り除かれ、正常化された地球には、当初の予定通り人類が産み落とされた。
今後は神々の計画通り、人間は地球に溢れ、やがては新たな種へと進化。この宇宙にあまねく広がり続ける事になるだろう。
「でも、あってはならないバグの見落としがあったのよね。それに貴方がハマっちゃったってわけ」
「ああ、”壁抜け”みたいなものですか」
”壁抜け”はポリゴンで描かれた3Dゲームで起こるバグで、特定の場所、特定の動作で起こるエラーである。
描画的には何の変哲もない場所にスルリとキャラが入り込んだり、地面の下に果てしなく落下してしまうような現象である。
真理子も動画投稿サイトのゲーム面白動画で見た事があった。
「こんなミスは数千年ぶりだって、今、上の方では責任問題をめぐって大騒ぎになっているわ。おかげで貴方に対応するのが遅れちゃったの。ゴメンなさいね」
「・・・いえ、私なんぞのせいですみません」
ここで自分の方から謝る真理子は流石は日本人だ。
どうやら真理子の事故はかなりレアなケースだったらしい。
その対応で現在お偉いさんは大変なことになっているのだそうだ。
このあたりの感覚は神様社会でも人間社会とあまり変わらないようだ。
なんとも世知辛い話である。
「で、前例の無いことだからどういう補償をすれば良いか分からずに、ずっと頭を悩ませていたのよ。でも、さっきの貴方の言葉が良いヒントになったわ」
「と、おっしゃいますと?」
「これだけ”死んで異世界転生”が流行っているって事は、今の人間はそういうのに憧れがあるってことなのよね?」
辛い現世に別れを告げて別の世界で幸せに暮らしたい。それは疲れ切った現代人に限った憧れではなく、人間の持つ根源的な願望だろう。
古くは崑崙山の伝説、北欧神話のヴァルハラ、浄土教の極楽浄土、浦島太郎の竜宮城、等々、上げていけば枚挙にいとまがない。
「丁度手元にいくつか作りかけの世界のストックがあるから、それを貴方好みに調整してあげられるわ。貴方はその世界で生まれ変わって憧れの異世界人生を送るの。それを今回の件の補償にするというのはどうかしら?」
「も! もちろん! 大丈夫でございます! 願っても無い申し出でございます!」
「あ・・・あらそう。喜んでもらえて嬉しいわ」
鼻息も荒く前のめりになる真理子。
真理子の勢いに若干引き気味な女神。
真理子としても、まさか小説のような棚ぼた展開になるとは思ってもいなかった。
女神の気が変わらないうちにこの話を進めておかなければ! と、焦る真理子。
なにせ女神自らが真理子好みの世界を創ってくれるというのだ。
これに喜ばないオタクはいないに違いない。いや、オタクでなくとも喜ぶに決まっている。
もし、ここで女神に「ゴメンやっぱり無理」とか言われた日には彼女は軽く死ねるだろう。いや、もう死んでるけど。
「あ、でも地球のバグ取りが大変だったってさっき聞いたばかりなのに、私のためだけに一つの世界を使っちゃってもいいんでしょうか?」
「ああ、それならいいのよ」
女神の説明によれば、地球を含むこの宇宙は進化して次のステージに進む人類のために創られた特別なもので、参加した人数(神数?)から掛けた手間、かかった時間も桁違いの巨大プロジェクトなのだという。
「それに比べれば貴方のために調整する世界は、新人の神々が技能向上や実験のために創った有象無象の小さな宇宙の一つだから。貴方は何も気にしなくて良いのよ。あ、もちろん小さな宇宙といっても神の視点で見た場合のことで、住んでる貴方達には何も違いは分からないから」
「は・・・はあ。そういうものなんですか」
ゲームで言えば、地球は全世界で発売されるオープンワールドのAAAタイトルで、これから女神が真理子のために調整してくれる世界は、予算も販売規模も小さいインディー系のゲームタイトル、といったところだろうか。
(あ、でも私が慎ましく生きていくにはそっちの方が気楽でいいかも)
女神の説明に少しだけテンションが下がった真理子だったが、逆に落ち着いて考える余裕が出来たようである。
「あ・・・あの、それで私が転生する世界って一体どんな世界なんでしょうか?」
早速、世界の調整とやらを始めているのだろうか。
女神は空間に向かって何やらせわしなく手を動かしている。
調整も佳境に入っているのか、こちらに目を向ける余裕も無いようだ。
「貴方好みの世界なんだから、貴方の考えた世界がいいわよね? ハイ、これで出来上がり。私にかかれば簡単なものよ」
たわわな胸を張って満足そうな女神に対し、不思議そうな目を向ける真理子。
「私の考えた世界ですか?」
「ええ。”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”の世界よ」
「ギャアアアアア!!」
”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”は一年ほど前、真理子が某有名ネット小説サイトに投稿した自作の小説だ。
ちょっとワイルドなイケメン主人公”クレト”が旅の途中で仲間を集め、世界を滅ぼすドラゴンを倒す物語である。
ちなみにジャンルは恋愛。バトル要素はほとんどない。
三ヶ月ほどかけて38話投稿したがブックマークが5件しかつかず、ドラゴンとは戦わずに打ち切りエンドを迎えた作品である。
「ハイ、じゃあ早速転生させちゃうからそこに立って力を抜いて「ちょっと待って下さい! チェンジを! チェンジをお願い致しまするぅぅ!」・・・」
必死に訴える真理子。予想外の反応にムッとする女神。
「何? 自分で考えた世界なんでしょ? 不満なの?」
「いや、確かに好きで書いた話だし、書いてる時は楽しかったです! けど、違うんです! もっと私が活躍、ないしは楽が出来る世界がいいんです!」
”気になるアイツとMemories~愛の絆で最凶ドラゴンを倒します~”には女のキャラが登場しない。
つまりこのまま転生しても真理子にとっては何の旨味も無い世界ということになる。
女のキャラが登場しない作品のタイトルに”愛の絆で~”と入っているのは何故だろうか?
つまりはそういう内容なのだ。察しろ。
「ああ、大丈夫大丈夫、その辺は上手くやっといたから。可愛く生まれ変われるようにしといたから大丈夫」
「美人の”可愛い”は信用できんのじゃああああ!」
何やら含蓄のありそうな言葉を残して真理子は姿を消した。
面倒くさくなった女神がさっさと転生させてしまったのだ。
こうして真理子は真理子としての人生を終えた。
次に彼女が意識を取り戻した時、彼女は王国の街道沿い、トレド村に住む娘、マリー(4歳)になっていた。
ちなみにマリーはとっても可愛かった。女神は良い仕事をしたようである。
この作品、元々はshiba様の作品を読んで「よし、私もロボット物の小説を書こう」と思い立ったのがきっかけでした。
しかし、色々と書いているうちに「これ、ロボットの意味ないよね」ということになり、思い切ってロボット要素を省いたのがこの作品になります。
しばらくお付き合い頂ければと思います。