第5話 お礼と夜明け
「あとは警察に任せましょうか」
久々子 泰人はまるで何事もなかったかのように言う。
だが久々子の言うように彼等に出来ることはもうなかった。
それと同時に気山愛莉はおそらく警察から事情聴取を受けこの事件のキーパーソンになるだろう。
しかしそれでも彼女の日常はきっと帰ってくるのだ。
「あの、ほんとうにありがとうございました。」
愛莉の目はまだ赤く悲しげでもあったがどこか晴れた表情も含まれていた。
「いいえ、営業に来たのはこちらのほうなので」
そうだった。この人は単に人助けに来たわけじゃない。
「それで...いくらお支払いすればいいのでしょうか?」
「いえ、今回はこちらから来たこともありますしご飯代でチャラということにしておきましょう」
法外な請求をされるのではないかと思っていた愛莉は安堵する。
「それにアパートのエントランスのガラス割っちゃいましたし」
確かに出たときは気にする余裕もなかったがものの見事にガラスは割られていた。
「僕は生身ですしガラス抜けたりはできませんよ」
申し訳なさそうに笑っているがあとで愛莉が大家に怒られることは間違いなかった。
やはり大人しそうに見えてちゃっかりしている。
「じゃあこれで」
「あ、久々子さん!え、ヒッ」
最後にお礼を言おうとして引き止めたが悲鳴を洩らしてしまった。
一瞬だったが振り返る久々子の首もとにはなにかが噛み付いているように、見えたのだ。
「今日のせいでしばらくは変なものが見えるかもしれませんが直に見えなくなりますよ、元気出してくださいね」
久々子はいいんだと言わんばかりに彼女の謝罪の声を遮る。その目は優しげな声とは裏腹に少しだけ寂しそうに見えた。
「あ、あの!ほんとうにありがとうございました!」
久々子の背中に向けお礼を言い、気山愛莉はいつまでも頭を下げていた。




