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橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
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第五話「吟味」


 吟味与力・安藤は、査問の趣旨を朗読し、二名の者が問われている「不適切な行い」を詳述した。

「まとめます」

 安藤は、庭に立てたボードに目立つ色で小見出しをつけ、当日に撮られた写真や、ピクシブにアップされたイラスト、ツイッターのタイムラインのスクショなどを貼り付け、わかりやすく説明した。

「みてみましょう、乱闘の原因は? これです」

 小見出しの下の文を隠していたシールを、安藤がぺろっと剥がすと、吟味衆が

「ジャジャジャン!」

 と声をそろえた。出てきた文を安藤がよむ。

「利根屋捜査官が、武装ボランティアに暴言を吐いた。同捜査官は、ボランティア部隊の隊長Kに向かい、ドアホウ、うっせー、テメーだれだよ、ば――か! と罵り、挑発をしました。刑事が現場でとるべき言動でしょうか? いいえ、ちがいます。そうだな利根屋!」

 安藤が指をさして責めると、吟味衆が

「サアサア、サアサア!」

 と声を合わせる。奉行は菓子を食いながら、鷹揚に頷いた。江戸期の法廷である「お白州」は、大体これが繰り返される。

 一種の儀式なのである。

「つぎ、いきます。現場での捜査官の振る舞いは?」

 ぺろり、ジャジャジャン!

「大変、ぶざまなものでした。大淀捜査官は、敵と戦おうともせず、地べたを這いまわり、逃げました。しかも捕虜にされ、醜態をさらしました。これが適切だと言えるでしょうか? いいえ、言えません。そうだな大淀!」

「サアサア、サアサア!」

 奉行、頷く。菓子をぼりぼり食う。

「さて最後ですが、こちらです。一般市民の被害、どうでしょうか、ジャジャジャン!」

「ジャジャジャン!」

「――なし。はい、そうなんですね。幸い、市民に被害は出ませんでした。これは不幸中の幸いというべきでしょう。奇跡です」

「おおーっ」

 吟味衆が安堵の声をそろえた。

「あと、オタク五百人が死にました」

「そのオタクというのは? 安藤」

 長常が席から下問した。安藤は不動の姿勢になり、答えた。

「はい、不逞の輩にございます」

「それならば良いこともしたのではないか。……さてこの件、いかにして裁きをつけたものかな」

「北町奉行所の面目に泥を塗った罪は見過ごせませぬ。ここはひとつ、両名の罪状認否を聞かれては如何かと」

「うむ」

 やれ、と長常が手を振った。安藤は長常に不動の礼をとったあと、二人に向き直り

「利根屋! きさま申し上げたいことはあるかっ」

 と、声を張り上げた。もっとも、博打うちの鉄火場で育った利根屋は、どま声には慣れていて、びくともしない。

「小官はあとで結構であります。先に大淀捜査官にお訊ね願いたい」

「なにおう、こいつめ……締めあげるぞこらーっ」

「あのっ、安藤さま」

 安藤が木刀を振りあげたとき、大淀が口を開き、手をついて平伏した。

「では、私が先に申し上げたく存じます」

 安藤は木剣をもどし、奉行の顔色をうかがった。長常は茶を所望し、小姓が運んできたところだった。

「申せ」

 安藤は許し、大淀は立って、庭の中央の証言台に向かった。かなり足がしびれている。

「神君家康公に誓い、嘘偽りなく申し上げる旨、宣誓しろ」

「お誓い致します。……こたびの事件では、小官の不適切な行いにより、世情をお騒がせしましたことをお詫び致します。本件のすべての責任は、自分一人にあり、利根屋捜査官に非はありません。以上であります」

 大淀は奉行に一礼し、静かにもとの座にもどる。安藤は満足し、頷いた。

「うむ。大淀、神妙であるぞ。つぎ、利根屋。きさまだ」

 利根屋は息を長く吐き、あごに手を当てて、首を左右に揺らし、音を鳴らした。

「申し上げることはありません」

「なに?」

 安藤はちょっと意味を解しかね、太い眉のあいだを寄せた。利根屋はくりかえした。

「いまの証言に付け加えをする必要を認めない。非があるのは大淀捜査官です」

 おどろいたのは、大淀である。

「と、利根屋さん!」

 あんた、裏切るんですか、といって立ち上がりかけたのを、廷吏の足軽が止めた。奉行・長常は、興を刺激され、おもしろくなってきた、という顔をした。

 利根屋は裏切った。

「裏切る? はっ、なんのことだかさっぱり分からないね」

「相棒作戦はどうなったんですかっ。私があなたをかばい、あなたが私をかばうんじゃなかったんですか。バックアップ戦術は?」

 お白州の秩序が乱れてきたので、安藤はどうすべきかと、奉行席に視線を向けた。長常は、

 ――やらせろ。

 という表情を返した。

 安藤は、やらせた。足軽にも目配せをし、大淀から一歩下がらせた。


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