第三十一話「一番星」
利根屋は、なにをしていたのか。
米軍の只簑占領に伴い、アメリカ兵四千人分のさまざまな需要が発生した。只簑へ向かう陸送は急激に増えた。
米軍の艦船は、越後新潟港に物資をおろし、そこからトラックで運ぶのだが、なにしろ只簑は内陸で距離があり、時間がかかる。このあたりにトラック野郎が急増したのはそのためであった。
奉行所を追われた利根屋もみじは、実家にもどった。
大淀が当初、呉の実家にもどろうと考えていたように、利根屋もまたそうしたのである。
利根屋の実家は、上州にある。
所のやくざ世界のなかではすこしは名のある一家であった。
当時の運送業は、やくざ衆の専売稼業のようなもので、江戸時代後期になり、物流が加速すると、その規模は大きくなり続けた。
要するに利根屋は、実家の稼業を手伝っているというわけである。
「くそっ、あのやろう……」
只簑から越後にむけ、十二トン車を走らせている利根屋は、むかむかしていた。
ハンドルを握る手の痛みが胸にきて、刺さるのである。
――大淀め、なんだってあんなところに居やがるんだ。
大淀がおどろいたのと同様、利根屋も大淀をみて、仰天したのは言うまでもない。仲間のトラック野郎が大淀をポリとみて、袋叩きにしていた。
どうにか助けだし、おまけに一発食らわせてやったものの……。
――なんか行きづらくなっちまったなあ。
と思うと、やるせない気分になる。
商売上、いまが稼ぎ時の只簑航路は維持しなければならない。が、行けば大淀がいる。自分以外に、十二トン車を任せられるようなドライバーのあてもない。
「もみじもみじ、応答せい応答せい。こちらとーちゃんだ」
搭載している長距離無線が、親分であり実の父親でもある利根屋助五郎の声を吐いた。
助五郎は、只簑航路があまりにも儲かるので、このところ新潟の温泉宿に居続けをし、司令部を設けている。
「なんだねなんだね、こちらもみじ。なんか用かよ」
「その仕事が済んだらな、新潟港の二番埠頭へ行ってくれ。車を待ってる客がいる。アメ公だ」
「おいおい、もう一度行けってのか? 勘弁しろよ」
「まあ、きついのは分かるのが、これも商売ェだ。ひとつ気張ってやってくんな。テメエはもう八時五時のお役人さんじゃねえんだぜ」
「わかってるよ、うるせえな」
「こいつはでけえ稼ぎになるんだ。フツーの相場の二倍、いや三倍にはならあな。おめえしか頼めるのがいねえんだ。な、宜しく頼むぜ」
利根屋は、だまった。目つきが、鋭くかわる。
「親父、そりゃ一体どういう荷なんだね」




