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橘家の人人・ドゥームズデイ  作者: 佐々原廠
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第三話「利根屋」


「なんだ、なんなんだ」

 銃声を聞きつけて、応援部隊がやってきた。警備員の一人が、大淀を指差した。

「あそこで銃をぶっ放してるイカレ女をなんとかしろ」

「合点承知」

 応援部隊は六人で、袴の股立をとった剣道着の上にボディアーマーを着込んだ、犯罪対策ユニットの一小隊である。それぞれ手に手に捕り物用の六尺棒、さすまた、テイザー銃を持っている。

「おとなしく降伏しろ、きみは包囲された」

 部隊の隊長・近藤勇が、ハンドマイクを使って呼びかけた。

「武器を捨てろ。投降すれば公正な扱いを受けることを保証しよう」

 同時に、近藤は手帳にペンを走らせ、同僚の土方歳三、沖田総司、永倉新八に対し

 ――たたき潰せ。

 という指示を見せた。三人は頷き、左右から回り込むべく移動を始めた。彼らは当時、まだ無名の男たちだったが、やがて新撰組という組織を作り、今ではよく知られている。

 ところで、いつの世も刑事というのは二人一組で行動するものらしい。

「大淀のやつ、どーこ行っちゃったんだろう?」

 大淀の同僚・利根屋もみじは、西館の集合地点で大淀を待っていたが現れないので、やぐら橋の入り口へ引き返してきていた。

 利根屋は大淀の二期先輩で、奉行所勤務になったのは早いが、刑事昇進試験に合格したのは大淀と同時である。

 刑事のパートナーは普通、新米とベテラン、のように組み合わせるものだが、奉行所の人事係与力は、

 ――女の子は、女の子同士でペアにするのが最高なんだ。

 という理由で、利根屋を大淀のバディにした。

 両手に、企業サークルの物販の袋をいっぱい持っている。

「こんなにもらっちゃって、困っちゃったねこりゃ。刑事って得だなー」

 で、やぐら橋にきた……。

「地獄かな?」

 それは控えめな表現であった。

 現場は血の海、ただでさえ臭いのに、さまざまな体型のオタクの死骸が累々と横たわり、折からの暑熱で早くも腐臭を漂わせつつある。

 死体や血を踏まないように歩くのが大変だった。利根屋は半ギレになって

「あーっ、最悪。あーっ、最悪。このブーツ買ったばっかだってのに。女の子の仕事じゃないよ。大淀どこだ!」

 と、さけんだ。

「はっ」

 その声を聞いて、大淀はやっと周囲の状況に気付いた。利根屋にも、入り口付くで抜き身のベレッタを持っている大淀の姿が見えた。

「おー、見つけたぞー。大淀、この死んだオタクども、何なんだ。やっつけたのか? あんたって意外とやるじゃん」

「なんのことです?」

 調書の証言でも、大淀は記憶がないと言っている。

 振り返ってみて、おどろいた。大量のオタクの血が小川のせせらぎのように階段をしたたり落ちているではないか。

「わあ! なんですかこれ」

「知らないよ、いま来たんだから……。待ってな、いまそっちに行く」

 血の池地獄の支流を踏まないように飛び越えながら、利根屋は大淀にちょっとずつ近付いていた。そのとき、ハンドマイクの声が聞こえた。

「そこの娘、それ以上近寄るな。きさまだ、袴と編上靴のおまえ。やれやれ、十手持ちコスの女が二人もいるとは世も末だ」

「あんだようっせー! テメーだれだよ、このばーーか」

「ばかではない。おれァテロ対策班の近藤勇というもんだ。そこにいるおかっぱ頭のチビは危険なテロリストで……」

 近藤の横で、同じく対策部隊員である山南というインテリの者が、彼の袖を引っ張り、注意した。

「近藤さん、チビというのはよくない。我々は正義の味方として……」

「む、そうか。えーっ、その、背の低い者はっ、テロリストでだなあ、銃を所持しており、危険であるっ。一般市民に危害がおよぶ前に、確保する」

「ドアホウ!」

 利根屋はブチギれ、近藤を一喝した。

「あたしらは、刑事だっ」

 バッジを見せるため、懐に手を入れた。それがまずかった。

「やつも一味かっ、銃を出す気だ」

「確保しろ、確保しろ!」

 乱闘になった。

 というより、大淀と利根屋が、一方的にボコボコになった。

 しょうがない。相手がわるすぎる。

「なにすんじゃ、テメー。ちくしょう、はなせーっ」

 さすまたに挟まれた利根屋が、十手を振りあげて応戦しようとしたが、むだだった。

「びえーっ!」

 利根屋は、テーザー銃で討ち取られた。ばたっ。

 大淀は、いつ抜いたのか分からない拳銃をほうり捨て、地面を這って逃げまわった。

「たすけてーっ」

「待ちなさーい!」

 六尺棒を持った沖田が追いかけ、コンビニのところまで追いつめた。

「死になさーい!」

 沖田は容赦なく、叩きのめした。ぼかぼかぼかぼか。

「ウッ」

 大淀も、討ち取られた。ばたっ。

「わっはははは、やったぞ、悪はほろんだぞ。やつらめー、口ほどにもない」

 近藤は二人に縄を打ち、入場口のところに置いておいた。八時十五分までには、散水車が現場の血を清め、入場が再開された。オタクの群れが砂嵐のようにやってきた。

 オタクは当然、入り口前のぼこぼこの二人に気付いた。

「あっ、あれってバウアーちゃんじゃね!」

「アッアッアッアッアッ」

「あの特殊メイク、リアルだなあ」

「第二百四十五話・バウアーちゃん、バグダッドに行こう! のやつだよね。あの回はガチだった」

「そうだそうだ、本当だ」

 数百人のリョナラーが集まり、一眼カメラの群れがパシャパシャパシャパシャパシャと無数のシャッターを切った。近藤ら六人は、ぼこぼこ大淀とぼこぼこ利根屋の周りに立ち、撮影料をとった。千円札がおもしろいように集まった。

「どうもどうも、みなさん、この二人がテロリストです。我々、試衛館道場の一同がやっつけました。民間軍事のご依頼は、天然理心流をお忘れなく。ところでバウアーちゃんってのァだれだい、歳三さん」

「おれが知るかい。金が集まりゃいいのさ」

 小僧のころ商家の丁稚奉公に上がっていた土方は、昔とった杵柄で銭の勘定に余念がなく、鉢巻をして算盤をはじき、帳面に細かい数字を書き入れている。

「くっそお、いてえ……。まだ指がしびれてやがる」

 テロリスト其の壱という札を下げさせられた利根屋は、電撃のため髪の毛が逆立ち、ぼさぼさになっている。テーザー銃というのは相当痛いらしい。

 大淀は、其の弐である。こっちは、頭から血を流し、服がぼろぼろになっている。

「だれですか一体、バウアーちゃんって……」

 大淀も、近藤と同じ疑問を持ったらしい。


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