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8.イケメンとおあずけ

「おっす。最近どーよ?」


「おはようございます。どーよ、ってなにがですか?」


隣の席のタツキさんが声をかけてきた。普段はどちらかが外に居てあまり顔を合わさない。それにタツキさんは仕事もできるので、終わるとさっさと帰ってしまう。プライベートが謎な人だ。


「なんかあったんじゃないのか?ここ数日感じが変わったって噂されてるぞ?」


「誰がそんなこと…そんなことないですよ。」


「ソツなく仕事をこなして、経理の可愛い女の子とサラリと会話して。部長が言ってたぞー。醸す雰囲気がイケメンのようだって。」


雰囲気がイケメンって。褒めてねぇ。嬉しかねぇ。オッドもそんなこと言ってたけどさ。


「本物のイケメンが言うとただの嫌味ですよ?」


そして思わず本音。タツキさんは本物のイケメンだ。謎なプライベート相まって、会社の数少ない若い女子には人気があるらしいなんて噂を聞いたことがある。これも部長が言ってたんだけど。


「褒めても何も出ないぞ?そういやさ、こないだありがとな。担当のとこ謝罪代わりに行ってくれて。またなんかあったら頼むわ。」


あの怖いとこの担当タツキさんだったのか…。合掌。そしてタツキさんは明後日の方を見ながら、


「悪魔に魂売ってもいいからあそこの担当外れねぇかなぁ。代ってくれねぇかなぁ。雰囲気イケメンあたりが。」


「俺も絶対嫌ですよ?」


俺は爽やかな笑顔で答えた。俺は悪魔に魂を売ったっぽいし、俺の願いも自分でどうかと思うけどさ、その願いで魂売るのはもっとどうかと思いますよと心の中で呟いた。





昨夜、ゆうちゃんから猫鍋の感想が送られてきた。


【可愛いですね〜♪本物会ってみたい。】


と来たので、


【じゃあ、猫鍋は冬用のだから冬の間に遊びおいで。】


とだけ送った。さらっと家に誘った俺。まぁ、冬の間っていう長いスパンでのお誘いだけど。

そして先ほどの話。


【そろそろ試験なので、先生の傾向対策教えて欲しいです】


とヘルプというスタンプが送られて来たので、


【ゆっくり夕飯でも食べながら話しようか。いつにする?】


ここでもさらっとデートに誘う。慣れって怖いもんで、オートモードではなく、これは俺の意思だったりする。今なら普通にナンパできそう…。


【今夜でも大丈夫ですか?】


そうきた。月曜だから辛いんだけどなぁ…と思いつつもオートモードの俺に任せてみたら


【うん。いいよ。】


と返していた。やっぱそうだよね。でも、これで俄然今日の仕事の気合が入る。さて頑張って早く帰るとするか。




今日は大学近くの少し落ち着いたバーのような店に来ていた。やはり俺は知らない店なのだが、もしかしたら先輩か先生あたりが昔、話していた店なのかもしれないなと思いつつ、酒を飲んでいた。今日はバーなのでビールではなく、ジントニックである。ゆうちゃんはカシスオレンジだ。ゆうちゃんは最近ようやく飲めるようになったらしいので、ビールは好きじゃないと言っていた。


「今日はわざわざこっちまで来てもらってありがとうございます。」


「いいや。構わないよ。どうせ仕事でこっちに来る用事あったし。」


あったけど、それは随分前の時間だけどね。嘘はついていないよ?などとどうでもいい弁明を心の中でする。


「試験の話しに来たけど、このお店でレジュメは出せませんね。」


「確かに出しづらい。ごめんね?俺ミスった。」


眉を下げて笑うとゆうちゃんも笑い、


「いいんです。レジュメを出さなくても話はできますから。」


と言って笑った。その後、30分ほどは真面目に授業の話をした。オッドが緩めてくれたリミッターのおかげで、数年前にやったことでも内容が思い出せるので、ゆうちゃんに聞かれたことは答えることができた。学生だったら主席で卒業も夢じゃないよなどと、どうでもいい事を思っていると、ゆうちゃんは少し寂しそうな目をした。


「どうしたの?相談くらい乗るよ。失恋でもした?」


俺はなんの気なく声をかけたら、ゆうちゃんはポロポロ泣きはじめた。俺、本当にミスったのではないだろうか。


「憧れの先生だったんです。でも全然授業ついて行けなくて。先生の期待に応えられてない…。」


そっちか。ゆうちゃん真面目だなぁ。


「あの先生についていける方が珍しいからね。できる限り力になるよ。」


そう言って自然と頭を撫でた。イケメンしかしちゃいけないという頭ナデナデ!俺がしていいのか?と不安を覚えていたが、ゆうちゃんは、ぽぅっとした顔で俺を見ている。お酒のおかげで俺がイケメンに見えてるとか?だったらいいなぁ…なんて。


「ありがとうございます。」


ニコッと笑ってくれたゆうちゃん。…いい。泣き顔からの笑顔。ソソる…じゃなかった。それから俺は学生時代の失敗エピソードをして目一杯笑かした。俺、実はネタの宝庫だったのかな。自分で若干悲しくなったけど、ゆうちゃんが笑ってくれたのでそれでいいや。


「ごちそう様…でした。いつもごちそうになっちゃって、すみま…せん。」


「いや、店選んだの俺だしね。ゆうちゃんは学生だしさ。」


奢りのお礼を言うゆうちゃんは結構酔っていた。カシオレとはいえ、それなりに飲んでたし、最近飲みはじめたと言っていたから、酒慣れしてないせいだろう。


「家まで送ってく。上がらないで帰るから安心してくれていいよ。」


送り狼にはならないから安心して送られろってか。残念だけど。学生時代の経験上、酒の勢いでしたことはロクな結果にならない。それにまだ月曜だしな。2人で電車に乗って、座ると俺にもたれてウトウトしているゆうちゃん。役得だな。


「駅着いたよ。」


「はい…。」


俺はゆうちゃんの手を引き、電車から降りる。かなり眠そうだ。


「住所、教えて。」


耳に手を当てて、小声で教えてくれるように促す。戸惑いながら耳打ちするゆうちゃん。息が耳にかかる。理性がぐらりと揺れているのがわかる。前後不覚になるほどは飲んでいないが、酒は判断を鈍らすのは確かだ。頑張れ、オートモード。スマホに住所入力する。駅前から少し離れたところで、ゆうちゃんに聞く。


「おんぶする?少し眠れるよ。家の場所もわかったし。」


こくんと頷くゆうちゃん。多分かなり眠くて限界なのだろう。俺はゆうちゃんの前にしゃがんで、ゆうちゃんを背負った。人間って力が抜けているとかなり重いはずなのだが、軽い。ゆうちゃんが軽いのか、俺の力が増してるのか。もしかしたら気分の問題かもしれない。猫砂は持っても気分は上がらないもんな。そんなことを思って苦笑した後に意識してしまった、背中に当たる柔らかい2つの山。耳にかかる息。カシオレとゆうちゃんの匂いが混じった甘い匂い。…これはもう不可効力だ。ゆうちゃんからはわからないし、おんぶで前屈みになってても不自然じゃないからこの際いいや。すれ違った人に通報さえされなければ。

空は高く星が出ている。半分に欠けた月がぽっかりと浮かんでいた。



しばらく歩いて、そろそろゆうちゃんちに着くようだ。


「そろそろ着くよ?」


軽く背負い直しながら、ゆうちゃんに声をかける。


「うん…。」


甘ったるい声でゆうちゃんが返事をする。眠いせいかいつもの敬語も抜けていた。


「…さん。」


とても小さなかすれ声で耳元で囁かれる、俺の名前。ゾクッとした。体勢的に無理だからしなかっただけで、キスぐらい、いいよね?送り狼じゃないよね?って思ってしまった。ダメだ、暴走しそう…任せた、オートモード。そう思った矢先に、耳元に押し当てられた柔らかい感触。その後に続く言葉。


「好き…かも…。」


思わず聞き返したくなったが、どうやらマンションの前に着いたようで、俺はゆうちゃんを背から下ろして、頭を撫でていう。


「酔ってるだけかもしれないよ?おやすみ。」


そう言って俺はゆうちゃんのマンションをさっと後にした。オートモードよ、なぜ部屋にお邪魔しなかったのか…。今の流れはイケただろ?そう思って上着のボタンを下までしっかり閉めた。寒いせいもあるが、それ以外にもそうせざるおえない理由は察してほしい。駅に着くまでには収める為にも俺は昔暗唱した古典文学を諳んじていた。


「意外と覚えてるもんだな…。あ、能力のせいか。」


そうひとりごちた。



家へ帰り着くと、シャワーを浴びてベッドに入る。オッドがもぞもぞと布団に潜り込んできた。きっと寒いのだろう。今日のことをポツリとボヤく俺。


「なぁ、俺の能力でも間違えることってあるよな。」


「ぬ?ほぼないと思うが?」


掛け布団からひょっこりと顔を出してオッドは答えた。俺は思わず、オッドの顔をおにぎりした。そして、天井を仰いで言う。


「でもあれは…好きかもって言われたんだから、イケたと思うんだが。」


「…よくわからんが。主の求めるものと違ったのではないか?」


「俺の求めるもの?」


「多くの雌との一夜限りの交合い、それのみの関係を望むならば催淫は切らぬであろう?主はそれを望んでいないんではないのか?だからその選択となったのでは?それとも…。」


オッドは最後は言葉を濁したが、俺には心当たりがあった。確かにゆうちゃんとは一夜限りの関係にはなりたくないかも。できれば継続的に…そう考えたら欲望が鎌首をもたげてくる。昨日ので少しは大人しくなるかと思いきや、やはりハーレム仕様のこの身体は大人しく出来ない様だ。


「オッド…催淫は切ったり入れたり出来る様にならねぇ?」


「それは我には出来ん。やるなら主自身で出来る様にならねばだな。」


「マジか…。俺が出来る様になれば出来るのか。練習してみる価値はありそうだな。」


「やはり主は貪欲だな。我が見込んだだけのことはある。」


クククと笑うオッド。その後は


「主、発…」


お決まりの台詞を言おうとしたので俺はオッドに布団を掛けて言葉を遮った。ほんの一瞬、幻惑で…と思ってしまったが、我に返った時の虚脱感が半端無いに違いないと思い直した。俺はバスルームに逃げ込み、もう一度シャワーを浴びる羽目になるのだった。

読んでくださってありがとうございます!

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