6.能力の限界
家についた。ついちゃった。どうしたらいいのか。俺はとりあえず出ていった時の状況を思い出す。オッドを拾った日に猫が生活できるようにある程度片付けたし、そこまで散らかってなかったはず。見られたくない恥ずかしい本が外に出てないことを祈りつつ。あったらオートモードの俺がなんかしら動く…はず、多分。
南無三!そう心の中で唱えながら俺は家のドアを開ける。
「お邪魔しますー。わー、意外と片付いてるね?でも本多い!!漫画以外も。」
ゆーちゃんがキョロキョロしながらついて来た。とりあえず見られてヤバイ本は出てなかった。よかった。
「本はどーしても増えちゃうんだよねー。オッドー?どこ行った?」
「にゃー。」
コイツ、俺の留守中は布団の中で寝てるな…。まぁ、猫だし、しょうがないか。っつーか、にゃーって。猫らしく鳴くオッドに俺は笑いをかみ殺す。普段喋るオッドしか見てないから違和感半端ない。
「コイツが訳あって同居中のオッド。」
俺はオッドの胴を持って持ち上げた。「に゛」と言って嫌がったので、オッドはバンザイしているような体勢になった。
「わぁ。左右目の色が違う!綺麗だね。オッドちゃん、可愛いね。」
「オッド君だと…。」
「え、この仔、女のコでしょ?」
えー!?オッドさん?メスなの?確認してなかったわ。声からして、オスだとばかり思ってた。
「とりあえず、座ってて。コーヒーでいい?」
「うん。大丈夫。」
この家に引っ越してからは女の子がきたのは初めてか…カップ、あったよな。確か。元カノが買ったやつだけど。カップを洗ってお湯を沸かしながら考える。とりあえず、落ち着け俺。深呼吸。能力があるから間違えることはないんだし。コーヒーを入れて戻るとオッドとゆーちゃんは遊んでいた。ゆーちゃんはもちろん、喋らないオッドも可愛いので、見るだけで癒しだ。思わず目を細めてしまう。コーヒーをテーブルに置きながら俺はゆーちゃんに提案していた。
「折角来たし、何冊か読んで行っちゃってもいいよ?2、3冊読めば感じ掴めるでしょ。時間があればだけど。」
「え、でも暇じゃない?」
「俺も読みかけのヤツあるからいいよ。」
俺は読みかけの本を指差して言う。その後は読書タイムとなった。ゆーちゃんはソファ、俺はベッドに座って本を読んだ。尚オッドはベッドで丸くなって寝ている。さっきから読んでいても、全然内容が頭に入らない。ゆーちゃんの横に座って…あんなことやこんなことを…そんな妄想が頭を駆け巡る。ヤバイ…変なこと考えたから……俺は頭を冷やすためにキッチンに避難した。
俺は冷めてしまったコーヒーを入れ直し、もうすぐ2巻が読み終わるであろう、ゆーちゃんの隣に座る。座って大丈夫なんだろうか?俺の理性的な意味で。コーヒーを飲みながらゆーちゃんの読んでる漫画を覗きみる。もうすぐ話しかけられそうだ。近くに座ると、コーヒーの匂い以外にゆーちゃんの匂いがする。コーヒーを置いて深く息を吸ってしまいたい衝動に駆られるが、それはやってはダメなヤツだ。俺でもそれくらいは分かる。
「おかわり、どうぞ?」
読み終わったゆーちゃんにコーヒーを勧める。
「あ、ありがとう。面白いね、この漫画。」
ゆーちゃんは笑っていう。
「…そろそろお腹減ったでしょ?」
「そうだね。」
ちらっとだけ漫画に目を落とすゆーちゃん。この漫画の最初の山場は2巻だ。目の前に続刊があるにも関わらず、このタイミングで止めるというのは正直鬼だ。俺でも同じリアクションになるに違いない。さぁ、俺はどんな提案をするんだろう?自分が何をいうのかわからないからちょっぴりスリルを楽しみ始めた気がある。
「うちで食べる?デリバリーでも頼んじゃうか。結構、色んな店あるし。それならキリのいいとこまでは読めるんじゃないかな。7巻くらいまで読めばキリがいいと思うよ?」
そう来たか。でもいい提案だ。コンビニでは味気ないが、デリバリーならそれなりのものが食べられるし、価格も外食と同じくらいだ。
「え…でも…うーん…いっか。じゃあ、そうしてもいい?」
「何食べたい?確かね…。」
俺はスマホでデリバリー可能な店を表示してゆーちゃんに見せようとすると、ゆーちゃんが顔を近づけてスマホを覗き込む。距離が近い。いい匂いがする…ソファで軽く触れあう身体…肩越しに聞こえてる息づかい…。俺は咄嗟に膝にクッションを乗せ、腕をクッションの上へ置く。2人で覗き込むには楽だからというのもあるのだが、俺の欲望が暴発したのを誤魔化しています。生理現象はオートモードにも止められないらしい。それにしてもさっきから…俺は10代か。
「あ、釜飯とかパエリアもあるんだ。うーん。迷うね?」
「やはり定番はピザか。各社あるよ。」
「あ、こないだTVでやってたお店。うちの近くになくてさ。」
「1人暮らしだと頼む機会はほとんどないから俺も頼んだことない。」
「じゃあ、ここにしてもいい?」
「おっけ。じゃあメニュー選択はお任せするよ。」
俺は内腿に力を込めて生理現象をどうにか抑え込んだ。…ふぅ…。オッドが意味ありげに足元をウロウロしていた。喋れたら、あの台詞を言ってるに違いない。ゆーちゃんがいるので「にゃー」しか言わないけど。
ゆーちゃんがメニュー選定をして、俺は注文を済ませてから立ち上がり、クローゼットへ。比較的綺麗な俺の部屋着の下を出して1枚をゆーちゃんに渡す。
「俺、向こうで着替えて来ていい?それとスカートじゃ、くつろぎづらくない?」
「なんだか至れりつくせりだね?」
「いや、俺だけ気抜くのもアレだし。巻き添え?なんか違うな…?」
そう言って笑うとゆーちゃんも笑って部屋着を受け取り、
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
と言ったので、俺は洗面所で着替えた。とにかく下は履き替えたかった。スエットの方がゆったりしてるので分かりづらい。何がというのは言うのは野暮だ。上はシャツを脱ぎ、出かける時にも着るパーカーを羽織っていた。ゆーちゃんに声を掛け部屋に戻り、読書の続き。今度は2人でソファに座った。少し肩や足が触れる。依然内容は入ってこないけど、隣にゆーちゃんがいる時間を俺は存分に楽しんだ。
そうこうしていると、ピザが来た。2人であそこのピザチェーンのメニューも美味しいだの、あれは改善の余地があるだの言いたい放題言いながら食べる。2人とも興が乗って、冷蔵庫に入ってる発泡酒を出して飲むことにした。ビールじゃないのはご愛嬌。500mlを2人で半分こだ。飲みながら、ゆーちゃんが呟く。
「帰るのめんどくさくなりそう…。」
「帰らなくてもいいよ〜?」
俺は発泡酒を飲みながら、ニヤリと笑う。
「ダメだよー。なんの準備もしてないもん。」
ちょ!ゆーちゃん、今の発言は準備してれば泊まってもいいの…?
「だって黙っててもさ、なんか居心地いいんだよね。」
コップに入った発泡酒を見つめてしみじみ呟くゆーちゃん。お酒が少し入って肌がほんのり赤くなったゆーちゃんはなんだかセクシーだった。あぁぁ。オートモードの俺はそんなことを思っているなんて微塵見せずに発泡酒を飲みながら聞いた。
「ところで、何巻まで読めた?」
「あ、うん。今ね、6巻かな。」
「あと1巻読んだらか。もちろん駅までは送ってくよ。」
俺はゆーちゃんに優しく笑いかける。
「うん。」
目を伏せて頷いたゆーちゃんが何を考えているのかわからず、今だけは心が読めたらいいのにと俺は切に思った。それを察したかのように足にまとわり付いていたオッドを抱き上げて、膝の上に乗せた。オッドは丸くなってゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「ちょっとお手洗い、借りるね?」
ゆーちゃんは立ち上がると、少しよろけた。俺は咄嗟に手を出し、抱き止める形となり…オッドは俺が腰を浮かした為、ぴょんと膝から飛び降り、トテトテと廊下へ。腕全体に伝わる柔らかな感触。はぅ…。
「大丈夫?」
「あぁごめん。ちょっと酔ったのかな?」
「水持って来ておくよ。トイレはこっちね。」
俺はそそくさとキッチンに。…これはしばらく収まりそうにない。
「主…。」
オッドが足元にいた。今喋るな。しかもコイツまたロクでもないこと言いそう。
「黙れ。」
「む。」
オッドも黙ったので、俺はとにかく鎮まりそうな妄想を片っ端から想像してその場を収めた。
水を持って戻ると、ゆーちゃんは漫画の続きを読んでいた。俺も何も言わずに隣に戻り、頭に入りもしない本を広げた。さっきの事故的とは言え、怒っているんだろうか?それとも軽蔑されたんだろうか?オートモードも万能じゃないってことだな。俺は密やかにため息をついた。
「読み終わったから帰るね。」
ゆーちゃんが目を伏せたまま言う。やっぱり怒ってるのかな。
「送るから、俺も着替えてくる。」
俺は何も聞かずに洗面所へ。…俺、全然じゃん。はぁ、やっぱり俺は俺なんだな。イケメンでもないし。のそのそと下だけ履き替えるとゆーちゃんに声を掛けた。
「そーいや、何冊持って帰る?漫画。」
「それなんだけど…。またここに読みに来ていい?」
「え…あぁ。いいよ。」
俺はニッコリと笑った。が、内心はガッツポーズをしていた。怒ってたわけじゃない!むしろまた来るって…。それは…脈ありと取ってもいいのだろうか。あぁ、もどかしい。本心が分かればいいのに。
「じゃあ行こう?電車なくなっちゃう。」
ゆーちゃんは微笑んで小首を傾げた。
2人で外に出ると流石に寒かった。
「寒いね。」
「うん。」
俺は無意識にゆーちゃんに向かって手を出すと、口が動く。
「俺、体温高めだから。おすそ分け。」
「じゃあ、ありがたく分けてもらうね?」
そう言ってゆーちゃんも俺の手を握る。柔らかいゆーちゃんの手。
「本当にあったかいんだね?」
ゆーちゃんは笑った。
「手が冷たい人は心があったかいって言うけど、そうしたら俺は心が冷たいのかな?」
「それ、よく言うけど、励まし文句みたいなものでしょ?」
そう言って2人で笑うと俺は上着のポッケに繋いだ手を突っ込んだ。そして、そのまま俺達は駅に向かった。
「家、着いたら連絡してね。心配だから。」
「わかった。近いうちにまた遊びに来るからね。」
「次は猫だけじゃなく、狼がいるかもね?」
「ふふふ。わかった。じゃあね。」
手を振ってゆーちゃんは帰っていった。わかったって…。思わず顔の締まりがなくなった俺は酷くニヤニヤしていたと思う。帰り道、通報されなくて本当よかった。
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