5.箱猫とゆーちゃんと
「さてと…」
俺はクローゼットの前に立っていた。今日はゆーちゃんとのデートだ。何を着るべきか。俺は頭を空っぽにしてオートモードの俺に任せた。すると昨日買ったシャツと手持ちのパンツにニットを取り出していた。
「これを着ろってことね。了解。」
ひとりごちているとオッドが後ろから声をかけた。
「主、調子はどうだ?」
「あぁ、順調じゃないか?でもさ、心を読んで最適な行動をするのはいいけど、俺にもわからないから結構困るんだけど。どうにかならねぇかなコレ。」
「困るか?結果としていいようになるのだから困ることもなかろう?」
「まぁそうなんだけど、心臓に悪いっていうか。」
「ぬ?主の心の臓は悪くないぞ?」
「いや、本当に悪くなってたら色々問題あるけど、これは言い回しっていうか…。」
オッドはのんびりと空き箱の中にハマりながら言う。
「感性のない主が言うから本当に悪いのかと思ったぞ。」
「うっさいわ!それと箱にハマるな!声がそれなのにいちいち可愛いらしいことするな!」
「主、発…」
「それ以上その姿で言うなっつーの!コントやってないで、話進めると、最適行動を取る前にお知らせはできないもんかね?オッド君。」
「それをすると、主の本能的な行動を先回りできなくなるが?」
「と言うのはどういうこと?」
「例えば、発…」
「だから、その可愛い姿でその発言はなしな?」
ツッコミを入れつづけた甲斐があって、オッドは幻惑で手近にあった漫画の主人公の姿となった。
「例えば、主が発情したとしよう。」
例えがなんかやだなぁ。他にないのか?でも俺の願いがハーレムな時点で無理か。
「理性が保ててれば最適行動が出るまで耐えられるが、そうでない場合もあるだろう?」
あー何とな言いたいことは分かってきた。
「つまり俺が暴走する前に最適行動を出すためってことか。」
「左様。」
確かに。そうか。理性がぶっ飛んでいた場合、いちいち知らせてから行動してたらその前に俺が暴走する可能性は…高い。
「つまり我慢するしかないってことか…。」
「うむ。悪いようにはならないのだからな。」
オッドは元に戻っていて、依然箱にハマっていた。いちいち可愛いのが腹ただしい。腹が立ったので、胸のあたりを抑えて苦しがるフリをする。するとオッドは箱から出て俺に近寄ってきた。
「主…?」
お、心配したか?
「遊んでないで早く支度しないと遅刻するぞ?」
ちっ!そっちかよ!俺は時計を見る。まだ出るには早い。
「まだ時間あるじゃん。」
「銀行に行ったり、やることはたくさんあるはずだが?」
「あ、忘れてた!サンキュー、オッド。」
昨日のでお財布はレッドラインを切っていたのを忘れてた。デートの軍資金を用意しておかねば。俺はバタバタと支度をしていると、オッドが足に絡みつきながら言う。
「主、ハンカチはあるか?後、我の飯と水を忘れるな。」
「わかった、わかった。急いでる時に足元ウロウロすんな。踏んじゃうだろ?」
「主に踏まれるほど我は愚鈍ではないぞ?」
「じゃあ、試してみるか?」
踏みつけるフリをして足を出すと、足にじゃれついたオッドは
「そんな暇ないであろう?支度せよ。」
小言を言う。
「お前は母親か?」
俺は笑いながら足に絡みついているオッドを引き剥がし、オッドの餌と水を用意してから上着を羽織る。餌を食むオッドの頭を撫でてから
「留守番頼んだぞ。行ってくるわ。」
「うむ。行くがいい。後もう少しグレードが高いものが好ましい。」
オッドは猫缶の文句を言いながら俺を送り出した。
「こんにちわー。」
エントランスで管理人さんが挨拶してきた。
「こんにちわ。」
「ここ最近猫缶のゴミが捨ててあるんですけど、なんか知りません?」
ぎくぅ!!明らかに俺じゃん!
「いやぁ、知らないっすね。まぁ、近所の公園で餌とかあげてる人でもいるんじゃないですかね?」
それも俺ですけどね!
「そうだねぇ。公園でノラ猫と遊ぶより、ちゃんと保護してやる方が…いや、引き止めてごめんなさいね?じゃあ行ってらっしゃい。」
管理人さんは1人納得して俺を送り出した。オッドの存在がバレたかと思った…。バレたら追い出されちゃうからどうにかしないとだなぁ。オッド本人…いや、アイツは人じゃない。オッドにどうにかしてもらうか…ペットじゃないって言ってるしな。そう考えながら俺は駅に向かった。
コンビニでガムやハンカチを買ったり、銀行に行ったりして用を済ませてゆーちゃんと合流しようと待ち合わせ場所へ。俺は大事な事に気がつく。漫画、持ってきてないぞ…。それでも身体は待ち合わせ場所へ。これが正解なの?えー?
すでに待ち合わせ場所にはゆーちゃんがいた。ニコっと笑って、手を振っている。可愛いなぁ…。会社で着てる服と違ってふわふわしてて可愛らしい。小動物っぽさが増す。
「私服そんな感じなんだー?いつも男性はスーツだから新鮮だねぇ。」
そう言ってゆーちゃんは俺を見つめた。クルクルとした目で見つめられると、かなりグっとくるものがある。キュン死せぬよう気をつけよう。俺の場合はマジな意味だということを忘れてはならない。心を強く持とうと決意し、とりあえず映画館へ向けて歩を進める。歩きながら俺はゆーちゃんに申し訳ない顔をした。
「昨日遅くなっちゃって、起きたのも結構ギリでさ、ゆーちゃんに確認できなかったんだけど…漫画、21巻まであるんだよ。全巻持ってくるのが無理だったんだよね…。ごめん…。」
「あ!そんなに巻数でてるんだ?私も気にしなくてごめん。」
「だから、俺映画終わったら一回家帰って、持って帰れる巻数だけ持ってくるからさ、駅前のカフェかなんかでお茶して待っててくれない?戻ってきたら一緒に御飯食べようよ?」
にこやかに俺は言った。俺はあえて忘れたということか。
「駅前のカフェでお茶してるんだったら、一緒に取りに行くよ?最寄り駅にも食べ物屋さんくらいあるでしょ?そこで御飯にしようよ。」
「それならオススメの店があるよ。女の子が好むかどうかはちょい怪しいけどね!」
「えー?!大丈夫ー?」
俺はニカッと笑いながらいうとゆーちゃんもカラカラとした笑い声をあげながら言った。俺たち、ハタからみればカップルに見えたりするのかなぁ。でも俺は平均だけど、横にいるのは可愛い子。不釣り合いだろうな。オッドがいなけりゃこうはならなかったんだろう。後で猫缶のグレードあげてやらないとな。そんなことを考えながら、俺は映画館のある商業施設に入っていった。
映画はハートフルコメディと言ったところか。面白いっちゃ面白いのだが、感動のツボをついてくる話だった。ハズレではないな。女の子は好きかもなぁ。でも普段だったらDVDでいいかってなるやつだった。ゆーちゃんと一緒だから損した気持ちには全然ならなかったけど。
ゆーちゃんは横でグスグスと泣いていた。泣いてる女の子もまたソソるものがあるよね?!とか一瞬アホ思考になったけど、俺はそっと駅前でもらったポケットティッシュを肘掛のところにおいて、ゆーちゃんの手の甲を指でトントンとした。ゆーちゃんの柔らかい感触が俺の指に伝わり、少しこそばゆい。ハッとしてゆーちゃんがこちらを見るのでポケットティッシュに視線を落とし、ニコリと笑って画面に視線を戻した。本当は画面よりゆーちゃんを見ていたい。でも、オートモードの俺がそれを許さない。女の子は化粧が崩れたりするからあまり見られたくはないんだろうな。惜しいけど。
映画が終わってエンドロールが終わるとゆーちゃんはため息を吐いた。
「失敗したなぁ。こんなに泣くとは思わなかったよぉ。顔がヒドイ事になってそう。」
そう言うゆーちゃんの目は真っ赤だ。俺はハンカチを出して、
「ヒドイ事にはなってないけど…目は痛くなるかもだから少し冷やすといいよ?ハンカチ、使ってないヤツだから安心して。エントランスで待ってるよ。」
「随分用意がいいね?」
「俺も泣く予定だったから?ハンカチの用意を!ってやってたし?」
ゆーちゃんと俺は顔を見合わせて笑った。
俺はエントランスでゆーちゃんを待っていた。すると、突然、後ろから声をかけられる。
「あの、すいません。お兄さん、飴かガム、持ってませんか?」
「あぁ。持ってるよ?欲しけりゃやるけど?」
俺は雑に返した。俺、初対面の人にこんな態度取らないんだけど。何?オートモード?声をかけてきたのは女性なのは確かだが、マスクをしていたので年齢も顔もはっきりわからなかった。
「ええ。お言葉に甘えて。」
ガムを一枚出して渡して俺は言葉を返す。
「で、何の用?」
「お連れ様も来てしまうでしょうし、ここで話す内容でないので、連絡ください。」
そういうと女はメモを渡すと去っていった。なんだったんだろうな。釈然としないまま上着のポケットにメモをしまう。ゆーちゃんが戻ってきたので、俺たちは映画館を出た。
建物を出ると日が傾いていた。少し肌寒い。
「少し寒いね。」
「そうだね。あ、そうだ。ハンカチもう大丈夫?」
「あぁぁ、ありがとう。洗って返すね。 化粧とかついちゃったから…男の人じゃ落とせないでしょ?」
「じゃあ、そうしてもらうよ。ありがとう。」
俺は笑ってゆーちゃんを見つめた。少しだけゆーちゃんが赤くなった気がした。 駅行くまでは映画の感想を言い合いながら歩いた。
「とりあえず、漫画を取りに行こうと思う!」
俺は宣言すると、
「お願いします!」
ゆーちゃんも乗っかってきた。変なテンションだと言って2人で笑った。 なんだかカップルにでもなった気分だった。電車に乗り込み、俺の家の最寄り駅に到着した。 駅ビルで俺はゆーちゃん言う。
「適当にお茶してて。近いからすぐ帰ってくるし。何巻持ってくる?」
「なんか悪いから家まで行こうか?」
この言葉に俺は心の中では大慌てしていた。ゆーちゃんが?うちに?いや、ここでガッつくのはどーなんだ?いやいや、上がるなんて一言も。でも来てもらってお茶も出さずに帰らせるの?お茶出して俺は何もせずにいられるのか?嵐のように思考が巡るが、オートモードの俺が即座に答えていた。
「俺の家は狼でるよ?」
「あら本当?じゃあどうしよう?」
「うそうそ。猫くらいは出てくるかもだけど。」
「猫?いるの?」
「いるよ。内緒だけどね?」
俺は人差し指を口の前においてシーというボーズをした。
「イケナイんだー?」
「行きががり上、保護せざるおえなくなってね。で、何冊?」
「やっぱり一緒に行くよ。狼は困るけど、猫は見たいな。」
ゆーちゃんが…うちにくる………!
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