3.俺の能力とイケメンと
「主、起きろ。朝だ。」
「うーん…。まだ寝ててもいい時間だっつーの…。こんな早く起こすなよ…。」
程よい重さが身体にかかる。そして頬のあたりに温かい息が。しかし、このやり取りが猫とのやり取りだと言うことを忘れてはならない。
ーーーーー昨日、俺は結局オッドを連れ帰った。写真をとってゆうちゃんに送ってから、オッドから力について聞いておいた。そのひとつが『雌に対して最適な行動を取れる』能力らしい。その女性が好む行動が取れると言っていた。
「主との契約を全うせねばならぬからな。出し惜しみはせぬぞ。他にも能力はあるが…何か追加したければ言うがいい。」
と言うので、心の声を聞いたりできないのかと聞いたら、
「主の能力の基本は心を読んで行われているが…声まで聞こえしまうと普通に生活できなくなると思うが、それでいいのか?」
と、しれっと言われたので、素直にやめておいた。出し惜しみしないと言ったやつがオススメしない能力をつけるほど俺に度胸はなかった。
そして、人体についているリミッターみたいなものを少し緩めておいたとは言ってた。今まで覚えたことや見たことを活用できるらしい。でも、人外になった訳ではないので、さほどではないとのこと。話だけ聞くと、こっちの方が普通に生活できなくなりそうな気がするんだけどな。そして一番の疑問をオッドにぶつけた。
「そういや、モテる基準として一番大事だと思う容姿なんだけど、俺の顔も身体もそのまんまじゃねぇ?」
「その件だがな、顔の好みは雌によって違う故、毎度顔をかえる訳にも行かぬ。主の顔は幸い、平均的だ。好き嫌いもでまい。雰囲気というものでどうにかなるというものよ。」
「人のこと軽めにディスってんじゃねーよ、猫のくせに。」
「ぬ?我は猫ではないと言っておるではないか!」
そういうので、ネクタイをヘビのようにニョロニョロさせると、尻尾と尻をフリフリ。狙いを定めてじゃれついている。
「やっぱり猫じゃねーか!!」
「仮初めの姿の性がそうさせるのだ!我は猫ではないぞ!」
そう言いながらネクタイに猫キックをしていたのだった。あんな声で喋らなければめっちゃ癒される様子だったと思うーーーーー
その猫が今、俺を起こそうと、ふみふみぺろぺろしてくる。俺は思わずオッドをわしゃわしゃと撫で、ぎゅっとした。モフモフ、癒されるわ。喋らなければ最高に可愛い猫だ。
「主、どうしたのだ?発情でもしたか?」
「アホか!猫に発情する訳なかろ?」
俺は欠伸をかみ殺しながら言う。
「発情したのなら多少、相手してやるが…?」
「…頼むからその姿でその台詞を言うな。」
げんなりして言うと、オッドの姿が消え、声だけが聞こえる。
「では、この姿なら良いか?」
そう言うと、目の前には元カノの姿が。
「はぇ?」
思わず気の抜けた声が出る。触ろうとしたが、触れるなかった。
「ん??」
「我の幻惑だ。姿を消したり、幻を見せることが出来るが、実体は仮初めの姿のままだ。だが、こういうことは出来る。」
そう言って元カノの幻が顔を近づけて来る。 温かい吐息を感じ、頬に湿り気を帯びたものが当たる。幻にキスをされた。
「え?え?」
俺が混乱していると、幻は消えてオッドが頬をぺろっと舐めていた。
「こういったことで相手することは出来るぞ。」
「オッド?あのなぁ…。」
朝の準備万端状態でのあの攻撃はいかん。最近はなにかとスイッチが入りやすい。簡単に戦闘モードになってしまう。キスをされたのに、触れないし、生殺し感が…くっ…。猫とは言えども、オッドが見ているので、ベッドの中でもぞもぞしていると今度は近場にあった漫画のヒロインの姿が。面積の少ない布に包まれた大きな二つの塊が目の前に。ぐっ…。思わずごくりと生唾を飲む。
「主、だから相手ぐらいするぞ?」
そう言って頰の辺りにキスをする。
「だーかーらー!ヤメろ!」
手探りでオッドを捕まえると首根っこらしき場所を掴んでポイっと投げると幻は消えた。
「幻惑から我を探し出すとは…主、やるな…。」
「仕組みさえ分かれば、それくらい出来るわ!頼む、しばらくほっといてくれ…。」
そう言って俺はベッドに潜り込んだ。
「朝っぱらから、いらん体力使ったわー。」
いつもは浴びない朝シャワーを浴び、支度をする。まだ出るには早い。
「主、今日は自力で会社に行くがいい。」
オッドが手で顔を念入りに洗いながら言う。
「自力?」
「今日は交通機関が止まる。自力で行くことを勧めるぞ。」
「耳の後ろまで洗ったら、雨。じゃなくて電車が止まると?」
「雨?」
「気にするな…自力ってことは歩きか自転車ってことか。自転車なら今出れば余裕で間に合うな。たまにはいいか…。」
そう呟いてオッドを見ると、香箱座りをして眠っていた。完全に独り言になっていた。まぁ、コイツが猫な時点で独り言なんだろうけども。こうして寝ている様子は本当にただの可愛い黒猫で、俺は思わずふっと息を吐いて笑う。
「うしっ。行くかー。オッド、行ってくるぞ。」
そう言って、眠っているオッドの頭を優しく撫でると俺は家を出た。
「〜♪」
俺は鼻歌を歌いながら、自転車を漕いでいた。天気もいいのでサイクリング気分だ。軽快な速度で走っていると、路駐の車のドアが突然開いた。すんでのところで俺は避けた。多分だが、オッドのいうリミッターを緩めていなかったら多分事故っていたに違いない。当たりどころが悪ければ…危なかった。
「っぶねー!!」
「…ごめんなさい。お怪我は…?」
目の前にはイケメンがいた。ジャージっぽいラフな格好のイケメンはこちらを見て謝り、目を丸くしている。
「怪我は…ないけど、コレ…。」
俺は自転車を指差した。ちょっと歪んでいて走るには支障がある姿になっていた。イケメンは自転車を見て
「自転車がこうなってるのに本人とこっちの車が無傷だなんて…。」
と俺を上から下に舐める様に見て、ブツブツ言っている。うん、俺も不思議だよ。でもそこは疑問持ったらダメなヤツな?
「怪我がないからいいけど、このままでは会社には遅刻しそうだ。」
俺は肩をすくめた。
「本来なら警察を呼んで、君も病院に行って、なんだけど…。」
イケメンは俺の方を見ていった。
「行くだけ無駄じゃないかな?頭も打ってないし、見ての通り、無傷。」
俺は自分の手をグーパーしてみせながらいった。
「示談ってことでいいのか?」
「あぁ、それで大丈夫です。」
「しかし、後々何か出ることもあるから。連絡先は交換しよう。自転車も弁償するし。私はヤマト。」
「ヤマトさん。さてと、会社には遅刻の連絡をしないと、か。」
「会社まで乗せて行くよ。自転車は…廃車だろうから、私が処分しておこう。」
「じゃあ、頼みます。」
「じゃあ、乗って?」
「お邪魔します。」
俺は車に乗り込んだ。
「ところで、スポーツは何かやってるの?」
ヤマトさんは車を走らせながら、俺に聞く。その横顔は整っていて、肌もキレイだ。俺はあまり車詳しくないけど、維持できるだけのお金に余裕があると言う事は確か。イケメンはなんでも持っている。…羨ましい。
「いや、今はやってませんよ。学生時代に少しサッカーやってましたけど。」
いやいや、今はやってないのは事実だけど、高校時代、帰宅部。大学時代はバイトに明け暮れていた。中学はサッカー部だったけど…正直真面目に参加してない。なぜ俺はイケメン相手に能力を発動しているんだろう?
「避けてきっちり怪我まで回避してるんだから相当の運動能力だよね?」
「いやいや、そんな。あ、次の交差点は左で。」
「今夜フットサルやるんだけど、メンバー足らなくてさ。どう?」
「あーいいですけど、今運動しないから運動着とか、一切持ってないですよ。」
「会社終わって連絡くれれば迎えに行くし、自転車も一緒に買いに行こう。その時運動着も買って行けば問題ないだろう?」
半ば強引にイケメンと約束をしていた。金曜なのに。なぜだ。帰ったらオッドに文句を言わなくては。俺はハーレムを作ると宣言したが、男はいらないぞと。そんなこんなで会社に着いて、俺はヤマトさんにお礼を行って会社に向かった。
会社にはまばらに人がいた。やはり、俺が使う方の路線の電車は止まっていて、そちらを使っている人は遅刻している様だ。
「おはようございます。」
「おはようございまーす。あれ?電車遅れてるのに。」
ゆーちゃんが話掛けてきた。会社でこうして話すのは初めてに近い。
「あぁ、今日はたまたま自転車でこようと思って自転車に乗って来たんだ。途中で故障してかなり焦ったけどね〜。」
事故ったことは言わなかった。心配させる必要もないという判断を俺の能力がしたようだ。
「えー、それでどうしたの?」
「自転車預けて、ヒッチハイク?」
「あははは。災難だったね?」
俺の冗談にゆーちゃんは笑っていた。
「そういえばさ、今夜って空いてる?」
ゆーちゃんは小首を傾げながらいった。食事のお誘い!行くよ!断るなんて。先約あるけど、ゆーちゃんの方が大事だろ!
「いやー、今日はその故障した自転車取りに行かないとさ。ごめんね?」
俺の思いとは裏腹に俺の口は御断りの言葉を。なぜだ!!
「そっかー残念。あ、じゃあ…うーん、でも急すぎるし、予定あるよね。明日って。」
「明日?ないよ?」
「じゃあ土曜日。あ、後でね?」
ゆーちゃんは部長が近寄って来たのを察知して行ってしまった。が、しかし、これは。まさか。土曜日にデートの約束をしたという事だろうか?今日断ったのは土曜日のため?ちょっと!聞きたい!でも俺の身体は頑なにスマホを取り出さなかった。つまり今聞くなという事か。俺の能力がそう言っているのだからそうなのか。俺は我慢して仕事に戻った。そういう時に限って、外回りがほとんどだったから、ゆーちゃんと顔を合わせる機会は皆無だった。会社にいても滅多に会わないけどね?
そして、昼休みあたりにゆーちゃんから連絡が来た。
【土曜日に漫画貸して欲しいなー?】
可愛いスタンプもついていた。可愛い…スタンプじゃなくてゆーちゃんが。
【それだけっていうのもアレだから、映画でも見に行こう?】
俺はこう返信した。
【いーよー!何観る?】
【俺、あの映画観たいな。男1人で観るにはちょっと気が引けてて。】
俺はCMを流し見しただけの映画のタイトルを送っていた。
【私も観たかったんだ!じゃあ時間は映画の時間調べたら決めよっか?】
【おっけ。後で調べて連絡する。】
一旦やり取りは終わった。漫画を貸すだけがデートに。マジか。あー、なに着てこう?今から色々考えてしまうが、それは俺の能力でカバーできる気がするので、明日の自分にお任せだ。俺は午後、調子よく仕事を片付け、いつもの金曜よりも早めに退社する事に成功した。
ゆーちゃんとのデートの約束ですっかり忘れていたが、俺はヤマトさんに連絡していた。ヤマトさんを待つ間にゆーちゃんとの約束の映画の時間を調べて、昼過ぎに約束、チケットもそのまま取っていた。そこらへんは抜かりがない。さすが俺……の能力。色々やってるうちに迎えに来たヤマトさんの車が止まる。そして降りてきたヤマトさんを見て…俺は心の中だけで驚愕した。
目の前にいたヤマトさんは、化粧をバッチリした、美人だったからだ。
読んで下さってありがとうございます!