24.満足するまで
最終話です。
俺は白い部屋に居た。病院?いや、それにしても白すぎる。それに立っている俺の腹には傷もなく、服も汚れてなどいなかった。あぁ。俺は死んだ…のか…?オッドの契約では満足したらって言ってたな。俺、モテたよなぁ、確かにモテた。でも…ハーレム…?それに満足は…してないぞ。まだしてないことがたくさんある。ゆうちゃんの初めてだってまだ奪ってない。あんなことやこんなこともしてない。契約は満了してないけど、どうなるんだ、この場合…。そんなことを考えてると目の前に人影が現れる。俺はここがどこなのかわからないので、話が聞きたくて俺は人影の方へ歩を進めた。
遠かった人影はだんだんはっきりと認識できるようになってきた。美しく長い黒髪。両の目は瞑り、佇んでいる。中性的で男性にも女性にも見える容姿。後光が差してきそうなその容姿に思わず俺は声が出た。
「もしや…神…様…?」
その声に閉じられた目がゆっくりと開かれる。紫と緑の瞳。見覚えのある、その瞳。
「オッド…?!」
驚きで、思わず声が上ずる。
「主、なぜここに?」
やはりオッドだった。声がそうだった。見覚えのあるオッドアイと、声。それでオッドだと判断した。仮の姿は猫だったけど、本体はこんな美形なんだ…。そりゃ仮の姿も綺麗な猫になるはずだなと納得しながらぼんやりと見ていると、
「主?どうしてここにいると聞いているのだが?」
そう言って顔を覗き込まれた。思わず顔が赤くなってしまった。見ようによってはユウちゃん系統の美女に見える。俺はドギマギしてしまった。
「あぁ、あのですね…。」
赤面した顔で視線を泳がせていると、
「む、主、話辛いのか。ではこうしようではないか。」
オッドは猫の姿になった。俺の見慣れた、いつもの猫のオッドだ。
「では改めて聞く。どうしてここに来てしまったのだ?」
オッドはお行儀良くおすわりして言った。思わず和んでしまったが和んで話す内容ではない。説明したいのだが、どこから話していいのやら。
「…それとも主の心を読んだ方が早いか?本当は主の口から聞きたいが、中々要領を得ないという顔をしているようだからな。」
オッドは目を細めていう。
「………頼む。」
俺は短く答えるとオッドの前に座ってオッドを見た。
「主、撫でないのか?」
「いや…本体見ちゃうとなんだか恐れ多くて。」
困りながら言ったら、
「我は構わぬぞ。」
そう言いながら俺にすり寄ってきた。なので、俺はオッドの頭を撫でた後、喉下を撫でてやると気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。そしてふと動きを止めると俺を見つめた。
「あの羽虫め。」
「いや、あいつは関係ないだろう?そりゃ、タツキさんを庇ったけどさ…。」
「いや、主。彼奴は乱した運命を戻すためにいいように転がされていたようだ。そして、羽虫たちに主人が介入してる。」
「主人って…気まぐれで、滅多に動かないんじゃ…?」
「そのはずだったのだが、主がアレの愛する存在と繋がっていたとは我も気づかなかったのだ。愛する存在の運命が変わってしまって癇癪を起こした。気に入ったおもちゃが思う通りに動かないとな。」
オッドはヤレヤレというように首を振った。
「そういえばタツキさんは?!無事なのか?」
「羽虫達が後始末をしているはずだ。多分無事であろうな。色々な運命が戻ろうとする力に主はなんとなく気がついていたのであろう?」
トウマが誘惑してくるとする、嫌な予感のようなものが働くのは運命を戻さないためだったのか。その一つを戻すために淫魔はトウマにこだわったということだろうか。
「ただ…羽虫の後始末は主には適応せんがな…主はアレの怒りを買ってしまったようだし…」
「やっぱ、俺は死んじまったか…ははは…。」
乾いた笑いが自然と出た。オッドと出会ってからはいいことづくめだったからな…。この短期間で一生分、いや、それ以上だったのかもしれない。しみじみと思い返していると、
「いや、主は死んではおらぬのだが…。」
「え、生きてるのか!」
なんだ…と思ったが、オッドは依然、渋い顔をしている。
「ただここに来てしまったということは選べるのは契約を破棄するか、満了するか、我がこれ以上、主の願いを叶えることができないと認めるかの3つだ。主の願いは満了しておらぬから、破棄か我が降参するかだ。」
「生きてるなら、そのまま戻るっていうのは?どうしてできないんだ?」
「アレとは言えど、我には手出し出来ぬ故、介入で主と我を引き離そうとしておる。我から主を捨てさせようとしておる。」
「なぁ、簡単に言ってくれよ!」
オッドはおすわりして目を細めた。
「…………主の身体の損傷が激しい。我も他者の肉体損傷の治癒まではできぬのだ。戻っても、主を満足させることはできぬ。だから………。」
「なぁ、オッド。」
俺はオッドが答えを出そうとしたのを遮った。
「どれを選んでも、おまえとはお別れってことか?」
「そうなる…。」
オッドは俯く。
「……………でも、もう一つあるよな…選択肢。忘れたのか?」
「主…?何をしようとしている?」
「オッド……俺をやるから、おまえの全部をくれ。最初っからそういう契約だったはずだろ?」
「主…?」
「俺は欲張りなんだ。死ぬのも、オッドと離れるのも、満足できないのも、どれも選ばない。全部叶える。神にだって抗ってやるよ!」
そう言うと、オッドはさっきの人の姿になり、声が高くかわる。ゆうちゃんのような声でオッドは言う。
「その方法か……喰らえなくなるが、この際それは同じであるな。やはり主は面白い…。」
そうオッドはいうと俺にキスをした。
「声…変えられるのか?」
「さっきの声のまま口づけた方が良かったか?」
「いや…。何だよ、俺のためか。」
こんな時まで俺に気を使う悪魔。可愛いやつだ。
「オッド、おまえ、前に言ったろ?歓迎するって。」
「あぁ、言ったな。やはり主はただの人間でなくなっていたようだ。」
クククと笑うオッドは心底嬉しそうだ。
「…違いないな。」
俺もつられて嗤って、俺は人型のオッドを抱きしめる。猫の時のとは違う、長い柔らかな黒髪を撫でる。滑らかな手触りは一緒だ。
「で、どうしたらいいんだ?」
「我と交われ。それが方法だ。」
「それしかないのか?」
「いや…他にも方法はあるが…。」
「なんだ、オッド。おまえ、やっぱり俺に惚れたか?」
ずっと思ってたけど、言わなかったこと。オッドは少しムッとしたように俺に爪をたてた。
「いってぇ!!」
そんなことは知らないとばかりに話を続けるオッド。
「我と交われば多くの快楽を伴う。ここで満足して死ぬ、なんてことはないようにな?」
「そしたら、契約満了でおまえに喰われるのか?おまえに喰われて一緒になるならそれはそれでいいが……俺は欲張りだぞ?そうそう満足しないぞ?」
「雌に見つめられて満足しかけた奴が何をいうか!」
オッドは満足げに笑いながら俺を見つめた。見つめられただけで身体が熱く昂っていく。触れらたところはビリビリと痺れるよう。息は荒くなり、思考は蕩けて遠くなる。
「主、もう一つ約束覚えているか…?」
「…なん…だ?」
「我の弁当を作る約束だ。無事に戻ったら待っているぞ…。我らは契約を守る事に関してはうるさいのだ。」
その言葉を最期に俺は快楽の渦に飲み込まれた。
俺は目を開ける。見慣れた天井。手を見る。異常はない。赤くもない。起き上がる。身体は痛くない。腹を確認するも傷一つない。以前と変わりのない身体。
「夢…?」
まさか…夢?どっから夢だったんだ?刺されたところだけ?ゆーちゃんたちと知り合った時から?それとも…オッドと出会った時から?あのベンチで喋った内容も全て夢?いつから?全部夢だったと思うのが一番おかしくない。
「なんだよ…。ははは。おかしな夢だったな…。俺がモテモテになる夢か…。」
ベッドから降りて顔を洗い、ヒゲを剃ろうと鏡を見た。いつもの自分の顔に感じる違和感。
「オッドアイ…?」
俺の目は茶とヘーゼルのオッドアイになっていた。
「夢じゃ…ない…?」
「何を騒いでいるのだ?飯と水はまだか?」
トテトテと洗面所に歩いてくるオッドがいた。
「オッド!?なぁ?なぁ!どうなってるんだ?」
「主が望んだままだが?」
俺は素早くドライヤーを用意してスイッチを入れようとする。
「うん、だいぶ反応速度が早いな!でもちゃんと説明してくれよ?じゃないと…。」
「わかったから、主、やめろ!!」
「じゃあ頼むぞ?」
俺はニヤリと口元を緩めた。
「主は望み通り我を取り込んだ。快楽にも満足せず、我の力を己がものにした。」
「俺は望み通り、人じゃなくなった訳か。」
「あぁ。歓迎するぞ。」
オッドもクククと満足げに笑う。
「身体の反応速度は速くなったけど、他はどうなったんだろう?」
俺は自分がどこまで使えるのか気になって、早速地獄耳を使おうとするがオッドに止められた。
「主、やめておけ。急に能力を使うと器の崩壊が早まるぞ。」
「それは困るな。この身体でやりたいことはまだたくさんあるんだ。おまえの器が崩壊するまでは俺もこの器でいるつもりだ。だから、器は大切にしないとな。」
「ふむ。主の好きにするがいい。」
そういうと足にすり寄ってくるオッド。俺は抱き上げて鼻と鼻をくっつける。オッドは目を細めながらもう一度鼻をくっつける。
「なぁ、やっぱおまえ俺に…いててて!」
爪を立てられた。
「主、遅刻するぞ。今日は予定があるのではなかったのか?」
オッドがカレンダーを見た。そうだ。今日はゆーちゃんとデートの予定だ。
「オッド、さんきゅ。おまえ本当に気が利くな。」
「む。」
わしわしと乱暴に撫でると嬉しそうに目を細めるオッド。
「主、約束忘れたとは言わせないぞ。」
「次の休みに作ってやるよ。俺もそっち側の存在になったからな。約束は守るぞ。」
支度をしながら答えて、玄関にむかう。
「うしっ!オッド、行ってくる。」
「うむ、行くがいい。」
いつも通りオッドを撫でて俺は家を出た。
…俺は欲張りだ。俺は満足する事はない。満たされることがないという欲を満たすために、オッドと共に。
「とりあえず手始めに俺が人だった時からの欲望を叶えていくかな。」
俺はひとりごちるとニヤリと嗤う。
「あ、オッドアイ隠すの忘れた。今度カラコンでも買うか…。今はこれで誤魔化そ。」
幻惑で瞳の色を変えると俺は待ち合わせ場所へ向かい、
「お待たせ。今日はどこに行く?」
ゆーちゃんに優しく笑って俺たちは街中に消えた。
完
読んでくださってありがとうございます!
たくさんの方々にブックマークしていただいて嬉しかったです。初めてレビューもつけていただいたり。完結しましたが、感想とか頂けると嬉しいです。
R15の許容がよく分からず、苦労しました。もう少し攻めたかったけど、怖くてできませんでした。
結局、続きができるエンドにしてしました…すいません。「猫と喋ったら人外になった」とか書きますかね?嘘です。すいません…。
お付き合い頂きありがとうございました!!