12.据え膳
「あ!こんばんは、かな?偶然ですね?」
「あぁ。今ね、大学時代の友達と飲みに行くとこ。」
後ろのから視線を感じる。俺に美人の友達がいるなんて思いもしなかったんだろ?そう心で思いながら続ける。
「ゆうちゃんは大学の飲み会かなんか?」
「えぇ。秋学期の前期試験が終わってお疲れ様会と称した飲み会です。」
ゆうちゃんは笑って言う。そうそう、先生テストが趣味なんじゃないかってくらいテスト多いし。そして大学生は何かにつけて理由をつけて飲み会を開く。俺たちもそうだった。
「あ、先生いらっしゃるそうですよ?」
「先生か。ちょっと久しぶりに会いたいなぁ。同じ店行けば会えるかな?」
ほんの少し、久しぶりに先生に会いたいってのもあるけど、上手くすればゆうちゃんたちと同席できるかもというあわよくばも混じっているのだが。
「この子、大学のゼミの後輩に当たる子なんだけど…俺らの恩師とこれから一緒に食事らしいぞ?同じ店に行けば先生に会えるかもしれないけど…どうする?」
俺は後ろの2人に声をかける。
「あぁ、確かに卒業以来お会いしてないし。」
「久しぶりに会いたい?…かも!同じ店に行く?」
若干、出会いを求めた下心が見える約1名。いや、俺もだから人のことは言えないな。
「ゆうー?どうしたの?」
大学の友人らしい子が声をかける。
「うん、今行くよー。じゃあ、もしかしたら後で会えるかもですね?」
ゆうちゃんはイタズラっぽく、嬉しそうに笑うと手を振って行ってしまった。俺も笑顔で手を振り返して、不自然でない程度に後ろをついていく。軽いストーキングだが、同じ店に行きたいだけだから許して頂きたい。
「いつの間にあんな美女とお知り合いになったんだ?」
「いや、たまたま落し物を拾っただけで。」
「落し物拾っただけであんな仲良くなるもん?」
トウマがジトっとした目で見てきた。
「ん?悪魔に魂売ったら仲良くなれた。」
嘘じゃない。本当だけど、信じられる訳ないよな。だから言ったんだけど。ヤスがニヤニヤしながら言う。
「俺も美女と知り合えるなら売ってみるか。」
「嫁に言いつけるぞ。新婚。」
「…冗談だから、本当にやめてね?」
店はビルの3階の飲み屋で大衆居酒屋だ。俺達はゆうちゃんたちと同じ店に入店して飲み始める。最近仕事がどうだとか取引先が鬼だとかそんな話をしながら飲んでいると、先生が近くを通る。
「あ、先生!」
「お久しぶりです。えっと、3年前までゼミでお世話になっていたものです!」
先生は毎年たくさんの教え子を教えているので、忘れててもおかしくない。軽く思い出してもらう意味も込めて言った。
「ん、えーっと。あぁ。思い出した。ゼミなのに落としそうになってた子と毎回質問に来てた子と…えっと君は…うん、そうだね。」
落としそうになってた子はトウマ。毎回質問しにいっていたのはヤス。俺は忘れられていた。…うん。俺地味だったし、一生懸命やってたけど、ダントツに成績良かった訳じゃないしね?平均顔だしね…。忘れたと言わなかっただけ、先生の優しさだな、そう思おう。
「先生はいつでも若々しいですね!いやー先生の若さの秘訣伺いたいなぁー?やっぱり若い子に囲まれてるからですかね?」
グイグイ行くトウマ。主に先生より若い子が目当てだよね?
「…先輩達から話を聞くのもいい経験か。こちらに来るといい。」
「「「お邪魔します!!」」」
トウマのおかげでお邪魔する事になった訳だが、俺とヤスは先生の隣へ。トウマは空いてないからと言って女の子たちのところへ。俺もそっちがよかった。でも、ゆうちゃんが俺の近くにやって来て、俺の方を見てニコニコして小さく手を振っている。前言撤回。俺はこっちにゆうちゃんが来てくれればいいや。
先生の近くなので、必然的に専門的な話になる。ついて行けるものはどんどん先生の近くへ。ついて行けないものは席を離れてちょっと遠い席へ行く。俺は能力のおかげか脱落せずに先生の隣をキープ。気がつけばゆうちゃんは俺の隣へ。ヤスは途中で脱落して、主に男子どもに就活のイロハを説いていた。中には女子もいたが、真面目に就活に関して聞きたい子だけだと思う。アイツ、ちゃんと結婚指輪してるしね。
「いやぁ、卒業すると習ったことなど忘れてしまう子がほとんどなのに、君はすごいね。こんな優秀なのに、なぜ忘れていたんだろう?」
と、先生はそういいながらちびりちびりと熱燗を舐めていた。先生、さらっと忘れていたって言ってるし!さっき濁した優しさどこいった?!ちょっぴりSAN値が削られたけど、周りにいる現役学生達からの尊敬の眼差しと…ゆうちゃんからの尊敬と自分が褒めらてているかのような表情に俺は回復して話を続けた。でも、さっきから先生の反対隣に座っている男子がやたら突っかかってくる。俺、なんかしたか?
トイレに立つと先ほどの男子もトイレへ。連れション?女子か!!心の中でツッコんだのもつかの間、隣に並んで話掛けてくる。
「ナナセと仲いいみたいですね?どんな関係性なんです?」
ナナセ…?あぁ、ゆうちゃんの事か。もしかして…いや、もしかしなくても、コイツ、ゆうちゃんに気があるのか。ゆうちゃんが俺に手を振ったり、隣に座ったりしてたからな。俺はにっこりと笑いながら言う。
「ゆうちゃんとは友達だよ?時々授業の事とかで相談乗ったりしてる。そちらは?彼氏さん?」
「…いえ。ただの同ゼミ生ですけど…。」
「ふーん。今の言い方、俺の女みたいな口ぶりだったから。そういう男は嫌われてるよ?君が突っかかっるたびゆうちゃん嫌そうな顔してたの気づいてないの?」
俺は笑顔のまま小首を傾げる。
「え゛。」
実際本当にしてたから。なにコイツ変な言いがかりつけてるのみたいな顔してたから。嘘は言ってない。
「気をつけた方がいいよ?彼女に好かれたいならね。」
俺は爽やかな笑顔を彼に向けたまま、手洗い場に立ち去る。俺もゆうちゃんには好かれたいし、おまえに譲る気なんかないけどな!心の中でだけ叫んで呆然としている男を見てトイレを後にした。そして、席に戻ると待ってましたと言わんばかり先生が迎えてくれ、しばらくの間、談義に花が咲いた。そして、あの男子は先生の隣に座ることはなかった…。
「いやー。君、たまに飲み会に来てくれないか?学生のいい刺激になるよ!」
とご機嫌に宣う先生。いい酔い方をしている。しかし、俺は明日早い事を思い出して、そろそろお暇する事にした。ヤスとトウマに軽く挨拶をして、自分の分と多少の色をつけた金額を支払って店を出た。外に出てエレベーターを待っていると、後ろからゆうちゃんが追って来た。
「私も帰ります!あの…送ってください!」
少し赤い顔のゆうちゃんが意を決したとばかりに言った。
「いいよ?駅まで?」
「家までで…ご迷惑ですか…?」
「いや。迷惑じゃないけど…。」
これは頂いていいんですかね…?そう思った矢先に口は違う事を言う。
「もっと自分を大切にしないとさ。お酒の勢いかもしれないってこないだも言ったよ?」
あー、俺のバカ!なぜ据え膳を断る?
「私みたいに子どもっぽい子はダメですか?それとも…彼女いるんですか?」
潤んだ目で俺をみるゆうちゃん。今すぐキスしたい欲求に駆られるが、俺の身体は動かない。
「ダメじゃないし、彼女はいないよ?でもね、気になってる人はいるかな。振り向いてもらえるかわからないけどね。」
俺は苦笑いしながらいう。まぁ、これも嘘ではないよね。でも目の前のゆうちゃんをばっさり切り捨てるような事じゃないのかこれは。俺、まずったのではないのか…?しかし俺の心配をよそにゆうちゃんは言った。
「じゃあ…諦めなければ…私にもチャンスはあるって事ですか?」
「そうだね、ゆうちゃんは魅力的だから。意外と簡単に落ちちゃうかもしれないなぁ。」
俺は優しく笑って、ゆうちゃんの頭をぽんぽんした。
外に出るエレベーターが来た。2人で乗り込むと、ゆうちゃんはこちらを見て何か言いたげだ。
「どうし…」
どうしたの?そう言い終わる前にゆうちゃんは俺の唇にキスをした。恥じらいながらの可愛いらしいキス。先ほどの衝動と相待って、このままエロいキスに移行したくなるが我慢…させられた。くぅ…。
外に出ると雨。オッドの言った通り。俺が傘を出して
「おいで?」
というとゆうちゃんは俺にぴったりと寄り添った。俺はゆうちゃんの肩を抱き寄せ、
「家までは送って行くよ。」
そう囁いた。
結果として家までは送って、別れぎわにもう一度ゆうちゃんからおやすみなさいのキスをしてくれた。俺は優しく抱きしめたが、それ以上はしていない。腕に残るゆうちゃんの身体の感覚。あぁ。モヤモヤする。モヤモヤを通り越してもうムラムラだ…。にしてもなんで俺は据え膳を断った?ハーレムが願いなはずなのに。…ん?
…誰かと付き合ってしまうと他は浮気扱いだ。特定の1人と付き合うなんて言っちゃったらハーレムじゃないのか!なんかそう思えば頑張れる気がしてきたぞ。1人家路に向かう電車内で思わず伸びかけた鼻の下を隠すように口元を撫でたのだった。
最寄り駅に着くとそこにはなぜかトウマの姿。
「なんでいんの?しかもびしょ濡れ。」
「え?急に帰ったから?確かこの駅だったなぁって思って待ってた。」
「ストーカー?トウマ、風邪引くぞ。」
うちに来るか?俺は言おうとしたが、飲み込んだ。
「昔みたいにユイって呼びなよ?」
「やだね。明日早いんだ。俺は帰るぞ。」
「最近別れたばっかなんだよね、彼氏と。寂しくて…。ねぇ?ヨリ戻さない?」
そういうやいなや、トウマは俺を蹂躙するかのようなキスを無理やりする。コイツはいつもそうだ。「彼氏と別れて寂しい」と言って付き合い始めて「やっぱ、あんたは友達だった」と言って、俺を振った。そして、なにも知らないヤスを巻き込んで6年もの間、友人としての関係性を続けてきた。もう振り回されるのは御免だ。そう思いつつも反応する身体。蕩けそうになる思考とぐらつく理性を立て直し、俺は唇を離す。コイツにじゃなきゃいけない理由なんてない。コイツである必要なんてない。わかっているのに心が揺れた。と同時に何かが俺に警鐘を鳴らしている。
「俺は友達なんだろ?だからヨリなんか戻さない。」
「こんなびしょ濡れの女の子ほっておく気?」
「子ってトシでもねぇだろ?とにかく帰る。ついてくんなよ?フリでもなんでもないからな?」
「家にあげたくないならあっちでもいいよ?先帰っていいし。」
家と反対方向の歓楽街の方を指差しトウマは言う。雨に濡れてはっきりと主張してくる形のいい大きな2つの山が俺を誘惑してくるが、頭を振って、冷静さを取り戻そうとする。…何かがコイツはダメだと言っている。
「その辺の誰かにお願いしろよ。その姿なら誰か引っかかるだろ?じゃあな。」
俺はその場を逃げるように後にした。身体は依然として欲情していたが、俺は何かが知らせてくる危険信号に従ったのだった。
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