悔しいけど日々幸福なのよね
生まれ出でてよりのち、ひたすら強さを追い求め、それ以外の何にも興味を示したことはなかった。
通常、一度でも存在進化を遂げたエボリューショナーと呼ばれる超越者は、誰しも破格の力を手にし、どのような大国でも歓迎される人材となる。
それが、二度目ともなれば、例え奴隷のような卑しい生まれの者であろうが一国の王となることすら可能であるといわれていた。
そして、そんな世界の常識の中で、二十代も後半になったある日、俺は不可能だとされていた三度目の進化を成し遂げる。
十を数える頃にはシングルと成り尾と耳という猫型の獣性を得、十六の成人と共にダブルへ到り全身毛皮に覆われ完全な獣者となり、ついにトリプルと化したらば額に第三の瞳が開眼し1本だった尾は3本に別たれた。
もはや天地の災厄すらも俺という生物を傷つけることなど出来はしない。
この世で唯一無二のトリプルとなった俺は、もはや創生の神へ向けられるに等しい畏怖と、混沌の大悪魔へ向けられるに等しい恐怖を人々から一身に受ける存在となっていた。
顔面丸ごと叩き潰されたような生来の醜い容姿は獣者へと変わることで更に凄みを増し、抑えた上でなお身の内から溢れる覇気にあてられた多くの者が物理的、また精神的に離れていった。
だが、そんな些細な事実を気にしたことはなかった。
ただただ強ささえ追い求め続けられるのならば、俺はそれで満足だった。
そのはずだった……。
エボル教の下級女神官、マニラニ。
彼女に出会うまでは。
創生の女神ファクトラルの第三子であり、脆弱な人という種に存在進化という可能性を与えたエボル神を崇めるエボル教は、世界で最も多くの信者を抱えるファクタ教に次いで大きな宗教団体となっている。
その恩恵に積極的に与っている俺もまたエボル教の信者であり、果て無き修行の旅の途中に立ち寄った町村の教会には、必ず一度は顔を出し祈りを捧げるようにしていた。
ただし、敬虔な信徒というわけでもない。
エボル教教皇であらせられるエライン猊下直々の聖人認定のお言葉を、ただ修行の邪魔だというだけの理由で跳ね除ける程度には不遜な輩だった。
肩書きには須らく責任が生じるものであり、それを果たすためだと何くれと呼び出しをくらい修行を中断させられでもするようになれば、到底堪ったものではない。
彼の御方は、あるいはその克己的なまでの強さへの渇望が第三の進化という奇跡を齎したのだろうと心広くもお許しになられたが、それでも力を授かった身として神への感謝を忘れることだけはないようにと最低限の釘を刺されたのだ。
そういった経緯で訪れた、とある町の教会で、ちょうど清掃という名の奉仕活動を行っていた下級女神官マニラニと出会う。
彼女は、まずこちらを見るなり、非常にだらしの無い笑みを浮かべ、『ひぇぇぇぶちゃいくきゃわゆいでちゅねぇぇ、えきぞちっくしょおとへあたんでちゅかぁぁ?』などという意味不明な奇声を発しながら覚束ない足取りで近付いて来た。
人生で初めて未知への恐怖というものを感じた瞬間だった。
思わず半歩後ずされば、その動きに正気を取り戻したらしい女神官は伸ばしていた両腕を下げて、恥ずかしげにひとつ咳払いをしてから、真顔を作り巡礼者への常套句を告げる。
不自然に視線を床に合わせながらも、時折こちらを窺い見ては、唇の端を歪ませていた女の姿は、俺の目にどこまでも不気味に映っていた。
理解しがたい彼女の存在を、苦手だからと遠ざけることは簡単だったろう。
だが、たかだか二十にも届いていないであろう年若い女神官ごときに対し怖れを抱くなどという、トリプルエボリューショナーにあってあるまじき事実を認めるのが癪で、俺はむしろそれを克服するために彼女との会話を修行の一環に取り入れることにした。
そして、その結果、わずか数日にして女神官は全く別の意味で俺を怖れさせる存在となる。
恍惚と腕を覆う毛皮に女の細い指を通されながら聞いた本人の談によれば、彼女は元々は貴族の生まれであったそうだ。
しかし、前世の記憶、それも異なる世界のものだという俄かに信じがたいソレを持って誕生したマニラニは、幼き時分より内外問わず曖昧な知識を吹聴して回り、いつしか気狂いだと忌避される存在となって、やがて強制的に俗世との縁を切る形でエボルの神殿に放り込まれたという。
それを告げた彼女は、奴隷や娼婦に落とされなかっただけマシだったのだと、自虐的な笑みを浮かべていた。
そんな類稀な過去を持つ女神官の感性によるところでは、俺のひしゃげた獣面は特に恐れるものでもなんでもない程度であるらしい。
むしろ、愛嬌があって好きだと、そんなセリフをあっさりと言ってのける彼女に、俺の心臓が意図せず跳ねた。
ところで、『ぶさかわにゃんこたんまじせいぎ』とはどういう意味の異界語だ。
とにかく、マニラニの視線はむずがゆい。
彼女はいつも、まるで初めて赤子を抱いた男親のような、薄気味悪くしまりのない慈愛に溢れすぎた目でこちらを見てくる。
トリプルの俺を神と同等に崇拝したがる狂信者じみた連中とも全く異なるまなざしだ。
初対面で引かれたことが効いているのか、どうも本人はそれを隠したがっているようだったが、共にいる時間が経過するほど、彼女の顔面の筋肉はみるみる仕事を放棄していく。
これが異性に対する態度でないことは英霊モノシルに尋ねるまでもなかったが、ここまで無防備かつ純粋な好意を示されれば、反応しない男児もないだろう。
俺はこの、人を人とも思わぬマニラニの瞳にすっかり恋をしてしまったのだ。
強さ以外に手にしたいと思う何かが出来るだなどと、考えたこともなかった。
だからこそ、俺は彼女を伴侶とするためにすべき行動の一切を知らなかった。
元より、女という存在自体に興味を持った経験がないのだから仕方がない。
気を引くだけであれば、このトリプルの肉体を使えば容易いことだとは分かっている。
そもそもの話、自分が何をしても彼女にとっては魅力的に見えてしまうらしい。
ヒゲを揺らせば頬を染め、耳を立てれば凝視され、舌を出せば唾を飲み、顔を顰めれば悶えて震える。
無遠慮に手を取ってみれば嬉々として撫で回され、抱きしめれば鼻の穴を大きくして思い切り匂いをかがれ、尾を足に絡めれば悩ましげに声を上げていた。
あげく、どうすればいいのかと額を天に向け考え込んでみれば、晒した首元を弄ばれて恥ずかしくも喉を鳴らしてしまった。
しかし、これだけ近しくしたところで男としてはけして意識などされていないのだ。
いったい何の神罰だろうか。
いっそ力づくで手篭めにでもしてやろうかと思ったが、彼女の俺を見る目が変わってしまっては意味がない。
結局、男女の仲としては何の進展も迎えないまま時だけが過ぎていった。
ある日、いつものように教会へ向かうと、マニラニがいなくなっていた。
彼女を実の孫のように可愛がっていた老神父の言では、どうも縁を切られたはずの実家から迎えが来たらしい。
それだけならば喜ばしいことだったのかもしれないが、マニラニは彼女の祖国の王宮に招かれた癇癪持ちのダブルエボリューショナーに何をしても良い人材として差し出されてしまうのだという。
迎えの家人がそこまで説明していったとは考えにくく、なぜ辺境地方の老神父がそんな情報を得ているのかという疑問は湧いたが、その話が本当ならば、いつまでもこんな場所でグズグズしていて良いわけがない。
トリプルたる己の身体能力と、エボル教皇とすら対面を許される権力を構わず使い倒し、俺はそれからわずか二日後には彼女が連れられて行ったであろう隣国の王宮へと踏み込むことに成功する。
しかして、そこに愛しい女はいなかった。
当たり前だ。
あの辺境の町からここまで、どんなに駆鳥を急がせたところで十日はかかる。
そして、俺が最後に彼女に会ったのは四日前だ。
常識的に考えて、到着しているわけがなかった。
焦りきった間抜けはそんな簡単な現実にも気付かず、今にも理不尽な目に合わされている可能性のある惚れた女を無意味にも追い越して、一足以上も早く王宮入りしてしまったのだ。
阿呆が過ぎる。
かといって即座に踵を返せる状況でもなく、立場上否応なしに会うことになってしまった王の登場を俺は今か今かと待ちわびていた。
やがて額に汗を流し呼吸を乱れさせつつ現れた只人の王ワンライは、そのまま俺の足元に跪き、装飾過多な言葉で用件を尋ねてきた。
例え一国の頂点に立つ王であっても、国そのものを物理的に消滅させかねないトリプルには頭を下げて敬意を払わなければならない。
難儀な話だ。
三度の進化を遂げたからといって習ってもいない学が身につくわけでもないので、申し訳ないながらもひとまず俺はマニラニが自分の気に入りの女であり手出しは無用である旨を手短に伝えてやった。
彼女が実家に未練を残していないことは知っていたので、己の勝手な判断ではあるが、彼女と祖国との繋がりを断つのに俺はいささかの躊躇もしなかった。
同席していた執政長の進言により、言葉のやりとりだけではなく、簡易なものではあるが正式に文書を交わすこととなる。
これで、王国の貴族子女マニラニは、永遠にただのマニラニとなったのだ。
受け取った公契書を懐に忍ばせて、足早に王宮から去る。
さぁ、今度こそ愛しい女を迎えに行こう。
彼女の乗っているであろう駆鳥車を囲む家人たちを退かせるのは簡単だった。
トリプルの俺が一言寄越せといえば、逆らえる人間などいないのだから。
王印の押された公契書をヒラつかせて、正式に彼女が王国民でなくなったことを教えてやったし、これで実家の者たちも今後二度とマニラニに関ろうとはしないだろう。
あとは老神父の待つ教会へ連れて帰ってやるだけでいい。
そんなことを考えながらポツンとひとつ残された箱の扉を開けば、中には女物としては比較的シンプルな貴族衣装を身につけたマニラニがいて、暢気にいびきなどかいていた。
その様子に色んな意味でゴッソリ気を抜かしつつ、中に乗り込んで彼女の華奢な肩を揺する。
「おい、おい、起きろ」
『んえ……うっは、ブッサ! クソきゃわにゃぁぁん!』
目覚めてすぐの寝ぼけまなこに俺を映したマニラニが聞いた覚えのあるような異界語で何事か叫んでいるが、それを無視する形で次の言葉を発する。
「無事か、マニラニ」
「……って、キャティバルさん!? どうしてここに!」
そこでようやくの覚醒を果たしたらしい彼女が驚愕の声を上げた。
頷いてやりながら、睡眠でずれた体勢を無意識に戻している姿をつぶさに観察し、動きの違和感のなさから特に傷なども負わされていないらしい事実を確認する。
「あぁ、見たところ怪我はないようだな。安心したぞ」
「それは、まぁ、大人しく従っていたので、はい」
「とにかく、迎えに来た」
「出た。マイペースキャティバル節」
まいぺーすキャティバルぶし?
よく意味の分からない単語を投げてくるマニラニは、俺が助けに来たという事実を喜ぶでもなく、なんとも微妙な表情をしている。
泣いて感謝されるようなこととも思ってはいなかったが、それでもこの反応はちょっと凹むぞ。
「迎えって、そんな、教会に戻ってハイお終いってワケには……あのですねぇ、キャティバルさん、コトはそう簡単な問題じゃなくて、仮にも相手は貴族で、呼び出しを無視して、万一あの教会に何かあったらって、私それでこうして……」
「そんなものは全部解決済みだ。いいから帰るぞ」
「解決……って、そんなワケ……きゃあっモッフい! モッフい! んはーーーっ」
「お前という女はホントに……」
ごちゃごちゃ言うマニラニを問答無用で抱き上げてやれば、途端に彼女は興奮した様子で俺の肩に顔を埋めて左右に激しく擦り出した。
少々変態的だが、お前のそういう欲望に素直ところは嫌いじゃないぞ。
彼女を腕に囲ったまま近場の町へと向かいがてら、ようやく正気に戻った辺りで王宮でのやり取りを語り公契書を渡してやれば、彼女はその紙を手にしたまま、しばらく呆然と固まっていた。
「き、キャティバルさんて、とんでもなくすごい人だったんですね……」
……知らなかったのか。
異界の記憶の弊害か、はたまた田舎で育った無知ゆえか、彼女の物事に対する感覚は時折ひどく世間ズレしている時がある。
そういえば、エボリューショナーという存在についても、最初は進化した超越者ではなく、種族違いの亜人であると勘違いしていたらしい。
エボルの狂信者たちの前でそんな発言をしようものなら、即座に異端審問にかけられ殺されていただろう。
恐ろしい話だ。
「ふん。世間でどう扱われていようと俺は俺だ、お前が気にする必要はない」
「はぁ、まぁ、確かに、こう、今更かしこまるのも、ちょっと違う気もしますしねぇ」
「それでいい」
改めて俺の立場を知ったことで他人行儀に変わられてもやっていられないので、わかりやすく釘を刺してみる。
すると、マニラニは頬に手をあて軽く首を傾げながらも、肯定の頷きを返してくれた。
お前のそういう柔軟な思考も嫌いじゃないぞ。
「でも、何でキャティバルさんは私にここまで良くしてくれるんですか。
私、貴方が喜ぶような見返りなんて、なんにも用意できませんよ」
「見返り、な。
自身を高めることにしか興味のねぇ朴念仁だなんだと噂されてるような野郎が、その大事な修行を放ってまで一人の女を助ける意味を、少しはテメェの頭で考えてみやがれ」
「いやいやいや、それもうほとんど答えですよね!?」
私ってキャティバルさんの中でどれだけ頭緩い鈍感女なんですか、と眉を八の字にしながら、マニラニは頬を真っ赤に染め上げた。
可愛らしい反応に、もしや脈ありなのかと見つめてみれば、彼女はどうにも落ち着かない様子で視線を彷徨わせ始める。
「あ、いや、その、普段の態度というか、明らかなマーキングとか、しっぽの動きとか、確かにこれまででも、えっと、察するものがなかったわけでは、ないんですけど、でも、私、何の面白みもない普通の人間ですし……」
お前のどこが面白みのない普通の人間なんだ、どこが。
という、野暮なツッコミは置いておいて……この言い分、俺は遠まわしに断られようとしているのだろうか。
こちらの意図に気付いていた上で、あえて知らないふりをしていて、俺がトリプルの、普通の人間じゃあないことを強調してくるというのは、やはりそういうことなのだろう。
それならそうと、余計な装飾なしにハッキリ言ってしまえばいいものを。
「化け物じみたエボリューショナーの伴侶は遠慮したい、と」
「違っ! そういうことじゃ!」
違うのか。
俺の発言に対して、衝撃を受けたような顔でこうも力強く否定してくるからには、どうやら嘘ではないらしい。
それなら悪いことをしたな。
「あーーーー、の……もういっそ死ぬほど正直にしゃべっちゃっていいですか……」
「むしろ、そうしてくれ」
俺は察しが悪いんだ。
なにしろ強さにしか興味がなかったものでな。
ため息と共に出された提案を受け入れれば、彼女はそれから少しばかり口に手を当て悩むような仕草を見せた後、眉間に皺を寄せながら独り言にも似た声色で語り出した。
「じゃあ、あの……本当に遠慮なく言っちゃいますけど、私、はっきり申し上げまして、キャティバルさんのこと、男性として、恋愛相手としては全く見られなくて、けど、でも、違う意味でなら命もかけられるくらい好きっていうか、キャティバルさんの絶妙な不細工さが心から愛しすぎて、その目で真っ直ぐ見つめられながらヤラせろって言われたら、多分、九割九部九厘流されちゃって断れないし、例え暴力とか振るわれても結局嫌いになりきれないだろうし、結婚だって本気で望まれたら悩む暇もなく了承出来ちゃうし、むしろヒモになってもらって養いたいぐらいっていうか、ずっと日がな一日、家の中でダラダラしてるのを見ていたいし、ワガママいっぱい言われて困りたいし、触りたくなった時に触らせてさえいただけるなら、もう報酬はそれだけでいくらでも奴隷になれるっていうか、ホント異性としては微塵も惚れてないんですけど、それでもその顔で求められたら一切の躊躇なく伴侶になれるぐらい狂おしいほど愛してて、いや、見た目だけが好きっていうこともなくて、そりゃあ人としてすごくカッコイイなって思う部分もいっぱいあるんですけど、でも結局最後はブサ猫最高に戻ってきちゃうっていうか、だから、究極的な話、何されてもやぶさかではない感じではあるわけですよね、悩みどころっていったらアレにトゲついてたらどうしようってくらいで……」
「あ、やっぱりいいわ。伴侶はなしで」
「えっ」
終わりの見えないトンデモ話を遮り、唐突な否定に目を見開いた状態で固まったマニラニを、自身の腕から地面に降ろす。
「俺と一緒になったお前が正気でいられる未来が見えねぇ。
多分、俺たちは今までの距離感が一番いいんだ」
「そんなっ!?」
あとな、あんまり男としての俺に惚れてないとかいう残酷な事実を強調されると、さすがのエボリューショナーでも傷付くから。
天災すらものともしない強靭な肉体を持つ世界で唯一のトリプルの俺の心がボロボロのズタズタになっちまってるから。
しかも、強さを求めて修行を続ける俺にヒモ希望だの家でダラダラしろだの、そんなそら恐ろしい願望を言い放っちまったのは失敗だったなマニラニよ。
前代未聞の退化を果たしちまいそうで怖気づいちまうわ。
いや、確かに正直に話していいと了承してやったのは俺だが……そんなデタラメな本心、予想のよの字もつくわけがねぇだろうが。
お前に対する気持ちは未だ少しも消えたわけじゃあないが、夫婦となった後の未来想像図があまりに混沌に過ぎて全く踏み出す気になれねぇんだよ。
ため息と共に彼女から距離を取るため歩を進めようとすれば、マニラニは必死の形相で俺の足にしゃにむにしがみついてきた。
あっぶねぇっ!
お前ってヤツはホント、女のくせに傷でもついたらどうすんだバカっ。
「待って、待ってください!
私、絶対幸せになりますから結婚しましょうよ、むしろして下さいお願いしますお願いします、その毛皮の面倒を一生見させて下さいキャティバルさんんんん!!」
目に涙を浮かべ悲鳴のごとく叫ぶマニラニ。
一応仮にも惚れた女に求婚されている場面だというのに、この嬉しくなさは何なんだろうな。
「お前、俺のこと男として見てねぇんだろうが」
「でも、命がけで愛してるんですよぉぉ!
いいじゃないですか、愛の方向性が違ったって愛し合う者同士であることに違いありませんし、幸せの形は完全一致ですよ誰も損しませんよ!!」
「完全一致するわけあるかッ」
「大丈夫です、例え愛の種類が違おうと反応は恋愛のソレと全く同じものを返す自信があります、キャティバルさんはただ普通に私のことを愛してくれるだけでいいんです、問題ないです、大丈夫です!!!」
「どこから来るんだそのクソみたいな自信は!」
悪魔に素人説法、赤竜に火術……。
本音全開のマニラニは、その後も嫉妬が過ぎて悪魔と化した堕神ヤンドーラすら凌駕するしつこさで延々俺に喰らいついてきた。
「いっそ愛はなくても一緒にいられたら私それで満足ですから何だって言うこと聞きますからぁぁ!
やだーーー捨てないでぇぇ捨てないでぇぇぇ!」
「ええい、人聞きの悪いことを叫ぶなーーーーー!」
結局、惚れた弱みもあってか根負けしてしまった俺は、心から愛し合っているがけして相思相愛ではないイカレた女神官と祝言を挙げることになってしまったのである。
…………合掌。
そんなこんなで早数年。
夫婦となった当初こそ、いつか愛の返らぬ空しさに堪えられなくなってしまうのではと不安を抱いていたものだったが、妻となった女の向けてくる愛はひたすらに重く甘く、息継ぎもままならぬ日々の中、溺れないよう足掻くことに精一杯で、いつしか愛の種類の違いなどという事実は俺の中でごくごく些細な問題ともいえぬ案件となっていった。
柔らかに微笑む妻の膝枕の上、彼女がこだわりにこだわって作らせた特注のブラシで丁寧に毛を整えられつつ、陽の光を浴びてまどろむ休日午後のひととき。
俺は、閉じた瞼の裏で、染み入るような多幸感に浸りながら、同時に本当に彼女の言った通り幸せになってしまった現在の己の状況に対して、無性に悔しさを覚えてしまうのだった。
おわり。
その後の小話↓
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