魔女の逃亡 1
なぜか。予約投稿がうまく行かずに昨日二話更新されておりましたので、読み飛ばしにご注意ください。ストック……orz
ルベリアはタンッと一足で跳び上がると、空中でもう一歩跳んだ。まるで見えない足場があるかのように。そのままくるんと前転をして二階廊下へ降り立つと、窓の外に消えていった。
「ルベリア……」
涙混じりに名を呼んで、ギュゼルは押し殺せなかった嗚咽を両の手で塞いだ。オーリーヌとコルネリウスがその肩に優しく手を置く。レイヒはやれやれと首を振ってピアスと連れ立って広間を後にした。
「団長は?」
「おそらく外でしょう。狼の声がしましたからね~」
「イザヨイか。じゃあ、本当に殿下が来たのか」
「そのようです」
「ならオレらも行きましょっかね」
広間にはトマスだけではなく、ハリエット、ユージェニアの姿もない。
レイヒの言葉を受け入れ、ルベリアを捕らえるのではなく追うことにしたためだ。仕えるべき王子に報告し、指示を仰がなくてはならない。テオドールとアウグスト、ルベリアがこんなに近くに居るのだ、お互い、相手に遅れを取るわけにはいかなかった。
◇◆◇
テオドールは城下町から城まで戻ってきていた。アウグストに先んじていた彼だが、ここで二つの誤算があった。
一つはルベリアが外壁から侵入し、そこから脱出すると思っていなかったこと。テオドールは城の正面で待ち構えていたのだ。
ルベリアに見せた隕鉄鎖の他にも、細いが鎖の先に分銅の付いた捕獲用のものを幾つか護衛騎士に持たせていた。いくらルベリアの身体能力が高くとも、天井の限られた建物内から出てくるときには隙も生まれるだろう、と。
もう一つはルベリアを捕らえるために動く筈のユージェニアとハリエットが、状況が変わったためにテオドールの下へ戻ってきてしまったことだった。
勿論、ユージェニアの率いている急ごしらえの騎士の部隊も一緒である。彼らは広間での乱闘においても脱落するほどの傷は受けていなかった。精彩を欠いているのは疲労のためである。
「窓から……!? 一人くらい追跡に回さなかったのか!」
「出入り口から回りこませましたが、上手く追跡できているかは……」
「手落ちだな。せめてユージェニア、お前が追うべきだった」
「申し訳ありません!」
テオドールの叱責にユージェニアは深く頭を下げる。
「殿下、あまり大声をお出しになるとお体に障ります……」
「うるさい、下がっていろ」
「……はい」
にべもなく一言で振り払われる。
ハリエットは表情を曇らせながら後ろへ退いた。
テオドールは苛立たしげに前髪を掻き上げた。
ギュゼルを助けに行かせたのは屋内へ誘ってアドバンテージを得るためだったというのに、ルべリアはまたも外へ出てしまった。
先程も見たように、屋根に跳んだり馬と同じ速度で駆け抜けたりされてはとてもではないが捕獲は不可能だ。
(好機を……逃した……!)
「とにかく探せ。見つけたら呼子で合図だ。符丁は覚えさせたか?」
「はっ、抜かりなく。殿下もあれは……?」
「ああ、取ってきてある。目的は違ったが、報告にあったルべリアの羽も、ちゃんと、もいであげられるよ……」
「良うございました。では、二手に分かれよ。アズルは私に、パイルはあちらへ」
「はっ」
「はっ!」
そのとき、馬のいななきがした。
「何だ?」
見やると長い黒髪をたなびかせ、長身の女がこちらへ駆けてきた。乱れた白いドレス、紅い瞳……ルべリア・ラペルマに間違いなかった。
誰に追われているのだろうか、時々振り返りながら走っているせいで速度は遅い。逃げようか止まろうか、迷っているような苦悩に満ちた表情だった。
「ルべリア……っ!」
それだけでもう分かってしまう。ルべリアを追っているのはアウグストだ。負けたくない……弟には敗けられない!!
しかし駆け出そうとした足は急にただの木偶と化し、テオドールは胸を押さえて倒れ伏した。
「テオドール様っ!!」
「良い……っ、ルべリアを追えっ、逃がすな……っ!」
テオドールの言葉にユージェニアと騎士らは駆けて行った。
「テオドール様、テオドール様……」
泣きながら鎮痛の術を施すハリエットを煩わしげに手で払いながら、テオドールは悔しさに歯噛みした。
(体さえ、動けば……! 何故、今なんだ!?)
◇◆◇
「ルべリア! ルべリア、お待ちなさいな!」
駆けていく娘に声を掛けながら、そういえば前にも似たようなことがあったな、とユージェニアは思った。ただ、そのときの彼女は髪を下ろした遊女姿ではなかったが。
「いけません、来ないでください、ユージェニア隊長!」
「止まって話を聞いてちょうだい、テオドール様ならその陽の気を取り除くことが出来るの!」
「その代わりに一生縛られて過ごせと!?」
「そんなことは……」
「わたしは王太子殿下を愛していません、わたしが側に居るのは、居たいのはあのお方ではない!」
壁際に追い詰められ、ルべリアは叫んだ。
恩のあるユージェニアを傷付けたくなかった。
その迷いを「抵抗をやめた」と受け取り、ユージェニアは猫か何かを捕まえるときのように表面上は優しく微笑みながら騎士たちと連携して鎖を手にルべリアに寄った。
「た、隊長、あぶな……!」
「!?」
追い詰める側は追い詰められる側の警告を一瞬、罠だと思い込み、そのせいで対応が遅れた。
トマスの飛び蹴りを食らってルべリアのすぐ脇の壁に叩きつけられるユージェニア。同時に彼女の配下はピアスの屈み込んでからの足払いで倒れた。
「敵に警告してどうする!」
「しかし……」
トマスの怒りの一喝にルべリアはたじろいだ。
「さっさと行け!!」
「は、はい!」
「可~愛い~」
「ピアス……」
「へいへい、真面目にやりますよ、っと!」
怒鳴られて庭園へ駆け出したルべリアの後ろ姿に、ピアスが口笛を鳴らして揶揄するのをトマスが聞き咎める。ピアスは言葉軽く反省してみせながら、倒れていた騎士の頭を蹴って意識を刈り取った。




